本当に人が育つ 1 on 1 とは?大事なのは“経験のアサイン”『ヤフーの1on1』 著者 本間浩輔さん


 環境変化が激しく不確実性が高まる社会において、一人ひとりの社員と向き合う「1on1」の重要性が、ますます高まっています。一方、多くの組織で導入が進む中、うまく機能していないという声もよく聞かれます。1on1を通じて個人の能力を引き出し組織の成長につなげていくためには、1on1を実施することにとどまらず、マネジメントの意識変革や組織全体としての仕掛けが必要です。
 そこで、ローンディールでは、いち早く1on1を導入し、日本企業に1on1が広まるきっかけをつくられた『ヤフーの1on1』の著者、ヤフー株式会社 取締役常務執行役員の本間浩輔さんをお招きして、オンラインイベントを開催。リモートワークの浸透などによって働き方が急速に変化する中で、マネジメントや組織のあり方について、本間さんにお話しいただきました。その一部を要約してお届けします。

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ゲスト:本間浩輔さん
ヤフー株式会社 取締役常務執行役員 コーポレートグループ長 
大学卒業後、野村総合研究所に入社。コンサルタントを経て、後にヤフーに買収されることになるスポーツナビ(現ワイズ・スポーツ)の創業に参画。2002年同社がヤフー傘下入りした後は、主にヤフースポーツのプロデューサーを担当。2014年より執行役員。同社においてさまざまな人事制度改革に取り組んでいるとともに、戦略人事プロフェショナルの実践家として社内外において広く活動。2014年、日本の人事部「HRアワード」最優秀賞(個人の部)受賞。著書に『ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』(ダイヤモンド社)ほか


—経験のサイクルを回すということ

オンラインで200人を超える方々にご参加いただく中、本間さんによる1on1のデモストレーションから、イベントはスタート。普段、ヤフーで行っているという1on1のやり方を披露していただきました。本間さんが大事にしているのは、“経験をアサイン”することだと言います。

本間:僕は今、経験学習のサイクルを回すことを意識した1on1のデモストレーションをやってみました。「どんな状況だったのか教えて?」って、経験をしっかり聞いてあげて、「それはなんで?」って、本人が内省できるようにする。そうすると自ら納得して、次の挑戦に行くことができる。こうやって経験を回していくことが大事。

 1on1がこの数年広がる中で、心理学やカウンセリングなどのテクニックに重きを置く傾向が見られる。それはそれでいいんですけど、そこに入り込まない方がよいと思っています。僕も心理学を学んできましたけど、敢えて手放している。というのも1on1の良さを潰しちゃう側面もあるので。1on1は実は傾聴できればよくて、話を聞いてあげて部下が元気になる、それだけでいい。

 ただし傾聴と言っても、耳を傾けてただ聞くのではなく、積極的に聴くことが重要(傾聴はactive listeningの和訳とのこと)。「えっ、そうなんだ」とか「それってどういうことなの?」とか、「なるほど! それで?」みたいに、アクティブに聞く。そうすると、相手は話したいことを話せるようになるので、自ら話しているうちに気づけることも多く、それが次の挑戦につながるわけです。

 それともう一つ大事なこと。それは、たった30分の1on1で全部を解決しようと思わないこと。中には、1on1の時間だけで勝負しようとする「1on1選手権」をやってしまう人がいる。でも、1on1だけで全てを終わらせるのではなく、それ以外の時間をいい時間にするために、どうすればよいかということを考えたほうがいい。日々、いかに1on1の話を思い出して実践してもらえるか、ということが大事。

 なので、1on1で重要なのは、テクニックではなく本人を内省させて、次の経験につなげること。それから、内省せざるを得ない仕事を提供するということです。

原田:なるほど。ちなみに、“内省できない仕事”もあるということでしょうか。

本間:やっぱり、同じ仕事をずっとやり続けてたら難しいでしょう。1on1において、「ティーチングがいいのか、コーチングがいいのか?」といった話もありますが、良質な経験をアサインすることが何よりも重要だと考えています。

 “一皮むけた経験”っていう言葉が20年くらい前に流行って、当時は異動や会社をつぶす経験など困難な仕事に入ることがあった。でも今は、そういう経験を提供できなくなっているんじゃないかな。優秀な人ほど上長が外に出してくれないという現状もある。

原田:以前、ある移籍元の経営者の方に「僕らの若い頃は、日本人が誰もいない環境に送り込まれてどうにかするっていうような、無茶ぶりされた経験がゴロゴロあった。でも今の時代は、若い世代に提供できなくなっている。その代わりにレンタル移籍を導入した」って言っていただいたことがありました。

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ファシリテーター:ローンディール代表 原田未来

本間:それを「経験資源」っていうんですね。給与に原資があるのと同じように、経験というのも会社にとって大事な資源。だから今ある経験資源を誰に渡すべきかってことは、給料を渡すくらい重要なことで、本来は会社全体で考えないといけないこと。高度経済成長期の頃って、放っておいても経験資源がたくさんあった。20代で海外に行かなければ行けないとか、30代前半でどこかの社長をしなければいけないとか。ところが、今は企業が経験資源を作れないでいる。

 それに、短期視点で見ると、「成功体験がある人に渡したい」ってなってしまう。そうやって特定の人ばかりに機会が集中してしまっていることで、その人だけのマーケットバリューがあがって、企業内で多くの人に機会が与えられないのは危険。意識して若い人に任せていかないとイノベーション起きないし、経験を一部に寄せるから企業が成長できなくなる。

—メンバーシップ型だからできることもある

ここで参加者から質問。
Q:若い世代に経験資源を渡す時、機会を与える側の心得はありますか?

本間:心得は…言いたいことを言わないってことです(笑)。心理的安全性を保ち、何かあった時の後ろ盾になってあげることが大事。上長の“劣化コピー”を作らないようにしなくてはいけない。それは上長の自己満足で、実は部下を育てようとする意欲の強い人ほど成長を邪魔するということもある。「あの話は聞いたか? あの本は読んだか?」って押し付けて、自分の劣化コピーを作ってしまう。そういうやり方だと、部下も上長が喜ぶような答えを出すようになる。それでは上長を超えることはできないし、組織も大きくならない。部下に対して愛情を投げかけることが本当に組織にとって良いことなのか、よくよく考えなくてはいけないテーマだと思う。

Q:新しい経験を与えて欲しくないという若手にはどうアプローチしたらいいのか? また、経験資源を渡す人が偏らないよう、バイアスをはずすにはどうしたらいいのか?

本間:若手へのアプローチで言うと、経験学習のいいところは、やってみないとわからないけど、やってみればわかるということです。僕の場合、たとえば異動などの場合、「嫌なのはわかるからとにかくやってみって。半年やってダメだったら必ず元に戻すから」って言って、とにかくやってもらっている。実際にそう言って、戻してくれって言った人間は一人もいない。そこまでの道筋を作るのが、上司の見せ所だと思っています。

 バイアスを外すには、一人では決めないことです。人数が多ければ多いほどよい。ヤフーでは「オールアイズ」っていう言い方をしています。もし偏っていたら言ってもらう役割の人を置くなど、複数の視点から見てもらう。バイアスがあるのが普通です。あとは役割や意思決定をする人を、変えていくということも大切ですね。

原田:ちなみに、大企業の場合、3年くらいで異動がありますよね。それが弊害だといわれることもありますが、機会の提供という点において、メリット・デメリットどちらが大きいと考えていますか。

本間:ヤフーは「人事異動は最大の人財開発」って言葉を使っています。結構、人事異動をさせました。一方で、3年任期だと専門性が身につかなくなってしまうという意見もある。今後、コロナ下の流れが続いてリモートワークが中心になってジョブ型にシフトするんだとすると、今後考え方が変わってくるかもしれない。今後はジョブ型に変わると軽々しく言う人もいるが、メンバーシップ型だからできてきたことや心理的安全性が担保されていた部分もたくさんあるので、ジョブ型になることで異動や評価などがどう変わっていくかも、よく理解しなくてはいけない。

原田:レンタル移籍を通じて、ベンチャーで大手の方々が成長するきっかけとして、“一人で何役もやらないといけない”ということが大きいんですね。営業をしながら、広報もやって、企画もやって、知財もやるみたいな。それが、大企業では経験できないことだったりする。ジョブ型が進んでいくと、幅広い経験に触れる機会がますます少なくなるというリスクもありますね。

本間:そもそも、その会社のビジネスモデル的に、ジョブ型がいいのかメンバーシップ型がいいのかって考えないといけない。

 課題って部署ごとには落ちてこない。たとえば、人の問題は人事部ですべては解けません。現場や法務や産業医だったり、複数の部門で考えていかないと解決できない。本当は人事部だけで解ける“人事部用の仕事”なんか存在しない。だから課題の総体をつかめずに、目の前の部分最適されたところで答えを出しても、それが全体の正解であるはずはないんですよ。本当はあらゆる課題が連立方程式になっていることを知らなければいけない。だからこそ、ベンチャーなどで、たくさんの連立方程式を解かなければならない状況を経験することは重要だと思いますね。

—上司に必要なのは観察力

原田:多様な経験による個人の成長でいうと、大企業の人がベンチャーに行くことで、経営者と対等な感覚を持つケースがあります。社長も答えを知らないし、正解がない中で仕事をしているので、自分で考えて自分で進むしかない。すると、経営者と同じ視座で物事を見られるようになる。

 でもそういう人の場合、大企業に戻った瞬間、ある葛藤が生まれるんですね。それは、必ず誰かの下に入ることになるので、再び、視座が低くなってしまうということ。我々が「せっかく経営者の目線を手にしたんだから、2階層3階層上の視点を持とう」と言ったとしても、組織上難しいように感じます。1on1においてもそうですが、上下の階層、そのものを薄くしていくことは、この先、できるんでしょうか。

本間:これから階層は薄くなっていくでしょうね。それに、原田さんが言うように、せっかくベンチャーでその視点を持って帰ってきたんだったら、元の生活に戻ってしまうのではなく、何か一つだけでも習慣を変えるとかやってほしい。また、帰ってきた人に対してどういう働きかけをするのかっていうのが、企業側に期待するところですね。

続いての質問。
Q:内省をうまく促し、人財育成ができている上司を、人事が見極めるコツはありますか?

本間:人事は現場の意見を聞くべきですね。仮に、本部長・部長といた時に、部長を評価する際、ほとんどの企業は、本部長にとって部長が快適かっていうところを見るんです。それでは上長に対して便利な人が評価されちゃうだけ。本当に見なきゃいけないのは、部長がどうやって下の人たちを育てているかってこと。そっち側の話を聞きに行かなければいけない。中には上の言うことは聞かないけど、部下の才能を見極め、育てたりしている人もいる。そういうことは表に出てこない。でも現場に聞けばよくわかります。


Q:半期の途中に中間面談として1on1を行っていますが、それでは足りませんか?

本間:足りないです(笑)。フィードバックはその場で言わないと忘れる。1on1って鏡なので。陸上選手が走ってすぐにビデオをチェックするくらいの感覚で、すぐに当ててあげた方がいい。頻度高くやっていないと信頼関係も築けない。だから僕は今、週一で必ず1on1やっています。企業にもよるので正解はわからないけど、鮮度が命だと思います。

Q:日々コミュニケーションが取れているから1on1は不要という意見があります。どうしたらよいですか?

本間:本当に部下のことを知っているかどうかを、可視化してあげるとよいと思います。例えば「あなたの上長は、あなたのことを理解してくれていると思いますか?」といった質問をして、可視化してあげる。そういう中で必要性を理解してもらうしかないですね。

Q:部下のレベルによって、正しい手の差し伸べ方が違うので難しいと感じています。そのレベルを傾聴するところから始めないといけないということでしょうか。

本間:上司に必要なのは観察力です。よく観察して、しっかりフィードバックして、その後、どのような変化があったか? それを上司が見てあげるのが1on1。そして、周りの人に聞きながら、フィットしたかどうかも見ていく。レベルの高い低いもありますが、それだけではなく、どう変わったかも大事です。

 ヤフーの場合、いろんな観察ツールがあるって、それを使いながらフォローしている感じです。「360度評価」は頻繁にやりますし、「ななめ会議」っていって、例えば僕の部下を10人くらい集めて、僕のいないところで、僕についてあれこれ言ってもらう場を設けています。こうやって、フィードバックの本数を増やして、太くしていく。本人がいない飲み会の席とかでは話しているのに、本人だけが知らないっていうのは、組織としてはもったいない。


Q:1on1を導入しましたが、最近の若手は、興味のない上司に1on1されても仕方ない、といったスタンスの人が多い。人間的に魅力的な上司じゃないと1on1しても成立しない気がして悩んでいます。

本間:関係性がわからないですけど、少なくとも部下は上司に話したいと思うんですよ。上司が型にはまったような会話をするから話さなくなっちゃう場合もある。しっかり準備をして共通言語を作ってその人に興味を持てば、話してくれるんじゃないかなと思います。僕は初めて部下と1on1やるときは、押し付けません。まずは信頼関係作らないといけないので。1回目は「あなたのことをよく知りたいから、悪いけど、自己紹介してくれる?」って言って、その人にとって大事なことを話してもらっています。

 また、部下をよく観察すること。とえば「最近、朝早く来ているけど、どうしたの?」とか、日々の会話を心がけるようにしたら「この人よく見てくれている」って、「実は…」って話してくれたりするもの。1on1で大事なのは、上司の魅力とかテクニックではなく、気持ちよく話しもらうことですから。

—“寄ってたかって”が日本企業の良さ

原田:最後にどうしてもお聞きしたいことがあります。レンタル移籍という仕組みだと、大企業の何万人の中から3人や5人だけ選抜されて、しかも、上司、人事、ベンチャー企業の経営者、メンター、そして僕らが、“寄ってたかって応援する”という環境ができるんですね。本人も「こんなに応援されてるんだ」ということでモチベーションやパワーになる。さらに、周りの人も「あの人が頑張っているんだから、自分も頑張ろう」って、挑戦の波紋が広がるような変化が起こっています。こういう連鎖って素敵だなって思うんですけど、レンタル移籍のような特別な状況だからできることなのでしょうか。大企業の中でも“寄ってたかって”とういう関係性が広がっていくといいなと思うのですが、現実問題として、できるものでしょうか。

本間:できると思いますし、やらなきゃいけない。僕も、“寄ってたかって”ってよく言うんですけど、それをやめちゃったら日本組織の良さがなくなると思っています。かつては、会社として若い人を育てるんだっていう時代があって、でもその後、ハラスメント問題によって部下を気軽に誘えなくなるというようなことが続いて、人を育ていく文化が失われました。

 そして今、難しいのは“寄ってたかって育てられなかった人”が上司になって、若手を育てる役割になっているということ。こういう時代において、人育てをどうやっていくのかっていうのが今の課題だと思っています。逆にいえばそれができる会社は勝てるということ。いい組織というのは、未熟な人、若い人を育てることで組織も育っていくという循環がある。組織がなぜ新卒をとるかというと、人員計画の問題ではない。常に未熟な人がいて、カバーし合うことで組織が育っていくと僕は信じています。

最後に。
参加者の方へ、本間さんからメッセージをいただきました。

本間:日本企業の良さは人を育てることだと思いますので、ぜひみなさんと一緒に挑戦できるといいなと思います!

Fin

▼ 関連書籍
『ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法(ダイヤモンド社)

Report:小林こず恵

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社97名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年7月実績)。

 

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