やりたいことが無くても当事者意識は持てるのかーレンタル移籍者オンラインセミナーレポートー
新規事業創出のためにイノベーション人材が必要である。そのような思いから、人材育成・組織開発の手法として「越境学習」への注目が集まっています。実際に、越境学習によって、強い意思を持ってイノベーションを起こす人材を生み出すことは可能なのでしょうか。「レンタル移籍」プログラムを提供するローンディールでは、NTTコミュニケーションズからレンタル移籍をした木付健太(きづき・けんた)さんをお招きし、「レンタル移籍の実際 〜やりたいことが無くても当事者意識は持てるのか〜」をテーマに、オンラインセミナーを開催しました。移籍中の経験や、戻った今どんな思いで仕事に向き合っているかなどについてお話しいただいた当日の様子の一部をお届けします。
(ファシリテーター=ローンディールCOO後藤)
(写真左上:ローンディール及川、写真右上:NTTコミュニケーションズ木付さん、写真下:ローンディールCOO後藤)
目次
ー異なる環境に飛び込めば、やりたいことが見つかるかも……?
2011年4月にNTTコミュニケーションズに入社し、法人向けコールセンターの統括に携わった後、法人営業に6年ほど従事しBtoB営業を得意としていました。2019年4月から1年間、株式会社チカクへレンタル移籍しました。
きっかけは、営業部の人事からの誘いからでした。NTTコミュニケーションズの営業マンとして、一定の評価を得てきた自信はありました。けれども30歳を目前に、「大企業の看板を外した時の自分の力量を確かめたい」「異なる環境下で、短期間で爆発的に成長したい」「ベンチャーに飛び込めばやりたいことが見つかるかも……」そう思って、挑戦を決めました。NTTコミュニケーションズとしても、新規事業創出が必要とされていながら担える人材が不足していたと聞いていたこともあり、レンタル移籍することで自分が先駆者になれるのではとも考えました。
300社ほどあるベンチャー企業候補の中から、自分がこれまで携わってきたBtoBやICTとは正反対の経験ができることを基準に、確固たるプロダクトを持つBtoCメーカーを選びました。数社との面談を経て、最終的に株式会社チカクへの移籍が決まりました。
ー法人営業一筋から、事業開発マネージャーへ
株式会社チカクは「距離も時間も超えて大切な人を近くする・知覚できる世界を創る」をミッションとする、2014年創業のIoTベンチャー企業です。第一弾プロダクトとして、スマートフォンで撮影した動画や写真を実家のテレビに直接送信できる動画・写真共有サービス「まごチャンネル」を開発・販売しています。コロナの影響もあって、今年は去年の何倍も出荷台数が伸び、注目もされているサービスです。
ベンチャーといえば華やかなオフィスというイメージでしたが、実際は、長机を4つも並べれば一杯になるほどのマンションの一室でした。そこに15名ほどのメンバーが肩を並べ合い、隣には社長、目の前にCTO、後ろにプロダクトマネージャーが座っていましたね。
社長の梶原さんから与えられたミッションは「まごチャンネル売上の最大化」でした。事業開発マネージャーとして、企業とのアライアンスの推進・パートナリング・拡販のための施策・お客様フォローなどを実施しました。
また、まごチャンネルを活用したtoC向けの新しいサービスとして、セコムとの共創プロジェクトのサブリーダーも任されました。大企業側の人を相手に、スタートアップ側の人間として仕事をしたことも、大企業側を客観的に見る上で貴重な経験でしたね。
そのほか、展示会への参加、採用面談、プレスリリース、特許や論文の調査など、BizDev業務とは直接関係のない業務にも関わり、「売上の最大化」というミッション達成のために行動し続けた日々でした。
ーマインドと行動に変化を与えた、社長からの衝撃的な言葉
移籍中は、会社のために自分ができることを考えて動いていたのですが、実は、NTTコミュニケーションズ在籍中、そして移籍直後もそのような発想はなく、自分の営業成績だけを考えていました。変化を起こさせたきっかけは、社長の梶原さんからの言葉でした。
仕事にも慣れてきた移籍開始後2ヶ月頃に、とある資料作成の手戻りがあり、議論した後に、梶原さんにこんなことを言われたのです。
「一生懸命やるのは当たり前。当事者意識、責任感をもってやってほしい。提案や資料作成も、もっと解像度を上げて考えてほしい」と。
梶原さんは普段は温厚な方なので、「やっちまった……!」と、正直ビビりました。今でもその情景がはっきりと思い浮かぶほどでしたね。
その一方で、「自分なりに一生懸命やっているはずなのに……」とも思いました。でも、「当事者意識」や「解像度」という言葉は今まで意識したことがなかったんです。この言葉の意味がわからなければベンチャーに来た意味がないと思ったので、これまでの環境との違いを分析してみました。
数千人の社員を抱えるNTTコミュニケーションズでは、営業担当の自分1人が成果を出せなくても組織の力でカバーできてしまいます。一方、社員15名ほどのチカクでは、1人が成果を出せないだけで会社が傾く可能性もあり、BizDev担当の自分が会社に与える影響が格段に大きい。だから、ただ一生懸命やるのではなく、どうすれば絶対に成功するかを考え抜かなければならない、それが真の当事者意識と解像度を上げるということだと気づきました。
それからは、営業成績だけでなく、コストのこと、投資家への説明の仕方、次のサービス展開のためにどこと提携すべきかなど、社長が考えていることを想像し、視座を高く持てるようになりました。スピード感を保ちながら成功への確度を上げていくため、自分1人でなんとかしようとせず、プライドも捨てて社内外の人に議論を持ちかけ、考え抜くことで、仕事の充実度が上がり、面白くなりました。
そのようなマインドと働き方を変えたことで、残りの移籍期間は有意義なものになりました。セコムとの共創PJは、2020年1月に無事サービスローンチ、責任者を務めたギフトショー展示では、前年度比三倍のリード獲得、2020年2月の東京都のダイバーシティアプリアワードにて最優秀賞受賞など、チカクにとっても大きな成果を上げることができたと思います。
ーやりたいことはなくても「当事者意識」から新規事業創出は生み出せる
レンタル移籍前に見つけたいと思っていた”やりたいこと”は結局、見つけられませんでした。それでも、当事者意識を強く持ち、視座を高く持つという自身の変化によって、仕事の面白さは意識的に広げることができると気付き、そのための手法をたくさん身に付けられたと思います。
今はNTTコミュニケーションズに戻り、2020年4月に新設されたイノベーションセンターに配属され、2つの業務に取り組んでいます。社員が新規事業創出をする際のプログラム運営の事務局業務と、自らプレイヤーとして新規事業を創出するBizDev業務。新規事業創出は会社としても未経験の分野で、時期や目標設定も曖昧なため、社内調整にも時間がかかる可能性が大きい。そのような中でも、レンタル移籍中に身に付けた「当事者意識」を強く持ち、ゴールまでの道筋を解像度高く逆算することで実現できるはずだと信じています。これからの目標は、自ら0→1の新ビジネスが創出できる人材になること、そして、NTTコミュニケーションズをより新規事業創出がしやすい魅力的な会社に変革することです。
本当に人生変わったなと思うくらい色々なインプットがあった1年間でした。自分の会社の良さを見つめ直したい、何かわからないけれど行き詰まっている、といった悩みを持っている方は、一度社外に出てみると視野が広くなると思うので、おすすめのサービスです(笑)。
ーーQ&A
Q. 「考え抜く」という点について、実感としてどんな変化がありましたか?
A. 移籍前は、お客さんの課題を掴み、それに対してITソリューションをどうぶつけたら解決できるかを提案するというやり方で、営業としていかに売り上げるかを中心に考えていました。移籍後は、会社として数年後にどうなっていきたいか、社長が会社をどう動かしたいのか、自分の仕事はそのうちどのパーツを担っていて、会社の目標に近づく動きなのかを、常に意識するようになりました。それと同時に、考えすぎて時期を逸するということもないよう、人を集めて議論の時間を設けて作戦を決めるなど、スピード感をもって戦略立てるようになりました。
Q. 「解像度を上げる」という点についても、もう少し具体的に教えてください。
A. 「なぜ?」を繰り返し、深掘りをしきるようにしました。例えば、パートナリングを検討する際に、営業としては美味しそうな案件に見えたとしても、社内の開発やCSが受け切れるか、会社としての目標にマッチしているかどうかなど、周囲の情報を集めながら深掘りを繰り返して考えた上で取捨選択を行いました。
Q. 大企業からレンタル移籍するにあたり、気をつけるほうがいい、覚悟したほうがいいポイントはありますか?
A. 戻ってきたあとの業務の内容を、人事とある程度すり合わせしておいたほうがいいかと思います。自分の場合は新規事業に関わる部署と決まっていたため、BizDevやゼロイチの経験ができるという基準を明確にできました。覚悟したほうがいいのは、大企業とはスピード感が全く違うということです。資料を提出してと言われたら、1週間後に8割、9割のものを出すのではなく、30分後に骨組みだけ作って出し、それを壁打ちしながら仕上げる。10分20分でもいいから、こつこつ打ち合わせしながら最短で進められるようにするといいですね。自分も初期の段階で、1週間たってもこれしかできていないのかと怒られるということがよくあり、つまづいていました。これはどこのベンチャーでも求められることだと思います。
Q. 1年で帰ってしまうという立場で、商談相手から不安な顔をされたことはなかったですか?
A. 1年経ったら帰っちゃうんですね、という反応をされる方もいました。ただ、BizDevには他にこういうメンバーもいて、しっかり引き継ぎますとちゃんと伝えれば「レンタル移籍って面白いね」と反応されることが多く、それで商談が崩れるようなことはありませんでした。
Q. 当事者意識に対するマインドが変わったきっかけは社長の言葉だったと思いますが、そのためにどんなことを行いました?
A. とにかくいろんな人に相談しました。「社長にこう言われたんですけど、ぶっちゃけどうすればいいんでしたっけ」と、1週間で7〜8人くらい、それぞれ1時間くらい1on1の時間をもらいました。それまで会社に役に立ってなさそうなこともなんとなくわかっていたので、どうすれば貢献できるかを含めて徹底的に。移籍中にサポートしてくれるローンディールのメンターの方にも相談しましたね。
Q. マインドが変わった分、大企業に戻ったら悶々とすると思いますが、そのまま残りたいのか、またベンチャーにいきたいのか、どちらでしょう?
A. 正直なところ、戻ってきて悶々とはしています。でも、ベンチャーにまた行きたいかと言うと、今はそうは思っていません。そもそもレンタル移籍も、転職というリスクを冒さずにベンチャーを1年間経験できるところがいいなと思ったので、NTTコミュニケーションズで頑張っていくつもりです。やっぱりNTTコミュニケーションズという会社が好きで、データセンターなどの設備やネットワークなど、NTTコミュニケーションズならではの魅力を活かした新規事業を立ち上げたいと思っています。
Q. 当事者意識や解像度をあげると言うことを行うことでご自身も変わったそうですが、大企業ではそういった環境を作ったり気づきを得たりすることはできないのでしょうか?
A. 一般的には、ルーティンが主業務だと気づきは得られにくいようには思います。今は、会社のお金を使わせてもらって新規事業を生み出すという部署で、成果を出せずにいると部署自体なくなる可能性もあるから、なんとかしなければと当事者意識を持つことができていますが、そういった環境やポジションにもよると思います。
Q. 新規事業を創出した先には何を見ていますか?夢、やりたいことは見つかりましたか?
A. これをやりたいということは見つかっていませんが、仕事という事業を生み出していくことの面白さややりがいは見つかりました。テーマや夢は、これから新規事業に取り組みながら探していきたいと思っています。
Q. 今後、強烈にやりたいことが出てきた場合、今回の経験を生かして起業することはできると思います。レンタル移籍を使った人であれば起業できる人材になれると思いますか?
A. 自分が起業するイメージはありませんが、レンタル移籍した人であれば起業はできると思います。1年間、社長の横で、資金面についても当事者意識を持ちながら、15人くらいの規模で爆発的に成長していかなければならないという大変な姿を間近で見られました。そういう経験を活かすことはできると思います。
Q. 移籍中の勤務時間のイメージについて教えてください。
A. チカクは家族をつなぐサービスということもあり、家のことを大事にするという文化があります。皆さん、家のイベントがあるから、幼稚園の送り迎えがあるからと早く帰るなど、柔軟な働き方をしていました。早く帰る時は早く帰るし、やるときは22:00過ぎまで残ってめちゃくちゃやる、というように、大企業よりもメリハリがついた働き方をしていました。また、勤務については、時間外労働なども含めて移籍元が細かく管理してくれて、フォローしてもらっていました。基本的には温かく見守られながらやっていたという感覚です。
ーー当日は、2018年10月からチカクでレンタル移籍を開始し、木付さんとは半年間、チカクの仲間として一緒に働いていたパナソニックの大西さんからも、参加者としてのコメントが寄せられました。
「おつかれさまでした! 私もチカクで学んだOKRをパナソニック内で導入しています。移籍元で活かそうと思っても、チカクのようにはうまくいかないところもあるかと思いますが、試してみての課題など、共有してもらえると嬉しいです」
大西さんは、怒られた時には相談したり、情報共有をしたりと、レンタル移籍者仲間として戦友のような存在だったそうです。チカクでは、木付さんと大西さんの他にも、関西電力の田村さん(2017年11月〜2018年6月)、リコーの萩田さん(2020年1月〜2020年6月)と、合計4名のレンタル移籍者を受け入れていただいています。お互いに情報交換をしながら、チカクで得た経験を移籍元で活かそうと試行錯誤していく様子が想像できるようなコメントでした。
「やりたいことが無くても当事者意識は持てるのか?」というテーマでお届けした今回のオンラインセミナー。NTTコミュニケーションズから木付さんと同じ時期に、宇宙ベンチャーに行った移籍者のように「自分がやりたいテーマは宇宙だ!」と覚醒した人もいますが、ベンチャーに行ったから、必ずしもやりたいことが見つかるわけではありません。それでも、木付さんのように、起業家たちが作り上げた事業やビジョンに乗っかってビジネスを動かしていくことで、仕事をどう面白くしていくかを自分なりに解釈して、身につけて帰って来る人もいます。やりたいことがなかったとしても、自分自身で仕事の意味づけをして見出してやっていける、というヒントをお渡しできたのではないでしょうか。(ローンディール後藤より)
Fin
協力:エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社・株式会社チカク
レポート:黒木瑛子
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計36社95名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年6月実績)。