【リベンジ -新規事業失敗の悔しさを乗り越えて-】アサヒクオリティーアンドイノベーションズ 鐺史晶さん

新たな時代の幕開け

ーーー2020年8月26日。
ファミリーマートは東京都内の店舗で遠隔操作ロボットを使った陳列作業の実証実験を始めたことを発表した。
ロボット技術ベンチャーのTelexistence株式会社(以降、TX社)が開発した、商品陳列作業など行なう遠隔操作ロボット「Model-T」を試験導入したのだ。VR技術を使って、離れた場所から人がロボットを操作する。

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遠隔操作ロボット「Model-T」

翌月にはローソンでの実装も発表され、コロナ禍においてDX需要が高まる中、この取り組みは、日本国内ではもちろん、海外メディアでも取りあげられ、世界に大きなインパクトを与えた。

「ロボットによる恩恵を世界中に届ける」をミッションに掲げるTX社が生み出した、新たな時代の新たな物語の始まりである。

そんな、世界を大きく変えるかもしれない出来事の背景に、ひとりのレンタル移籍者がいた。鐺史晶(こじり・ふみあき)さんだ。彼はアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(以下、アサヒ)の正社員。2019年9月から1年間、TX社にレンタル移籍し、未経験から、「Model-T」導入までを最前線でやりきった。

ヘルスケアの世界から一転、ロボティクスベンチャーの世界へ飛び込んだ鐺さんに、どんな覚醒が起こったのか。

鐺さんは、「毎日砂利を食っているかのような、辛いことばかりだった。それでもまだここにいたい、そう思うくらい自分の成長を感じた」と語る。

全力で走り抜けた365日の物語を伺った。

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中央が鐺さん、左はTelexistence CTOの佐野さん、右はCEOの富岡さん


新規事業で失敗。その悔しさから

鐺さんは、2013年にアサヒビール株式会社へ入社し、アサヒグループホールディングス株式会社へ出向。基礎研究部門へ配属となり、飲料、健康食品などの基礎研究・事業化を担当した。

入社7年目に入ると、新たに設立された研究開発組織であるアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社へ異動となり、「基礎研究をどうやって事業に展開していくか」という事業化戦略を行うことになる。そしてその年、TX社へのレンタル移籍を決めた。

こうして長年、研究と事業開発に携わってきた鐺さんが、レンタル移籍を通じて、1年間という期間限定でベンチャーへ行くことを決めた背景には、過去の“失敗経験”が影響していた。

「以前、自分がリーダーとなって機能性素材の研究開発・事業開発をやっていたのですが、実は……、うまくいかなかったんですよ。生産に目途は立っていたものの、課題点が多く、結果、投資価値に見合わないということで終了となってしまいました。もちろん、リベンジしようと試みたのですが、追加予算を得ることができなくて」

自らの思いをぶつけたものの、社内を説得させることができなかった。
その悔しさが、鐺さんを悩ませた。

「でも、予算を付けてもらえないのも当然で。自分の進め方に戦略が足りなかったと思うんです。だから、会社を説得できるくらいの力をつけたいと考えていました。しっかり戦略を描く力を身につけて、“ヒト・モノ・カネ”を集められるようになりたいって。でもどうすれば……」

そんな時に、上司からすすめられたのが「レンタル移籍」だった。
鐺さんはそれを、絶好の機会と捉える。

「実はその事業のペンディングが決定する前後に、プロジェクトのメンバーが徐々に減っていき、散り散りになるという経験をしました。自分自身、熱意をもって取り組んでいたテーマだったのですが、何をどうすれば良いのかわからず、力不足を痛感しました。次やるときには、同じような思いはしたくない。事業を成功に導けるリーダーになろうと心から思いました。
ベンチャーに行くことで、そんな人物に成長できるんじゃないかって、期待していました」


「自らで判断する」恐怖との戦い

悔しい思いを自らの成長意欲に変え、鐺さんはベンチャーに行くことにした。そんな中で選んだのがロボティクスベンチャーのTX社だった。ヘルスケア業界一筋だった鐺さんは、未経験分野のベンチャーを選んだ。

「せっかく行くなら、経験豊富な方から、経営やオペレーションを学びたかったんです。CEOの富岡さんやCTOの佐野さんはじめ、みなさんすごいバックグラウンドを持っている。自分のできる範囲を広げたいということもあったので、少人数というところも魅力でした。

でも正直、ハードウエア、ソフトウエア、AIと……、覚える領域が多すぎて、はじめから苦労しっぱなしで」

必死に覚え、ついていこうとした。
それでもすぐに追いつけるわけもなく、移籍早々、ショックな経験をする。

「ロボットを動かす時、手動でコードをタイピングして動かすんですね(移籍当初の話。現在はボタンで動くようにアップデートされている)。コードがわからなくて、もたもたしていたら、インターンの学生から『遅いから変わってください』って言われてしまい…(笑)。ショックでしたね、早くキャッチアップしないとって」

こうして日々、前のめりに取り組んでいった鐺さんだが、TX社の行動指針に、なかなかついていくことができなかった。同社は「Freedom and Responsibility(自由と責任)」を掲げている。働き方が自由な分、KPIは絶対死守。一人ひとりが主体性を持ち、自らの行動に責任を持つことが徹底されているのだ。

結果、この環境が鐺さんを大きく成長させることになるのだが、この頃はまだそんな未来すら想像できず、自らの判断で進めていくやり方に不安しかなかった。

「なんとかなるだろう精神でいたのですが、この環境、ハードだなぁって感じました(笑)。やっぱり、自分一人でどんどん決めていかなければいけないのがしんどかった。アサヒの場合は、何か大きなことをやるには、まずは上司に承認を取りますし、上司もまたその上に承認、そしてさらに上というステップを繰り返す中で、より良いものにブラッシュアップされる。そうして腹落ちして進めるのが当たり前。うまくいかなくても最終的な責任を取るのは上の人、という甘えがありました。

一方、TX社は、スピードを重視して個人でどんどん決めていく。それは……不安感がすごいですよ。だって、自分の判断ミスによって、会社が左右されかねないわけですから」

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TX社の仲間との1枚。手前左が鐺さん

最善の手を最速で撃ち続ける

この頃TX社では、遠隔操作ロボット「Model-T」をリアル店舗で使用できるようにするための準備を進めていた。とはいえ、ロボットの仕様や、店舗オペレーションも固まっていない状況。決まっているのは1年後に実装するということ。

その実装に向けたオペレーション全般のマネジメントが鐺さんの役割だ。

「今まで新規事業をやってきたので、一連の流れはベースとして理解できたものの、触れたことのない世界。コンビニの陳列作業にはどういう動きがあって、どの範囲まで動作させる必要があるのかという調査からはじめて、それをどうロボットにさせるかというプロダクト仕様の部分を考える必要がありました。

たとえば、店員さんの陳列の動きや品出しや陳列、コンビニに置かれている陳列棚を観察して、ロボットだったら1日何時間で陳列作業を終わらせられるのか、どうすれば商品が置けそうか、ということを考えたり。そうやって、まずはロボットのオペレーションを考えるところからです。同時に、ロボットの動きを考慮した店舗設計も決めていく必要がありました。あっ、もちろん経済合理性も見ながら(汗)」

要は、ぜんぶ、ということだ。

「ビジネスサイドの要望と、デベロップメントサイドの要望を聞いて、折り合いをつけながら進めていくのが、なにより大変でした。ロボットの動きが見えてくると、今度は店舗設計です。設計をしてくれる建設会社さんと詰めていくことになるのですが、ここでも調整が大変で……。

というのも、ロボットを導入するにあたり、当時は店舗の初期設計が狭かったこともあり、1mm単位で設計したり、耐荷重を考慮する必要が出てくるわけです。私にとってはもちろん初めての経験ですが、コンビニの施工業者さんにとっても、それは初めてのこと。思うように進めることができず、悩みました」

ここでの意思決定は、一歩間違うと大きな損失になりかねない。

「たとえば、その当時のロボット(現在はアップグレードされている)では棚が数mm違っただけで、ロボットが商品を陳列できませんみたいなことがあり得るんですよ。もし間違った判断をしてしまったら、もし自分が間違った設計をしてしまっていたら会社を左右するんじゃないかって。そういう不安がいつもつきまとっていました」

常にリスクがつきまとう。
こんなにヒリヒリ感のある日々を過ごしたことはなかった。
ーーーそんな時、富岡さんが背中をおしてくれた。

「自分が悩んでいると、富岡さんが『悩む必要あります?』って。『最善の手を打ち続けるだけだから悩むという言葉がわからない、最善の手を最速で撃ち続けるだけ』とおっしゃっていたんです。この富岡さんの考え方を聞いてからは、自分のなかで、意思決定をスムーズにできるように変わっていきました。もしミスがあれば、『リカバリーの最善策を最速で打ち続ければ良い』と考えるようになりました。今でも自分の中ですごく大事にしている考え方です」

経験者の言葉には、説得力がある。
こうして「リスクをとって意思決定していく」というやり方を手に入れた鐺さん。以前より恐れや戸惑いも少なくなり、本当の意味で自由に動けるようになった。

そして、こうした意思決定の連続が、鐺さんを加速させる。

「オペレーション業務の合間に、資金調達もやらせてもらいました。これまでアサヒの業務経験から、お金を引っ張ってくるというのが最も困難だと感じていましたので。富岡さんから財務会計・ファイナンスについてレクチャーを受け、奨められた『コーポレートファイナンス』については『6回読んだら分かるようになりますよ』と言われたので、8回以上は読み込みました。そのあと、ステークホルダー向けに財務モデルの元となる資料をつくるという機会をもらったのですが、それがもう大変で……」

自ら申し出た財務の業務だったが、想像を絶する展開となった。

「5日後には提出する必要があるということで、速攻取り掛かったんです。『明日の朝までには出します!』って。でもフィードバックは散々で。読み解けないし、ミスが多いと……。だからまた、『明日の朝までに作り直します!』って、急いで直しました。それでもまだ合格ラインまではいかず。『このモデルは社内外多くのことに関わります。よって、ミスはないのが前提です。次いつまでに出せますか?』って。もう、やるしかないですよね……(笑)」

こうして、三日三晩マンツーマンで財務プロジェクションを作成し、なんとか完遂した鐺さん。

この地獄の数日間を乗り越えたことで自らの経験もそうだが、富岡さんから信頼を勝ち取ることができた。その後は、その他の公的機関を中心とした資金調達を複数任せてもらえるようになり、機会を得ることができた。

「移籍後の後半はファミリーマート、ローソンのPJ、資金調達業務、その他にも多くの業務を並行して任せてもらいました。これまでのアサヒでの業務量の3倍はあったと思います。交渉ごとでは、アサヒにいた時と違って、一歩でも引いてTelexistenceのようなベンチャー側が痛みを取るようなことは絶対に避けなければならないので、考え得る全てのロジックを組み立てて交渉に臨んでいました。

一人で敵陣に乗り込んでいって、勝ち取るまで撃たれても帰れない、毎日裸で炙られてるような感覚でした。そんな中でも頑張ってこられたのは、富岡さんの、この『最善を最速で』という考えが常に構えとしてあったこと、CTO佐野さん含め、Matt、NicolasをはじめとしたTelexistenceの仲間たちが、自分自身が諦めず戦っている限り、なんだかんだで相談に乗ってくれ、助けてくれたからだと思います」

 

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「Model-T」稼働に合わせて作られた店舗の内装


成長していく自分が気持ちいい

その後、資金調達の動きを行っていた鐺さんは、結果、数千万円の調達に成功する。ここまでの道のりを思い出し、言葉にできない喜びを感じた。

そして同じ頃、ずっと進めていた遠隔操作ロボット「Model-T」の店舗導入も、佳境を迎えていた。

「ようやくです。2020年8月、ファミリーマートの実証実験にこぎつけました。自分で動かしたロボットの動画がWall Street Journal, CNNなど海外メディアとか日経とか色々なところに出ていって、感動しましたね、本当。そのあとすぐ9月にローソンのオープンもあって、移籍最後の数ヶ月はひたすらやりきったという感じでした」

鐺さんのレンタル移籍は、2020年9月に終了。
終わる直前で、この1年の集大成が形になっていった。
同時に、あの頃は想像していなかった、成長した自分を確かに感じていた。

「この1年で、だいぶ自信がつきました。実装できたことよりも、日々の業務の中で、自分で判断して行動してきたことや、プロセスの中で様々な評価をしてもらえたことによる感触の方が大きいかもしれません」

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操作する鐺さん(右)。
鐺さんの動きに合わせて商品を陳列する「Model-T」

そんな鐺さんは、移籍中に、自らの人生においても、大きな決断と行動に出る。

「富岡さんの考えである『最善を最速で』にならって、大学院に行こうと決めたんです(笑)。実際、2020年4月から通い始めてます。昔アサヒにいる頃に、当時研究していた内容でPh.Dをとりたいなって思っていたんです。ただ、周りに相談したところ、『まだ早いんじゃないか』というようなコメントもあって、『そうかぁ』と勝手に諦めていたんです。

でも今回、資金調達の時に、『もっと会計やファイナンスを学びたい』って富岡さんに話した時、ある大学院を進めていただいて。だから、最善を最速でやろうと、その話を聞いた翌日に願書を出しました」

晴れて、2020年4月から鐺さんは大学院生にもなった。
ベンチャーで働きながら大学院にも通う生活が続いて半年、その生活は、大変どころか充実そのものだった。

間もなく移籍が終了する頃、「このままもうちょっとだけ・・・!」。
そんな思いも過る。

「最初は大変だなぁと思っていたのですが、いつの間にか、自分にフィットしてしまって。終わる頃には、自由で動けることが楽しくて、帰りたくないなぁなんて思うくらいでした(笑)。1年かけてやってきたことが成果となって、自分の中ではノリに乗っていた時期だったということもあって。ただ、今振り返ると、自らの成長を感じられたのが気持ち良かったのかもしれません。アサヒに戻ってからも、この成長を続けていければ」

そうして、これからのアサヒでのことを想像しながら、
この1年間、アサヒの仲間が見守ってくれていたことも思い出す。

「移籍中、今まで一緒に働いていた人たちが、定期的に連絡をくれていたんですね。『どうしてる?』って。それに毎週、自分の気力や体力を自己評価で提出するのですが、良くない状態があった時は一斉に連絡をくれたりとか。ちょっと、過保護かもしれないですが(笑)、めちゃくちゃあたたかい会社なんだなぁと」

応援してくれる仲間がいるということ。
それは、これから自社に戻り、新たな挑戦、つまり、過去の失敗を糧にリベンジを掲げる鐺さんにとって、とてつもない勇気となった。

2020年10月、アサヒに戻ってきた鐺さんは、ベンチャー経験をプレゼンする社内報告会で、さらなる感触を得る。

「70〜80人くらいでしょうか、想像以上の人数に集まっていただけたんです。しかも、多くの方からフィードバックや連絡をもらい、本当に嬉しかったですね」

自らを動かし、会社を動かすということ

鐺さんは現在、アサヒグループホールディングス株式会社の経営企画のセクションで、サプライチェーンの業務をしている。

今までは基礎研究や事業開発を担ってきたが、現在は、会社の主力事業に関わる、経営戦略を行っている。
この1年でぐんと視座をあげ、経営視点で物事を見られるようになった鐺さんは、冷静に、ベンチャー経験の活かし方を模索している。

「当然ですが、大企業でベンチャーのようにものごとを進めようとしても難しいですよね。大規模組織の場合、仲間を集めて何か新しいことをやろうと思ったとしても、役割が分断されているのですぐにはできない。意思決定するにしても何層もの承認フローがある。でもそれらはそれでリスクマネジメントでもあるので、なかなか変えることができない。だから大企業ならではの“新しいやり方”を考えていきたいって、思うんです」

ベンチャーで大役を成し遂げ、“ヒト・モノ・カネ”を動かす力を携えた鐺さん。今はどのような方法で還元し、どうやってリベンジを果たすか、自らのキャリアを見据えながら、構想している。

「今はありがたいことに、会社全体を見渡せる経営のセクションにいます。せっかくこのような立場に身を置いているので、この1年間の経験を活かしながら、“どうやって会社を動かしていくのか”、それを身につけられたらと。その先は、まだ未定です。ただ、新規事業を引っ張っていけるような存在になることを見据えながら、常に『最善を最速で』やっていくつもりです」

思えば1年前。
自らの力をつけるためにベンチャーに行った鐺さん。

変えがたい経験と、最善を最速でやるという武器を手に入れたことで、あの頃より、明らかに見える世界が変わっている。応援してくれる仲間の存在も知った。

そんな鐺さんが、次に私たちに見せてくれるのは、どのような世界なのだろうか?

リベンジするそのときが来るのを、心待ちにしたい。

Fin

協力:アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 / Telexistence株式会社
ストーリーテラー:小林こず恵

 

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計46社122名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年2月1日実績)。



 

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