与えられた期限は2年。大企業の管理職がNPOの経営に挑む

大企業の経営を担うには、社会全体を見渡す視野、そして社会がどうあるべきかを描く視座が求められます。そのような視野や視座を獲得するために、全く異なる世界に飛び込んで挑戦をしている人がいます。NTT東日本で新規ビジネス開発部のマネージャーなどを務めてきた宮崎大輔さんです。

宮崎さんは、2年間限定で認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえレンタル移籍。1年目には経営企画部門を立ち上げ、経営陣の一人として事業拡大の基盤となる組織体制を構築することに取り組みました。

組織規模も文化もまるで別世界に飛び込んだ宮崎さんは、どのような経験をしたのでしょうか。そしてその経験を通じて、視野・視座はどのように変化をしているのでしょうか。レンタル移籍2年目、現在も挑戦中の宮崎さんに、これまでの挑戦の軌跡と今後の展望を伺います。

ー原田(ローンディール):まずは宮崎さんがレンタル移籍するまでの経歴を教えてください。

宮崎:2004年にNTT東日本に入社し、新規ビジネス開発やサービス開発を行うビジネス開発本部のマネージャーとして業務を遂行してきました。直近ではAI・クラウド等を活用したDX案件を担当するとともに、データサイエンティストのチームを組成し人材育成などにも携わってきました。

原田:今回、NTTユニバーシティという企業内の経営者育成プログラムに参加。その一環で2年間、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)に参画することになりました。どのような経緯だったのでしょうか。

宮崎:NTTユニバーシティのプログラムでは、自分の所属する組織外で修羅場経験をするということが課せられます。グループ内の他社に異動するケースがほとんどですが、私は社外のベンチャー企業で挑戦したいと思い、ローンディール社が提供する「レンタル移籍」プログラムへの挑戦を決断しました。

レンタル移籍では、事前の内省ワークショップを通じてWILLを言語化するというプロセスがあるのですが、私は「テクノロジーと人(チーム)の力を融合させることで負の感情を軽減し、夢や希望を描きやすい世界を実現したい」と自分自身のWILLを言語化しました。

そのWILLを軸にしてビジョンに共感できる団体を探し、複数のベンチャー企業と面談を行い、むすびえへの移籍を決めました。むすびえは、全国にあるこども食堂(子どもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂。各地で自発的に、主にボランティアにより運営されている)を支援するNPOです。むすびえの活動は、私自身のWILLだけでなく、NTT東日本が掲げる「地域課題の解決と価値創造、レジリエンスの向上」というミッションとも重なっており、この点も同団体を選んだ理由の一つです。

原田:参画当初、どのような役割を期待されていましたか。

宮崎:経営企画部門を立ち上げるという役割で参画をしました。むすびえは2018年に立ち上がった団体ですが、コロナ禍が追い風になった部分もあり、5年で急速に事業規模が拡大しているという状況。こども食堂に対する社会の期待から事業が成長していく一方で、内部の体制が整っておらず、バラバラに動いているという状態でした。

そこで、組織を横断的に捉えて、方針や戦略を打ち出す必要性から経営企画部門を立ち上げようという話になっていたタイミングで、参画したという経緯です。

原田:経営企画部門として、どのような業務に取り組んでこられたのでしょうか。

宮崎:大きく言うとと、これまで理事が方針を決めていたところから「集団的な経営体制」に移行するということに取り組みました。具体的に言えば、組織の機能に基づいて10のチームを作り、チームごとにディレクターを設置することに着手しました。どのように組織を分けるのか、チームのディレクターとなる人材は誰か、各役割の人材要件はどのようなものか、といったことについて理事長や理事と議論し、決めていきました。

(写真左:宮崎さん / 写真右:むすびえ 理事長 湯浅さん)

原田:経営体制を整備するということですが、その業務を通じて、どのような気づきや学びがありましたか。

宮崎:現場が持っている意見や課題感が経営に伝わる仕組みを作ることの難しさや重要性を痛感しました。

そもそも、ベンチャー的な組織というと意思決定が早いイメージを持っていましたが、組織が急速に大きくなっていくという状況の中で、現場の声が理事に上がるまでに時間がかかるという状態もあるんだなと気づきました。

そのような課題を「集団的な経営体制」への移行によって解決しようと取り組んだわけですが、これまでのNTT東日本のキャリアの中で、経営全体を見た上で組織体制を変更するといった業務に取り組んだことはありませんでした。

それでも、意思決定プロセスや権限の集中について課題提起をするなど、私が感じた違和感を理事会にぶつけてみるということを意識して行動しました。そして、その行動によって前に進んでいくということを実感できたため、一人称で進められたと思います。

その結果として、新しい経営体制の中で、私自身も経営企画チームのディレクター(経営企画部長というポジション)として経営メンバーの一人として関わることになりました。

原田:経営体制を整備するということもそうですし、経営企画ディレクターというポジションも未経験だと思いますが、苦労はなかったのでしょうか?

宮崎:もちろん、大変な場面はたくさんありました。直近で言えば、人事や総務などのチームからアラートが上がって、サポートに入るといったことがありました。専門領域としての知識は持っていませんでしたが、NTT東日本で経験してきたチームマネジメントや、人との向き合い方といった部分がかなり役に立ったと感じています。

そもそも、むすびえに参画した当初から心掛けていたのは、誰よりもメンバーと話すということでした。そしてそれを実行してきた自負もあります。そこで、まさにNTT東日本で培われたコミュニケーション力が活きたと感じています。

ですから、メンバーの皆さんの温度感や危機感を察知して手を打つことができているように思います。

原田:「経営チームとなった10人が代表者であるということを求められている」とのことですが、組織として、また宮崎さん個人として、すぐに代表者として振る舞えるようになったのでしょうか。

宮崎:自分たちが代表者なのだという当事者意識を奮い立たせている、という状況だと思います。

明確に役割として定められたことで、やらなきゃいけない、逃げられないという気持ちになっているように思います。一人ひとりが体現者となり、お互いにプレッシャーを与えあうことで、そういう意識が強化されているように思います。

さらに言えば、むすびえのようなベンチャー的な組織では、これまで組織が経験したことのない課題が日々起こり、それに対応できる人は限られています。所掌はあってないようなもので、あらゆる事象に向き合っていかなければなりません。そのことも当事者意識を強化することに寄与していると思います。

原田:たしかに、ベンチャー企業では「自分でなんとかしなければいけない、後には誰もいない」という状況が多々ありますよね。

宮崎:また、私自身の話で言うと、マネジメント経験があったとはいえ決められた領域に限定されていましたので、組織全体、ひいては社会の目線を考えないといけないというのは難しかったです。チームのマネジメントと、経営のマネジメントは全然違うんだなと痛感しています。

社会的な視点という意味でいうと、むすびえは「こども食堂の支援を通じて、誰も取りこぼさない社会をつくる」という壮大なビジョンを掲げ、社会への貢献ということに照らし合わせて意思決定していくわけです。ところが、私はどうしても組織や仕組みを整えるという内向きの意識が強くなり、目先の課題解決のように捉えてしまう傾向があり、仲間から指摘されることもありました。

そしてようやく、自ら中期計画を執筆する経験や、経営チームの一員として課題に対する議論や対話を繰り返す中で、徐々にビジョン・ミッションのどこにどうつながり、社会づくりへの貢献となるのかを意識するようになってきました。今まさに、社会全体に向き合うという視点や視座を獲得していると感じています。

原田:移籍期間は残り9ヶ月というところですが、今後の展望を聞かせてください。

まず、むすびえという組織に対しては、メンバー一人ひとりが自主自律的に行動できるような組織運営に取り組んでいきたいと考えています。

これはNTTでの組織運営にも活きるのではないかと思います。加えて、自分がいなくなった後にも組織がしっかりと機能できる状態を、メンバーを巻き込んで作っていきたいと考えています。

そして、自分自身としては「共感力」の強化に取り組みたいと思っています。最近ある経営者と話している中で共感にもポジティブな要素とネガティブな要素があるということを教わりました。組織や社会の中でどのような共感が生まれているのかを観察し、リーダーシップを発揮し、大きな成果を成し遂げるために「共感」という武器を使っていけるようになりたいと考えています。

移籍をする前に考えたWILLの目指すものとして「子どもたちや若者が安心して自由な選択ができる未来を築くこと」を描いていましたが、その想いは今でも変わっていません。NTTの技術や人の力を融合させ、活用することで、本当に社会に貢献するためにはどうしたらいいのか。これは移籍中に限らず、NTTに戻った後も含めて人生のテーマとして考えていきたいと思っています。

そのためにも残りの移籍期間は、そもそも私が「解決したい社会課題」とは「創造したい未来」とはなんなのか、ということの解像度を高める時間にしたいと思います。

原田:社会課題の最前線、そしてNPO経営の最前線でリアリティのある経験を積める機会が、これからも豊富にありそうですね。社会全体の視点や視座を獲得し、それとともに、自分自身がありたい姿、NTTという会社のあるべき姿についても自分なりの論を持てることを目指して、残りの移籍期間もがんばってください!ありがとうございました。

Fin

撮影:宮本七生

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