管理職こそ越境を。3ヶ月のベンチャーで見えた新しい働き方ー日本郵便株式会社 佐藤浩さんー

日本郵便株式会社に入社して27年間、郵便局員が利用する社内システムを構築するシステム部門に所属し、直近まで管理職として業務を取りまとめていた佐藤浩(さとう・ひろし)さん。
これまでにさまざまな越境体験を積んできた佐藤さんが2024年9月から11月にかけて経験したのが、業務時間の20%をベンチャーのプロジェクト参画に充てる「side project」。日本郵便では「越境研修」の一環として、導入されています。
佐藤さんが参画したベンチャーは、分散型ECプラットフォーム「はぴこ」を運営する株式会社CoCreate(コクリエイト)。3ヶ月間、副業という形でベンチャーの業務を経験して得られたスキルや気づきについて、伺いました。
目次
これなら管理職でもチャレンジできる。「経験したことのない新しい働き方に挑戦したい」
――システム部門では、どのような業務を担当されていたのですか。
社内システムを外部の会社に委託するにあたり、関連部門と委託先の間に立って、調整する業務を行ってきました。
――システム部門には長く在籍されていたとのことですが、なぜ今のタイミングでside projectに参加されたのでしょう。
副業感覚で参加できるということに惹かれました。コロナ以降、それまで出社がベースになっていた当社でも、ほぼ全員がリモートワークに切り替わりました。
その変化によって仕事の進め方も変わりましたし、これからはさらに働き方が多様化していくと感じています。そうした中で、自ら経験したことのない新しい働き方に挑戦したいと思って参加を決めました。
――参加にあたり、不安はなかったですか。
当時、既に50歳を超え、管理職の立場でもあったので、上司に認めてもらえるのかという不安がありました。しかし、いざ「参加したい」と伝えると、上司は「部下じゃなくて、佐藤さんが?」と驚いていたものの、すんなりOKしてくれました。
もうひとつ不安だったのは、当社の業務との両立です。ただ忙しくなるだけで何も得られないのでは意味がないので、自分自身がside projectに参加することで得られた効果を、部内や社内に伝えていくという目標を明確にして臨みました。

営業 × ウェブマーケティングへの越境。発注側から受注側になって気づいたこと
――参画するベンチャーは、どのような基準で選定しましたか。
参画前に自身のWILLやCANを言語化するワークショップがあったのですが、過去の経験を振り返る中で、シニアビジネスや生活サポートの分野に関心が強いことを認識したので、そこに資する事業を行うベンチャーを探しました。
参画したCoCreateが運営するECプラットフォーム「はぴこ」は、企業や団体が自前の会員向けECモールを手軽に作れる仕組みです。福利厚生にも活用されているので、私の関心と通じると感じ、働いてみたいと思いました。
――ベンチャーの環境や働き方には、すぐに馴染めましたか。
経験したことのない営業部門でウェブマーケティングに携わることになったので、最初は戸惑いましたね。ですが、経験のないことのほうが学びは多いと思い直し、切り替えました。
私はほぼ毎日、日本郵便の仕事をしながらCoCreateの業務も進める形で参画したので、CoCreateの方々とのやり取りはSlackがメインでした。当社ではメールでのコミュニケーションが主流だったので、慣れないツールに手間取る部分もありました。
――業務もツールも初めてのことばかりで、苦労もあったのでは。
社外とのコミュニケーションの経験があるといっても、私が所属しているシステム部門と今回参画した営業部門では立場が真逆なんです。システム部門は発注する側ですが、営業部門は発注を受ける側で、受注したり、クライアントから情報を引き出したりする難しさを実感しました。
一度、クライアントのプラットフォームに流すメールマガジンの納期に遅れてしまい、悔しさと申し訳ない気持ちを感じたことがありました。発注を受ける側の立場になって、改めて納期を徹底することで信頼関係が築かれるのだと実感しました。
――不安のあった業務の両立は、うまく進められましたか。
最初の2週間はうまくできず、忙しさに追われてしまったので、先にCoCreateの業務を行う時間を確保し、そこから日本郵便の会議などのスケジュールを組むようにしました。うまくいかないときもありましたが、基本的には1日1~2時間、多いときは半日ほどをCoCreateの業務に割いていました。
また、経験して感じたのは、社内の理解が重要であることです。side projectに参画していることを部内の人間が理解し、両立しやすい心理的安全性のようなものを確保してあげられると、参加者はモチベーション高く働けるのかなと。

大企業で培った経験が活きた。新たに得たのは、スピード感のあるコミュニケーション方法
――CoCreateの業務で、日本郵便での経験は活かせましたか。
新規顧客の獲得や新サービスの立ち上げにおいて、社内ルールや規約を作成してきた経験が活きたと感じています。ウェブマーケティングチームの皆さんは売上目標の達成やデザイン(クリエイティブ)制作に注力していたため、他の部分でサポートできないかと思い、見つけた領域でした。
――ルールが明確な大企業に長く勤めてきたからこそですね。新たに得たスキルやマインドセットはありますか。
スキルとしては、Slackをはじめとするコミュニケーションツールの活用法です。オンラインでの打ち合わせの中で資料を共有して、みんなで書き込みながら最終的にアウトプットまで持っていくスピード感や個々が積極的に対話している姿は非常に参考になり、日本郵便の中でも周囲のメンバーと頻繁にコミュニケーションを取るようになりました。
2025年4月にIT企画部の総務担当になり、現在は社内にMicrosoft Temasを普及させるプロジェクトに参加しています。3ヶ月間コミュニケーションツールを使った経験を活かし、まずは私自身が積極的に活用することを心掛けています。
メールだとタイムラグがあったり返信が遅くなってしまうこともありますが、チャットだと短文で素早くやり取りできるので、部内の業務スピードも上がってきているように感じます。
――経験が活かされていますね。
そうですね。働き方の選択肢も広がったように感じます。CoCreateのビジネスパートナーには、子育てしながら働いている方やインターン生などもいたのですが、皆さん時間や場所をうまく活用されていたんです。
リラックスできる場所に出かけてリモートワークされている方や、お子さんのお迎えの時間だけ抜ける方など、柔軟な働き方を目の当たりにして、「そんな方法があったのか」って刺激を受けました。日本郵便でどこまで実践できるかわかりませんが、今後の参考にしたいです。

越境することで得られる「経験の見える化」「新たな視点の獲得」「自社理解」
――CoCreateの方々と直接会う機会はありましたか。
ありました。アルムナイ制度を取り入れているCoCreateでは、現在のメンバーと過去に在籍していた人が集まる場が設けられていて、私も参加しました。それぞれが進めているビジネスの話から協業などのアイデアも出ていて、皆さんイキイキしていましたね。
私としては、外のつながりが増えたことがうれしかったです。大企業で長く働いていると、その中の人間関係だけに限定されがちなので、積極的に外部と交流を持つことは大切だなと。
――佐藤さんはside project以外にも越境の経験があるんですよね。
いろいろなプログラムに参加しているのですが、きっかけとなったのは2011年に参加した「東南アジア青年の船」事業です。船内に郵便局を設置する取り組みに携わったのですが、40日間くらい東南アジアの若者たちと船の中で共同生活をしたんです。
そのときに東南アジアの方々の強いエネルギーを肌で感じて、このままでは日本人は押されてしまう、閉じこもっていてはダメだと思ったんです。それから積極的に越境する機会を持つようになりました。
――越境する意義は、どこにあると感じていますか。
3つあると思っています。1つは自分の棚卸になること。環境やメンバーを変えることで、自分の持つスキルや軸となる考え方を再認識できると感じています。
2つ目は他社を知れること。他社の関心事や業務の進め方の違いなどを体感することで、新たな気づきや視点の獲得につながります。
3つ目の自社を知るという点が、もっとも重要だと感じています。新たな経験を通じて改めて自社のよさや魅力を再確認でき、自社をより好きになれるのではないかと。私は今回ベンチャーに参画したことで、大企業の安定性やある程度の集客が見込める環境がいかに恵まれているかということを実感しました。
――最後に、佐藤さんと同世代で越境にチャレンジしたいと考えている方に伝えたいことはありますか。
やりたいことは全部やってほしいです。いろいろなハードルがあると思いますが、一歩踏み出してみると案外できるものです。環境を変えるとマインドも自然と変わるので、私自身もやろうか迷ったときには動き出すようにしています。
そもそもやりたいことが見つからないという方は、side projectでWILLやCANの棚卸をしてみるといいと思います。幼少期や学生時代に興味を持ったことや熱中したことを振り返ると、自分がやりたいことが見えてくるはず。
それが、一歩踏み出してみようかなと思うきっかけになると思います。

越境経験が豊富な佐藤さんがチャレンジした「side project」。本業との両立に難しさを感じつつも新たな一歩を踏み込んだことで、効率的な業務の進め方や柔軟な働き方を体感し、自身の幅を広げる経験となりました。管理職であっても挑戦できること、わずか3ヶ月という短い期間でも大きな変化や気づきが得られることを教えてくれるエピソードでした。
Fin
協力:日本郵便株式会社 / 株式会社CoCreate
インタビュー・文:有竹亮介
撮影:宮本七生