今と昔のマネジメントの違いとは? 多様な人材を活かして伸ばすミドルマネジメントのヒント


大企業に所属しながら一定期間ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」。業種もカルチャーも異なるベンチャーでの経験は社員を大きく成長させますが、一方で帰任後に摩擦が起こり、浮いてしまうリスクもあります。
ここで重要となるのが、組織単位のマネジメント、つまりミドルマネージャーの存在です。貴重な経験をした部下に活躍してもらい、価値創造や変革の起点となってもらうには、どうすれば良いのか。そのヒントを探るべく、部下をレンタル移籍に送り出した2社のマネジメント層の方々をお招きし、オンラインセミナーを開催しました。ローンディール代表・原田とのトークセッションの一部をお届けします。

【GUEST】
曲渕哲朗さん|アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 醸造科学研究所 所長
2002年にアサヒビール入社後、主にマーケティング、商品開発の業務に従事し、酒類・飲料の商品開発を手掛けてきた。2019年よりアサヒグループの基盤研究を担う、アサヒクオリティーアンドイノベーションズの設立に参加。醸造の基盤研究と消費者にとっての価値を繋げることを課題として新価値創造に取り組んでいる。
 
伊藤芳樹さん|三菱重工業株式会社 民間機セグメント工作部 主幹
1995年三菱重工業入社以来、民間機を中心に航空機事業に従事。製造、調達などサプライチェーン領域の業務を担当している。キャリアの中ではベトナムの赴任し現地スタッフとともに高品質な製品を顧客に提供し続けたことで事業拡大に貢献できたことが思い出深い。現在は民間機分野のサステナブルなサプライチェーン構築に向けた活動に加え、ともに働く仲間にとって働き甲斐ある職場とは?について試行錯誤している。

 

壁を乗り越えることで人は成長する

原田:曲渕さんが所属するアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(以下AQI)からは、コロナ禍を除き3年連続でレンタル移籍を利用いただいています。まずは上司として、部下をレンタル移籍に送り出した背景を教えていただけますか?
 
曲渕:弊社が設立された2019年に、人事から「レンタル移籍を検討している」という話がありました。たまたま私の部下に優秀な若手社員がいたので、彼に白羽の矢が立ったわけです。「優秀な人を引き抜かれるのは困る」と抵抗する方もいるかもしれませんが、私自身20代の頃に2年間出向した経験から外に出ることに良いイメージがあり、ふたつ返事でOKしました。

曲渕哲朗さん| アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 醸造科学研究所 所長

原田:会社を設立したばかりの時期に、優秀な人材を外に出すというのはなかなかすごいことのように思います。抜けた穴はカバーできる、という計算があったのでしょうか?
 
曲渕:優秀な人が抜けると確かに穴は空きますが、その穴を「自分たちがやらないといけない」と周りの人が埋めていくんですよね。弊社の場合、これまでも穴が空いて修復不可能となったことはないので、そこは心配していませんでした。
 
原田:外に出すことで、中にいる人に新たな機会が生まれるということですね。伊藤さんが所属する三菱重工業からのレンタル移籍は今年が初めてですが、どのような背景で決断されたのでしょうか。
 
伊藤:弊社の中で私たちは飛行機の主翼や胴体を作ることを担当する部門なのですが、コロナの影響で作る飛行機がなくなってしまった、という事情があります。ずっと右肩上がりで作るものを増やし続けていましたが、作るものがないという不安の中で「これまでの組織運営の仕方でいいのか」「次世代のリーダーを作るにはどうしたらいいのか」という話し合いがたびたび持たれたのですが、そこで「ベンチャー企業で働くと、経営に近いところを体験できいいんじゃないか」というアイデアが出て、レンタル移籍を知った、というわけです。
 
人選に関しては、会社側で決めるよりも「行きたい」という個人の意思を重視しようと思い、選抜試験を行いました。複数の候補者から「リーダーとして事業を引っ張る力を身につけたい」という1名を選び、もうすぐ移籍先から戻ってくるというタイミングです。

伊藤芳樹さん| 三菱重工業株式会社 民間機セグメント工作部 主幹

原田:これまで5ヶ月間ほど見守っていた中で、成長したと思われるポイントはありますか?
 
伊藤:ちょっと意外だったんですが、気力が沈んでしまった時期があったんです。でも、メンターの方にサポートいただいたり、私たちと面談をしたりしたことで、それまでの「やらなきゃいけない」という意識が「何でもやるんだ」に変わり、そこからは上向きになりましたね。
 
原田:具体的には、どういうきっかけがあったのでしょうか?
 
伊藤:業務で入札する機会があったのですが落札できず、でもそこで落ち込んでいる暇はなく、すぐに次のことを始めないといけない。「じゃあ次は自分がこうやってやるんだ」と考えていくうちに、派遣前に本人が思っていた「リーダーシップを学びたい」から「もっと仕事を作っていきたい」という気持ちに変化したようです。
 
原田:スタートアップ企業では「残念がっていたらつぶれちゃう」「立ち止まったら死んじゃう」という部分がありますよね。曲渕さんはこれまでに3名の部下をレンタル移籍に送り出していただいていますが、やはり壁にぶち当たることはありましたか?
 
曲渕:もちろんあります。でも、できなかったことはショックだけど、その後に「やるしかないんだ」と振り切れるというか、開き直るというか、新たな領域に入って、そこからはすごく楽しくなるようです。

今と昔のマネジメントの違いとは?

 
原田:曲渕さんご自身もこれまでいろんな壁にぶつかってこられたと思うんですが、部下の方がぶつかっている壁は、また違う種類なのでしょうか。

原田未来 | ローンディール 代表取締役社長

曲渕:違う気がしますね。私の時代にはある程度決められた路線があったんですが、今はそういう時代じゃない。研究者であっても、基本的なビジネススキルを持っていないといけないと実感しています。
 
弊社は研究の会社なので、社内で資金調達のスキルを伸ばすことは難しいですし、研究者だから営業もやったことない。なのにいきなりそれをやらせてもらえるのは、うらやましくもあり、ありがたいと思います。私自身も彼らと会話できるよう、それなりに勉強していますよ。「つまらない会社に戻ってきた」と思われるのは嫌ですからね(笑)。
 
原田:伊藤さんも今移籍している社員の方を見ていて、何か発見はありましたか?
 
伊藤:移籍先の代表の方がご自身の思いを熱く語っているのを見て、「リーダーとして何をしたいのか」を言葉で伝える大切さを感じました。私自身も組織の中で部門長という立場にいますが、自分がしたいことをもっと言葉にして語らないといけないなと、学ばせてもらっています。
 
原田:その辺りも含めて、お二方が上司の方からされてきたマネジメントと、今部下の方にしているマネジメントは異なる気がします。マネジメントの失敗例のひとつに、「俺はこうされてきたから、これが正しい」と思い込んでしまうことがありますが、伊藤さんにもそうした失敗はありましたか?
 
伊藤:昔はありましたね。若い時は上司のやり方をかっこいいと思い憧れていたので、同じことを部下にやっていました。でも、それでは人はついてこないですし、最近はコロナの影響で事業環境が大きく変わったこともあり、各々が「自分はどこを修正すべきか」「自分たちの事業や組織は何のためにあるのか」など、皆と語り合う機会を設けたんです。これにより、話を聞いて議論できる組織になったと思います。
 
曲渕:私は30代の頃から、昔ながらの上位下達のマネジメントを変えたいと強く思っていました。そこで、大学院で知識科学などを学び、卒業したタイミングで研究所のマネージャーになり、実践したというわけです。もちろん100%思い通りにはいかないですが、自由闊達に話すことで、一緒にやっていた人が次の職場でリーダーになるなど、人を通して伝播できていると感じます。
 
また、僕の中では「新しい職場で新しい仕事をすることで人はより成長できる」という信念があり、その最たるものがレンタル移籍だと思っています。違う組織で違うことをやるのは大変ですが、その分成長して戻ってきてくれますからね。
 
原田:レンタル移籍から戻ってきた部下の方を、「扱いづらい」と思うことはなかったですか?
 
曲渕:全然なかったですよ。そのうちの1人は、移籍先から戻ってくるときにサシで飲んで本人の意向を確認したところ、「ものづくりをやりたい」とのことでした。なので醸造というものづくりの仕事を任せることにして、今はリーダーとして頑張っています。

原田:伊藤さんの部下もこれから戻ってくると思いますが、受け入れにあたって気をつけていることはありますか?
 
伊藤:彼はもともとリーダーシップを強化したくてレンタル移籍を志願したので、当初は彼がリーダーシップを発揮できる場所をいくつか想定して準備していました。でもいろいろと学んで経験していく中で希望が変わったようなので、改めて彼が活躍できるチームや部署を探し、再調整しているところです。

個人の「WILL」と会社の「MUST」をどう整理する?

原田:ギリギリまで様子を見ながら、調整しているんですね。ここからは、レンタル移籍に限らずマネジメント全体の話を伺いたいと思います。お二人とも部下の「WILL(意思)」を尊重していると感じますが、そうはいっても会社としてやらないといけない「MUST(やるべきこと)」もあると思うんです。その2つをどう整理していますか?
 
伊藤:悩ましい問題ですが、私は本人のWILLが実現できるタイミングがいつなのかを話すようにしています。例えば半年後に希望のプロジェクトが立ち上がるのであれば、それまでの半年間は別のことやってもらうことになる。だけどあなたのWILLは理解しているし、配属について無碍にはしていないと伝えます。
 
もうひとつ、「何がやりたいのかをもう少し言葉にしてくれ」とも言っています。私が思って理解する言葉と、本人が発している言葉が同じものかどうか、すり合わせのために、もう少し言葉の情報がほしいという話をしていますね。
 
曲渕:弊社は未来に向かう研究をやっているので、WILLというか自分で考えることを推奨しています。ゼロから1を生み出すアイデアはすごく重要なので、もっと考えましょう、と。なので、事業よりも未来についてのシェアを上げるというマネジメントをしていますね。
 
原田:未来の不確実な研究をしている人に対して、WILLのコミュニケーションをとっていくのも難しそうですね。
 
曲渕:私は最初に、「うまくいったらあなたたちの成果、うまくいかなかったら私の責任」と話して、マネタイズができるかどうかという彼らの不安を打ち消しています。その上で、研究が完成した時に社会がこういうふうに変わるかもしれないとか、うちのグループの事業がこう変わるかもしれないよねとか、そういうストーリーはちゃんと握っておく。研究のゴールは設定しますが、達成した後に事業としてマネタイズをどうしていくのか、というストーリーは早めに話しておきたいと思っています。
 
原田:研究所としては、そのストーリーがMUSTに近いのかもしれないですね。ところで最近企業の人事の方と話をしていると、離職率が高まっているような印象を受けています。お二方は、辞めていく方に対してどう捉えますか?
 
曲渕:私の部下からはあまり辞めたいという相談を受けたことはないですが、周囲では稀に聞きます。もしそういう相談を受けたら全力で慰留しますが、それでも辞めたいというなら仕方がないですよね。人事は困ると思いますが、私自身はレンタル移籍に出してそのまま辞めちゃってもしょうがないかな、くらいに思って送り出しています。
 
ただ、今のところそういうことは起こってないですし、逆に外に出るとアサヒの良さが見えてくるのかなと。そもそも日本企業の離職率は海外に比べてかなり低いので。個人的には離職率が数パーセント上がったくらいでキリキリする必要はないと思いますね。
 
原田:伊藤さんは、離職という問題についてどう考えていますか?
 
伊藤:以前は離職する人は数年に1人くらいのペースだったんですが、最近は年に数人が辞めていきます。自分の組織や部門のリソースに穴があくという問題はありますが、そこをどうするかは残ったメンバーと考えますし、知恵出しの機会にしていますね。
 
原田:辞める人に対して、裏切り者という感情を持たれる方もいるんでしょうか?
 
曲渕:それはないですね。もともと弊社は中途入社が多いですし、研究開発というのはオープンマインドでやらないといけない組織なので、裏切り者という考えは聞いたことがないです。辞めた後にまた戻ってきて、活躍している人も珍しくはありません。
 
伊藤:弊社も裏切り者という考えはないですね。ただ、「飛行機は好きだけど辞めたい」という方もいるので、そこに対しては「飛行機をなぜ自分たちが作らせてもらっているのか」とか、「そのために自分たちに何ができるだろうか」という話をしています。飛行機は作って終わりではなく、お客さんが乗って世界中を飛び回るんだよね、そういう社会の動きのひとつに貢献しているんだよね、と。
 
私たちがやっていることは単純に飛行機を作るだけじゃなくて、みんなが旅行に行ったり留学に行ったりすることに役立つ。そういう話をみんなで共有すると、目の前の仕事の意義が変わってくるのかなと思っています。 

これからのミドルマネジメントとは?

原田:昔はミドルマネジメントというと「決まったものをいかに管理していくか」という管理者のイメージがあったんですが、最近は経営者寄りになり、難易度が上がった印象を受けます。これからのミドルマネジメントについて、お二人の考えを教えてください。
 
曲渕:ミドルマネジメントには、経営者マインドと創出力の2つが必要だと思います。視座を高く持ち、研究もしっかりやりながら、社会にどう貢献してお客さんをどう楽しませるのか。財務的な部分も押さえつつ、考えていくことが必要です。
 
適性もあるので全員そうである必要はないですが、ある程度の数の人間は新しくテーマを創出する力も持ったほうが良いと思っています。
 
伊藤:上下関係だけでなく横のつながりも重要です。お客さんに対応するにあたって、横のつながりで理解をして対応するのと、そうじゃないのでは大きな違いがありますからね。
 
また、メンバーや上司から自分の想像を超えたことを言われた時に、受け止める余裕も必要だと思います。すぐに反応するのではなく、一拍置いてから反応する度量というのも必要なのかなと。
 
原田:最後に、お二人が感じているミドルマネジメントの面白さを紹介していただけますでしょうか。
 
伊藤:人の決断や成長を間近で見て、そこに関与できることですね。長い時間を経た後でも「あの時、こうだったようね」とかなり深い話ができるのは、面白いところです。
 
曲渕:私も人が育っていく過程を見られて、その手助けをできることが一番楽しいと感じます。だって、「責任は俺が持つからやってみないかと」いう話をした時に、「やってみたい」と言ってくれたらうれしいじゃないですか。
 
上の許可がまだ出ていなくても私がマネジメントできる範囲で許可するとか、お金は私が何とかするとか、そういうことをやると喜んでくれるので、すごく楽しいです。
 
原田:お二人がめちゃくちゃいい上司だな、ということがひしひしと伝わりました。本日はありがとうございました。
 
 
Fin
 

協力:アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 / 三菱重工業株式会社
レポート:渡辺裕希子
提供:株式会社ローンディール

関連記事