「大企業の一社員でも会社を動かせる」その方法とは?
2019年某日。東京・日本橋にあるコワーキングスペース「Clipニホンバシ」は、会場に集まった大企業社員らの熱気に包まれていた。
この日開かれたのは、11回目となる「LoanDEAL Salon(ローンディール サロン)」。同サロンは「レンタル移籍者(※)」の学びの場・交流の場として、毎回、様々なトークステージが催されている。
※ レンタル移籍:大手企業の社員が一定期間ベンチャー企業に行き、事業開発などの経験を行い、自社に戻った後に経験を活かすという実践型のプログラム。
今回は「大企業の新規事業創出」をテーマに、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下TVS社)代表取締役社長の斎藤祐馬氏によるトークステージが行われた。15歳の時に、公認会計士としてベンチャー企業の支援を目指し、デロイトトーマツ社に入社した斎藤氏。現在は社内ベンチャーとしてTVS社の事業をゼロから立ち上げ、国内3000社のベンチャーを支援、500社の大企業の新規事業立ち上げをサポートしている。
パッション溢れる斎藤氏のトークに会場はヒートアップ。レンタル移籍者らと共に盛り上がった。
目次
—世の中を変えるのは着火型の人間!?
大企業のオープンイノベーションや事業創出をサポートする立場にある斎藤氏。支援する側から見て、大企業における事業創出で大事なのは、やはり人だという。
「大事なのは、現場で世の中を変えようとしている人がいるかどうか。僕らは企業のトップにアプローチするのではなく、めちゃくちゃ情熱を持った人に寄り添っていくことが大事だと考えている。世の中は熱い人たちによって変わり始めている」
大企業の中で社会を変え得る人々のことを、斎藤氏は「着火型」と括る。
「(大企業の中で)圧倒的に多いのは、周りに火をつけられると頑張る「可燃型」。それから自ら火をつけられる「自燃型」もいる。でも、世の中を変えていけるのは「着火型」の人間。自燃型のように自らにも火をつけ、更に、他人にも火をつけられる人。こういう人が、大企業が持つインフラや大量のリソースを活用することで、大きなイノベーションを成し得ることができる」
—周囲を巻き込むために大事な“Our Story”と“Now感”
そして、周囲の人を着火させるには、2つの要素が必要だという。
「周囲を動かすことができる起業家は、ある2つのことができている。それは、自分が登るべき山の頂点であるビジョンを伝えられること。それから、自分がなぜそれに取り組むのかというパッションを語れることで、周囲を動かせる。山を登るエネルギー、つまり頂上に向かっていくためのビジョンやパッションを持っていることが、能力よりも(人を動かす上で)重要な要素になる」
では、これらビジョンやパッションをどのように伝えたら良いのか?
斎藤氏は3つのポイントがあると話す。
「1つ目はMy Story。今までの人生で山や谷があったと思いますが、それら原体験をベースに、“だから自分はこの課題に挑戦する”とか、“この人たちを笑顔にしたい”など、My Storyを持つことが大事。過去の経験を話すことで、ビジョンが思いつきではないと信頼される。
僕の場合は、父親が脱サラして起業家になった時に苦労していたのを見ていて、その時にベンチャーを支援する公認会計士を描いた本を手に取ったところから、現職を目指すわけで、例えばこういうことです。
とはいえ、個人の話だけでは共感は生まれにくい。そこで2つ目に大事なのが、Our Story。対象を自分と相手にすることで、共感度が上がり、目線が合ってくる。自分自身がどうありたいかというMy Story、そして会社として、社会としてどうありたいか、相手を運命共同体に変えていくOur Storyを語れると良い。いかにストーリーで応援したいと思ってもらえるかが重要」
ビジョンを伝える上で大事な、My StoryとOur Story。
そして3つ目のポイントとしては“Now”だという。
「加えて大事なのは“Now”感。やるには今しかないという働きかけによって意思決定を促すことができる。それを理解してもらうには、やはり数字やロジックが効果的。これらを意識して話すだけで、周囲を巻き込みつつ、事業が推進しやすくなる」
—大企業で熱量を保つには、とにかく“熱量の平均値”を高く保つこと
しかし大企業ゆえに、なかなか思うように進まず、心が折れそうになることもある。そうしているうちにいつの間にか熱量が消えてしまう……、なんていうケースも多い。斎藤氏は、そんな時は常に熱量が高い人と交流を持ち、熱を補充することが大切だと語る。
「世の中には200度、300度の熱を持っている人がいる。仮に自分が100度だとしてもそういう人たちと交流することで、彼らの熱量の平均値に上げることができる。だから熱量あるベンチャーに知り合いを持つのはいいこと。組織の中にいると消火器みたいな人がいる(笑)。彼らによって熱量が下がったとしても、常に熱量が高い人と会うなりして、熱量コントロールをしてほしい」
—My Storyがない場合は、使命感を“仮決め”すればいい
いずれにしても、熱量を持って取り組めるMyStoryを持つことが、事業創出において前提条件になってくるだろう。では、MyStoryが持てない人には、社会を変え得ることができないのだろうか? そんなことはないと斎藤氏は話す。
「仮に、稼げるという視点だけで事業を始めた場合、2、3年は頑張れるかもしれないが、10年はお金というインセンティブだけでは頑張れないと思う。使命感を持って取り組まないと続けられない。やはりMySotryが大事だろう。
しかし、MyStoryを持っていなくても、社内で逃げられない状況を作ることで、それが使命感に変わることもある。ノリで何かを始めたとしても、成果が出てきて、部下や仲間ができ、自分が続けるしかない!という状況になったら、そこから使命感が生まれるかもしれない。
ずっと軸がブレない人なんて少ない。だから、これだ!っていう何かを“仮決め”でも良いから作ってみて、どんどんやっていくといいと思う」
—上司はパトロンのイメージ。人事と予算で会社は動かせる
そして、事業を推進していく上で避けて通れないのが、上司や決裁権を持っているキーマンとの関係だ。だからこそ彼らの存在をうまく“活用”し、味方にできるかどうかが命運を分ける。
「大企業の中で上に言われたことだけをやっていると、いつまで経っても指示待ちで、永遠に指示される関係から抜け出せない。それでは事業も推進できない。上司は資金やリソースを提供してくれるパトロンと捉え、自立した起業家精神を持って接したほうがいい。これは自分の心持ちで次第で実践できること。
また、自由に人を採用できる「人事」、自由に使える「予算」、この2つをうまく活用することで会社は変えられる。人事や予算の権利は、形式的には上の人たちが持っているが、持っている彼らを巻き込むことで、会社を動かしていくこともできる」
—まずは5人の仲間から。5人集まれば社内でも居心地が良くなる
キーマンとの関係性に加え、やはり大事な仲間の存在。社外の方が理解者が多く、居心地がいいという声を聞く一方、社内でも5人の仲間を見つければ居心地が良くなると斎藤氏は話す。
「まずは5人くらいの仲間を集めてチームを作るといい。5人まで持っていけたら、そこに文化が生まれて、居心地も良くなってくるはず。仲間を集めることでスケールする可能性が高まるが、多くの人がそこまで到達できず終わってしまっている、勿体無い」
そして、キーマンを口説く際、仲間を集める際には、相手のインセンティブを読み解く必要があるという。
「(自分が)欲しい力を借りつつ、それ以上のリターンを返すことが求められる。自分のプロジェクトに関わった人は出世できる、稼げる、つまり関わっておくといい、という雰囲気を作れるといい。打算であったとしても周囲が参加したくなるプロジェクトにできたら伸びる。
また、腹を括ることで、周囲の力を気持ち良く借りられる。いくらビジョンや事業イメージを語っても、口だけだと意味がない。ちゃんと行動で覚悟を示すことで、周囲から信頼が生まれ、気持ち良く手を貸してくれる。ベンチャー起業家の場合、「語れる」「共感を得られる」「腹を括って周囲の力を借りられる」、この3つがある人は(その事業を)10年くらい続けていたら、みんなIPOできるくらいに成長する。少なくとも僕の周りはそう。この基本OSをインストールしておくと、やりたいことを実現できると思う」
—売上以外のバリューを出す。得意な分野で攻めるのもあり
大企業で新規事業が立ち上がりにくいのは「既存事業と比べた場合、売上のインパクトが薄いから」と斎藤氏。売上のインパクトが薄くても、経営層の応援を得るには、経営課題に多い「人材育成」「PR・ブランディング」「採用」等に貢献するものである、という見せ方が重要だという。
「例えば『人材育成』『PR・ブランディング』『採用』という経営者が持つ悩みにバリューが出せたりするといい。メディア露出が増えて知名度上がるとか、また、それら露出によって新たなブランディングができ、採用で優秀な人材が入ってくるとか、こういったバリューが生まれると経営層は否決しづらい。売上がすぐに上がらない、インパクトが出せない時は、こういったバリューでつなぎ、その間に何とか事業を飛躍させるのが良いと思う。
また、自分が得意な分野で攻めるという方法もある。会社の中では、自分がその分野に圧倒的に詳しいってプログラミングさせるとか。もしくはミドル層はやりにくい、若い世代ならではの分野ってある。そういう自分が一番になれる部分で切り込んでいくと認められやすいかもしれない」
WILLとCANをベースに、自分のやりたいことと、会社のミッションやバリューに貢献できること、その重なる部分を見極め、事業に反映させていくことが重要だ。
—社長になると会える人が変わる。2025年までに社長を300人出す
斎藤氏は、「大企業の社員は新規事業を立ち上げ、子会社の社長を目指したほうがいい」と熱をこめて話す。それは社長になることで会える人、見える世界が変わるからだ。
「僕は、30代で子会社の社長になる人を増やしたいという思いで、大企業の中で新規事業を起こす支援をしている。2025年までに大企業の子会社の社長を300人出したいと考えている。自分もそうだが、社長になったら会える人が変わる。企業のトップと会えるようになった。会う人が変わると見える世界も変わる。熱量の平均を上げる話と一緒で、自分の成長も大きい。自分のためにも、事業レベルを上げるにも、社長を目指すのはいい」
——そして最後に。
会場にいる参加者に向けて、レンタル移籍というレアな経験を活かすべきだと話した。
「事業を起こす場合、多くの人はJカーブを経験する。(線で表すとJの文字のように)落ち込む時期があるのは当たり前。それ乗り越えられるかがポイントになってくる。普通に会社員をしていては、その壁は越えられないかもしれない。社内起業家の場合、外のベンチャー起業家とは環境も制約条件も違うが、ベンチャー精神は必要。その精神があってこそ乗り越えられる。
社会において、これからはベンチャー企業と大企業の間を走る生き方が求められる。そういう人が活躍してこそ、社会は変わる。大企業にいながらベンチャーを経験している皆さんは間違いなくレア! 皆さんのような両利きの人材はそうそういない。ぜひその経験を大企業で活かしてチャレンジしていただきたい」
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Profile 斎藤 祐馬
1983年生まれ。大学卒業後、監査法人トーマツ入社。2010年より社内ベンチャーとしてトーマツベンチャーサポート株式会社の事業の立ち上げに参画し、2014年より、事業統括本部長として、ベンチャー企業の成長支援、大企業の新規事業創出支援、ベンチャー政策の立案に至るまで幅広く支援する。2019年より、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社の代表取締役社長に就任。現在は国内3000社のベンチャーを支援し、500社の大企業の新規事業の立ち上げをサポート。起業家が大企業100人にプレゼンを行う早朝イベントMorning Pitch発起人。テレビ出演多数。著書に『一生を賭ける仕事の見つけ方(ダイヤモンド社)』等がある。
協力:デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
会場提供:Clipニホンバシ
Report:小林こず恵