WILLを起点に自律型人材を育て、組織パフォーマンスを高める三つのポイント

組織パフォーマンス向上のために自律型人材の育成が重要であると感じながらも、どのように個人の意志を組織目標とつなげていけばいいのか、課題を感じている企業は多い。そのようななか、大企業からベンチャー企業に人材を一定期間参画     させる人材・組織開発プログラム「レンタル移籍」を提供する株式会社ローンディールは、そのノウハウを基に自律型人材育成研修を提供する「WILL-ACTION Lab.」を設立     。WILL-ACTION Lab.所長の大川 陽介氏が、自律型人材を育成して組織パフォーマンスへとつなげるためのポイントを、事例を交えて紹介した。

大川 陽介氏(株式会社ローンディール WILL-ACTION Lab.所長)

越境学習プログラムの実践から見えた、自律型人材育成における三つの課題

大企業の人材が、一定期間ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」などの越境学習プログラムを提供している株式会社ローンディール。ベンチャー企業の事業に参画し「未知へ挑む」という「越境体験」(修羅場/土壇場/正念場)をすることで、個人の主体性・自律性を引き出し、組織の変革やイノベーションへつなぎ合わせる人材・組織開発プログラムだ。これまで300人を超える越境人材に伴走し、その多様な経験を組織に還元するノウハウを蓄積してきた。

こうしたノウハウを体系化することで、より多くの企業で導入しやすいワークショップを開発しているのが、同社の「WILL-ACTION Lab.」だ。個人が内省や対話を通じてWILL・CAN・MUSTを言語化し、それぞれの関係性を見いだすことで主体的に行動できるようになり、組織全体の活性化につなげることをねらいとしている。

WILL Action Lab. の所長を務める大川氏によると、自律型人材の育成においては、WILLを起点とすることが重要だという。 自分の意志(WILL)を言語化し、具体的な行動(ACTION)に移す。行動を振り返り、自分の意志を再度言語化するというサイクルが回る仕組みを作ることで、「自らの意志を持って動く」自律した人材の育成や組織のパフォーマンス向上につながるのだそうだ。実際に「レンタル移籍」でも、移籍前にWILLの言語化を行い、移籍後に振り返りやWILLのアップデートを行っているという。

「私たちは、WILLは人生の羅針盤であると捉えています。世界三大発明の一つである羅針盤が発明されたことにより、未知の世界の開拓が進みました。正解の地図が失われたVUCAな現代においても、一人ひとりが人生の羅針盤を持つことで新しい世界が開拓できると考えています。よく、志や夢などと何が違うのかと聞かれるのですが、夢や志は、目標やゴール、社会的意義のようなもので、WILLは根源的な『気持ち』に近いものだと私は考えています。行動の起点であり、意志決定の基準であり、自分を成立させる基盤のようなものです」

変化の激しいビジネス環境と人的資本経営の重要性の高まりを背景に、自律型人材が求められていると語る大川氏。イノベーションの促進、業務効率の向上、持続的競争力の強化につながるなど、その重要性を認識している企業は多い一方で、実践にあたってはさまざまな悩みが存在しているという。レンタル移籍事業を行う中で感じた、企業が抱える代表的な課題は三つある。

「一つ目は、キャリア自律と人材流出のジレンマです。社員がキャリア的に自律することにより、優秀な人材が退職してしまうのではという懸念です。二つ目は、個人のWILLと組織目標のミスマッチ。個人が自律してWILLを持ったとしても、社員の希望が全て組織目標と重なるわけではないため、どう調和させていくべきかという悩みです。そして三つ目は、主体的な行動を促す組織文化を醸成することの難しさ。個人のWILLと組織目標を調和させることができたとしても、受動的な組織文化を変えなければ具体的な行動にはつながらないからです」

ポイント(1):自律的行動の起点となる「個人のWILL」の言語化

続いて大川氏は、これら三つの課題への打ち手として、自律型人材を育て組織のパフォーマンスを高めるための三つのポイントを解説した。一つ目は、自律的行動の起点となる「個人のWILL」の言語化だ。

「自分および他者との対話を通して、自分の中にはどんな要素があるのかを分解していきます。その要素を再構築していくプロセスを通じて自己理解を深め、言葉にして表現します。さらに、言葉にしたものを行動につなげていくことも大切です。私たちはこれを誰もが実践できるようにと、『WILL発掘フレームワーク』を開発しました」

WILLを言語化するための大事な点は二つ。一つは、WILLを構造化すること。「あなたは(私は)どうしたい?」という問いに対する答えはさまざまだが、整理すると、三つの「◯◯たい」に集約できる。「ありたい」(判断軸)、「やりたい」(行動)、「実現したい」(結果)だ。

「組織が持つビジョン、ミッション、バリューの考え方とニアリーイコールなので、イメージしやすいのではないかと思います。まずベースになるのは『ありたい』。価値観・信念、つまりバリューです。その上に自分が命を使って『やりたい』こと、つまり使命=ミッションが来ます。さらに、自分がそれをやった結果訪れる未来や見たい風景、つまりビジョンが一番上にある、という構造です。このように自分の中にある『◯◯たい』を構造として整理できると、WILLを言語化しやすくなります」

二つ目は、個人と組織のWILLを分けて考えること。自分にはWILLがあると思っても、つい個人のWILLが組織のWILLに同化してしまうという。

「私も以前、勤務先の企業理念をあたかも自分自身のWILLであるかのように語っていたことがありました。でも、明日会社がなくなったら自分はそれをするだろうかと考えてみると、しないだろうと思ったのです。組織のWILLに乗ってしまえば楽だし評価もされやすいので、そこで思考停止してしまいがちですが、それは本当に自分自身がやりたいことなのか、常に意識しながらWILLを考えることが大切です」

また、組織のWILLだけでなく、組織から与えられているMUSTや得意なCANを、自身のWILLとして語ってしまうことも起こり得るという。組織に入ると目の前のMUSTに心も時間も奪われることが多く、ふと気づいた時に自分は何をしたかったのかがわからなくなる、つまりMUSTやCANと比べてWILLが相対的に小さくなることがあるのだそうだ。この状態でWILLを考えようとすると、つい組織から与えられているMUSTをWILLとして話してしまったり、得意なこと=やりたいことだと語ってしまったりする。

「もちろん、個人のWILLと、組織のWILLやMUST、CANが重なっていれば、組織での役割に納得感を持ち自分ごと化して仕事ができるため、本人にとっても組織にとっても望ましい状態ではあります。ただ、それは本当に自分がやりたいのかを、常に問いかけてほしいと思います」

こうした思考に陥らずにWILLを発掘するためには、自分自身との対話と、他者との対話が欠かせない。自分自身と向き合う際は、5歳の時のような     素直で純粋な自分に問いかけるイメージを持つことが有効だという。他者との対話では、自分のことを語り、フィードバックをもらうことで、新たな気づきを得たり、他者との比較による相対化から自分の価値を見いだしたりすることができる。

ポイント(2):「個人のWILL」と「組織のMUST」の連結

自律型人材を育て組織のパフォーマンスを高めるための二つ目のポイントは、「個人のWILL」と「組織のMUST」の連結だ。自律的行動の起点であるWILLと、組織との重なりが明確に見えてくると、自分がなぜここにいるのかという意味付けができ、自分の意志で組織に所属し成果を出すことに集中できるようになる。組織の方も、個人のWILLに沿ったアサインをすることで成果を出してもらいやすくなる。まさにエンゲージメントが高い状態であり、こういった人材が増えていくことで組織のパフォーマンスが向上していく。

では、どのようにして個人のWILLを組織のMUSTに連結すればよいのか。個人のWILL/CAN/MUSTと、組織のWILL/CAN/MUST、六つの関係性を整理し、「個人のWILL」と「組織のMUST」を丁寧に連結していくのがポイントだと大川氏は語る。ここでは、六つを1枚のシート上で整理することのできる「WILL/CAN/MUST連結キャンバス」というワークシートが活用できる。1枚のシート上に配置された六つの項目を埋めながら個人と組織が重なる場所を探していくものだが、上司と部下の1on1などの場で活用が可能だ。

「WILLとMUSTをダイレクトにつなげることは難しいのですが、間にCANを入れることで、WILLとMUSTのつながりが明確になりやすいという特徴があります。CANを経由することにより、目の前の業務(MUST)に取り組む主体的なモチベーションが醸成できるのです」

例えば、「地元XX県の地域活性に貢献したい」というWILLが明確になった人がいたとする。ところが、本業の仕事で求められているMUSTは「YY県のアカウント営業を通じて自社の売り上げ貢献をすること」。今の自分のMUSTを頑張ったところで地域活性にはつながらないので、早く辞めて地元に帰った方がいいのではと考えてしまうかもしれない。

ところが、「WILLを実現するためには、どんなCANが必要か」という問いを上司が投げかけることで、それに対して「地域での信頼関係を作っていく力」「大胆な提案をしてやりきる力」といったものが挙がる。すると現在のクライアントとの間に信頼関係を築くことや、大胆な課題解決提案をやってみることで必要なCANを培えるかもしれないという発想が生まれる。今の業務を、ただ数字を作るというミッションで捉えるのではなく、顧客との関係構築や施策提案と捉え方を変えてみるという意味付けをすることで、自分のWILLと目の前のMUSTをつなげていくことができるのだ。

ポイント(3):「WILL-ACTION(意志ある行動)」の習慣化

三つ目のポイントは、「WILL-ACTION(意志ある行動)」の習慣化だ。自分の意志を言語化し、具体的な行動に移す。行動してみて、自分の意志を改めて言語化する。WILLとACTIONを相互に行き来しながら前進していくことで、自律的に行動できる人材へと成長できると大川氏は語る。

「これを私たちは『WILL-ACTIONサイクル』と呼んでいます。メンバーの一人ひとりが『WILL-ACTIONサイクル』を回し続けている組織、すなわち自律性・主体性が高い組織は、高いパフォーマンスを発揮することができると考えています」

「主体性」は生まれた時から全員が持っているが、成長過程で失われる人が多い。学校教育や会社での育成で少しずつ失われてきた主体性を取り戻すには、意志を持った行動の繰り返しが大切だ。

「まず行動を起こすこと、そして習慣化させるためには、組織による支援も必要です。具体的な支援策としては、メンターや上司による伴走、続けられる環境・関係性の構築、『意志ある行動』が生きる機会の創出などが考えられます。特に三つ目は継続のために大切で、人事施策の具体例を挙げると、ビジコンや手挙げ式の選抜研修、ジョブチャレンジなどが該当します」

小さく一歩を踏み出し、数をこなすこともポイントだ。決められた期限の中、WILLに基づいた100のアクションに取り組む「WILLアクションサーキット」というワークがある。100という大きな数字を出すことで、1個のアクションを小さくし、行動の障壁を下げ習慣化させることがねらいなのだという。アクションを仲間と共有することで行動を支援し合い、行動の質を上げていく。

こうした取り組みを行うことで期待できる組織への効果としては、主体的行動・社内のチャレンジの総量が増える、部門を超えたコラボレーションや横のつながりが生まれる、新規事業のタネや新たな才能の発掘につながる、といったことが挙げられる。

 

WILLを起点に自律型社員を育成に取り組む企業の事例

これまで紹介した三つのポイントを各社の目的や状況、特性、制約に合わせて組み合わせることで、自律型人材の育成を実践している企業がある。講演では、WILL-ACTION Lab.が支援した企業の具体的な取り組み事例が紹介された。

日本たばこ産業株式会社では、次世代経営者育成を目的に、WILL/CAN/MUST連結ワークショップを活用。まず個人のWILLの言語化をしてから、経営戦略への連結を行い、経営層の前で決意表明を実施。そのコミットメントに合わせたアクションをとれるよう、会社として5年間の戦略的に業務アサインをしていくというものだ。
▼日本たばこ産業株式会社の事例記事はこちら

小野薬品工業株式会社では、イノベーション創出を目的に取り組みを行った。新規事業を創出する際には「自分が何をしたいのか」という思いが重要となるため、最初のステップとしてWILLの言語化を実施。その上でベンチャー企業への提案プログラムや、ベンチャー出向プログラム(レンタル移籍)、ビジネスコンテストなど、言語化されたWILLを実際に形にする機会をつくっている。
▼小野薬品工業株式会社の事例記事はこちら

講演の最後に、大川氏はこう締めくくった。

「講演の冒頭で三つの課題として挙げたとおり、キャリア自律支援を組織パフォーマンス向上につなげる難しさを感じている企業は少なくありません。しかし、『方法はある』ということが、今日最もお伝えしたかったことです。私たちが相談に乗れることもあると思いますので、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう。こうした施策は、推進者となる皆さん自身が一番ワクワクし、WILL-ACTIONサイクルを回している状態であることが、一番の成功の鍵です。まずは起点となる皆さんのWILLから、ぜひ考えてみてください。本日はありがとうございました」

(日本の人事部「HRカンファレンス2024-秋-」開催レポートより)

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