キャリア自律を促進する越境学習の効果と測定方法~東京ガスの事例とKDDI総研との調査結果から探る~

自律的キャリア形成の重要性が叫ばれて久しい。キャリア自律の促進に取り組む企業が増えつつある一方で、その効果をどのように測定したらいいのかに悩むケースも少なくない。本セッションでは、自律的キャリア形成を目的に越境学習を導入した東京ガスの政春敦史氏と、キャリア自律に関する効果検証を行っているKDDI総合研究所の池田直樹氏が登壇。ローンディールの東香織氏をモデレーターとして、越境学習の効果と測定方法について議論した。

政春 敦史氏(東京ガス株式会社 カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー企画部 人事・総務グループ)
池田 直樹氏(株式会社KDDI総合研究所 共創部門 コアリサーチャー)
東 香織氏(株式会社ローンディール side project事業責任者)

自律的キャリア促進へ、越境学習の導入企業増

ローンディールは2015年に創業。「日本的な人材の流動化を創出する」をミッションに、企業間レンタル移籍プラットフォーム「LoanDEAL」を軸として越境学習にまつわる事業やサービスを展開している。2016年には日本の人事部「HRアワード」優秀賞を受賞した。

越境学習とは「ビジネスパーソンが所属する組織の枠を越え、自らの職場以外で学びを得ること」と定義されている。ローンディールではこれまで大企業約100社、800人以上に越境学習の機会を提供してきた。レンタル移籍の他、3ヵ月間、業務時間の20%を活用し越境する「side project(サイドプロジェクト)」、週に1回、ベンチャー経営者が抱える課題の解決策を100人の大企業社員が議論する「outsight(アウトサイト)」の提供も開始。大企業とベンチャー企業をつなぎ、組織変革の一翼を担うべく越境学習事業に注力している。side projectは2023年6月から本格ローンチし、これまでの参加者の傾向から、人材育成(マインドチェンジ・キャリア自律の促進)、風土づくり(D&Iの推進・変化に前向きな風土醸成)の面で効果が見えてきているという。

東氏はキャリア自律について、ある論文のなかで「自己認識と自己の価値観、自らのキャリアを主体的に形成する意識をもとに、環境変化に適応しながら、主体的に行動し、継続的にキャリア開発に取り組んでいること」と定義されていることを紹介。近年このキャリア自律を重要テーマとして置いている企業も増えている。「この一環として、社内社外公募や副業という形で越境学習に類するものを導入している企業が増えています。一方で、それら人事施策について効果をどのように検証、測定すればいいのか、とのお声を多くいただいています」と東氏。

そこで、実際にキャリア自律支援施策としてside projectを導入している東京ガスの事例について政春氏より話を伺った。

東京ガス:社外に目を向けた組織づくり

東:東京ガス様の事例について、まずは今回の導入の背景についてお聞かせいただけますか。

政春:当社はエネルギーやソリューションをお客さまに提供することをミッションとしており、私はカスタマー&ビジネスソリューションカンパニー企画部の人事を担当しています。当部門では社外に目を向けることを重視している一方で社内向けの仕事も抱えており、無意識のうちに内向きの思考、受動的な仕事の仕方をしてしまうことに課題意識を持っていました。自社でのキャリアを考えていくうえでも、社外に目を向けて行動できる人材をカンパニー内に蓄積していくため、導入しました。

東:社内の中でキャリアを形成していくうえでも、社外の経験や知見が重要だとお考えだったのですね。

政春:はい。社内の論理にどっぷり浸かってしまうことでお客さまに選ばれなくなってしまうという課題意識もありました。まず社外でどのように仕事がなされているかなど、自社にない視点を取り入れたいと思って始めたのです。当社では一部の部に声をかけ、管理者層の中で選定をしてもらい、昨年は6人が参加しました。上司との会話の中でベンチャーの業務経験に関心を持っていそうな人や、自分のキャリアについてモヤモヤを抱えていた人などが選ばれました。

参加するプロジェクトは、本人の希望を優先して決定しました。side projectでは、越境する前に行う事前研修で、WILL(自分は何がしたいのか)、CAN(自分は何ができるのか)を言語化するワークショップがあります。それを踏まえ、自分で参加先を探し出してマッチング面談し、決定しました。

東:実際に参加者6人それぞれのプロジェクトについて、評価はどのように整理されているのでしょうか。

政春:定性的なところにはなりますが、仕事に対するスキルやマインド面、自律的なキャリア形成に向けた考え方の面で成長が見られたと考えています。スキルの向上に関しては、これまでのスキルを生かして活躍したケース以上に、主体的に仕事を作り出す、目的意識を持ってタスクを管理していくなど、仕事の取り組み方を学んできた人が多いように思います。また、例えば論理的な考えに基づいた資料作成を評価された、コミュニケーション力や行動の仕方などを評価されたという話もありました。

エンゲージメントの向上においては、ベンチャー企業の「まずやってみる」マインドに刺激を受けた一方で、自社の人的・物的資源の豊富さ、人材育成の取り組みなど、自社に対する肯定評価の声も上がっています。

東:エンゲージメントの向上は意外に感じましたか。

政春:プロジェクトに参加する前は、社外の良さに触れて出て行ってしまう人がいるのではと懸念していたのですが、実際には「自社のこういう良い点が見つかった」というケースも多く、意外に思いました。

東:今回の四つの検証項目は、どのようにお決めになったのでしょうか。
政春:検証項目はこうした効果が得られるのではと予測し、事前に決めていました。数値化は難しいと感じていて、検証項目を決めるのに苦労しましたが、参加者の話を聞くなかでどんな良い点があったのかも知ることができました。参加者の経験をきちんと伝えることで、効果について疑問を持っている人にも説明していけたらと考えています。

東:研修効果の継続状況についてはいかがですか。

政春:6人参加したうち2人は、そのまま兼業先として継続して関わっています。また、6人の中で人事異動があったケースもあるのですが、新しい職場でもside projectで身についた動き方などが活かされているという話も聞きます。今後そういった社員をカンパニーの中に増やしていき、全体の風土を変えていけたら理想的です。最終的には内部の論理に縛られることのない、社外に目を向けた組織を作っていけたらと考えています。

KDDI総合研究所:自己理解進みモチベーション向上

政春氏から「数値化するのが難しい」という話もあったが、その点についてKDDI総合研究所の池田氏が語った。

「KDDI総合研究所は通信事業者であるKDDIのR&Dを行っているグループ会社の一つです。その中で私の部署では、HR領域の調査分析などを行っています。今回はside projectについてローンディール社やKDDIと連携し、効果検証を担当しました」
side projectの第1期、2023年6月から12月について、開始前と開始後の2回調査を行い、参加者にどのような変化があったかを分析。先行研究によれば、キャリア自律とは心理的要因と行動要因によって促進されると考えられている。

また、心理的要因と行動要因は、「職業的自己イメージの明確さ」「主体的キャリア形成意欲」「主体的仕事行動」「職場環境変化への適応行動」などの項目で構成されており、各項目でキャリア自律尺度が作られている。

「今回は回答しやすいように、一部文言を修正してキャリア自律尺度を用意しました。質問文に対し、『非常にそう思う』から『全くそう思わない』の5段階評価とし、各項目5点満点にしました」

先行研究では、垂直的交換関係、水平的交換関係、転機経験など仕事での経験・学びがキャリア自律の促進につながるとされている。今回のside projectは特に転機経験に該当すると想定し、キャリア自律が心理・行動の両面で促進されると仮説を立てた。

調査結果では、心理的要因に関するスコア上昇が確認された。参加者からは「自信と自己肯定感が上がった」「自身の強みが整理できた」「その領域に関心を持った」などの声が上がった。一方、行動要因のスコアは下降した。これは、自分自身のレベルの認識を修正し、勉強が足りない、社外で通用しない部分があると感じ、自己評価が下がったことが背景にあると考えられる。

「ただ、これは決して悪いことではなく、むしろ視野が広がり自己理解が高まったことの裏付けを得たと言えるのではないかと考えています。成長したいと感じて新しい勉強を始めた、新しく業務の進め方を見直したなど、自己概念のアップデートやモチベーション向上につながっていることが確認できました。越境学習は今の組織だけでは分からない、できないような経験ができる機会だと実感しています」と池田氏は語った。

定量・定性両面で効果を検証

東:実際に越境学習を導入した東京ガス様の立場から、「データから見る越境の効果」をどのようにご覧になりましたか。

政春:意外だと思ったのが正直な感想です。当社は6人が参加しましたが、これまでやってきたことが社外でも通用したとの思いを抱く方がいました。ただ実際に参加した私も含め、仕事内容などによって自分が通用しない、うまくいかないと感じるケースも往々にしてあると思います。side projectで越境する前に行う事前研修の一環で、WILL/CANのワークショップを行います。WILL/CANを明確にさせた状態で越境に臨むため、よりそのギャップや変化を自覚しやすかったのかもしれないと思います。

東:今のお話を伺って、池田さんいかがでしょう。

池田:WILL/CANのワークショップでやりたいことや強みを事前に把握することで、越境先での行動目標が頭の中でイメージされるのではないでしょうか。事前にイメージしていたことができなかったときに、何が足りなかったのか、どうしていけばいいのか、目標の振り返りがしやすいように思います。漫然とただ何となく越境するよりも、目標や強みを明確にしてから行ったほうが、持ち帰るものも多くなるのではないでしょうか。

東:キャリア自律尺度という一つの測定方法の話がありましたが、政春さんは活用できそうなイメージは湧きますか。

政春:まさにちょうど今、side projectの新しい参加者を募っているところです。組織として、どのように効果があるのかをきちんと考えていかねばという段階です。どのように活用していくのかはまだこれからですが、やってみたいとは思っています。

東:キャリア自律尺度のようなものを各企業が取り扱う際に注意すべきことはありますか。

池田:まず一つは、数値だけで判断するのではなくて、定性的な話を実際に参加者から聞いたうえで総合的に判断することです。また、キャリア自律尺度は先行研究のなかで作られたものですが、今回はその中の一部をピックアップしたものを使っています。企業ごとで目的に応じて質問を選ぶというのも一つの方法かと思います。

東:研修、施策の効果は観察していただきつつ、実際に効果測定を考えた際には、何らか定量的な指標を用いると、より説得力の増す施策が作っていけるのではないかと、今回の議論で感じました。


㈱ローンディールでは、人材育成や組織開発など、様々な目的に合わせた越境プログラムをご提供しています。自社に合うプログラムをお探しの方は、お気軽にご相談ください。

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