アートを社会にひらく。話題のアートカンパニー・The Chain Museumが描く“これからの働き方”と、大企業人材の挑戦

アートとビジネスは交わらない——。そんな思い込みを軽やかに飛び越えていく会社があります。アートの創造性を社会にひらき、ビジネスの文脈へとつなげていくアートカンパニー・株式会社The Chain Museum(以下、TCM)です。代表を務めるのは「Soup Stock Tokyo」などを展開する企業・スマイルズの創業者、遠山正道さん。TCMは「自分ごとを起点に働く」ことを大切にしながら、既存の枠にとらわれない事業を生み出し続けています。

そんなTCMが、初めて「レンタル移籍」で受け入れたのが、大企業・京セラ株式会社の大山修平さんです。未知の領域に飛び込んだ大山さんとTCMのメンバーが共に過ごした1年間は、まさに「アート×ビジネス」の可能性を体現する時間となりました。

この記事では、大山さんの挑戦と成長を軸に、TCMが大切にする「自分ごと」の本質、そしてアートとビジネスが出会うことで生まれる化学反応について掘り下げていきます。
(※ 本記事は、2025年4月にインタビューしたものです)

【Profile】
株式会社The Chain Museum 代表 遠山 正道さん
株式会社The Chain Museum 取締役 宮川 大さん
京セラ株式会社 大山 修平さん(レンタル移籍者)

アートとビジネス、双方の視点が交わるからこそ生まれる価値がある

ーーThe Chain Museum(以下、TCM)は、「気付きのトリガーを、芸術にも生活にも。」をミッションに掲げ、アートとビジネスをつなぐ事業を展開されています。社内にはアートの専門性を持つメンバーが多いと伺いましたが、なぜ今回、大企業人材の受け入れを開始したのでしょうか。

宮川:最初はシンプルに「即戦力になる人材がほしい!」という気持ちでした。人手がほしい状況もあり、1つの手段になりそうだなと。

遠山:当社はアートに関する専門集団のような面があるので、アイデアや経験はあるのですが、ビジネスとして形にするのが苦手なところもある。組織で体系立ててビジネスを動かした経験のある人がいると心強いと思っていました。

ーーまさに「アートとビジネスをつなぐ」を実践できる人材を欲していたのですね。

遠山:少し話が大きくなりますが、個人的には事業だけでなく「人」の面でも同様に、アーティストと企業人がつながると面白いんじゃないか、と思っています。

僕はスマイルズのときから「自分ごと」という言葉を大切にしています。「自分は何がしたいか」を考え、そことつなげて仕事をする方が力が発揮できるし、その人自身も前進していけるという考えです。

そのために「日々の仕事をいかに自分ごと化できるか」が重要だと思うのですが、大きな組織に属しているとつい「会社にやらされて…」と、自分ごととは遠い捉え方をしてしまう。それって“仕事のおいしいところ”を逃しているし、もったいない。

(株式会社The Chain Museum 代表  遠山 正道さん)

ーーそこに、アーティストと企業人のつながりが関わってくると?

遠山:アーティストは「自分のやりたいこと」を軸にして作品を生み出すことができるけれど、その活動をビジネスに乗せるのが苦手。一方で企業人はビジネスを進めるのは上手ですが、ミッションはもちろんその日のタスクまで会社が与えてくれるので、自分のやりたいことに向き合う機会がなかなかない。

ならば、仕事に自分ごとを埋め込む視点はアーティストからもらい、アート活動をビジネスにつなげるサポートは企業人がするというように、アートとビジネスの視点を行き来することで互いの足りないところを補い合えたら良いんじゃないかと思っていました。

ーー遠山さんはスマイルズで他社との人材交流も積極的に行ったと聞きました。それも「自分ごとを持つ」という理想に関係しているのでしょうか

遠山:スマイルズでは「交換留職」という、一定期間企業・組織間で社員を入れ替える制度を設けていました。仕事はもちろん地域も入れ替えて、東京にいた社員を瀬戸内に送ったこともあります。結果として、交換留職で飛び込んだ先に居場所を見つけ人生が大きく変わった社員が何人もいましたが、この経験の中でより自分ごととして取り組めるものを見つけたんだと思います。

なので、交換や移籍といった越境機会には大賛成。どんどんやったらいいと思っています。


あえて未知の領域。「アート×ビジネス」に飛び込んだ

ーーそんなTCMに初の移籍者として飛び込んだのが、京セラの大山さんです。大山さんはなぜレンタル移籍に参加をしたのですか。

大山:京セラで約8年、セラミックスを応用したキッチン用品・日用品の商品企画やデザイン、マーケティングを担当してきました。一通り経験を積み、周りに教える立場になる中で「次のチャレンジをするために、新しいインプットの機会がほしい」と感じていたんです。机上ではなく環境を変えてインプットの機会を得たいと考えていた頃、ちょうど社内でレンタル移籍の募集を見つけ応募しました。

ーーなぜ移籍先にTCMを選んだのでしょうか。

大山:もともとアートに興味があったんです。一方、アートはビジネスと相容れないイメージもあり、自分の中では未知の領域。「チャレンジするからには未経験分野に行きたい」という気持ちがある中でTCMを知り、WEBサイトや面談を通じて会社を知れば知るほど、面白そうなプロジェクトが多く、ワクワクして、最後は直感に従って決めました。

(京セラ株式会社からレンタル移籍した大山 修平さん)


ーー大山さんもまた「アート×ビジネス」への関心からTCMを選んだのですね!初めての移籍候補者として、大山さんの第一印象はいかがでしたか。

宮川:様々なタイプの人がいるアート分野で「どんな人とでも丁寧に接してくれそう」と好印象を持ちました。また京セラでは企画書をたくさん作っていたと聞き、僕らも企画提案をする場面が多いので「いてくれたらすごく助かる!」と素直に思いました。

まず動く。話す。拾う。それが信頼につながった

ーー移籍を開始して、驚いたことはありましたか。

大山:最初は、フルリモートだったことに戸惑いました。会社に行っても全員いるわけではないし、なかなか会えない人もいて…。

でもだからこそ、なるべく出社する、現場に行く、Slackを通じていろんな人と会話するなど、地道にコミュニケーションを取る努力をしました。TCMが運営するギャラリーのレセプション業務のときも、周りの人と色々話すよう心掛けましたね。

ーーそこから周囲との関係性や仕事が広がっていったのでしょうか。

大山:はい。最初は「なんでもやってみよう」と小さな仕事から取り組み、ギャラリーの壁塗りや荷物運び、スタジオの大掃除なんかもやりました。それらを1つ1つ積み重ねると「じゃあ、次はこれも依頼しようか!」と、次第に任せてくれることが増えていきました。

「1年しかいない人に、最初から大きい仕事を任せたいとは思わないんじゃないかな」という気持ちがあったので、「とにかく何でもやります!」と前のめりのスタンスを心掛けました。

宮川:僕はメンターの立場だったのですが、しゅうさん(大山さん)から「この会社で何をしたらいいですか?」と聞かれた記憶がないんです。勝手にみんなとしゃべりながら、勝手に仕事を見つけてきてくれた印象で、いつの間にかみんなとの信頼関係を築いていました。

(株式会社The Chain Museum 取締役  宮川 大さん)

ーー具体的にはどんな業務を担当したのですか。

大山:印象深かったのは、メインで担当した『LIFE LAND SHIBUYA ART AWARD』です。ゼロから企画・運営し、アーティストとの調整や事務局運営まで幅広く担当しました。結果的にYouTubeの動画再生数が1ヶ月で14万回を超え、TCMの既存事業ArtStickerでの作品販売にもつながるなど、次の展開も期待できるプロジェクトになりました。

短納期で関係者も多く、TCMとしても重要な案件だったのですが、任せてもらえたのも社内で信頼関係ができていたからだと思います。TCMのいろんなチームを巻き込み、助けてもらいながらなんとかやり遂げられました。

宮川:そう言えば、そのときも未経験のウェブサイト制作を任されていましたよね(笑)。

大山:そうですね(笑)。やったことがないと知りつつ「まあ、できるでしょ!」と任せてもらえたので、すごく嬉しかったですね。

(移籍中の大山さんの1枚)

ジェネラリストが1人いると、専門性の高いメンバーがより力を発揮できると気づいた

ーー大山さんにとっては「初めて」だらけのプロジェクトだったと思いますが、周りからのサポートもあったのでしょうか。

大山:TCMは助け合いの精神が強いんです。TCMのポリシーに「プロアクティブ」という言葉がありますが、積極的に仕事を取りに行ったり困っている人に声をかけたりと、自分のエリアに留まらず広い視野で動ける人が多いなって。

宮川:確かにどのプロジェクトでも、しゅうさんが資料を1つ作ると、いろんなメンバーからすぐフィードバックが集まっていました。

大山:TCMのようにみんなでフォローし合う体制はすごくいいなと。仕事を進める上でも、Slackで情報共有するとすぐ反応があるので、自分のペースで走りつつ周りと連携でき、スピードが早かったと思います。

ーーなるほど、TCMのメンバーは自分ごとの範囲を広く持っているのかもしれないですね。

宮川:TCMで働く上で「自分ごとをいかに仕事に持ち込めるか」は大事かもしれません。そういう人の方が楽しめるし、活躍できると思います。

ただ、しゅうさん自身のキャッチアップもすごく早かったですよ。僕たちの仕事は「会社として何をやるべきか」という視点も、「自分がそれをやりたいのはなぜか」と一人称で語る視点も、両方大切です。そのバランスの取り方が、しゅうさんは途中からすごく上手になっていました。関わっていない事業や遠山が会社を立ち上げた想いまで、いつの間にか会社の説明を自分の言葉で話せるようになっていたのには驚きましたね。

ーー大山さんの存在を通じて、TCMに生まれた変化もありましたか。

宮川:しゅうさんのようになんでもやれるジェネラリストがいると、全体のパフォーマンスが上がるというのは大きな気づきでした。プロジェクトにしゅうさんをアサインすると、アジェンダを作成したりタスクをまとめたり、さりげなく、でも的確に下支えをしてくれました。だからこそ周りのメンバーは、安心して自分の専門分野に時間を割ける。いつの間にか「とりあえず、しゅうさんも…」とアサインする場面が増えていました(笑)。

最近では採用計画を考える中でも、「大企業出身のジェネラリストバックグラウンドの人がもっといるといいよね」という話をするようになっています。

「本当にやりたいの?」
問われて再認識した自分ごとの大切さ

ーー大山さんは移籍期間中、遠山さんと一緒に仕事をする機会もあったんですよね。

遠山:そう言えば、僕がしゅうさんにつっかかったことがありました(笑)。しゅうさんが作った企画書を見て「これ、本当にやりたいの?」って。企画書が綺麗だから下手するとこのまま通っちゃうけど、本当にいいの?と。

宮川:ありましたね(笑)。僕らの仕事は、クライアントからいただく事業と自社で行う事業があります。後者は特に一人称で「何がしたいのか」を語るのが大事で、それがないと自社でやるべきかどうか、誰もジャッジできません。その辺りを整理せず来たばかりのしゅうさんにお願いしてしまったので、遠山からツッコミが入ったんです。

大山:自分としても整理しきれていない状態で持っていってしまった実感はありました。「本当にやりたいの?」と問われて、「確かに…本当にやりたいことじゃないと意味がないな」と、すごく納得しました。それで改めて自分なりに考えて、プレゼンし直しました。

遠山:このとき、しゅうさんは「いや、言われた通りにやっただけなんで…」と反論することもできたと思うけど、ちゃんと自分ごととして受けとり、組み立て直してくれた。それはすごいな、と思いましたね。

大山:京セラにいるときも、やらされ仕事のスタンスを取るのは簡単だけど、最終的には「自分がやりたいんだ」と語れることの方がうまくいく気はしていたんです。このときのフィードバックで「その感覚は正しいんだな」と、自信を持つ機会になりました。

ーーここまでお話を聞いて、大山さんはすごくTCMに馴染んでいたんだな、と感じています。

遠山:そう、すごい人気者で、もうびっくり。送別会もみんなが参加して、惜しむ声もすごくて。しゅうさん自身が自分ごととして仕事をしていたことや、TCMが大切にしているプロアクティブな姿勢にも順応したことで、自然とチームの一員になっていたんじゃないかなと思います。

宮川:僕は、しゅうさんが来て「みんなこんなに仲良くなれるんだ!」と気づいたのも新鮮でした。仕事だけでなくプライベートでも、カラオケやボーリングに行くなどみんなと一生懸命遊んでいて(笑)。

大山:(笑)。京セラの文化としても運動会や夏祭りがあったり、休日も後輩と遊んだりすることが多かったので、そういう背景はあったかもしれませんね。

「自分ごと」で仕事に臨んで見えた、大企業の良さ

ーーアートにビジネスの視点を持ち込むことは、レンタル移籍に期待した1つだったと思います。実際に大山さんの移籍が終了して、いかがでしたか。

遠山:しゅうさんはビジネスの進め方がわかっていたので、いてくれて本当に助かりました。アートをビジネスとして形にするプロセスを着実に担ってくれたし、安心感もありました。

大山:自分自身、特にそこを意識していたわけではないのですが、先を見据えて順序立てプロジェクトを進める視点は、京セラで培われたものが自然と活きたのかなと思います。

ーー大山さんは未知の領域「アート×ビジネス」への関心からTCMを選んだとのことでしたが、移籍期間を振り返っていかがですか。自社に持ち帰りたいものもありましたか。

大山:アートについて学べたのはもちろん、情報をオープンにしたり、幅広い範囲を「自分ごと」と捉えアドバイスし合ったりと、TCMで学んだ良いところがたくさんありました。こういった仕事の姿勢は京セラでも実践したいですし、社外で得た交流を社内に持ち込むような動きも作りたいと思っています。

ーー京セラでも、自分ごととして仕事に向かう輪が広がっていきそうですね。

遠山:その視点を持てるようになると、大企業には良いところがたくさんあると思いますよ。

自分のやりたいことを掘っていくうちに「あれ、これうちの会社でできるんじゃない?」と仕事と自分ごとが接続するポイントがあると思うし、様々なリソースを持つ大企業だからこそそれが見つかる可能性も高い。そうして大企業に身を置く価値を再認識できるとその人自身のモチベーションも高まるし、企業としても嬉しいですよね。

TCMとしても、冒頭でお話ししたアートとビジネスの視点を行き来させるという意味で、ぜひこれからも大企業の人材を受け入れたいと思っています。

ーー大山さんに続き、今後も大企業からの人材受け入れを通じてTCMにどんな化学反応が生まれるのか、そちらも楽しみです。遠山さん、宮川さん、大山さん、今日はありがとうございました!

Fin

協力:京セラ株式会社 / 株式会社The Chain Museum
撮影:畑中ヨシカズ
インタビュー・文:大沼芙実子
提供:株式会社ローンディール

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