「人が変われば、組織が変わる」中外製薬の挑戦に学ぶ“DX人財開発の最前線”

変化の激しい時代、人材育成における“越境学習”が注目されています。 そうしたなか、社外のベンチャー企業で1年間はたらく「レンタル移籍」導入に踏み切った中外製薬株式会社。その結果、挑戦したのは越境した社員だけでなく、送り出した上司もまた、変化を体感したといいます。
そこで今回、越境経験者であり、社内でDX推進を行う石部竜大さんと、石部さんを支えた上司・関沢太郎さんのおふたりに登壇いただき、「個人の成長」が「組織の進化」に変わるリアルなプロセスを語っていただきました。
「人が変われば、組織が変わる」。石部さんの移籍をサポートしてきたローンディールの楠原が、その真髄に迫ります。
※ 本レポート記事は、2025年に開催された「LoanDEALセミナー挑戦者のリアルボイス 第3回」の内容を要約したものです。
目次
「DX人財の育成」を期待してレンタル移籍を導入
楠原:まずは中外製薬でレンタル移籍を導入した経緯から、教えていただけますか。
関沢:当社では2021年に成長戦略「TOPI2030」を策定し、実現に向けた重要事項の1つにDX(デジタルトランスフォーメーション)を掲げています。AIやウェアラブルデバイスなどを用いて製品開発・生産を高度化させるには、「デジタル人財の育成」も重要だと考えました。

Profile 関沢 太郎(せきざわ・たろう)さん
中外製薬株式会社 デジタルトランスフォーメーションユニット デジタル戦略企画部 デジタル戦略G グループマネージャー
2007年、中外製薬 製薬本部に入社。製剤・医薬品分析の業務に従事。経済同友会への出向後、経営企画部にて短・中期経営計画策定やデジタルへの取り組みを推進。2019年10月より現職。
ただ、社内に育成体系を設けるだけでは間に合わないと感じ、社外での実践的な研修や人材交流の場を探した際に「レンタル移籍」を知り、に至りました。

楠原:中外製薬では「デジタル人財」をどのように定義されていますか。
関沢:DXの本質は「トランスフォーメーション」にあると考え、「デジタル人財=トランスフォームの手段としてデジタルの活用を考えられる人」と捉えています。DXは「トランスフォーメーション with デジタル」といえるかもしれませんね。
楠原:本質は「デジタルの活用」ではなく、「トランスフォームの創出」にあるということですね。続いて、石部さんに移籍中の経験について、お聞きしたいです。
石部:病気を抱える方の旅行支援に取り組むトラベルドクター株式会社に移籍したのですが、移籍当初は社員が3人しかいなかったので、CEOの伊藤先生が担う経営面から人材育成・チームマネジメントまで、幅広く携わらせてもらいました。
伊藤先生も日々悩みながら、ユーザーさんの生命に直結する意思決定を行っている姿が印象的でしたし、私自身もメンバーと一緒にトラベルドクターの存在意義を明確化し、ビジネスとしてサービスを成り立たせるためにもがいた1年だったと感じています。

Profile 石部 竜大(いしべ・りょうた) さん
中外製薬株式会社 デジタルトランスフォーメーションユニット デジタル戦略企画部 デジタル戦略G
2006年、中外製薬 営業本部に入社。5年間のMR(医薬情報担当者)経験後、本社にてがん領域のマーケティング業務を担当、複数の抗がん剤のプロダクトマネージャーとデジタルマーケティングへの取り組みを推進。 2020年10月より現職。2023年から1年間トラベルドクター社にレンタル移籍を経験。
楠原:貴重な経験でしたね。帰任後の業務にどのように役立っていますか。
石部:戻ってからは、全社的な生成AIの推進活動に取り組んでいます。その活動が評価され、社内で表彰していただきました。

ベンチャーで“上流から下流まで”すべてに関わり、がむしゃらにもがいた日々は、自分の価値観やメンタルを大きく変えました。レンタル移籍の経験があったからこそ、今の自分がある。もしレンタル移籍をしていなかったら、今のように周囲から評価される動きは絶対にできていなかったと思います。
十数年間勤めていたところから1年間外に出ただけで自社の見え方が変わり、再スタートのような形で取り組めているのが、越境の利点だと思います。変化の激しい社会で成果を出すためには、いち早く動くことが重要だと実感しています。
未経験の業界に飛び込んだことで得られた
「マネジメント」「育成」の視点
楠原:会社として、レンタル移籍を通して獲得されるスキルは想定していましたか。

関沢:大きく5つのスキルの獲得が見込めると考えていました。高い視座・組織横断的な視点でプロジェクトを推進する「大局的・俯瞰的視点」をはじめ、「柔軟な発想力」「デジタルプロジェクトのスピード感」「行動力・突破力」「社外ネットワーク構築」の5つです。

デジタルスキルというよりは、人としてのコンピテンシーやケイパビリティを高めていくことを期待していました。
楠原:ちなみに、石部さんが移籍に手を挙げることは想定していましたか。
関沢:以前、私が3年ほど社外に出向していたことを石部さんに話したことがあって、「考え方や見方が変わり、気づきも得られた3年間は財産になっている」と伝えたときに興味を持っていたので、行くかもしれないなとは思っていました。
石部:はい、出向の話を聞いて興味を持ちました。関沢さんは越境の先輩です。
楠原:経験が連鎖していたんですね。石部さんは移籍されて、どのような要素が身についたと感じていますか。
石部:大きく変化したポイントは、組織や人を育む意識ですね。自分は医療の分野でできることがないので、旅行に同行する医療職の皆さんが最大限パフォーマンスを発揮できるよう、マネジメントの視点で考えるという役割を担ったのですが、初めての経験でした。
伊藤先生は資金面やメンバーの調子など、さまざまなところを気にかけていて、視野の広さを感じましたし、私自身に専門性がない中で人や組織の盛り上げ方を考える過程は、とてもいい経験になりました。
楠原:関沢さんからは、どのように見えていましたか。
関沢:患者さんと直接接するビジネスで、石部さん自身辛い想いもたくさんしてきたと思うのですが、ビジネスの課題と向き合うことで「柔軟な発想力」や「行動力・突破力」を身につけられたのかなと感じています。
1年という期間もよかったですね。最初の3~4ヶ月で課題に直面し、打開策が見えてきたのが6~7ヶ月目だったように感じます。その頃には伊藤先生やメンバーとの信頼関係も築かれ、1年かけて成果を出すところまでいけたのだと思います。
越境学習における最大の成果は
経験者の「成長」と「自信」
楠原:帰任後、石部さんに生成AI推進のプロジェクトを任せた理由はどこにありましたか。
関沢:帰任直後の2023年から生成AIが台頭し始めたこともありますが、生成AIという新興のテクノロジーをビジネスに取り入れていくフェーズでは、石部さんの経験がフィットすると考えました。
先ほど話した5つのスキルが、まさに当てはまると感じたんです。大局的にトレンドを押さえることに加え、生成AIが効果を生むように既存の業務をトランスフォームする発想力やスピード感を持って進める行動力・突破力が必要であり、石部さんに期待するところでした。
楠原:適任だったのですね。
石部:大企業とベンチャーだと、プロジェクトに関わる人数や進め方といった表面的な違いはありますが、本質的にやることは変わらないので、7~8割は経験をそのまま活かせました。
メンバーと同じ想いに共感し、一緒に変革を進めていく点は共通していますし、困難を突破するために柔軟に発想して方向転換していく点も変わらないので、移籍先での経験は本当に貴重だったと改めて感じています。
楠原:改めて、送り出す側の関沢さんから見たときに、レンタル移籍の成果はどこにあるでしょうか。
関沢:当社社長の奥田が常に「会社の財産は、人の持つ経験やスキル、ケイパビリティにある」と話しているのですが、そのひと言に尽きます。なので、我々の財産である人が荒波にもまれて成長して帰ってくること自体が、とても大きな成果だと感じています。
帰ってきた方々の“自信”も成果の1つです。1年間、今までと違う環境で違う人たちと違うことをやり切ったという経験が自信につながり、その方のキャリアや人生に大きな影響を与えるという意味で、成果といえるのではないかと思います。
DX人財にとどまらず、個々人が成果を出していくことで、組織が変わる
楠原:参加者の皆さんから質問が届いています。まずは石部さんへ、「移籍後、中外製薬を変えなきゃと思ったことはありますか?」という質問です。
石部:あまりない、というのが率直な感想です。組織を変えるよりも、自分ができることで成果を出すという視点のほうが大事だと思いますし、その結果として変わっていくのが自然な形ではないかなと考えています。
楠原:もう1つ石部さんに、「帰任後、周囲からの反発があったときはどうしましたか?」という質問が届いています。
石部:移籍を通して変革に対する耐性がついたので、コンフリクトにも向き合えるようになったと思います。また、トラベルドクターのやり方が中外製薬でそのまま通用するわけではないこともわかったので、中外製薬の文化に合わせて工夫できるようになりました。
関沢:傍から見ていると、石部さんはパッションの部分が大きく変わったと感じます。以前はどちらかというと冷静なタイプでしたが、帰任後は熱量を持ってプロジェクトを進めていますし、物事を進めるうえで非常に重要な素養だと思います。

楠原:「一般的に、石部さんほどマインドを変化させることはできるのか?」という質問も届いています。
石部:移籍者同士でたまに集まるのですが、人によって変化の度合いは違うものの、変化が起きていないという人には出会ったことがありません。年代や経歴、業種が違っても、それぞれに変化を感じて、何かしら動き出している印象です。

楠原:最後の質問は関沢さんに、「なぜ、移籍を1年間に設定したのですか?」ということですが。
関沢:私自身の経験を振り返っても、業界のことを知って課題ややりたいことが出てくるのが6ヶ月目くらいだと感じたので、実行につなげるには最低でも1年は必要だと考えました。長くても間延びしてしまうので、1年が最適かなと。
楠原:今日は貴重なお話をありがとうございました。「DXの本質はトランスフォーメーションにある」とお聞きし、まさに石部さんがレンタル移籍を通して“トランスフォームしていける人材”として成長し、帰任後も成果を残されているんだと気づかされました。これからの活躍も楽しみにしています!
協力:中外製薬株式会社 / トラベルドクター株式会社
レポート:有竹 亮介
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/