日本的な人材の流動化を創出する

 

長期的な関係によって育まれる組織と個人の絆、流動化によって開発される人材の創造性。この2つを両立させる新しい働き方の仕組みをつくること。それが、株式会社ローンディールのミッションです。

 
なぜ人材の流動化が必要なのか?

人材の流動化が必要だということはずいぶんと前から指摘されてきました。特に今、その機運はかつてないほどに高まっています。副業解禁、パラレルキャリアに関する議論も、この現れと捉えることができます。ではそもそも、なぜ、人材の流動化が必要なのでしょうか?その理由を理解するには、社会と個人、2つの視点で考える必要があると思います。

まず社会全体でみると、労働人口の減少・長寿化に伴う就労可能年数の長期化という明確な変化が起こります。従来であれば、企業は雇用した個人を自社の枠内で配属し、その時々に必要な能力開発を行ってきました。ところが、企業単位の部分最適では選択肢が限られてしまい、すべての人が常に100%の能力を発揮できるわけではありません。豊富な労働人口を有しているうちは質より量で、多少の無駄があってもカバーできていたのかもしれません。ところが、労働人口が減少傾向になった今、いかに個々人を十分に能力発揮できる場所に配置することができるかが重要になります。つまり、一人当たりの労働生産性を高めていかなくてはならないということです。

労働人口の減少とは対照的に、個人としての就労可能年数の長期化していきます。社会保障の問題などからも人は80歳くらいまで働くようになるといわれています。大学を卒業してから定年まで約40年程度、それが約60年、1.5倍になるのです。果たして、そのような長期間にわたって1つの企業で、個人のスキルや経験を最大限に生かしつづけられるものでしょうか?これは感覚的でしかありませんが、企業にもライフサイクル・成長フェーズというものがある以上、ここまで長期に合致するというのはごく限られたケースではないかと思います。

さらに、成熟産業から成長産業への人員の移動の必要性が指摘されます。産業構造の変化は激しさを増しているにもかかわらず日本の長期的な雇用慣行のもと成熟産業に人材が停滞してしまい、成長産業への適切な移行ができないということです。IT産業におけるエンジニアの不足などは、この顕著な例といえるのではないでしょうか。

以上に述べたように、社会全体を俯瞰して考えると、今後起こりうる変化を見越して、日本全体で人材の配置を最適するために流動化が必要だということになります。

ただ、いくら流動化が必要だと言っても、それに個人が耐えうるのか、ということがポイントになってきます。そこで、次に、流動化の必要性を個人という観点で考えてみたいと思います。

なぜ、個人にとって流動化が必要なのか。それは端的に言うと、成長に直結するからです。成長のポイントとして、具体的には「メタ認知力」と「創造性」という2つが挙げられます。

「メタ認知力」とは、思考や行動を客観的に把握し、認識する力のことを言います。例えば、自分が使っている単語が社内用語なのか一般用語なのか、長く同じ組織に居続けるとその境界線すら曖昧になってしまいます。しかし、異なる組織に身を置き、他者とのコミュニケーションが増えれば、この境界線は改めて認知できるようになります。これは端的な例ですが、つまり、流動化によって自分や組織を相対的に判断する力が身につくのです。自分の能力が会社という看板を外した時にどれくらい通用するのか、組織はどんな強みや魅力を持っていて、どんな課題を抱えているのか・・・このような点に気づく力が「メタ認知力」です。そして、自らの立ち位置を理解することによって、自らに不足していること、開発すべきスキルや能力が具体化され、個人の成長へとつながっていきます。つまり、「メタ認知力」は個人の成長の前提条件となるのです。(そして、会社という単位でみても、自社の経営資源や強みに気づくという観点で、メタ認知力は重要です。)

流動化によって期待される成長の2つ目にして、最も重要なポイントが「創造性」だろうと考えています。人が新しい環境で仕事をすれば、新しい知を獲得します。新しい知、それ自体に創造性はありませんが、それを今まで蓄積してきた知と組み合わせることによって「創造性」が生まれます。

「創造性」といっても、何か特別なスキルのようなものではありません。人それぞれ感じ方や考え方は独自なものであり、本来的には創造的であるはずです。ところが、働きはじめたのちに獲得できる知や経験は企業に付随する形式的なものに限定され、組み合わせが均質化してしまいます。そして結果的に、創造性が埋没してしまっているのです。

そこで、流動性を高めることによって、「知」の獲得における多様性を回復させ、改めて個人の創造性を高めることができます。そして、個人が本来的に有している知の独自性に気づく「メタ認知力」との掛け合わせによって、「創造性」を発揮することが可能になるはずです。

人材の流動性が必要だと言われるのは、およそこのような背景からではないでしょうか。

日本においても流動性は高まりつつあるといわれていますが、2014年の調査においても日本の労働市場における平均勤続年数は11.9年、一方でアメリカは4.6年となっています(*1)。この数値からも、日本における人材流動性の低さがうかがえるかと思います。そして、日本は人材の流動性が低いから、新しい価値を生み出せる企業が少ないのだという指摘へとつながるのです。

*1:『各国の働き方の実態からみた労働法制・雇用制度に関する調査』株式会社NTTデータ経営研究所

 

■企業が必要とする人材の変化

今、多くの企業でイノベーションの創出が課題となっています。イノベーションに取り組むことができる人材の不足に、多くの経営者が頭を抱えています。企業においてイノベーション創出という課題が顕在化したからこそ、「創造性」の強化に直接的な効果が期待できる人材の流動化への要請が高まっているということができます。

ところが、そもそも現在の日本企業の組織構造や人材開発の体系は、個人の創造性を高めることを目的としていません。主に定期的なジョブローテーションを通じて、ゼネラリストとして人材の能力開発が進んでいきます。そして、当然のことながら社内でのキャリア形成に意識が向けられます。次世代リーダーとして期待される人材には、社内で大きな仕事が割り当てられます。そこにはやりがいもあり、外に目を向ける暇などありません。その結果、知を獲得する範囲は企業とその周辺領域に限定的になり、同質化していきます。

既存事業を推し進めていくことで長期的に企業の収益性が確保される時代であれば、管理する側・される側の難易度や業務効率の向上といった点でこのような人材開発が適していました。

しかし、あらゆる業界において事業環境は大きく変わりました。テクノロジーの進化と相まって競争はグローバル化し、ボーダレス化しています。例えば、Googleがトヨタのライバルと目されている・・・といったように、多くの企業が業界内の競合の脅威以上に、他業界からの競合の台頭を警戒しています。

そして上記のような競争環境の変化に伴って、事業の短命化が加速度的に進んでいます。例えば電機産業のように製品開発に時間を要する産業においても、製品ライフサイクルの短期化が見られます。10年前の調査では主力製品のモデルチェンジまでの平均年数は3年以下という企業は43.8%と半数以下でしたが、2013年には72.6%へと急激に上昇しています。(*2)そしてこのペースが今後鈍化することは考えづらい。電機産業のような業界でもそうである以上、あらゆる業界において、事業の短命化はもはや避けられない事実となっているのです。

そして、新規事業の重要性が高まり、イノベーション創出ということが盛んに言われるようになりました。

コーポレートベンチャーキャピタルの設立やオープンイノベーションの推進といった、外部を活用したイノベーションに取り組む企業も増えています。しかし、社外との取り組みを推進するにおいても、当然、異なる文化を持った企業同士を統合していくという課題解決に当たれる人材が、社内に必要となります。

さらに、企業が直面している課題は、新たに一つ大きな新規事業の柱を立てればよいということではありません。事業の短命化を前提として、常に事業創造をしつづけなければならない、ということなのです。外部に依存して事業創造をしつづけることには限界があり、いかに内部からイノベーションを起こせる状態を維持できるかが重要になります。

このような背景から、企業において「創造性」を発揮できる人材、という今までとは全く異なる能力が必要とされるようになったのです。

しかし、人材の能力は一朝一夕で開発できるようなものではありません。従前のように同質化を前提として組織や人材の開発がすすめられてきた中で、突然、多様性を発揮せよ、創造性を高めよと言われても、そう簡単に変われるものではありません。既存事業が収益を維持できている今のうちに、人材の「創造性」を高め、組織としてイノベーション力を高めるための取り組みを始める必要があるのです。

*2:経済産業省「2013年版ものづくり白書」

 

■流動化がはらむリスク

ここまで見てきたように、企業にとって創造性の高い人材の必要性はいまだかつてないほどに高まっており、そのような人材を育成する手段として、流動性を高めることは有効だと考えられます。

それでは、単に日本人の平均勤続年数が半分になれば良いのでしょうか?多くの人が積極的に転職するようになれば良いのでしょうか?私たちは、そうは思いません。それは、転職を前提とした流動化に二つの懸念があります。

まず、転職による流動化が必ずしも創造性の強化につながるわけではないということがあげられます。

企業が人材の採用を判断する基準は「職種」における実績が主となることが大半です。企業の求人は当然、職種に基づいて募集がなされます。営業職・マーケティング職・人事職などのポジションを提示して求人情報が作成されるわけです。ですから、個人の側からみると既存の知やスキルを活かせる場所にしか選択肢がないという風にも言えるわけです。もちろん、個人が特定の職種において専門性を極めるという意味では、いろいろな規模・価値観の企業で一つの職種を担当し、知見を深めていくことは意味のあることです。メタ認知力の向上という意味では、効果が高いはずです。ただし、創造性の獲得という点でどこまで成果があるのかといわれると、疑問が残ります。繰り返しになりますが、創造性は知と知の新しい組み合わせによって生まれるものだからです。

経験や知見を深める流動化が悪いというつもりは毛頭ありません。ただ、流動化の目的を新たな価値創造に置くのであれば、全く異なる新しい知と出会うための仕掛けが必要なのではないか、ということです。言い換えると、スペシャリストの流動化とゼネラリストの流動化で、目的や期待される成果が変わってくるのであり、創造性の強化に必要なのはゼネラリストとしての流動化だということができるのではないかと思います。

転職による流動化がはらむ2つ目のリスクとして、日本企業独自の強みが失われてしまうのではないか、という点が挙げられます。

日本的な経営の特徴としてはじめて「終身雇用」を指摘したといわれるアメリカの経営学者ジェイムス.C.アベグレンは1958年に発表された著書『日本の経営』の中で、日本が急速な工業化に成功した要因として「社会制度の基礎を破壊するのではなく、逆に、日本に以前からあった社会制度を基盤にして作り上げられてきた」点を指摘しています。欧米で成功した工業化のパターンをそのまま当てはめることが、必ずしもあらゆる国の工業化を推進する方法として適しているわけではない。むしろ、「その社会で基本になっている人間関係のパターンに基づき、そこから派生する形で変化が起き」た工業化の事例として、日本の経営を評しています。そしてその社会的な特性として、日本における企業は他の社会集団(例えば家族、クラブ、教会など)と性格が似ている点、経済目標よりも集団の維持が優先される、といった点が挙げられています。

もちろん、社会制度や人間関係のパターン自体が生活環境や技術の進化によって変化していくものだとは思います。ただそれでも、単に全く新しい概念を外から移植してくることで(つまり、ここでは転職による人材の流動性を促進することで)、グローバルな競争環境において優位性を生み出せるとは思えません。日本企業においては社会制度の特徴として持っていた集団の維持を重視し、極端に言えば家族的な関係性に基づいて、イノベーションを起こしてきたという事実があります。自社や自分たちの文化が本来的に有している強みを、流動化の代償として損なってはいけないのではないかと思うのです。

ピーター・ドラッカーも、『プロフェショナルの条件』の中で、以下のように述べています。

日本が、終身雇用制によって実現してきた社会的な安定、コミュニティ、調和を維持しつつ、かつ、知識労働と知識労働者に必要な移動の自由を実現することを願っている。(中略)社会が真に機能するためには、コミュニティの絆が不可欠だからである。

流動性を高めることは必要だとしても、その目的を明確にし、リスクを把握したうえで取り組む必要があるのではないか、と思います。

 

■日本的な人材の流動化

そこで私たちは、人材の創造性を高める流動化の新しい選択肢として「組織」という軸を生み出せないかと考えました。長く一つの会社で働くという選択をした(している)人材が、この軸を持っています。当然のことながら、現時点でこのような人材に流動性はありません。

「組織」を軸にした人材を対象として、出向制度を活用して流動化を創出していく。元の会社に戻る前提で外に出ていく。それが、私たちのいう「日本的な人材の流動化」です。事業を進める過程で、「会社を辞めたいわけじゃないけど、外の世界を見たい」「もっと組織に貢献したいけど、どうやればいいかわからない」と感じている個人は、想像以上にたくさんいるのだなということを実感しています。彼らに、流動化を通じて新しい成長の機会を提供するのです。

特に大企業を中心とした完成された組織に身を置き、そこに軸を持った人材は、いわゆる集合研修などを通じてビジネス上の基礎的なスキルを身に着けており、企業文化にも適合しています。さらに、豊富に社内人脈を有し、社内リソースを活用する力に長けています。つまり企業の経営資源を活用できる位置にいる人材が、流動化することによって創造性を獲得する。

端的にいうと、大企業の基盤とベンチャー起業家のような創造性、この二つを持ち合わせたいわゆる二刀流の人材こそが、いわゆるイントレプレナーたりうるのだろうと思います。

外部から創造性の高い人材を獲得する以上に、組織を軸にした人材の創造性を高めることは、企業の経営資源を生かすという点でも有効に作用し、既存企業からイノベーションが続々と生まれるような仕組みが作れるのではないかと考えています。信頼関係を重視し、ゼネラリストを育成する傾向にある日本企業にとって、組織を軸にした流動化が、創造性を高めるのに適した手法の一つといえるのではないでしょうか?

一般的にイノベーションは大きな組織では起こりづらいと言われます。しかし、世界に目を向けてみれば数十万人の社員を擁しながら、最先端でイノベーティブな事業を展開している企業はたくさんあります。ですから、日本の大企業であっても、自社に適した手法で創造性を高めることができれば、新たな価値を創造しつづけることは十分に可能なはずです。それは、必ずしも欧米型のやり方と同じである必要はありません。いろいろなやり方があるはずです。そして日本的なイノベーション創出に向けた人材育成の手法のひとつとして、「組織」に軸を持った人材の流動化が有効であると考えているのです。もちろん、これは必ずしも大企業に限った話ではなく、組織や事業が成熟したあらゆる企業において、有効でありえます。

 

このような背景から、個人が会社を辞めることなく、外の世界を見せる機会を増やす仕組みを、B2Bのビジネスモデルとして創出しようと決めました。流動化は確実に個人の成長につながる、そして「組織」を軸とした流動化を生み出せたなら、それは必ず企業の事業創造に貢献できる。私たちはそのように信じています。そして、「日本的な人材の流動化の創出」をミッションと定め、事業に取り組んでいるのです。

 

■最後に、働くことについての個人的な想い

ここまで、会社のミッションを説明するためのものとしてこの文章を書いてきました。ですが、最後に「働く」ということについてものすごく私的なことを書いて、終わりたいと思っています。

そもそも、私が株式会社ローンディールという会社を立ち上げたのは、とても個人的な経験がきっかけです。

2001年の冬、3月には大学卒業を控えていたものの特に就職する気もなかった私は、バイト求人誌で見つけたある会社の門をたたきました。渋谷、道玄坂上にあったビルの2階。約束の時間に遅刻し、案内してくれた女性に道玄坂と宮益坂を間違えたというしょうもない言い訳をしたことをいまだに覚えています。

当時、それほど深い考えもなく、写真家を目指していた私は、写真撮影のバイトとして晴れてアルバイト採用されました。面接で、代表に「お前のような奴はすぐやめる」と言われ、売り言葉に買い言葉で入社を決めたことを覚えています。そして、1年ほどのアルバイトを経て社員になりました。3年後には営業部長となり、5年後には会社がマザーズに上場。いろいろな部署で管理職を務めさせてもらい、新規事業の立ち上げも経験し、気が付けば13年の月日が経っていました。

気心の知れた仲間に囲まれて、仕事には充実感があるものの、「それなりにこなす」という感じになっていたのも事実。慢心もありました。「すべてを賭けれるものは何だろう?」という疑問が浮かんでは消え、という状況でした。

そして私は2014年に転職をします。規模も業界も、当然カルチャーも全く異なる会社でした。今までずっと我流でやってきた自分にとって、そこでの経験は貴重でした。新しい会社のマネジメントには、多くの発見がありました。新しいビジネスモデルに対する情報感度も高まりました。まだまだ成長できる余地はたくさんあるんだなと痛感しました。

その一方で、私は、生かされていたということに気づきました。

二社目の会社でなかなかうまくパフォーマンスが発揮できない。なぜ?こんなもんじゃないのに・・・という葛藤を感じました。一社目の会社では、私の特性を知り、裁量を与えられて、生かされていた。もちろん、ものすごく優秀な人であれば、どこでもパフォーマンスを出せるのかもしれませんが、残念ながら私はそうではなかった。

そして二社目でいろいろ経験し、視野が広がった状態で振り返ってみると、一社目の会社で本当はまだまだたくさんやるべきこと、やれることがあった。すべてを賭けるべき大切なもの、それが実は目の前にあったこと。そういうことに気づかずに過ごしていた自分がいたことが、あまりに勿体なく思いました。ただ、その気づきはやはり、あのまま同じ会社にいては得られなかったものだろうと思うのです。

だから、私は今、この事業をやっています。「すべてを賭けれるもの」と出会いました。とても幸運だと感じています。

働く人の多くが、なすべきものと出会えていないと考えているかもしれません。かつての私がそうであったように、想いはあっても、それをぶつける対象と出会えるかどうかは別だと思います。いつ、そんな事業との出会いが訪れるかはわかりません。ただ、確実に言えることは、今を大事にしていなければその時を見つけることはできず、永遠にそれは訪れないということです。

テクノロジーが進化して、定型的な労働はロボットに代替されていくといわれます。人材の量的な過剰と質的な不足が同時に起こっていくそうです。労働年数は長期化し、80歳くらいまで働くという時代になるそうです。だから、やはり人生において多くの時間を占める「働く」という時間を、いかに幸せなものにできるかどうかが大切なのだろうと思います。

  • 周りから必要とされること
  • 自分の意志で仕事と向き合えていること
  • 自分の持てる力を発揮し、より高い場所に向かって挑戦できていること

・・・こんな要素によって、幸せに働けるかどうかが決まるのではないかと思っています。

この中でも特に、周りから必要とされるという要素は、とても大きいのではないかと思うんです。個人にとって就労年数が長くなれば、何回かの転職は多くの人にとって当たり前のイベントになるかもしれません。ただ、だからと言って一つひとつの職場や仕事で、断片化されるわけではない。むしろ、断片化させてはいけないと思うんです。

仕事を通じて自分が何者かを表現し、それによって相手に知ってもらう。そしてそれを必要とされる。いろいろな職場を転々とすることによって関係性が切り替わっていくのではなく、蓄積されて広がっていくべきものだと思うんです。だから仕事をするということは、生涯にわたる信頼関係を築くプロセスという風に考えられるかもしれません。

どこに行っても活躍できるような優秀な人ばかりじゃないし、どれだけ力を持っていても、これこそは!と信じれるものに出会えるかどうかわからない。もはや運だと思います。それでも、信頼を獲得して必要とされるそういうプロセスを通じて、幸せに働くということはできるはず。そしてそういう舞台は多くの場合、「ここじゃない、どこか」ではなく、「今、ここ」にあるはずです。

そのことに多くの人が気づいて、仕事ができるようになったら、仕事を自分ごととして語れるようになったら、きっと、世界はもっと楽しくなる。そういう思いで、私は事業に取り組んでいます。

「日本的な人材の流動化」ということについてつらつらと書いてきましたが、個人的な本音はこのあたりにあります。

決して、楽な道ではありません。でも、そんなもんだと思うんです。楽ではないが、最高に楽しい。

今まで私を生かしてくれた大切な仲間たちと、たくさんの気づきを与えてくれた環境に、心から感謝しています。そして事業をはじめてから出会った新しい仲間たちとの時間、これから先の出会いに期待を膨らませて、想定外のハプニングにゾクゾクしながら、真摯に、事業に向き合っていきたいと思います。

※本稿は、定期的に見直し、改編していきたいと思っています。

 

2016年12月19日

株式会社ローンディール 代表取締役社長

原田 未来