【REPORT】新しい価値を創出するために、今、R&D人材に必要なものとは?

 顧客ニーズの細分化や製品サイクルの短期化、さらには多様なプレイヤーの参入による競争の激化など、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。この変化は当然、R&D部門といえども無関係ではありません。「レンタル移籍」ではR&D部門の人材が増加傾向にあり、2020年は、移籍者の4割近くを占めています。このような背景から「これからのR&D人材」をテーマに、オンラインイベントを開催しました。

 ゲストに、スマートフォンのナビゲーション技術を支える「電子コンパス」の企画・開発を手がけ、紫綬褒章を受章された旭化成株式会社の山下昌哉さん。そして、触覚を持つ遠隔操作ロボットの開発で注目を浴びているTelexistence株式会社 共同創業者の佐野元紀さんをお迎えして、大企業・スタートアップ双方の視点から語っていただきました。自社の技術力を活かして新しい価値を創出するには、どのようなスキルやマインドが必要なのでしょうか。

 ※ 本記事は2021年3月に開催したオンラインイベントを要約したものです。

ひとつを深く掘っていくのか、
横に広く伸ばしていくのか

原田:山下さんは、旭化成で38年間のご経歴をお持ちですが、企業のR&D部門に求められるものは、時代とともに変化してきているのでしょうか? 

山下:昔も今も根本的なものは変わっていないと思います。研究開発部門というのは、前提として“事業開発をするための手段を開発する”ということをやっているわけです。新たな価値を生み出すという目的は昔も今も同じ。

一方、開発者の意識は次第に変わってきている。少なくとも私が入社した直後はバブル期。「いい性能の製品をつくる」という“純粋な技術開発”をすることが社会全体で求められている雰囲気がありました。だから当時「とにかく高性能を追求すればいい」って思っていたのが、今は「技術の深掘りも必要だろうけど、それだけじゃダメだよね」って。多様性に富んだ今の時代は、“横の広がり”が求められるようになっていると感じます。

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山下 昌哉 (やました・まさや)氏
旭化成株式会社 Senior Intrapreneur / Innovation Architect / 工学博士
1982年旭化成工業(現旭化成)入社。MRI(磁気共鳴画像診断装置)、LIB(リチウムイオン電池)の開発から事業化に従事。2000年から電子コンパスの開発を始め、事業責任者として、世界トップの電子コンパスメーカーにまで育てた。社内フォーラム「MY Lab」を立ち上げ価値創造に取り組む。2012年全国発明表彰恩賜発明賞、2015年春の紫綬褒章。

佐野:それはスタートアップでも一緒です。ひとつを深く掘っていくのか、横に広く伸ばしていくのか。ただ、横だと探索範囲をどこまでも広げていけるわけで終わりがない。フレームが決まっていない中で、本当に顧客に受け入れられるプロダクト開発をどのように進めていくのかというのが大きなポイントですね。

原田:Telexistenceさんのマーケットフィットにおいては、どんなご苦労があったのでしょうか?

佐野:大学発のスタートアップなので、技術ドリブンにならないよう注意を払いました。技術ドリブンに陥ると、技術があるからお金になるはずだと、要は顧客から始まっていないわけです。テレイグジスタンス技術は、何にでも使える、応用できる技術になり得ます。

だからこそ、どの領域でいくのか。社内に事業開発に強いメンバーがいるので、どのマーケットにどう打っていくのがいいのか、どう社会に貢献していくのかって、宇宙、建築、医療まで100社以上のあらゆる業界の企業と取り組みを検討していました。結果、勝ち筋が見えた小売業に行き着いたわけです。

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佐野 元紀 (さの・げんき)氏
Telexistence Inc 共同創業者/ Chief Technology Officer

2011年ソニー株式会社入社。業務用カメラの開発をはじめ、多くのレイヤーの技術開発を担当。2016年より株式会社FOVEにてVRヘッドマウント・ディスプレイの製品化にTechnical Directorとして従事。2017年に東京大学 名誉教授 舘博士らの研究するテレイグジスタンス技術の事業化を目指すTelexistence株式会社を共同創業。CTOとして開発を牽引。 

 

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小売現場で商品の陳列を行う「Telexistenceロボット」(スライドより)


マーケット側なのか、
技術ドリブンかは区別できない

原田:山下さんにお聞きしたいのですが、大企業もやはり、技術ドリブンに陥りがちなのでしょうか?

山下:技術ドリブンの発想は製造業なら当然のように出てくるでしょうね。というのも、企業には既存事業があって、既に何かしら技術を持っているわけです。そういった技術を長年積み重ねていく中で、単純な技術改良だけじゃないものも出てくる。それが新しい事業にならないだろうかという検討は当然しています。

ですが、そもそもそのテーマが技術ドリブンなのか、市場ドリブンなのかは、区別できないんじゃないかと思います。技術を基軸に考える時には、技術ドリブンかもしれませんが、直ぐに視座を変えて「この用途に使えるかもしれない」と考える時には、元の技術に拘らないで市場ドリブン側に回って考える必要がある。結局、どちらから始まっても、両方を行ったり来たりして、それが繋がっていくストーリーが見えてくるようでないと結局は事業として成立しないので、新規事業開発を進めていく内に、どっちが先でも関係がなくなるように思います。

原田:実際、山下さんは、技術開発をされながら事業化までをご経験されている。世界に普及させる一大事業へと成長させるためのマーケット視点はどこで得られて来たのでしょうか?

山下:実は、そういうマインドセットに至るターニングポイントがありました。入社して最初MRI(磁気共鳴画像診断装置)という新規事業の技術開発に携わったのですが、3年たった時ローテーション制度ができて、その最初の対象者だったことから、新規事業の企画部門に異動する人事発令が出た。幸いMRIの開発部門にも兼務が付いていたので、企画部門に身を置きながら、同時に技術開発をしていました。しかも企画部門と同じビルにMRIの営業部門があったので、その人たちとも連携して、企画・開発・営業という3つの立場を同時に兼務する時期が数年続きました。この経験がポイントですね。

もし仮に、ずっと技術開発だけやっていたら、単に技術だけ詳しい人になっていたでしょうから、この3部門を同時並行に経験したことが、今の発想に繋がっていると思います。


経営資産を活かせるような
テーマをつくれるかがカギ

原田:研究開発系の方がベンチャーへ行って、初めての体験として、ユーザーのもとに足を運ぶということがあります。実際にユーザーに触れる経験をすることで、自らマーケット側に接続して、自分で進めていけるようになったりする。山下さんの場合は社内でも広範囲に動けていた状況だと思いますが、やはり大企業にいながら、一開発者が、ユーザーに触れるのは難しいのでしょうか?

山下:大きな組織であればあるほど、壁があるとは思います。ただ全くできないのかっていうとそんなことはない。この技術を将来どう使ってもらうか考える上で、お客さんを探したり、市場を見に行ったりすることに対して、「そんなことはけしからん」なんて言う上司は少ないと思いますから、やろうと思えばできることでしょう。

原田:佐野さんも、ソニー時代、動きづらさみたいなものがあったのでしょうか?

佐野:僕の場合は、逆に自由にやりすぎて動きにくくなっちゃいました(笑)。ただ、ソニー時代、もし「レンタル移籍」を経験していたら、違う働き方ができたのかなって、やれるアクションは増えていたかもしれません。というのも、やはり資本力やリソースは大企業の強み、羨ましいですよ。スタートアップだとそれらが足りないのでアクションに限りがある。

たとえば新規事業を3つ走らせたかったとしても、リソースが極端に限られているから1つに絞るしかない。でも、大企業の研究開発だと並列して進められる可能性がある。しかも他でキャッシュが得られているので、必ずしも直近で売上をあげる必要もなく、数年の猶予がある。だから、大企業には大企業なりの新しいことに挑戦できる側面があると思います。

原田:山下さんから見て、大企業の強みはいかがでしょうか?

山下:佐野さんがおっしゃるように、リソースって意味ではスタートアップより恵まれているのは当然。お金、人、設備、チャネルなどいずれも豊富にある。一方、それを活かせなければ会社の中で起業する意味がないので、テーマ選定には条件が付くわけです。

原田:経営資産を活かせるようなテーマをつくれるかが大事なわけですね。

山下:みんな、既存事業のリソースを活かすってことは頭にあるでしょう。ただ、ほとんどは今あるものを伸ばすインプルーブメントの方向にしか頭が働かない。そういう仕事も当然必要ですが、一旦今の事業の延長線上から離れて、イノベーションとなるような新規事業を始める人も必要なわけです。問題は、現状のリソースを使おうとすると既存事業に引っ張られ、既存事業から離れたら現状のリソースとは関係がない新規事業を作ろうとしてしまうことです。

佐野:本当にバランスが難しいですよね。思いついても事業部の“追加機能”なのか、そうじゃないのか。みんながちょうどいいと思っていているところを探すって、大企業の中で新しいことをやる難しさだなって思います。


事業計画より何より、
最終的には「人」が大事

ーここで視聴者からの質問。「佐野さんが現時点でソニーに戻るとしたら、どうやって新規事業開発を推進しますか?」

佐野:難しい質問ですね、リアルに考えちゃう(笑)。スタートアップで痛感したのは、事業計画より何より、最終的には人だということです。成功するかどうかって人次第だということ。どういう思いを持ってやるか、どういう人を集めるかってところと、その人たちが走るべき旗をどのように掲げるか。そうやって方向性を決めることが大事。それさえあれば、優秀な人がすばらしいものをつくってくれる。そういうことができたら面白そうだなって思います。

原田:Telexistenceさんには多様なメンバーがいらっしゃると思いますが、スタートアップで活躍できるR&D人材というのは、どのようなイメージでしょうか?

佐野:ざっくりいうと、放り出されても自分で道を切り開ける人。私も映像伝送技術出身ですが、今はロボットをやっています。フレームがなくて何をしてもいいって時に、何するべきかを自分の頭で考えて、外部環境を見ながらきちんと決められる人でしょうか。多くの人は「何をしてもいいから」って放っておかれても困ると思います。そんな時に、「何をしたら今の困りごとが解決するのか?」それを考えて動いていける力が求められます。情報もオープンにしているものの、それが整備されているわけではないので、自分から取りにいく力も必要。あらゆる情報にどのようにアクセスして、どう料理するのか。

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当時も今も必要なのは、
“野武士”として戦える人材

原田:一方、大企業で活躍できるR&D人材はどうなのでしょうか。 ちなみに、レンタル移籍で研究開発系のバックグラウンドをもつ人を見ていると、新しい職種を経験しても、1年くらいやるとその分野の専門性を身につけている。そういう素地はすごいなと思います。

山下:新しいことを始める人にとって、大企業であってもスタートアップであっても、自分で考えて動けることが大事です。私はプロデューサーという言い方をしていますが、将来新しく開発されるものやことと、既存のものやことを、どんなふうに組み合わせて事業をつくるかという構想を練る人が重要になってきます。そうやってチームができた後は、既存のリソースが豊富な分、それを生かせる構想なら、大企業の方が規模拡大は早いかもしれません。

原田:なるほど。そういう素養を持った研究者を必要とするのがこれからの時代だということですね。

山下:そうですね。自分の専門分野に自信があって拘る人は、逆にそれが邪魔になることもあります。専門性が高すぎると、隣で起こっていることに気づかなくなってしまう。何でも手を出すのは良くないですが、やっぱり、新しい人と新しい何かをやってみるという好奇心の強い人がいいと思います。「自分には関係ない」じゃなくて、「これってどうなっているの」っていう興味を持てるかどうか。

佐野:大企業もスタートアップも、ひとことで言うと、”野武士”的な人が必要なんじゃないかって思いますね。戦場に放り出された時、棒でも持って戦ってこられる人。今自分が持っているあらゆるものを使ってなんとかするって、そういう気構えの人。

山下:ご存知かもしれませんが、かつて多角化に積極的な旭化成は、野武士集団って呼ばれていたこともありました。

佐野:やっぱり野武士が大事ですよね! いつの時代も、野武士的に戦える人が時代を変えていく。

原田:視聴者の方から、「隠れ野武士を見つけ出すには?」という質問が来ていますが、佐野さんいかがでしょう。

佐野:隠れ野武士、見つけたいですよね。採用時の面接などで見極めようと思っても、動いてみないとわからない部分はあって。どうスクリーニングするかっていうのは難しいところです。

山下:そういう才能を持っていて発揮したいと思っている人がいても、場合によっては上司が無意識に、それを抑えていることがある。才能や意欲を発揮できる場が提供されていることも組織としては大事。旭化成で立ち上げたフォーラムサイトは、そういう人たちが集まる場所にしたいと思っています。逃げるのではなく駆け込める場所です。ここに来たら話が通じる人がいるという。そういう場所が、新規事業のひとつのきっかけになると期待しています。

原田:たとえば上司が芽をつまないようにするには、どうしたらいいのでしょうか。

山下:言うは易く…ではありますが、私自身の話をすると、わからないことを否定しないようにしてます。程度はありますが、ダメな理由が明快にわかるならともかく、「何を言っているんだろう」って理解できないときは、自分は天才でも神様でもないので、続けさせなきゃいけないんじゃないかって。デフォルトでは否定しない、生き延びる余地を与えるということですね。

野武士的な人は、
“抵抗”があることを楽しんでいる

ー視聴者からの質問。「利益が出るまでの長い期間でのプロセスはどうやって評価されるべきだとお考えでしょうか。試行錯誤されている最中においても、その姿勢を評価されるべきだと思うのですが」

山下:理想は会社全体がそういう風土を持つこと。ただ大企業でイノベーティブな新規事業を起こそうって気構えのある人にとっては、それだとぬるま湯過ぎて楽しくないかもしれない。野武士的な人は、周りにある程度抵抗があることを楽しむくらいの気持ちもあるんじゃないかって。みんなが「いいねいいね」「やれやれ」って言ってたら、なんか違うなって思うタイプなんじゃないかと思います。

そういう意味で、人事評価を上げることが目的なら、上司の方針に擦り寄った方が早いでしょうね。私が大事にしていたのは、社内の評価よりも市場の評価。お客さんに「いい」って言ってもらえるか。そうした手ごたえの方が支えになりますから。

佐野:姿勢やプロセスを評価していくのはなかなか難しい問題ですよね。頑張ったから「お前すごい」とはならない。その頑張りやプロセスは、会社の何に対して貢献していたんだろうっていうのが大事かもしれない。最終的には売上かもしれませんが、その人が何のためにやっているのかっていうことが、組織と共有できていたりすると、まだ結果になっていなくても、互いを認め合えたりすると思います。

原田:最後に。リーンスタートアップが大事だと言われる中で、小さく試すのが難しい環境の大企業も多いのが事実。そのような環境下においてどうすれば良いのか、アドバイスをいただけますか?

佐野:永遠の課題ですね。いかに失敗を小さく繰り返せるかがカギ。どう知恵を絞るかということじゃないでしょうか。ロボット1台つくるにもかなりのコストがかかる。なので、ダンボールで作ったりとかしていました。完全じゃなくても、外せないポイントはクリアできていると判断できれば許容して次に進める、そういう姿勢で改善していくといいんじゃないかと思います。あとはプレスリリースができた時に、どういう文面を出すんだっけって考える。最終形がイメージできていないと作れないので、どこが足りないのか見えてきます。

山下:デモ機でもなんでも、まず動くもの(最終ユーザーに提供するもの)をつくってみるといいように思います。動くものを作ろうとすると、結構細かいところまで詰めないと動かないですから、気付いていなかったところがわかる。もし資金面でそこまでできなかったら動画を作ってみたらいい。ちなみに、動画ならすぐ作れるような気がしますけど、実際には動画でも具体的に細部を詰めないと作れません。まず、できることから始めて、何が欠けているのかを見定めることが大事だと思います。

原田:山下さん、佐野さん、ありがとうございました。


Fin

 協力:旭化成株式会社 /  Telexistence株式会社
レポート:小林こず恵

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【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計47社 134名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年4月1日実績)。



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