リクルート Ring事務局長 渋谷昭範さんに聞く「イノベーションに欠かせない、ビジネスセンスの鍛え方」


「日頃から着想のヒントを見つけたら、すぐに知っている例と結びつけ抽象化して人に話しますね」。そう話すのは、株式会社リクルートの新規事業提案制度「Ring」の事務局長をつとめる渋谷昭範さんです。渋谷さんは新卒でNTTの研究部門に従事した後、モバイル・ベンチャーに転職。その後リクルートやソフトバンクの新規事業開発に携わり、現在に至ります。新規ビジネスを生み出すためには「発想力」や「解決策」が重要ですが、日頃から新規事業に関わっている方は、日常のどんな場面からそれらの着想を得るのでしょうか。そして、そのビジネス発想力を鍛えていくためのヒントとは。渋谷さんをお招きして開催した対談イベントの一部を要約してお届けします。

ビジネス発想力を鍛えるカギは、「着眼点を複数持つこと」


細野:
渋谷さんは様々な企業の新規事業を手掛けていらっしゃいました。そのご経験から、新規事業を進める上で課題に感じていることはありますか。

渋谷:何が正解かわからない、というところには常に難しさを感じています。ただ多くの人が関わると突然変異が起こりやすくなると思うので、仕組みをなるべくカジュアルにして、色んな方が気軽にエントリーできる仕組みにするのが良いと思っています。その観点から、「半径5m以内の『不(ふ)』から始めよう」という話をします。

「不(ふ)」と言うのは、身の回りの「不満」「不便」「不可能」「理不尽」など、否定語になるものですね。そこから課題を探していきましょうと話しています。一方で入口はスムーズでも、そこで止まってしまっては事業になりません。課題自体の解像度も上げないといけないですし、その身近な課題を広げて抽象的に解釈する必要があります。もちろん僕も正解を知らない中で、何をアドバイスするかは常に難しいなと思っています。

(写真左)渋谷 昭範さん 株式会社リクルート 新規事業提案制度「Ring」事務局長
1997年にNTTに新卒入社し、研究所にて無線の研究開発に従事。2002年にはモバイル・ベンチャーに転職し事業開発を担当。その後2005年にリクルートに転職しホットペッパー等を担当した後、海外でベンチャー企業投資等に関わる。2014年からはソフトバンクにて新規事業開発に携わった後、2017年からリクルートに復帰し、現在は同社の新規事業提案制度「Ring」の企画・運営責任者を務める。

(写真右)細野 真悟 ローンディール最高戦略責任者/ビジネスデザイナー2000年にリクルートに入社しリクナビNEXTの開発、販促、商品企画を経験した後、新規事業開発を担当。 2013年にリクルートエージェントの事業モデル変革を行い、1年で100億の売上UPを実現し、リクルートキャリア執行役員 兼 リクナビNEXT編集長に。  現在は企業間レンタル移籍プラットフォームを提供するローンディールのCSOを務めながら、フリーのビジネスデザイナーとしても複数のベンチャーの戦略顧問や大企業の新規事業部門のメンタリングを行う。 著書に『リーンマネジメントの教科書(日経BP)』がある。

細野:色んな方にこの「新規事業の課題」について質問をするんですけど、多くの方が「社内調整が大変」とおっしゃるんですよ。それもあるとは思いますが、そのハードルを越える価値のあるアイデアかどうか、ということも大事ですよね。

渋谷:「何をやるか」は大事ですよね。それがしっかりしていないと、進んだとしてもうまくいかない。「どこに行きたいか」という動機が大事ですよね。

細野:今日のテーマは「ビジネスセンスの鍛え方」ですが、ビジネスセンスの定義は人それぞれなので議論がしづらい印象があります。なので今日は下敷きになる絵を作ってきました。今回はこれを「ビジネス発想力」と呼びたいと思います。

先ほどの渋谷さんのお話では、「課題を見つける着眼点は半径5m以内で良い」ということでした。その課題の解像度を上げ、誰がどれだけ困っているかを理解し、今度はそれを広げて抽象化して他にも困っている人がないかを考える。その具体と抽象とを行ったり来たりすることが必要とのことでした。また、それを「自分の意思で解決したい」と思えるかどうかも重要だと思います。そのような課題をどれだけ多く知っているか、解像度を高く捉えられているかが1つ目のポイント「着眼点」です。

もう1つが「ソリューション」です。課題が見えていても、解決策がなければビジネスになりません。解決策をいくつも知っていて、それらを組み合わせて課題を解決できるようなコンセプトをいかに見出していけるか。これらを一通りできることが「ビジネス発想力が高い」という定義をしています。

渋谷:僕も完全に同意ですね。「着眼点」を得るには実際に現場に行ってみることが重要だと思います。現場に行けば行くほど課題を間近で知って、「これは俺が解決しなきゃ!」っていう勘違いをして(笑)、そこからどっと進んでいくんですよね。困っている人がいて、それを解決するから対価が支払われてビジネスになる。困っている人の気持ちにどれだけなれるか、またそれを違う角度から見て「こっちにもお困りごとがあるんじゃないかな」と考えることもすごく大事だと思います。

一方で「ソリューション」は引き出しだと思うので、色々なメディアで見たものを「これって結局どういうこと?」と考えインプットしていくだけでも、自分の中に引き出しがどんどん増えていくと思いますね。

細野:数も大事ですよね。1つの課題を大事に握りしめる方もいるのですが、それがうまくいくとは限りません。「着眼点を複数持って生きること」が、ビジネス発想力では大事な要素になると思います。

会社の外に出て、「お試し」をすることで見えるものがある


細野:
ここで会場からの質問です。「人が困っていることを意識するのが大事というお話がありましたが、それは分野や軸を絞らずに見ているのでしょうか。もしくは重要なターゲットに絞って観察していますか」ということですが、いかがでしょうか。

渋谷:「あと2週間で起案しなきゃいけない」という状況なら的を絞るかもしれませんが、普段は特に絞らず、深く考えずに見ていますね。ただその中でも、自分にすごくハマるものってあるじゃないですか。他の人から見たら大したことないのに、自分はすごくキュンとしてしまう、使命感を感じる課題というか。その点では、全方位的に見ながらも、自分の指向性の範囲内で自然と絞られているんだと思います。実際に事業化するときも、自分の好きな領域じゃないと続けられませんしね。

細野:「ビジネス発想力」を身に付けたい人は、幅広く世の中の課題に触れたり体験してみたりしないと、この「着眼点」は身につかないんじゃないかとも思います。いかがですか。

渋谷:たくさん触れないといけないと思います。最近思ったんですけど、今、音楽もサブスクになったじゃないですか。そのおかげで偶然新しい音楽に出会ったり、紹介を受けて聴いたりしやすくなりましたよね。日常で関わるビジネスや経験も同じで、もっとラフにお試しをいっぱいして良いと思うんですよ。

そうすることで新たに見えるものがあると思うので、とにかく触れないともったいないですよ。多くの方は、「自社」というJ-POPミュージックの中に留まってしまっているんじゃないでしょうか。

細野:「ビジネス発想力」を身に付けたいなら、会社の外に出て体感する機会がないとそもそも難しいのかもしれませんね。

渋谷:ただ、多くの数に触れていくことも大事ですが、数に触れて学んだことを振り返らないと意味がないと思います。量が質を産むためには、しっかりと反省をして次に活かすことも大事だとも思いますね。

インプットした概念を「とにかく人に話す」

細野:渋谷さんの凄いところは、話を1つ振ると数珠つなぎで情報やアイデアが出てくるところだと感じます。着眼点もソリューションもたくさんお持ちなんですよね。普通の人だったら見えていないことにも気付いて、ストックしているんだと思います。渋谷さんが普段意識している行動や、意図的に参加している活動などはあるのでしょうか。

渋谷:会社外の活動でいうと、週末、子どものミニバスのコーチをやっています。ただ自分はバスケの経験がないんです(笑)。どうやって教えたら良いかわからないので、モチベーションマネジメントを取り入れてみたり、一人ひとりに長所と改善点をフィードバックしたり、会社で学んだ人材活用の手法をコーチの立場で試していますね。

あと、Facebookによく投稿をするのですが、投稿文を書くときにも「これがどういうフレームワークで整理されるべきか」を意識しています。たとえば、子どもがインド旅行で病気になったことを投稿したのですが、それすらフレームワークで書こうとしていて(笑)。

その意味では、日頃から色んなところでアウトプットをしていますね。フレームワークで整理して、それを外に出す。もちろん外に出すためにはその前に頭を整理することにもなります。それを他の人より多くやっているのかもしれません。

細野:渋谷さんは、アウトプットという言葉のレベルが普通じゃないと思うんですよ(笑)。無意識なんでしょうけど、「これは面白い! だから実際に使いたい」というモチベーションがすごく高いなって。そして実際に使ってみると、周りから何らかのフィードバックが来ますよね。それでまたチューニングして、再度使って、という行動をワクワクしながら続けている印象です。

渋谷:いつからかはわからないけど、自然とやっているのかもしれませんね。

細野:あと、たくさんインプットをした上で必ず人に話していますよね。インプットしたものを、「これは何かに似ている」と話すことが日常になっていると思います。この「話す」という行動が身についているから、具体をたくさん知っても抽象化できるルーティーンが出来上がっているのではないでしょうか。

渋谷:確かに、本を読んだりニュースを見たりして「これは以前聞いたこれと似ている」とピンときたり、「それならこんな面白さがあるんじゃないか」と感じたりしたらすぐに人に言いますね。SNSに投稿することもあります。だから目に入ったものを、一度咀嚼してからアウトプットすることが日常になっているのかもしれません。

対立が生まれたときこそチャンス

細野:会場からの質問です。「渋谷さんのように常に考えている方は、色々なアイデアが生まれ、人に話してさらに磨かれていくと思うのですが、その中でも『これは良いアイデアを見つけた!』と思う瞬間はどんなときでしょうか」と。

渋谷:そういう瞬間はありますよ。そういうときはすぐ具体的に案を作り始めます。あとは人にもどんどん話しますね。

細野:ちなみに僕の場合は、「これ面白くない?」って人に話したときに「つまらない」という回答が返ってきたときに1番興奮します。一般の人では気づけないインサイトに到達できた、いいニッチをつかんだなと思うんですよね。周りの反応が良くないときの方が、「すごいものが降りてきた」という認識があります。

渋谷:それで言うと、最近、対立や矛盾ってすごく大事だなと思って。意見が分かれてもめているときって、「まだその課題や解決策の解像度が上がっていない」という証明なんですよね。見えていない法則がきっとあるわけで、まだ誰も知らない軸が発見できる可能性があるんです。対立したときこそそれに気づくチャンスだと思います。

あと、「ここに矛盾がある」という話になったときに「じゃあ視点を変えたらどうだろう」と気づく機会にもなります。鳥瞰するのか、もっと頭を突っ込んで見るのか。価値があるものって矛盾していてみんな解けないんですよ。たとえば「少子化問題を解こう」と思っても大きすぎて解けないから、「じゃあ少しサイズ小さくして考えて、変えられる課題からやっていこう」と見方を変えることもできます。だからこの対立のタイミングは、見えていないものに気づく大きなチャンスなんじゃないかと思うんです。

細野:僕も「対立していないと良いものにならない」っていうくらい、必要なものじゃないかと思っていて。成功する事業も、たいていは反対意見を言われているんですよね。その対立が和解する瞬間が見つかると良いビジネスになる。そのステップはどんな事業にもあるのだと思います。

渋谷:マネジメントの立場からも、最近は新規事業を考えているメンバーに「対立が生まれたときこそチャンスだ!」と伝えるようにしていますね。

細野:今日のお話は共感することばかりでした。テーマである「ビジネス発想力を鍛えるためのポイント」がたくさん詰まっていたと思います。無意識と言いながらも、まさに僕が日頃考えていた重要なポイントを実践されているのが渋谷さんだなと改めて思いました。

渋谷:ありがとうございます。繰り返しになりますが、インプットしたらちょっと頭を整理して人に話す、そして人に話そうと思うから整理する、このルーティーンは有効だと思います。まずはそのことを、日頃から少し意識して過ごしてみると良いのではないでしょうか。

Fin

レポート:大沼芙実子

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