研究職10年の落合さんが、なぜ、 たった1年で事業創出を期待される人材になったのか?【後編】

「まさか自分が、1億円の資金調達をすることになるなんて…」
パナソニックに入社以来10年、リチウムイオン電池の研究開発に従事してきた落合章浩(おちあい・あきひろ)さんは、2018年秋から1年間、ロボティクスのベンチャーにレンタル移籍しました。

前編では、ベンチャーで働く感覚を掴むまでのストーリーをお届けしました。後編では、移籍してたった2週間目に告げられた、資金調達の話を伺っていきます。研究職しか経験のなかった落合さんが、なぜ、たった1年で事業創出の現場で活躍を期待される人材になったのか?  落合さんを大きく変えた、パラレルな365日の後編です。
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—資金調達1億円獲得への道

ーー初めてのベンチャー、最先端のロボティクス分野でパフォーマンスを発揮できるようになってきた落合さんですが、移籍期間を通じてもうひとつ、大きなチャレンジがありました。
それは、移籍して2週目にして聞かされた資金調達の案件でした。

「移籍して、まだ会社のことも全然わかっていなかった頃、突然、CEOの富岡さんから話があって、資金調達の案件を担当することになりました。移籍前に、事業開発を学びたいって話していたので、だったらということで、機会を作ってくれたんだと思います。最初は、国家機関で公募があるのでその話を聞いてきてほしいみたいなところから、とりあえずよくわからないまま聞きに行って…というところから始まりました。

申請するには、まずは事業計画をベースにした資料の提出が必要で。でも、当然やったことはないので、事業の話をCEOから聞いたり、事業計画を見せてもらったりしながら、なんとかまとめました。できそう、無理そうじゃなくて、もうやるしかないっていう感じでしたね。

ただ、この“わからないながらにやる”って、実は研究と同じなんですよ。わからないから研究するわけですし、こういう結果が出るんじゃないか…って、想像しながら結果を導き出していく。だから、見えない状態で何かをやるっていうのは結構共通していて、勘所みたいなものはあったんだと思います。

最終的には、メンバーと協力して1年の間に5件の助成金を申請しました。資料を出すと次に面談があって、面談は富岡さんにも出てもらって、自分は同席というかたちで参加していたんですが、その中の1つはメンバー全員ののスケジュールが合わずで、自分ひとりで挑んだこともあります。

いろいろ事業について聞かれるわけですよ、もう必死でした。これも、やるしかないと思って、なんとか乗り切りました、…今考えてもよくやったなぁと。

でも、頑張った甲斐あって…、申請した5件のうち、3件ほど採択されて、結果1億円以上の資金調達ができたんです! 結果を聞いた時は『おぉー』って、思わず大声をあげてメンバーと喜び合いました。『よし!』みたいな達成感と、『あぁ、よかった』みたいな安堵の気持ち。TX社にとっても、この資金を受け取る受け取らないでは開発にかけられる費用がぜんぜん違うので、TX社に貢献できた意味でも嬉しかったですね」

—自分は何がやりたいのか…悶々とする日々

ーー資金面でも大きな貢献をみせた落合さん。とても、つい数ヶ月前までリチウムイオン電池の研究開発一筋とは思えません。こうして「できること」「見える世界」もだいぶ変わっていきました。一方、広がりが生まれたからこそ、落合さんは悩んだと言います。

「移籍して半年過ぎた頃には、ロボットのこともわかるようになって、染み出していろんなことができるようになっていました。だからなのか、このあとパナソニックに戻って何がやりたいのかっていうのがわからなくなって、悩んでいました。今まで学生時代からずっと電池の研究をしていて、入社してからも『車載用リチウムイオン電池を出す』っていう明確な目標があったので、迷うことはありませんでした。でも、こうしてロボットの技術を学んで、また今までの部門に戻って電池の研究を“ただ継続する”っていうのも違うなって思って。できることも視野も広がったからこそ、悩みました。研究職を続けたいのか? プロマネ的なポジションがいいのか? それとも…。

ただ、TX社での経験を振り返ってみて、確実に自分の中で面白いなと感じていたのは、世の中に新しいプロダクトを出していくプロセスに関わったことでした。まだ世の中には出ていないですけど、プロダクトを作りあげてる感がすごくよかった。それに、パナソニックだと、社内でも違う部門は何しているか会社全体が見えない。でも、ベンチャーでは皆、顔も動きも見える状態、そこに自分の枠や役割は決まっていない。こういう環境の中で、新たなプロダクトを世の中に出していく、そういうことに関わりたいなっていう感覚は、持っていました」

—まだまだ甘かった。本番はこれから…

ーーこうして移籍を終える頃には、手触り感がある中でプロダクトを作りあげていく喜びを知った落合さん。しかし、思い出に浸っている余裕はなく、戻った落合さんに、新たなステージが待っていました。落合さんの戻り先は、株式会社BeeEdge(ビーエッジ)。シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタルと、パナソニックにより設立された合弁会社で、大企業に眠る新規ビジネスアイデアの事業化を行っています。

・・・実は、落合さんには研究職に戻る道もありました。
しかし、自らBeeEdgeでのチャレンジを決めました。それは、新たなプロダクトの開発過程に携わったことで、もっとその先の世界を見たいと思ったから。そして、「きついかもしれない…」とわかっていてもTX社を選び、結果的に大きく成長したように、今回のミッションを乗り越えることで、更に成長できると確信したからです。

※BeeEdgeの取り組みについて…「やりたいアイデアがあっても自由に動けない、事業化できない」、そんな起業家精神を持った人たちと大企業文化を変えるべく誕生。大企業の中で様々な理由から実現できないビジネスの原石を、情熱を持って一緒に育て事業化するとともに、産業の垣根を超えたオープンイノベーションを促進している。 2019年には、BeeEdgeのスキームで設立した「ミツバチプロダクツ株式会社」が、第1回 日本オープンイノベーション大賞にて「科学技術政策担当大臣賞」に選出されるなど、注目を集めている。 http://beeedge.com/

「移籍が終わった頃は、『自分頑張った! 何でもいける』みたいに思ってたんですけど、今思うと過信していたなって…。甘かったなって思います。

今はBeeEdgeで、新規事業を創出する仕事をしています。具体的には、パナソニックをはじめとするBeeEdgeの出資元様から資金やリソースを分けていただきながら、新しい事業を立ち上げる業務に携わっています。
事業をゼロベースで考えなければいけないし、どうしたら事業として成り立つのか、それをどうグロースさせるのか? その先どういうビジョンを描くのか? っていう、気づいたら、経営の領域をやってます。正直、今の方がキツイです(笑)。

TX社にいるときは、資金調達や事業計画って大変だと思っていたけど、社長が書いた事業計画というのが既にベースにある分、まだ良いなって。今はそれをゼロから書かないといけない。自分たちで作らないといけない状況。研究職時代は車に使われるって枠がありましたし、TX社ではロボットっていうのがあった中で考えていましたけど、今はその枠すらないんですよ…。

ゼロベースってこんなにキツイのかーって思いましたね。自分でビジョンを描くっていうのはこんなに大変なのかって痛感してます。(TX社にいる時は)自分は自由な環境にいた方がパフォーマンスあがるって思っていたんですけど、今までは本当のゼロにぶつかっていなかったんだなって。

当然、TX社での経験があったからこそ、全体像が見られるようになりましたし、ゼロイチで作ってきた人たちと共にしたからこそ、事業を起こすという感覚がわかるというのはあります。レンタル移籍の経験がなかったら、もっとしんどかったと思います」

ーー「大変だ…」「しんどい…」と言いながらも、落合さんの表情はなぜかイキイキとしていました。今は“生みの苦しみ”の真っ只中にいるだけ。落合さんにはその先の明るい未来が見えているのかもしれません。

「今は3人のチームで動いています。事業化するプロダクトの概要は固まりつつあるものの、どうやって商品にしていくか? っていうストーリーがまだふわっとしている状態。まさに生みの苦しみ。超苦しいです(笑)。ハードウエアを作るってお金つぎ込まないといけないし、こけたら本当にやばいと思っています。でも、仮説の状態で突っ走らないといけない状況なんです。

ただ、…もしこのプロダクトが世の中に広まったら、すごくいい未来になるよねって思っていて、それを想像している時はめちゃくちゃ楽しい。こうしたら需要が生まれるんじゃないか? こういうストーリーはどうか? みたいな、まさに脳内思考実験。ある種、研究と一緒です。周りの人にしゃべってみて、どう思うみたいなヒアリングもしていますよ。

一時期は、自分は何やりたいんだっけって悩んでましたけど、とにかくチームでプロダクトを出したいって思いだけですね、今は。まずは事業化したいです。それが一番の目標かな。事業化できたらまたその先が見えてくると思いますし。とりあえず…今はやるしかないですね」

ーー「やるしかないですね」と話す落合さん。
ですがこの言葉は、落合さんにとってのスイッチかもしれません。伺う限り、幾度とこのスイッチによって、成功体験を積み重ねてきたように思います。研究から経営まで両方の視点を持った落合さんは、きっとこの先、さらなる越境を経験することでしょう。
この物語の続きは、その時、またーーー。

FIn

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【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計36社95名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年4月実績)。

協力:パナソニック株式会社 / 株式会社BeeEdge / Telexistence株式会社
ストーリーテラー:小林こず恵

 

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