部下がベンチャーから戻ってきた。その時、上司は?

2019年12月某日。
パナソニックにて「留職シンポジウム」と題し、1年間ベンチャー企業で奮闘した“レンタル移籍者” (※)3名による報告会が催されました。パネルディスカッションでは、移籍者のおひとりである大西正朗(おおにし・まさあき)さんと、その上司・川上慶三(かわかみ・けいぞう)さんが登壇。
そこには、“挑戦者”を応援する上司と、応援を受けて、自社に戻って新たな挑戦をしている移籍者の姿がありました。その様子を一部お届けします(当日のインタビュアーはローンディール代表・原田)。

※レンタル移籍…大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行うプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている(提供:株式会社ローンディール)

大西さんは、2018年10月から1年間、株式会社チカクにレンタル移籍をしました。移籍直前までは研究・開発に従事し、チカクでは「ハードの企画から製造までワンストップで行えるようになりたい」という思いで、新規サービスの企画から立ち上げまでを担うことになりました。大西さんは初めてのベンチャーで、日々、奮闘することになります。その様子は、週報・月報というかたちで移籍元の所属企業の上司に届けられていました。

* * *

—大西さんを見て、送り出した上司である川上さんは何を感じたのでしょうか…?

川上:我々はディスプレイ開発を行っている部門にいまして、現在はその技術を活かして、新しい映像サービス・ディスプレイサービスをつくろうとしています。しかしながら、新規商材は非常に難しく、なかなかローンチに至れないというジレンマも抱えている状況です。ですので、そもそも彼が今回の留職に応募した時も「そういうジレンマがあって応募したんだろう。1年ならいいんじゃないか」と、その思いは汲んでいたつもりでした。ベンチャーに行ってからは、彼の週報を読むと、リアルな現場で事業を回していく大変さが伝わってきましたので、とにかく「頑張れよっ!」という気持ちでいました。

写真左:川上さん(上司)、中央:大西さん(移籍者)、右:ローンディール原田

—とはいえ、移籍期間中は人員が減ってしまうわけで、それは大変じゃなかったですか?

川上:それはもう(笑)。ただ、彼に機会を提供したいという想いもありましたので、何とか調整してあげたいと考えました。そして、これは予想外の収穫だったのですが、残って仕事をした若手がすごく成長しました。今まで大西君がやっていた業務を、一生懸命カバーしてやってくれたので、部署として一年間を乗り切ることができました。

大西:実はそれはすごくありがたくて、移籍してからもいろいろパナソニック側から引継ぎのことで質問などが来るかと思っていたのですが、ほとんどなく、集中できる環境をつくってくださったのだと思います。

—移籍している間、お二人で会ったりもなさっていたのでしょうか?

大西:東京出張の際には声をかけてくれたり(川上さんは大阪勤務。大西さんの移籍先は東京)、チームに入った新メンバーを紹介してくれたり。3ヶ月に1回くらいの頻度で、定期的にコミュニケーションをとっていただいていました。そのおかげで、「僕の帰るところはあるんだろうか」みたいな不安はなかった(笑)。今思うと、ありがたかったです。

—それから1年が経って、2019年10月に大西さんは戻ってきました。“上司から見て”大西さんに変化はあったのでしょうか?

川上:そうですね。先程の報告会では堂々と大きな声でしゃべっていましたけど、行く前は声が小さくてボソボソ話すタイプだったので、そこは変わったかなと…(笑)。業務でいうと、彼がOKR(※)をチームに取り入れて、皆で目標を立てて取り組んでいます。「3ヶ月後にはここまで進もう、そのためにはこれを毎週やろう」といった具合にマイルストーンを決めて、それを(大西君が)引っ張ってくれています。以前はこんなことを自らやる人間ではなかったので行って良かったなって。うちの部署だけにいてはもったいないなと思うくらいです(笑)。

※OKRとは、「Objectives and Key Results」の略。組織やチームでの、達成すべき目標と目標達成のための主要な成果を決める目標管理方法のひとつ。企業・チーム・個人のゴールを紐付けることで、タスクや優先順位が明確化できるのが特徴と言われている。グローバル企業が次々と導入していることから注目を集め、日本でも導入が進んでいる。

—上司はこんなにも応援してくれている。では、大西さんの周りのチームメンバーはどうなのでしょうか?

大西:正直…、OKRを提案するときも、最初はベンチャーかぶれみたいに思わたら嫌だなって、恐る恐るでした。でも、慣れないことにぎこちなさはありつつ、周りも積極的に参加してくれるようになって、最近ようやくワークし出してきたかな、という感じです! もともと、「現状を変えなきゃ…」って課題を感じていた人も多いようでした。

—そしてOKRで定めた目標を達成するために、営業活動をするようになったと伺いました。しかも、上司である川上さん自身も、 “営業電話”をかけるなどのサポートをしているとか。そんなことは初めてなのではないでしょうか。川上さん自身の心境は?

川上:そうですね。私たちは開発部門なので、顧客の声を聞くというところについては営業部門に頼っていました。ところが、大西君が帰ってきて「とにかく自分たちで顧客の声を聞くべきだ」と言って、アクションをとるようになりました。もちろん私も、営業電話をするのは初めてですが…、全然抵抗ありません。ダメならダメで次にいくだけですし、うまくいったら次のステップを考える、それだけのことです。それよりも、3ヶ月後にはここまで実現させる…という目標を立てたので、達成するために、私も含めてメンバーが一丸となってやっている感じです。

ー率先して自らも行動されている川上さんはすごいですね。大西さんはもちろん、川上さんも一緒に行動してくださることで、チームの変化が加速しているのですね。ありがとうございます。

* * *

ステージ後半は会場に集まったパナソニック社員たちからの質問を受け付けた。「留職時に、自社に戻ってきた後のことをどれくらい意識していたのか?」

大西:行っている間は、正直あまり考えていなかったです…。というのも、かなり仕事に集中していたので。でも没頭できたことで色々アクションを起こせましたし、前に進むことができました。結果、得られたものは大きかったと思います。

川上:むしろ我々の方が心配していましたよ。「この部署に戻るんじゃなくて、もっと彼が活躍できる部署に行ってもらったほうがいいんじゃないか」って(笑)。色々話し合った結果、最終的に戻ってきてもらいましたが。

原田: 補足をすると、移籍終了2〜3ヶ月前には、戻った後の配属をどうするか? ベンチャーでの経験が活かせるように、我々もサポートさせてもらっています。今回の大西さんは、本当にいいかたちで戻れたと思っています。川上さんのように期待している人たちが待ってくれている場に戻れると、本人も頑張ろうってなれると思いますので。

続いての質問は、「どんな気持ちで、今回の留職に参加したか?」と、大西さんがベンチャーへ行った際の思いについて。

大西:僕はもともと保守的な人間でした。ずっとテレビ関連の業務に関わっているのですが、 僕みたいに、“ずっと同じ業務に関わっている”っていう同期もだんだん減ってきて、社内外でいろいろ挑戦する姿を見るようになりました。それで「このままでいいのかな…」って思いがずっとあって。また、川上さんの話にもありましたが、新規で何かやらなきゃいけない状況だったのにアウトプットができていない状態でした。だから今回の話を聞いた時に、応募しました。

今振り返ると、ベンチャーに行って持ち帰りたいと考えていたものは、持ち帰れたかなと思ってます。たとえば業務に関して、ひとつのプロジェクトを部分的にではなくて、トータルで関わることができましたので、広い視野が得られました。それに会社の代表者がすぐ隣にいるという環境で、視座を高めることもできたと思います。あとは、自分のやっていることに“腹落ち”して動けたのも経験として大きかったかなって。腹落ちできると、じゃあ次はこうしよう、ってアクションが活発になるし、何よりもスピードが出ます。

今はこれら経験を部署で共有できたら、と思って動いています!

その他、会場からはOKRについてや失敗経験についてなど、様々な質問が寄せられました。多くの人が大西さん、そして川上さんの“これから”に注目している様子が伺えました。

当日の報告会で経験を発表した、レンタル移籍者である落合さん(写真左から2番目)と、松尾さん(写真一番右)らも一緒に、記念撮影

 協力:パナソニック株式会社 / 株式会社チカク
レポート:小林こず恵

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計32社78名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2020年1月実績)。


関連記事