ベンチャーの現場で過ごした半年──「本気のものづくり」が自信と成長につながった

2019年に新卒で三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)に入社し、プラント機器の設計部門に配属となった鈴木貴士(すずき・たかし)さんですが、社会人1年目が終わる頃に新型コロナウイルス感染症が拡大し、現場での経験を積めない時期が続きました。

徐々にプラント設計業務は再開するものの、ゼロからのものづくりの経験がないことに不安や焦りを覚えた鈴木さんは、社内で募集が始まった「レンタル移籍」に飛び込みます。

赴いた先は、スマートフォンのセンサーとAI技術を掛け合わせたMR(Mixed Reality)プラットフォーム「Auris(オーリス)」の開発・提供を行う株式会社GATARI。半年間の移籍経験から得た視点やマインドセット、双方にとってのメリットについて、鈴木さんとGATARI代表取締役CEOの竹下俊一(たけした・しゅんいち)さんに聞きました。

※ 本記事は2025年6月にインタビューしたものです。

必要なのは勇気
”ゼロから生み出す経験”を積むために


――まずは、鈴木さんがレンタル移籍を決めた経緯から伺えますか。

鈴木:これまでプラント設計の仕事に携わってきましたが、実際の詳細設計は外部のメーカーさんにお願いすることがほとんどで、自分がゼロからモノをつくるという機会は少なかったんです。そのため、知識も経験も足りず、「自分には何ができるんだろう」とモヤモヤしていました。

そんなときに社内で「ベンチャー企業へのレンタル移籍に挑戦したい人を募集します」という案内が届いて。新しい環境に挑戦して「自分は何ができるのか?」を試してみたくて、手を挙げました。

(三菱重工業 鈴木貴士さん)

――不安はなかったですか。

鈴木:勇気は必要だったんですが不安はなかったです。期間限定ですし。仮にベンチャーで思うような成果が出せなくてもそれはそれで経験になるし、ずっと大企業にいたら得られない経験を積めるメリットのほうが大きいって感じましたね。

――数あるベンチャーの中からGATARIを選んだ決め手はなんでしょうか。

鈴木:最初に大きく2つの条件で絞りました。1つは「自社製品を展開しているところ」。ゼロから生み出す部分を経験したかったからです。

もう1つは「人数が少ないところ」。幅広い業務に携わりたかったので、あえて小規模なところを探しました。その中で一番プロダクトに興味を持てたのが、GATARIだったんです。

――竹下さんは、鈴木さんにどんな印象を持ちましたか。

竹下:そうですね。最初の面談のときから、「Auris」でできそうなことをいろいろ提案してくれて頼もしく感じましたし、何より、半年間バングラデシュに赴任した話が印象的でした。

鈴木:プラント設計のプロジェクトの一環で、宿舎の水道から茶色い水が出てきたって話ですよね(苦笑)。しばらく流しっぱなしにしていたら普通の水に戻りましたけどね。

竹下:壮絶な経験を飄々と話す姿にタフさを感じて、鈴木さんならベンチャーでもやっていけると感じました。特に当社は完全出社だったり出張も多かったりして、体力が必要な会社ですが、そこの安心感はありましたね。

重工業は(GATARIからは)もっとも遠い業界ですし、鈴木さんのスキルセットもまったく想像できなかったので、当社で働くイメージはあまり湧かなかったんですが、話している中で息が合いそうな気がしたんですよね。「よくゲームをする」って言ってたのも大きかったです。

(株式会社GATARI 竹下俊一さん)

鈴木:そうですね(笑)。「Auris」は、ゲームでできることを現実に置き換えるようなシステムなので、多少は通じるところもあるのかなと思ってました。

――いざベンチャーに行って、すぐに馴染めましたか。

鈴木:意外とすぐに馴染めたかと。というのも、普段の業務ではメーカーさんとやり取りすることが多いんですが、中には社員数人の規模の小さな会社もあります。そうした経験から、会社の規模によって仕事の進め方が違うということはなんとなく理解していたので、戸惑うことなく入っていけたのだと思います。

竹下:移籍1ヶ月くらいで、「ずっといたよね?」って感じの馴染み具合でした(笑)。

ものをつくりだす経験を積んで、自信と成長につながった


――順調に聞こえますが、苦労したことやつまずいた時期はありましたか。

鈴木:実はほとんどなかったんですが、驚いたのは移籍2日目にして、出張したことです。初日の夜に羽田で一泊して、翌日の始発のフライトで出張に行ったので、オンボーディングはスピーディーでしたね(笑)。

竹下:新しいメンバーにはまず現場から入ってもらって、そこからオンボーディングしていくことが多いんですが、このときはタイミングよく出張があって、鈴木さんも「行けますよ」って言ってくれたので、史上最速のオンボーディングになりました。

鈴木:実際、最初の出張はすごくいい経験でした。GATARIの制作ディレクターの方と一緒に現場に入ったのですが、そのときに言われた言葉が今でも心に残っています。

「多くの人にとって初めての出会いとなるプロダクトを扱う以上、“つまらない”と思われる体験は絶対に世の中に出してはいけない。それが自分の責任だ」と話していて——。

正直、大企業にいると、日頃から「こういう想いで働いている」という話をする方と出会う機会は少ないと思います。だからこそ、最初から直接「本気で向き合っている覚悟」みたいなものに触れられたことが大きかったですね。

――竹下さんから見ても、壁にぶつかるような様子はなさそうでしたか。

竹下:なかったと思います。当初から鈴木さんは、こちらが心配になる前に連絡や報告をしてくれたので、僕としても不安感はなかったです。成果も残してくれましたし。

たとえば、東京都と一緒に取り組んだ防災に関するプロジェクトでは、「防災クエスト」という没入型の学習体験(イマーシブ・アクティブラーニング)の企画を担当してくれました。

このプロジェクトは、東京都からの採択が決まってから、わずか2週間後にイベント初日を迎えるという非常にタイトなスケジュールでした。そのため、「自分のアイデアをカタチにできて、実際に制作もできる人」に任せたくて、中でも今回の移籍で企画から制作まで一貫して取り組みたいと動機を話してくれていた鈴木さんに声をかけたんです。

結果的に、イベントはとても好評で、その後も継続的にご依頼をいただくことができました。

鈴木:盛り込むクイズの内容やKPIが事前に定められていたので、クイズがうまくつながるストーリーを組み立てるパズルのような感覚でした。プロダクトのベースがあるので完全にゼロからではありませんが、ものをつくりだす経験が積めて、自信につながりましたね。

――それはすごいですね。自信につながったということですが、改めて半年間の移籍を振り返り、どのような学びが得られましたか。

鈴木:いろいろありますが、たとえば、抽象的な思考が癖づいて得意になった気がします。移籍中は三菱重工とGATARIの共通点や違い、なぜ違うのかといったことを考える機会が多かったので、抽象化・構造化して考えるクセがついたように思います。

あと、「設計」という言葉の捉え方も広がりました。例えばストーリーというのは人を感動させたりするためにあるんですよね。業務を進めるための資料や会議とかも同じで、関わった人を変えるために存在していて、人をどう変えるか、目的を達成するために、道筋を考え進めることが「設計」だと捉えられるようになって、視野が広がった感覚です。

竹下:今回の取り組みで、僕らにとっても大きな気づきがありました。それは、関係がなさそうな業界同士にも、意外と共通点があるということです。

最初は、鈴木さんが携わっていたプラント設計と、「Auris」のような体験設計に重なるところはないと感じていたんですが、実際はかなり共通しているところがあるなと感じるようになりました。さまざまな機能、要素が影響し合って1つの形になるという点は同じだったので、鈴木さんも知識や技術の習得が早かったんですよね。

分野が違っても考え方の部分が似ている領域であれば活躍できることを知り、いい意味で驚きましたし、これから一緒に働く仲間の幅も広がりそうです。

「本気になれるかどうか」が成長のカギ


――三菱重工に戻られてから2ヶ月くらい経ちますが、これから移籍の経験は活きそうですか。

鈴木:はい。元の部署に戻って改めて感じているのは、「仕事の進め方は、組織ごとに最適な形が違う」ということです。

たとえば、ベンチャーではスピードを重視する一方で、大企業では精度や安定性が求められる。どちらが正しいという話ではなくて、その組織が今大事にしている価値観に合った進め方があるんだと、実感しています。

マインドセットの面でも、自分自身に変化があったと思います。ただ、その変化には自分ではまだ気づいていない部分もあるはずなので、これから時間をかけて、周囲との関わりの中で実感したり、周囲にいい影響を与えていったりできればいいなと思っています。

――最後に。大企業とベンチャーそれぞれの視点から、レンタル移籍はどのような方に向いている制度だと感じますか。まずはベンチャー側の視点から、竹下さんお願いします。

竹下:限られた半年から1年という期間の中で、どれだけ本気で向き合えるかが大事だと思います。僕たちベンチャーも、情熱を持って事業に取り組んでいます。だからこそ、温度感に差があると、お互いにうまく噛み合わなくなってしまうんですよね。

「この経験から何を得られるか」よりも、「ベンチャーの一員として、どう会社に貢献できるか」という意識を強く持てる人が、結果的に活躍していい経験が得られると思います。鈴木さんも本気で取り組んでくれたので、しっかり成果にもつながりました。

鈴木:確かに、半年という期限があったからこそ、本気になれた部分もありましたね。レンタル移籍に興味を持った時点で、その人にはすでに素養があると思うので、「面白いことができそう」と感じたら、あまり深く考えすぎず、躊躇せずにチャレンジしてほしいですね。挑戦する価値は十分にあると思います。

ゼロから生み出す経験を求めていた鈴木さんは、ベンチャーに飛び出すことで思い描いていた経験を積むだけでなく、1つの成果を収めることができました。鈴木さんの活躍は自身の変化だけでなく、GATARIの変化にもつながり、双方にプラスの影響を与えるものとなったのです。新たな世界に踏み出すこと、新たなメンバーを受け入れることが思いがけない効果を生むことを教えてくれるエピソードでした。

Fin

協力:三菱重工業株式会社 / 株式会社GATARI
インタビュアー:有竹亮介
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/

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