50歳のベテラン社員が越境で磨いた、「事業を動かす視点」と「自分の再構築」
新卒でサッポロビール株式会社に入社して27年、広報やマーケティング、ブランド戦略などを担当してきた矢ケ崎宏さん。2009年からの4年間は、当時設立されたばかりのサッポロファインフーズ株式会社に出向し、商品開発にも携わったそう。
直近10年ほどは流通企画部や営業企画部に所属し、ビールの出荷や物流のマネジメントを担当し、2025年4月に首都圏エリアから東海北陸エリアに転勤したばかり。その直後の5月から7月にかけて矢ケ崎さんが経験したのが、業務時間の20%をベンチャーのプロジェクト参画に充てる「side project」。
参画したのは、ホテル・サウナなどの運営やインバウンドマーケティング支援などを行う株式会社FIKA。3ヶ月間、サッポロビールの仕事とベンチャーの業務を両立する中で得た気づきや視点について、伺いました。
目次
60歳までの10年間で「何か行動を起こさなきゃいけない」
――今回、なぜside projectへ参加されたのでしょうか。
今年50歳になることもあり、「60歳になるまでの10年間で、何か行動を起こさなきゃいけない」と思ったんです。これまで積み上げてきたものを整理して再構築したいと考え、2024年秋に人事プログラム・プロフェッショナルキャラバンに参加し、中小企業に事業を提案するという経験をしました。
3~4ヶ月かけて議論を進めたのですが、経営者や他社の参加者の方々とのコミュニケーションは非常に刺激があって面白かったので、そのプログラムが終わる直前に社内で募集が始まったside projectにもエントリーしました。
――社外との関わりや新たな経験に価値を感じて、ということでしょうか。
そうですね。プロフェッショナルキャラバンでは、長年大企業にいて当たり前だと思っていたことがそうではなかったり、逆に中小企業で当たり前のことが我々にとっては発見だったり、カルチャーの違いに驚かされました。
あと、中小企業の経営者はいちプレイヤーの私とは視座がまったく違うんですよね。会社全体を見て、会社をなんとかしなくてはいけないという思いで日々向き合っておられる姿に刺激を受けました。その部分をより近くで感じたかったので、side projectへの参加を決めたんです。
――side projectで参画されたFIKAはサッポロビールとは異なる業界ですが、どのように選定されたのでしょう。
3ヶ月という期間を割くことになるので、興味を持って全力で取り組める会社を探しました。
FIKAは宿泊施設を経営しながら旅行サポート業をしているだけでなく、サウナやレストランの運営なども展開していて。型にハマっていない面白さや魅力を感じました。

Profile 矢ケ崎 宏(やがさき・ひろし)さん
サッポロビール株式会社 流通統括部 西日本営業企画部所属。1998年入社。現在、東海北陸エリアのビール需給・物流・特約店政策を担当。ビールカテゴリーリーダーとして近畿・中四国・九州を含むエリア担当を統括。
未知の業界に飛び込むと自然と「視野」が広がる
――矢ケ崎さんはこれまで異動や出向の経験もあるようですが、完全な社外での経験というのは今回が初めてだったのですね。side project参加にあたり不安などはありましたか。
FIKAは、サッポロビールとは異なる業界だったので、業界に関する知識が不足している点に不安がありました。酒類専門メーカーの常識に染まっている自分のスキルや経験が、果たして別の業界で通じるのかと。
しかし、結果的に予備知識のようなものは不要だったと感じています。その業界に入り込むと、自然とアンテナが立って情報をキャッチアップできたんです。FIKAでは、旅行業界の直近の状況やインバウンドの動向などを短期間で吸収できました。
――それは良かったですね。
不安といえば、もう1つありました。side projectが始まる直前の4月に、首都圏エリアから東海北陸エリアに異動したんです。引継ぎなどで忙しくなるとわかっていたので、異動先の上司に「この状況で難しいかもしれないけど、自分としてはside projectにチャレンジしたいと思っている」と相談しました。
上司は「負担はかかるかもしれないけど、こんなチャンスは滅多にないからやったほうがいい」って、背中を押してくれました。両立に不安を感じつつ、周囲のサポートもあって、無事に3ヶ月やり切ることができました。
私は毎日1~2時間ほどをFIKAの業務に充てる形で進めたのですが、新たな刺激が入るので、かえって仕事にメリハリがつきました。集中力も増し、どちらの仕事も充実して取り組めたと感じています。

ベンチャーだから体感できた「スピード感」と「当事者意識」
――FIKAでは、どのような業務を担当されたのでしょう。
長野県白馬村にある「UNPLAN Village Hakuba」という宿泊施設で、コストコの商品のリセールショップを開く準備が主な業務でした。同時期に他社からside projectに参加されていた方と2人でサポートすることになり、私がマーケティングや流通の知識をもとにアイデアを出し、もうひとりの方がコンサルの経験を活かして検証するという役割分担になりました。
近くのコストコに出向いて人気の商品をリサーチしたり、白馬村で売れる商品を探るために宿泊客や地元の方々に受容性調査を行ったりしながら、商品ラインナップを考えていきました。
――サッポロビールでの経験が活きそうな領域ですね。
経験が活きたといえば、品質保証の部分ですね。商品を再販するにあたって品質保証は重要と考えたのですが、FIKAの方々は物販の経験は限定的だったため、新しい発想であるようでした。なので、私がサッポロビールの品質保証のプロに相談したんです。
その人から「地元の保健所と関係を構築したほうがいいよ」というアドバイスをもらったときに、かつてサッポロファインフーズに出向した際にも保健所とやり取りしていたことを思い出しました。すぐに長野の保健所に連絡をし、「レストランの調理場で小分け作業をするのであれば問題ない」などアドバイスをいただいて、FIKAに提案しました。

――これまでの経験を活かして、順調に進んでいったのですね。
ただ、FIKAの福山社長が突然「テスト販売をしよう」と言い始めたときはびっくりしました。プロジェクトが動き出したばかりの時期で、テストとはいえ採算が取れるものになるのかという不安でいっぱいでした。
でも決まったからにはやるしかないので、商品ラインナップや当日のスタッフの動きなどを具体的に詰めていきました。なんとか当日を迎えたのですが、想定していた商品が仕入れられなかったり、代わりに仕入れた商品の売価を決めたり、ドタバタでしたね(苦笑)。
結果的に思うほどの売上にはならなかったのですが、課題も見えてきましたので、仮説を立てるだけでなく、実際に検証する重要性を身をもって体感しました。
――矢ケ崎さんの中でも大きな経験となったのですね。
はい。福山社長の決断力やスピード感に刺激を受けましたね。机上の空論を並べるだけではダメで、すぐ準備して取り掛かることが大切なんだと教えてもらいました。
事業をゼロからつくる経験から、全体を捉える視点も学びました。これまでは部署の一員として与えられたエリアや商品の目標達成が第一でしたが、事業を進めるには所属部署だけでなく全社の利益を考えなければいけないんだと気づきました。福山社長とやり取りする中で、自分はこの会社を発展させる一員なんだという当事者意識も芽生えました。
越境経験が「スキルの再構築」のきっかけになる
――FIKAの業務を通して得た経験や視点は、現在活きていますか。
私は東海北陸エリアの担当ですが、担当区域に留まらずに静岡以西の流通をすべて見る気持ちで、近畿エリアや西日本(中国・四国・九州)エリアの担当者とも連携していこうと動き出しました。全体最適の視点を得られたからこその変化と感じています。
また、東西の連携も大事なので、東日本営業企画部のリーダーとも密にコミュニケーションを取り、各エリアで協力し合ったり情報発信の足並みを揃えたりできる関係性を構築したいと考えています。
――改めて、越境学習の魅力やメリットはどこにあると感じていますか。
私が越境を決めた理由である「スキルの再構築」のきっかけになったと感じています。ベンチャーの業務の中で自身が培ってきたものを再確認しただけでなく、side projectの事前研修でほかの参加者と意見交換しながら自分のスキルを棚卸したのもいい機会でした。
参加者の中には若手の人もいるので、違う世代の方の意見が刺激になりますし、ある程度社会経験を積んだ身として負けられないというモチベーションにもなりました。自社や自部署から飛び出すって、私のような世代にこそ大切なアクションですね。
――これを機に、新たな挑戦も考えていますか。
実は「プロフェッショナルキャラバン」でやり取りしたとあるメーカーからお声掛けいただき、副業の形でマーケティングを支援することになりました。9月に参画したばかりですが、新たな越境が始まってワクワクしています。
――これからが楽しみですね。最後に、side projectを検討している方にメッセージをいただけますか。
参加しないともったいない、このひと言に尽きます。自社に籍を置きながらベンチャーでの経験を積めるチャンスは滅多にないので、心が動いているならすぐにエントリーしてほしいですね。

Fin
協力:サッポロビール株式会社 / 株式会社FIKA
インタビュアー:有竹亮介
撮影:宮本七生




