なぜ、管理職の越境体験が組織を変えるのか? 〜越境学習の理論から実践、事例を解説~

管理職を取り巻く状況が、どんどん厳しいものになっている。日々の業務に追われ、多忙な日々を過ごす一方、新たな価値観の導入を求められ四苦八苦していることも多い。そんな管理職がいきいきと前向きに新しい視点を獲得し、社内に良い影響を与える好循環をもたらすための手段として、ローンディールの事業にプロデューサーとして携わる光村氏は「越境学習」を提案する。自身も三井不動産株式会社で働きながら社内起業を果たすなど、「越境」を繰り返してきた管理職の当事者として、光村氏が実践的な内容を語った。

※ 本記事は、許諾を得て、日本の人事部「HRカンファレンス2025-春-」開催レポートを転載したものです。

管理職は「とても大変で、とても忙しい」

2015年に設立した株式会社ローンディールは、所属する組織と異なる環境で学びを深める「越境学習」に関するサービスを展開している。企業の中間管理職向けオンライン越境学習プログラム「outsight」や、大企業の従業員が12ヵ月程度ベンチャー企業で働いて事業開発や価値創造に取り組むレンタル移籍プログラム「LoanDEAL」など、幅広いサービスを扱っている。

「ひとりの挑戦が、あなたを変える。あなたの挑戦は、だれかを変える」を掲げ、越境学習が組織や社会に与える好循環を追求する取り組みが高く評価され、2016年に日本の人事部主催の「HRアワード」人材開発・育成部門優秀賞、2019年に内閣府「第1回日本オープンイノベーション大賞」選考委員会特別賞、2020年にグッドデザイン賞(ビジネスモデル部門)を受賞している。

本講演では「outsight」のプロデューサーを務める光村氏が登壇。越境学習の理論と実践を自身の経験を交えて語り、その入り口としての「outsight」の内容と活用事例を紹介した。

光村氏はまず、今の大企業の管理職が置かれている状況について「非常に厳しい」との認識を示した。

「まず、役割の肥大化があります。ガバナンスやハラスメント対応などいろいろな役割があり、ものすごく忙しい。少ない人数で肥大化した業務をこなさなければならない。さらに、昭和の雰囲気を知りつつ、平成、令和モードに切り替わっていく時代の流れの中で、上の世代と下の世代の板挟みになりやすく、ストレスを抱えがちです。ほとんどの企業が新規事業やDXといった変革に取り組む中で、その対応を担うことも負担の重さにつながっています」

今や「明日も明後日も同じことを続ければいい」という会社はほとんどない。管理職やリーダーは、会社に変革を起こすことが期待されている。しかし、現実は多忙であり、新しいことは社外にあるにもかかわらず、外に目を向けられないまま社内の業務で手一杯になっている。こうしたことから、本来求められている役割を果たすことが難しくなっている。

「変革とは新しいことであり、自ら外に出ていくか、外からくるものを受け入れることによって生まれます。一方で時間や心理的余裕のない管理職は社外を見ることができないため、新しいことに鈍感になったり、場合によっては抵抗してしまったりすることもあります」

管理職が変革の抵抗勢力となってしまうのは構造的問題といえるが、そうした管理職の存在が若手社員のモチベーション低下や離職につながることもある。

「今の若手社員は『入社した会社に染まる』のではなく、学生時代のつながりを維持して外部からの情報を摂取する世代です。本来ならば若手社員のロールモデルになるべき管理職が内向きでは、『イケてない』と思われ、若手社員のモチベーションを下げる要因にもなってしまいます。そうなると若手社員は絶望し、退職してしまう。これを打破することができるのが、越境学習です」

良い越境には「葛藤」「対話と内省」「戻るという前提」が必要

光村氏は、越境学習には縦軸と横軸があると説明。縦軸は「異なる立場を知ること」、横軸は「知らないところ、見たことがないところに行くこと」であるとした。それらを掛け合わせることで、「より遠くへ行くことができる」と言う。

「必ずしも遠くに行かなければいけないわけではありません。なるべく遠くに行った方が気づきが多く、効果や成果を得られやすいのです。

また、良い越境には『葛藤』『対話と内省』『越境後は戻るという前提』が重要です。『葛藤』があることは第一条件。これまでの考え方、やり方ではうまくいかない、前提が違うと思う経験である必要があります。次に『対話と内省』。自分の価値観や目標だけでは浅い学びにとどまってしまいます。第三者やメンターから『こういう考え方もあるよね』と示してもらうことで学びが深まります」

そして、越境を終えた後、自社に戻って「外で得たもの」をどう組織に還元するかを考えるのが「良い越境」だと強調する。

「越境したことで単純に『隣の芝生は青かった』と捉えてしまっているようでは、浅い学びにとどまってしまいます。自社に戻ってどうするか、その意義や意味を考えながら学ぶことが、良い越境の条件となります」

外に出れば出るほど、出やすくなる。最初の一歩が最大の課題

光村氏は自身も出版社から不動産デベロッパーへの転職、既存本業から新規事業への社内での役割転換、東京から札幌への地方移住など、さまざまな越境を経験している。

「『外に出れば出るほど、出やすくなる』というのが実感です。越境は勇気がいることですが、一度転職や社内でのジョブチェンジを経験すると、『人間は意外と変われる』『外に行っても獲って食われるわけじゃない』ということが分かります。すると、前向き、積極的、かつ気軽に新しいところに飛び込めるようになります」

自身の経験として、社外の人脈が増え、事業機会の獲得といった実利にもつながり、若手社員に対しても「大企業でも新たなことにチャレンジできる」ことを示せるという。

また、「越境学習の取り組み方は確立されている」とし、株式会社ローンディールの運営するオウンドメディア「&LoanDEAL」の記事や経済産業省が主導して作成した越境体験ルーブリックを見ることを勧めた。その上で、「実は最大の課題は、どうやるかではなく、どう始めさせるかです」と本題を切り出した。

「越境学習によって従業員を『遠く』に行かせることは、コンフォートゾーンを出ることを強いるものであり、ハードルが高い。社内に制度はあるのに使われていない会社や、新しく制度を作ったにもかかわらず続かなかったケースも多くみられます。

その背景には、管理職の視点が「社内向き」になっているという問題もありますが、管理職自身に『自分はすでに仕上がった人材であり、自分の成長ではなく部下を育てる番だ』という自意識があるのです」。

ベンチャー企業の経営課題を聞き、解決策を提示する「アイデアコンペ」で学ぶ

続いて光村氏は、越境学習の例として、自身がプロデューサーを務める越境学習プログラム「outsight」を紹介した。

ベンチャー企業の経営者が登壇するオンライン講習で、忙しい管理職でも1回90分の時間を作れば参加できるハードルの低さがポイントだという。

さらに特徴的なのが、一方的に話を聞いて終わるのではなく、講演者が実際の経営課題を「お題」として提示し、参加者が解決策を提出するアイデアコンペ形式で学習が行われることだ。

参加者はまず、経営者の話を聞く。そして質問をぶつけながらお題に回答するための材料を引き出す。そこから1週間かけてアイデアを練り、回答する。

「登壇者は宇宙やエイジテック、フードテック、ロボットなど、さまざまなジャンルの経営者で、お題はビジネスに直結するものや組織運営に関わるものなど、多岐にわたります。知らないジャンルの話を聞くことで、知らず知らずに内向きになっていた自分に気づき、危機意識を持つことができます。お題は非常に実践的で、ロールプレイングではなく実務上の課題。良いアイデアは本当に採用されることもあります」

実際に講習を受講した管理職からは「業界内の常識だけではやっていけないと実感した」「ベンチャー企業における意思決定のスピード感に驚いた」「投資家だったらどう考えるかという視点を持てた」といった感想が寄せられたという。

「outsight」は、参加者から10点中平均8.3点という高い満足度評価を得ている。光村氏は、実際の導入事例も紹介した。ある大手製薬企業では毎年10名ほどの次世代リーダー候補が候補で参加するという。社内で勉強会を行い、「outsight」で学んだことをフィードバックしたり、評価されたアイデアと、そうでないアイデアの違いを分析したりしている。また、ある大手通信会社では、「outsight」を社内の管理職研修に組み込む形で活用しているという。

「『outsight』はあくまで最初の一歩。最初からハードルが高いことをさせるのではなく、『これくらいから始めるのが良い』という一例です。その先に、フルタイム出向やレンタル移籍などの本格的な越境学習も見据えており、そういったプログラムも用意しています」

最後に、光村氏が参加者からの質問に回答した。

Q:越境学習が個人のスキルアップに役立つことはよく分かりましたが、事業や会社にはどのように還元されるのでしょうか。

光村:管理職の存在そのものが組織への還元力を持っており、彼らが個人としてスキルアップすることは組織にとっても想像以上にインパクトが大きいといえます。各社のニーズに合わせて、会社の事業成長に還元できるようなプログラムを設計することも可能です。

Q:情報漏えいのリスクにはどのように対応しているのでしょうか。

光村:「情報のコントロールに注意するように」と参加者にしっかりと伝えています。大手企業の社員を受け入れるベンチャー企業側の情報の取り扱いについても、規約の中でも定めています。

Q:越境を通してモチベーションが上がり、自社に戻ってからギャップを感じて落ち込むことを防ぐために、どのようなことをしているのでしょうか。

光村:そういう現象は少なからず起こります。だからこそ「対話と内省」が重要です。メンターや社員がフォローし、「なぜ自社に戻るのか」を常々意識させる。また、自社が「遅れている」と思われないように働きかけることが大切です。会社側としては、越境から帰ってきたら「元の場所に戻す」のではなく、希望に沿って配属したり、それが難しくても「会社はあなたの頑張りを見ているよ」というメッセージを送ったりすることが重要です。

Q:越境先への転職意欲が働いてしまうことはないのでしょうか。

光村:そういうケースはゼロではありませんし、「数年後に」ということもありますが、皆さんが想像しているよりはずっと少ないと思います。戻った後3ヵ月が一番ショックを受けやすい時期ですね。ここをソフトランディングさせることが重要です。

本日は管理職の越境体験の効果をについてご紹介しました。管理職がいきいきと前向きに働き、社内に良い影響を与えるための手段として、ぜひ越境学習の導入をご検討ください。本日はありがとうございました。

FIn

㈱ローンディールでは、人材育成や組織開発など、様々な目的に合わせた越境プログラムをご提供しています。自社に合うプログラムをお探しの方は、お気軽にご相談ください。

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