「大企業人材が、ベンチャーを活性化させる」ベンチャー経営者が語る、5年間レンタル移籍を受け入れ続ける理由とは?

大企業の人材がベンチャー企業で働き、越境体験を得る「レンタル移籍」。学びと共に大企業に戻った多くの姿を「&ローンディール」でも紹介してきました。一方で、受け入れる側のベンチャーには、どんなメリットがあるのでしょうか?
 2019年から8名もの大企業人材を受け入れてきたユニロボット株式会社(以下、ユニロボット)代表の酒井拓さんは「レンタル移籍の受け入れにはメリットしかない」と話します。移籍者が大企業に戻った際に成長した姿を見せられるよう、育成の観点から、一人ひとりに合った経験機会の提供も意識されているそう。
そこで今回、2022年10月から1年間、同社に移籍をしたアサヒグループホールディングス株式会社・楠慧三さん(移籍時には、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(以下、AQI)に在籍)との対談を通じて、受け入れ側として意識していることを伺いました。

スキルと経験のある人材に「フルタイムで活躍」してもらえる

―ユニロボットでは、これまで5年間で8名の大企業人材を受け入れてきました。最初に受け入れを決めた経緯を教えてください。
 
酒井:他のベンチャー企業がローンディールのレンタル移籍を受け入れているのを見て、「自分もやってみたい」と思ったのが始まりです。大企業でそれなりの知識と経験を積んだ人材が、ベンチャーのためにフルタイムで働いてくれるという仕組みが素晴らしいと思いました。
 
というのも、ベンチャー企業には優秀な人材が簡単に集まるわけではありません。私は15年間大企業に勤めていましたが、面接にやってくる学生は、「スポーツで日本一になった」「留学経験がある」といった話を当たり前のようにしていきます。大企業から来る人にはある程度のスキルや経験値があることがわかっている。そう考えると、人材獲得コストの観点から、非常にメリットがあると思います。
 
また、新しい人材が来ると社内メンバーの刺激にもなります。大企業でやってきたことを教えてもらったり、新しい知見を得られたり、社内人材の活性化という点でも非常にいい。だからレンタル移籍にはメリットしかないと思います。躊躇なく始め、現在も受け入れを続けていますが、「メリットしかない」という気持ちは揺るがないですね。
 
―社内人材の活性化というのは、具体的にどのような点でしょうか?
 
酒井:バックグラウンドの異なる大企業人材の知見から、様々な場面で気づきや、フィードバックを得られることが沢山あります。時には専門的な業務知識や業界情報、時にはスキルやテクニックなど、それぞれが持つ得意領域を、存分に発揮してくれています。また、当社の社員ともお互い切磋琢磨しながら、業務を遂行いただいています。一方的に誰かが教えるというよりは、違う視点を持つ者同士がアイデアを出し合い、壁打ちしていくようなことが日常的にできていることが嬉しいですね。
 
―受け入れにあたり、「大企業人材のこのような点を見ている」というポイントはありますか?
 
酒井:まず「コミュニケーションをちゃんと取れるかどうか」を見ています。営業や新規企画に伴走するので、当たり前ですがコミュニケーション能力は重要です。
 
あとはシンプルに「情熱」ですね。スキルは余り重視をしていなくて、「一緒にこういうことをやりたいね」という話ができるか、前向きに取り組んでくれそうか、といったところを重視しています。

プロフィール
酒井 拓さん|ユニロボット株式会社 代表取締役
住友商事株式会社に入社後、約15年にわたり経営情報や基幹系システム等のプロジェクトマネージャー等を歴任。次世代型のスマートロボットを開発するユニロボット株式会社を創業し、創業後2015年にアジア最大級のオープンイノベーションの式典「ILS」で500社のベンチャー企業の中から、グローバルイノベーションの分野でTOP10企業に選出。2017年にはスタートワールドカップの日本ファイナリストTOP10社に選出され、2年連続で日本経済新聞が選ぶNEXTユニコーン108社に選出される。

 

「自信をつけて帰って欲しい」


―まさにその「情熱」も含め、ユニロボットに移籍されたのが楠さんです。楠さんの移籍の経緯も教えてください。
 
楠:2010年にアサヒに入社してから、ずっと研究の仕事をしていました。研究を進める中で徐々に経営視点を持つ重要性を感じるようになり、経営を学びたい想いを上司に伝えていたんです。その結果レンタル移籍に行かせていただけることになり、「ぜひ行かせてください!」と返事をしました。
 
私の場合、移籍先のベンチャーを選ぶ基準として、「自分の好きなこと」「技術を大切にしていること」「社長が魅力的であること」などを重視していました。その観点から、幅広い経験ができそうで、かつ社長とも近い位置で仕事ができると感じたのがユニロボットでした。
 
酒井:ありがとうございます(笑)。楠さんは最初から「経営を学びたい、マネジメントをやりたい」と言っていて、すごく志が高かったんです。「なんでも挑戦したい!」という気概を感じましたね。

プロフィール
楠 慧三さん | アサヒグループホールディングス株式会社 新規事業開発部門 シニアマネジャー
2010年にアサヒビール(株)に入社。ビール酵母の育種開発担当から始まり、ビール醸造技術や酵母・発酵解析技術の開発に従事し、2020年からはAQIにてグローバル領域でのビール醸造技術開発に従事。2022年、ユニロボット(株)に1年間レンタル移籍し、クラウド導入・運用支援、議事録作成ツールの販売、新サービス開発、新規事業開発、資金調達に携わる。帰任後はAQI新規事業開発部にて新規事業開発に従事し、2024年4月よりアサヒグループホールディングスの新規事業開発部門にて新規事業開発に従事している。

―移籍中、ユニロボット社内のメンバーとはどのような関わりがありましたか?
 
楠:営業メンバーとは一緒に営業を回って、「こうした方が良い」「ああした方が良い」といった話を良くしましたね。移籍者から学ぶことも多いという話が先ほどありましたが、私としてはただ同じ仲間として議論をしていた感覚です。
 
たとえば最初の頃、アポイントが取れたことが嬉しくて、1人のお客さんに集中的に力を注いでしまったことがありました。そんな時他のメンバーから、「そのお客さんだけじゃなく、他の人もちゃんと見たほうが良い」という指摘をもらいました。一方で、他のメンバーが営業先にメールで対応を済ませているのを見て、「直接話す重要性を伝えたい」と思い、私自身が積極的に電話をしたこともありました。お客さんとのきめ細やかな対応は効果もあったと思います。
 
酒井:それを踏襲して、今は楠さんがご担当頂いた販売サービスにおいては、電話でお客様と会話をする機会を増やしました。そのお陰もあり、お客様とも良い関係が一層作れていると思います。楠さんがよく電話してたな、って振り返っています。
 
―とても良い関係を築かれたのですね。一方で、受け入れ側も移籍をする側も、その期間中は大変なこともあると思います。酒井さんは、多くの人材を受け入れてきた中で感じる、受け入れの難しさはありますか?
 
酒井:移籍開始から環境に慣れるまでの時間は、人によって全然違います。また一緒に営業をする中で、自分の言葉で説明できなかったり、資料作成ができなかったり、決められたことはできても自分自身で情報をカスタマイズし交渉することができず、なかなか自走できないケースもあります。必要な時間が人によって大きく違うので、そこは工面が必要なところですね。
 
私としては、移籍者にはベンチャーの中でも成果を出して、自信をつけて帰ってほしいと思っています。そのために、移籍してくる方にはそれぞれ平等に、自信を持てるような経験機会を提供することを常に意識しています。
 
戻った後に「ベンチャーで何もできなかった」というのは、受け入れ側の責任者として絶対にやってはいけないことです。そこは強く意識していますね。

人材に合ったフィードバックを意識


―楠さんも、移籍期間中に大変なことはありましたか?
 
楠:一番印象的だったのは、酒井さんから直接喝を入れられたことです。頼まれていた資料作成に時間がかかってしまい、電話口で「経営を学びたいと言ったけれど、本気でやっているの?」と叱責されました。
 
そのとき酒井さんに言われたことは、「ダメでも良いからまず資料を作って持っていかないといけない」とか「足動かさないと」「電話して相手としっかり話さないと」といった、今考えると当たり前のことだったのですが、すごく響きました。自分のスピード感や回転数が、全然足りていなかったことをひしひしと感じたんです。そこからは気持ちもだいぶ引き締まりましたね。

【移籍中の楠さんの1枚】

―酒井さんとしても、意識的に厳しいフィードバックをしたタイミングだったのでしょうか?
 
酒井:楠さんは反骨心がある人だから、ある程度直接的にフィードバックをしても大丈夫だろう、と思ったんですよね。間接的に伝えた方が良いタイプの人もいますが、楠さんには直接言った方が良いと。だから思っていることを率直に伝えました。
 
楠:その一喝の後は、酒井さんも経営的な観点での悩みを共有してくれたり、会社の実態を隠さずに共有してくれたりして、「何のためにこれをやってるのか」がすごく腹落ちしましたし、「こういう方向でやるべきだ」と自分のなかで判断できる部分もありました。そこを共有してくれたのは嬉しかったですね。
 
酒井:楠さんは「経営を勉強したい」と言っていたので、経営についてもお話しした方が良いと思い、あえて共有しました。みんなに同じことを言っているわけではないですよ。若くてまだそういう芽がない人に経営の話をしても、響かないかもしれません。ですが楠さんになら響くと思い、意識的に話すようにしました。
 
ーその人その人に合った関わり方をされていることが良くわかりました。他にも「楠さんに移籍期間をこう使って欲しい」と意識されたことはありますか?
 
酒井:「楠さんが独り立ちする」というのが1つの目標だったので、できるだけ会議で楠さんに喋ってもらうようにしましたね。楠さんは自分で資料を作って話せる人なので、安心して任せられました。それができるようになるまではずっと見ていましたが、「もう一人でできそうだな」と思った後は、基本的にお任せするようにしました。
 
当社はチームで仕事をすることが多いのですが、一人で任せられる部分があるなら任せた方が効率的です。楠さんはそこで市民権を得るくらい、ちゃんと活躍してくれました。

戻ってからも「巻き込み力」を発揮してほしい

ー受け入れ側として、レンタル移籍から大企業に戻った後、「移籍者にはこんな活躍をしてほしい」と考える姿はありますか?
 
酒井:レンタル移籍の経験から得たものは大きな財産だと思うので、それを個人レベルで留めないようにして欲しいです。大企業に戻って半年や1年経つとベンチャーで学んだ感覚も薄れ、だんだんと元の風土に染まっていく可能性は大いにあります。
 
いかにベンチャーで学んだことを周りに伝え、その種を他の人にも蒔いていくか、自分の発言力を高めていくかということが大事だと思います。レンタル移籍経験者には、自社内で学んだことを発信していける人材になって欲しい、要は「巻き込む力」を存分に発揮してほしいと思います。
 
ー楠さんは自社に戻ってから、学んだことを活かせている実感はありますか?
 
楠:私の場合は帰任先が新規事業の部署だったので、ユニロボットでの経験がそのまま連続している感覚で、「“自分の仕事”になった」という表現がしっくりくるかもしれません。
 
資料の作り方1つとっても、移籍期間の経験を自分の強みとして、率先して動くようにしています。あとは感覚的なものですが、「この企画はお金が稼げる匂いがするか」とか、価格を設定する際に必要な視点もおおよそは把握できるようになったので、その知見も活かせています。
 
酒井:嬉しいですね、戻ってから経験を活かしてくれるのが一番嬉しい。
 
ー楠さんご自身の、今後のキャリアについても聞かせてください。
 
楠:今、新規事業の部署の中では、自分で手を動かすはもちろんですが、組織を巻き込んだり、戦略を練ったりすることが重要な仕事になってきています。
 
この方向でもっと力をつけていきたいと考えているので、今後もいろんなビジネスを経験したいです。失敗を経験しながら、ビジネスに対する感度も培っていきたい。その上で、さらに幅広いプロジェクトの立ち上げに関わったり、事業上の判断をしたりしていきたいというのが、今の私のモチベーションです。いずれはグローバルにも活躍できるようになりたいと考えています。
 
酒井:戦略を練るポジションで全体を見て、何が良いかを判断する勉強をしているんですね。楠さんに合っていると思いますし、良い成長曲線を描けているんじゃないかな。
 
楠:先ほどの「巻き込み力」という点では、レンタル移籍で経験した生みの苦しみのようなところも、意識して周りに伝えるようにしています。新しい事業を生み出そうとしている人に対して、「それくらいできるでしょ」と軽く捉えたり、その苦労を知ろうともせずに「何も生み出していない」と批評する人もなかにはいます。

ベンチャーでその大変さを身をもって体験したからこそ、いかに大変なことなのかを伝えつつ、だからこそ「チャレンジしている人を否定してはいけない」ということを社内に伝えていきたいと思っています。
 
今私がいる新規事業の部署は、成果を出すのが難しい分理解を得にくいこともあります。でも会社の未来を作っていく部署でもあるので、頑張っていきたいですね。

ーまさにレンタル移籍で学んだことを活かして、種を蒔いている最中ですね。楠さんの今後のご活躍を楽しみにしています。また、これまでユニロボットでレンタル移籍を経験した皆さんの蒔かれた種が、今後どんなふうに花開いていくかも楽しみですね。今日はありがとうございました。
 
Fin.

協力:アサヒグループホールディングス株式会社 / ユニロボット株式会社
インタビュー・文:大沼 芙実子
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/


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