「これからは社内起業の時代」麻生要一さん
リクルート時代、社内起業家として活躍し、また、2000近い新規事業創出のプロジェクトに関わり、多くのスタートアップを輩出してきた麻生要一さん。現在は起業家へと転身しながらも、組織人としても、新規事業開発にも関わっていらっしゃいます。そんな数々の新規事業を創出している麻生さんは、「これからは社内起業の時代だ」といいます。
そこでローンディールでは、麻生さんをお招きして、レンタル移籍者を対象にオンラインセミナーを開催。NewsPicks Publishingから出版された『新規事業の実践論』をベースに、「なぜ今、社内起業なのか?」、起業家・組織人・投資家…、様々な顔を持つ麻生さんが、なぜ社内起業家の重要性を訴えているのか、その真意を伺いました。その一部を要約してお届けします。
(※本記事は、2020年4月のオンラインセミナーをもとにしています)
PROFILE
起業家・投資家・経営者
麻生要一さん
株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)に入社後、ファウンダー兼社長としてIT事業子会社を立ち上げる。150人規模まで拡大したのち、ヘッドクオーターのインキュベーション部門を統括。社内事業開発プログラム及び、スタートアップ企業支援プログラムを立ち上げ、約1500の社内プロジェクト及び約300社のベンチャー企業・スタートアップ企業のインキュベーションを支援。現在は起業家へと転身し、同時多発的に創業。2018年よりベンチャーキャピタリスト業も開始。同年、株式会社ニューズピックスにて非常勤執行役員に就任。著書に『新規事業の実践論(NewsPicks Publishing 刊)』がある。
目次
—すべての会社員は社内起業家として覚醒できる
そもそもなぜ「社内起業」にたどり着いたかというと、僕は新卒でリクルートに入って、とにかく新規事業創出をやりまくっていたんですね。社内外合わせて2000件弱のプロジェクトを立ち上げたり、社内起業家育成プログラムでは1500チームの新規事業に携わったり。他にも約300社のベンチャー企業・スタートアップ企業のインキュベーションを支援するなど、多くの新規事業に携わってきました。自分も子会社を立ち上げて、社長も経験しています。
その当時は、起業家の時代だと言われて、素晴らしいベンチャー企業が続々と誕生していました。2013年以降の資金調達総額は6年間で6倍です。僕自身も、大企業の優秀な人は全員起業家になればいいって考えていましたし、言いまくってましたね、「起業しろ」って。
でもそれを言い続けた結果、気づいたんです。大企業の人って、どんなに優秀でも起業しない。それは手厚く守られているからでしょう。そんな中で、優秀な人材を活かすにはどうしたらいいのかって、本気で考えていました。その結果「だったら社内でイノベーションを生み出すシステムをつくろう」と。大企業にいながらにしてイノベーティブを起こす仕組みをつくればいいんだと考えたわけです。
どうやってつくったかというと、リクルートで事業開発に携わる中で、社員が目の色を変えて“覚醒していく姿”を連続的に浴びていたんですね。でも、彼らは生まれながらの起業家ばかりではなかった。その原体験があって、普通の人でも新規事業が起こせるんだとわかりました。なので、その普通の人たちが歩んだ共通プロセスを型にして、汎用できるプログラムをつくりました。
現在、アルファドライブという僕の会社でも、このプログラムで新規事業のお手伝いをしていますが、様々な企業の皆さんと取り組む中で、改めて確信しています。イノベーションは天才だけがやるものではない、ポジションとか経験とか関係ない、やろうと思ったらできるって。
—新規事業にも、科学に基づいたプロセスを
僕がやったのは、新規事業を、他の職種の人材育成同様に、再現性のあるものにしたということです。たとえば営業っていう職種。営業って、何もないところからあの手この手でコミュニケーションを取って、最終的に契約取ってくるという流れがありますが、よく考えたら、この一連を再現性を持ってできるって、すごくないですか。
営業の人材を育成する時に何をやっているかというと、いきなり営業はやらせないですよね。名刺交換やアポイント、先輩に同行…というステップがあって、次は商品説明をして、だんだん条件交渉を任せられるようになって、最後はクロージングまで、みたいに育成していきますよね。
でもなぜか、新規事業開発は違うんですよ。配属される、アイデアを出させられる、事業化しろって言われる…と。多くの場合、プロセスがないんです。営業は科学されているけど新規事業開発はされていないっておかしいですよね。それじゃあ新規事業ができるわけがない。
僕が何千チームも見てきて確信しているのは、プロセスさえしっかりあれば、できる営業マンを育成するくらいの感覚で、新規事業開発の人材を育成できるということです。ちゃんとスキルを身につけさせて、正しくやれば必ずできるんです。
—新規事業の立ち上げで必要なたった2つのこと
ここからは、新規事業の立ち上げ時にやるべきことについて。それは、仮説と顧客の2つです。既存事業でやっている他のことは不要。仮説は300回くらい回しましょう。とにかく顧客のところに行って仮説検証を繰り返す。このサイクルだけに集中する、というのが大事なポイントです。
でも1回1回、重たい実証実験をしていたら期間内にできないですから。必要になってくるのがプロトタイピングスキル。仮説の形を作るということです。プロトタイプを出して顧客にぶつけてというのが一番早い。あまりにパワーがかかる場合は「こういうソリューションを考えているんですけど」って問いかけてみるところから始めて、見えてきたらちょっとずつ形にしていくというのも方法です。
もう一つ気をつけなきゃいけないのがバイアス。ヒアリングに行く時に、思いがある人ほど顧客を説得しちゃう。「絶対困っているでしょう」って。「こういうサービスがいいと思いますよね」って。顧客も本当はいいと思っていないのに、いいですねってなってしまう場合がある。なので説得になっていないか? というのも気をつけてほしいことです。
—会社を動かすには会議をハックせよ
では事業を進める上で、どうやって会社を動かしていったらいいのか、という悩みがあると思います。自ら起業してビジネスを興すのであれば『起業の科学』や『リーンスタートアップ』という書籍が有名で、起業はこうするとうまくいくという手法が解説されています。正しいことが書いてあるんですね。でも、読みながら思っていたのは、正しいんだけど会社内ではその通りにできないから困っている、ということです。
どうしたらいいのか? 少しだけお話しすると、大企業は「正論」では通らないということ。新規事業を提案する際、「顧客や世の中が◯◯だから、こういうサービスが求められている」、と正論でプレゼンしようと考えていませんか? 正論をぶつけたい気持ちはわかりますが、正しいことを言えば認めてくれるだろうっていう考えは甘えです。
大規模組織になるとそんなに甘いものではないし、正論を言えば意思決定されるような簡単なものでもない。なので、まずはそこをハックしないといけないということです。
ベンチャーの場合は、お客様のために世の中のために…っていうロジックで意思決定している。だからロジックさえあれば実行のスピードも速い。一方、大企業は正論を正論のまま意思決定できないというジレンマがあって、ここが一番難しい。まずはその前提に立つことが大事なんです。
要は、会社はどうやって動いているか、どうやって意志決定されるかを知ることです。いくつかありますが、ひとつは、説明責任が果たせるかどうかということが大事。社内会議で説明責任が果たせないと意思決定されません。
大企業という組織構造はすべての人に上司が存在すると思ってください。社長にすら、株式市場という上司がいる。会議の出席者が、自身の上司に対して説明ができるかということが大事になってくる。何を聞かれても、明確に回答できるように万全に準備をしておくことが重要です。この構造を熟知した上で攻略していく必要があるでしょう。
この攻略に必要なのは、「数値ロジック」「顧客の生の声」「リスクシナリオ」「関連諸法規の提示」「社内外キーマンのコメント」「空気を読んだマトリクス」の6点セットです。詳しくは書籍の中で説明しています。
—ひとりの挑戦が社会を変える
最後に申し上げたいのは、新規事業をすべての会社員の方にやってもらいたいということです。当然、日本の未来のためにというのはありますが、自分自身のためにということ。今みなさんが携わっている素晴らしい仕事は、2020年現在はかけがえのない経験かもしれない。でもあと数十年したら過去のスキルになるでしょう。その時代にどうやってマネタイズしていったらいいのでしょうか? だから、皆さん自身のためのために考えていただきたい。
「社内起業」は、会社が用意してくれる会社のための仕事です。でも、自分で顧客を見つけて自分で商売にするという仕事でもある。そして、会社の未来と自分の未来が一致する唯一の仕事です。今働く会社の未来が自分の未来になるって、こんなに素晴らしいことはないですから。
ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代が、昔ありました。はるか前のことに思えるかもしれませんが、たった30年しか経っていません。日本企業こそがイノベーションの象徴だった誇らしい時代から、たった30年しか経ってないのですから、失われきっているわけがありません。
では誰がその時代をつくったのか。たとえばソニーや本田。創業者はもちろん素晴らしい。ですが、ウォークマンを作ったのはソニーで働く研究者です。ホンダ・カブは、本田に勤めていたたったひとり海外に駐在していたビジネスマンが作りました。こうやっていつの時代も、一社員によるイノベーションは起こっているんです。
僕は、日本にもっと起業家が増えないといけないと思っています。でもそれと同じかそれ以上に、社内起業家が増えないと日本を取り戻すことができないと考えています。新型コロナは確実に世界を変えます。同時にこの困難は社会が変わるチャンスでもある。今こそやるべきです。
レンタル移籍を経験した皆さんはまさに変革の星。ぜひ、変えていってほしい。とにかく新しい事業をつくっていただき、そして一緒に仕事ができたらと、願っています。
Fin
※ 麻生要一さんの著書『新規事業の実践論』の詳細はこちら
(※本記事は、2020年4月のイベントをもとにしています)
レポート:小林こず恵
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計36社95名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年4月実績)。→詳しくはこちら