初代リクルートキャリア社長 水谷さんと考える「人材育成で、あえて地域の現場に行く意義は?」

ローンディールではこれまで、大企業からベンチャーに一定期間人材を派遣する「レンタル移籍」を提供してきました。そして2022年度より、一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームと共同で「大人の地域みらい留学」というプログラムを開始します。具体的には、大企業の人材が、地域・高校教育の現場に1年間「留学」し、社会課題や教育の現場で実践的な経験を積んでいただくというものです。

そこで今回、地域・教育魅力化プラットフォームの理事・会長を務める水谷智之さんをゲストにお迎えし、オンラインセミナーを開催。水谷さんは、リクルートキャリアの初代社長を退任されたのち、2016年より島根県にて地域・教育魅力化プラットフォームを立ち上げ、高校を核とした人づくり、地方創生の全国展開に従事されています。水谷さんのご経験から、地域や教育についての現状、越境学習の未来についてお話を伺いました。その一部をレポートでお届けします。

「このままだと社会に捨てられる」
社会感度を高めるために始めた越境学習

原田:まずはリクルート時代のお話を少し伺いたいのですが、水谷さんは、リクルート時代から、人材育成に越境学習を取り入れていたのでしょうか?

原田未来 / 株式会社ローンディール 代表取締役

水谷:そうですね。このままだと社会に捨てられる企業になってしまう。そんな危機感から、社会に人を送り込むということをしていましたね。

きっかけは、今から15年くらい前、当時私が役員だった頃、リクルートは、雑誌からインターネットへ事業を再構築している過渡期で、収益を上げながらも、優秀な人材がやめていくという時代がありました。ちょうどその頃、新卒採用で、ある優秀な学生が、リクルートの内定を蹴ってNPOを選ぶという、当時では衝撃的なことが起こったんですね。大企業と天秤にかけられることはあっても、NPOがその対象になることはありませんでしたから。その時に学生に言われた一言が、「自分はビジネスがうまくなりたいのではなく、社会のために何かしたい」ということでした。

つまりそれは、「社会感度の低いリクルートでは働きたくない」ということを意味しているわけです。今は違いますが、当時のリクルートは、「人で勝つ」という考え方もあり、自分たちが面白いと思えばそれでいいという意識も強かった。ゆえに社会感度が低くなってしまっていたのではないかと。そうした考えが、感度が高い若者たちには伝わってしまっている。このままでは社会に捨てられる会社になるのではと思い、「社会感度を高める」というのが、私自身のWILLになっていきました。

水谷智之さん
一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 理事・会長

原田:なるほど。社会感度ですか。

水谷:とはいえ、私自身にも社会感度がない(笑)。問題だと言っている私が、リクルートのバイアスでしか物事を見られないでいる。そもそも、どの程度バイアスにかかっているかもわからない。

そこで実施したのが、若手を社会の中に送り込むことでした。私の代わりにというわけではないのですが、現場で見て、どうだったか毎月の面談で報告してほしいと。グローバル、地域、外の企業経営、すべてにおいて知る必要があると考え、アジアの各地から、日本の地域、それから国内企業にも人を送り込みました。

「リクルートの中にあるものだけで考えていては、できることも、感じられるものも少ない」と考えていましたから、最終的には会社の成長になると信じて、外に送り込む人材は私が選んでいました。

原田:そうした社会感度や経営感度を上げていく施策というのは、やろうと決めてからすぐに実施できたのでしょうか?

水谷:「50年後には会社が捨てられると思います」と言っても、社会感度がわからない人間が、同じくわからない人間に起案してもなかなか話が進みません(笑)。なので、会社の方針に入れようとしてもダメだと思い、モデルルームを先に作ってしまおうと実例を作る動きに切り替えました。

原田:ちなみに水谷さんは、リクルートは人材輩出企業であり「在籍中に貢献しなくていい」というお考えと伺いましたが、そのような考えを持ちながらなぜ人材への投資に取り組まれていたのでしょうか?

水谷:投資しておいて回収しなくてもいいって、おかしいですよね(笑)。実は外に派遣して帰ってこないケースもたまにありました。もしくは数年後に辞めるなど。ただ、結果的には十分、貢献してくれていました。辞める前に何かを残していこうと、業績も上げるし、若い世代にすごくいい刺激を与えてくれました。

それから、最大の効果は採用に現れるようにました。先ほどお話しした学生には振られましたが、こうした取り組みをしてから、「社会性がないからリクルートが嫌だ」という人は確実に減っていった。数値化は難しいですが、結果につながっていると思います。

原田:それは社内に波及したということですよね。ところで、実際に外の現場に行ってきた人と、その話を聞いた水谷さんでは、手触り感は違うと思うのですが、「そういうものなんだ」って、すぐに受け入れられたのでしょうか?

水谷:いえ、聞けば聞くほど理解できませんでしたね(笑)。それくらい、彼らの言葉は強烈でした。なので、結局は彼らのところに行くようになるわけです。手触り感がない中で、左脳でいくら考えても本物ではないということを痛感させられました。今思えば、このことがあったので、リクルートを卒業した後、「地域や教育の現場に身をおかなければモデルルームは作れない」と思えたのかもしれない。まさか50歳を超えてから単身赴任して島に行くとは思っていませんでしたけど(笑)、こうした選択ができたのはあの時期があったからでしょう。

企業人は企業文化の中からしか社会を見ることができない

原田:ここからは、島根に行った後のお話を伺っていきます。水谷さん自身が、リクルートをやめて、島根で活動を始めた時、苦労はありませんでしたか?

水谷:当然、警戒されましたよ。私の場合、肩書きも重かったので。経緯をお話しすると、50歳でリクルートを辞めて、リクルートでは実現できなかった地域と教育の分野をやろうと、越境して学び直そうと思い、全国を回り始めました。そんな中で島根県・海士町(あまちょう)と出会い、ここから風を起こしていこうと、魅力化プラットフォームを立ち上げました。

ですが、まだ団体を立ち上げる前、東京と現地を行き来していた頃、島根県県議会から参考人として呼ばれて、島根で何をするのか? と2時間ほど話をするということがありました(笑)。どうやら、都会の人間が荒らしに来たのでは、と思われていたようで。

原田:その警戒をどうやって解いたのでしょうか?

水谷:正直に話しました。島根のためにという綺麗事を言うつもりはありませんが、全国を回った中で、改革に挑戦できる土壌があると感じたことや、この土地にもし若者が集ったら日本が全部変わる。そうした可能性を信じてやってきたということを伝えました。そうしたら、役に立つかもと思ってもらえたようで、名刺交換しましょうと。

今でこそ、海士町の特別経営補佐官をするほど行政に入り込んでいますし、原チャリで街を走るような溶け込んだ暮らしをしていますが(笑)、最初はこうしたところから始まりました。

原田:水谷さんは、10年以上も前から地域での経験を社員に提供してこられたわけですが、今こうして実際に地域で事業をされている中で、当時と何か変化は感じますか?

水谷:やはり現地で事業をしてみないとわからないことばかりです。地域を知らない経営者から「リクルートでは4000人の会社の社長をやっていて。今は人口2300人の経営をやっているのであれば、簡単でしょう」って言われたんですね。当然そんなことはなくて、はるかに地域に経営の方が難しい。

企業は雇用契約(コミットメント)した4000人と価値をつくるわけですが、地域や社会はそうではなく、代々生まれたからここにいるという場合もありますし、いろんな人たちが混じっている2300人と未来をつくっていかなければいけない。

企業なら、正しいことであれば、みんなが同意して物事が進んでいくわけですが、地域では通用しません。「これからの時代を切り開くリーダーを育つ学校にしましょう!」って言ってたとしても、「いえ、普通の学校でいいです」ってなる。そこには、理屈を超えた文化があり感情がある、しがらみもある。

これが本当の社会なわけです。
私も行くまではわかりませんでした。

原田:人口減少や成熟が企業の課題になっていますが、その先を行っているのが地域社会なのでしょうか。

水谷:そう思います。企業がつくってきた事業価値は進化させればなんとかなると考えてられているように思いますが、社会に出てみるとそうはいかないことがわかります。いいものを作っても売れない。

ですが、企業人は企業文化の中からしか社会を見ることができないように思います。「自社で役立てるとしたらどういうことができるのか?」ということから考えてしまう。その時点で企業のバイアスがかかっていて、社会側に立つというと気がないわけです。一度、社会というものは何なのか、本当の豊かさとは何か? を考えて、社会の側に立ってみることはとても大事なことだと思います。

大切な日本に未来がないかもしれない。

会場からの質問「過疎化や限界集落がメディアで取り上げられ、危機感のある人も多いように思いますが、良くなっているケースは少ないように感じます。地方が変化しづらい要因は、現場で見て何かあるのでしょうか?」

水谷:企業で考えると、正しい戦略があれば人とキャッシュが付いてきて、という考えになりますが、先ほどお伝えした通り、地域はそういうわけにはいきません。そもそも地方自治の構造が弱いという問題はありますが、地域を良くするには民度が重要だと考えています。

その街に関わるみんなが、「今日の何かを我慢して、明後日の何かのために汗をかけるか」ということ。海士町には「自立・挑戦・交流」という言葉があるのですが、全町民がこの言葉を知っているんです。今日よりも明後日を優先する決意が行動にもあらわれていますね。こうした積み重ねが、海士町が注目される要因になっていると思います。

原田:一人ひとりの意志と行動が大事ということですよね。これから始まる「大人の地域みらい留学」でも、社会へ貢献していきたいという企業の方と一緒に、地域の可能性を探っていけたらと思います。それでは、最後に水谷さんより一言いただけますか?

水谷:今回は越境がテーマでしたけど、「人が育つのはどういう時なのか?」というテーマをずっと考えています。実は「日本ひとり旅部」という部活を作れないかと思っているんですね。ひとり旅は、自分でどこに行くかから始まり、予算は幾らなのか、何かに挑戦するのか、予想外のことが起こったときにどうするのか、そうした人生の縮図体験でもある。

「あなたの会社にひとり旅と秘密基地はありますか?」という言い方をしているのですが、会社のミッションではない企み事というのが、成長とか、イノベーションを起こす上で大事。私は今まさに、50歳を超えてひとり旅をしている状態です。

大切な日本に未来がないかもしれない。
ここへの挑戦が大事だと思うんですよね。

みなさんと一緒に、それを実現できたら。
今日はありがとうございました。

Fin

登壇者プロフィール

水谷智之さん 
一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 理事・会長
株式会社デジタルホールディングス 社外取締役
海士町魅力化プロデューサー 
元 株式会社リクルートキャリア 代表取締役

1988年に(株)リクルート入社。一貫して人材ビジネス領域に携わり、1990年に日本発のUIターン転職就職メディア「U・Iターンビーイング」を創刊・企画。その後インターネット転職サービス「リクナビNEXT」の立ち上げを編集長として担当。2006年に(株)リクルートHRマーケティング代表取締役、2007年に(株)リクルート取締役(人事・総務・広報担当)を歴任し、人材育成PDSの構築、採用・育成・抜擢要件の構築、次世代経営者育成プログラムを構築。2012年より(株)リクルートキャリア初代代表取締役社長に就任し、2016年3月末退任。2007年から社会起業家育成にも取り組み「社会イノベーター公志園」の立ち上げと運営に携わる。2017年には社会人大学院大学「至善館」の理事・特任教授に就任。他にも経済産業省「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」委員、「『未来の教室』とEdTech研究会」委員、内閣官房「教育再生実行会議」委員を務める。

協力:一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム
Report:小林こず恵

【イベント情報】
9/9開催 「大企業社員が、地域に飛び込んで見えること」

***本イベントは終了いたしました***

地域を変革に導いた大企業社員は、どう飛び込み、どんな経験をしたのか?
ローンディールが2022年からスタートする『大人の地域みらい留学』。本事業は、ビジネス経験豊富な人材が地域・高校教育の現場に1年間「留学」して、教育現場や地域における課題解決に取り組むものです。本プログラムの開始にあたり、地域・教育魅力化プラットフォームの代表理事である岩本悠さんをお迎えし、第二弾のイベントを開催します!
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【大人の地域みらい留学とは?】

ビジネス経験豊富な人材が、地域・高校教育の現場に1年間「留学」し、課題解決に取り組むことを通じて、新たな成長の機会を得るプログラムです。現地での実践的な経験が、人材の成長の機会となるとともに、企業にとって社会貢献と事業活動の両立を探索する機会となることをねらいとしています。
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【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計52社 149名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年8月1日実績)。



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