「最高の応援団長でありたい」“バイカルチャー人材”こそがオープンイノベーションのカギに!

超高齢者社会を迎え、1人暮らしの高齢者世帯が急増している中、離れて暮らす家族は、親の孤独死や転倒などの生活上のリスクに対して、不安や心配を抱えていることが多いと思います。

そうした中、株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)と、シニア・ファーストを掲げるエイジテックベンチャー企業・株式会社チカクが手を組み、まるで近くに暮らしているかのように、お互いをより身近に感じながらも、ほどよい距離感を保てる“デジタル近居”サービス「ちかく」をスタートさせました。専用端末とアプリを使うことで、離れて暮らす親の在室状況を確認でき、ワンタッチでテレビ電話をかけられるサービスです。

構想から約1年という短い期間でスタートした2社のオープンイノベーション事業。その中心的な役割を果たしたのが、ドコモに入社7年目の島杏菜(しま・あんな)さんでした。島さんは、レンタル移籍を通じて2022年4月からの1年間チカクに移籍しており、大企業とベンチャー企業という全く異なる二社の文化を深く理解した“バイカルチャー人材”として、両社の懸け橋となりました。

元々「新規事業開発の経験を積みたい」という理由でレンタル移籍をスタートした島さんですが、移籍経験が、どのように「ちかく」プロジェクトの推進に繋がったのか? どのような思いでプロジェクトの推進に取り組んでいるのか?ご本人にお話を伺いました。

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移籍の決意は「もっと新規事業に振り切った環境で経験を積みたい」

――島さんは、今回リリースされた「ちかく」の中心的な役割を担ったと伺いました。元々は「ドコモ出稽古プロジェクト」を通じて、株式会社チカクにレンタル移籍をしていたことがきっかけとのことですが、どういった理由からレンタル移籍に手を挙げたのでしょうか?

移籍する前は、法人向けアプリの企画開発をメインに行っていましたが、開発と並行して社内の新規事業プログラムに参加して、事業そのものや展開方法などを検討していました。

実は入社当時から「自分で事業を企画して多くの人に届けたい」という気持ちがあって、社内の技術をもとにしたアプリ開発という新規事業に近い仕事を担当していました。

ただ、アプリ開発は技術を元に0.5から1、そして100を目指す挑戦だったので、「ゼロイチの部分も経験したい」と思い、社内や東京都などの様々な新規事業プログラムに応募し、いろいろなことに挑戦していましたね。

ですが、新規事業のチームリーダーを務めたり、事業案を商用化に向けて動かしたりするうちに、方向性を見失ってしまうこともありました。また、実際に新規事業に携わる中で、実はお客様の声を聞いているようで聞いていないのではないか?と感じるようになりました。

私自身、新規事業の知識も経験も足りないので、「一度環境を変えて、もっと新規事業に振り切りたい」と感じていたタイミングでレンタル移籍を知り、ドコモで新規事業をつくるために、自ら事業を起こし、継続するための起業家精神とユーザーの想いを叶えるプロダクト開発力を得ようと、移籍を決意しました。

Profile 島杏菜さん
2018年株式会社NTTドコモに入社。法人向けのアプリの企画開発を担当。並行して39worksやドコモアカデミーなど社内外の新規事業プログラムに参加。2022年に株式会社チカクにレンタル移籍をし、帰任後はプロダクト戦略部に所属。

 

「最高の応援団長になる!」が私のテーマ


――移籍先のチカク社では、どのような業務を担当しましたか?

主に事業開発です。チカクが新たに開発を始めた「高齢者向けテレビ電話」に関わる事業では、開発以外のほとんどに携わりました。料金設定からプロモーション、チラシなどのクリエイティブ制作、販売代理店と組んで店頭で売るところまで全部です(笑)。

さらに、企業とタッグを組んで事業を展開していくため、パートナー探しも行いました。介護・医療関係者に声をかけたり、自治体の補助金プログラムに応募したり。

販売もマーケティングもクリエイティブ制作も協業も、ドコモでは経験してこなかったので、新鮮でしたし、自身にとっても大きなチャレンジでしたね。

――様々な経験をしたようですが、中でも印象に残っていることはありましたか?

そうですね。やはり店頭販売かもしれません。店頭販売って欲しい人に来てもらうというより、関心が薄い人にも声をかけて、いかに興味を持ってもらうかが重要で、結果が出ずに苦労しました。そんな中で、お客様の声をしっかり聞いて、その人に合った商品の価値を伝えることで購入につながったときは嬉しかったですね。

私は積極的にプッシュする販売が得意ではないこともわかりました(苦笑)。自分が直接お客様に売るよりも、一緒に店舗に立つチカクのメンバーや店舗のスタッフさんとコミュニケーションを取りながら関係を築き、スタッフさんが「売りたい」と思える環境や情報を整え、販売のサポートを行う方がやりがいを感じたんです。

――それは大きな気づきでしたね。具体的には、どのようなことをしたのですか?

メンバーやスタッフさんがどのようなことを考えながら働いているか、どのような課題を抱え、そのために何をしているかなど、さまざまなことを聞きました。そうすることで、その人に合う方法を提案できるし、快く協力してもらいやすくなると感じました。

実はこの方法、チカク代表の梶原さんから学んだことなんです。梶原さんは、「事業を起こすためには、自分が納得するまで顧客の声に耳を傾け、課題を理解したうえで、仮説を持つことが大切」という考えを持っていて、それがチカクの文化にもなっていました。チカクの事業開発の手法を私も実践し、吸収できたことは大きいと感じています。

――梶原さんやチカク社の方々の思考や行動を直に見られたからこそですね。

一方で、事業の方向性をチカク社内で議論した際、自分が何に全力疾走していいかわからなくなった時期もありました…。

メンターの南部彩子さんに「目標を与えられないと動けない?自分の目標は何?」といった問いを投げてもらいながら、自分と向き合い模索していたときは苦しかったですね。でも、目標を探しながら、今自分ができることをちょっとずつやり続けた先に、一筋の光が見えてきたんです。

――見えてきた光とは?

私が命をかけてやりたいことは「周りの人を輝かせること」だと言語化できるようになってきたのです。そこから会社やメンバー、お客様を主軸に置いて目標を考え行動し続けていくことにしました。

そして、「最高の応援団長になる」が私のテーマになりました。

協業の秘訣はメンバーや顧客の話をとことん聞くこと


――そうした中で、今回の協業がスタートしたわけですね。

はい。移籍後半に「ちかく」の構想がスタートしたんですが、ドコモのプロダクト戦略部長である松野が、自身の父親の介護の体験から「テレビを活用したシニア向けサービスを展開したい」という想いで動き出したのがきっかけでした。その際、チカクとの協業話が出て、チカクに移籍中だった私が推進することになったのです。

――そんなご縁だったのですね!

そうなんです。まずは両社の課題や目標をとことんヒアリングして、お互いの共感ポイントを探り、まずはパートナーとして協業契約できる段階まで進めていきました。ちなみに、ドコモとチカクが協議を始めた時点では、具体的な事業やサービスはまだ固まっていませんでした。

なので、2022年冬からは、事業の具体化に向けて、1人暮らしをしている高齢の親を持つ子ども世代50人以上に課題や欲しいサービスについて話を伺い、サービスの方向性やプロダクトの機能、ターゲット像への落し込みをチームで始めました。

――まさに「経験したい」と言っていた「ゼロイチ」領域ですね。

移籍の終盤にはサービス内容なども決まり、開発にあたっての懸念点などを整理する段階まで進みました。ドコモ内にも今回の協業を担当するチームがつくられたので、上長に直訴して、移籍後はそのチームに異動し、現在も移籍前と同様に「ちかく」プロジェクトへの関わりを継続しています。

ーードコモに戻ってから何か動き方が変わりましたか? これまではチカク・ドコモと両社の視点が大きかったと思いますが、“ドコモの島さん”に戻ったわけですよね。

今は戻って1年が経ちますが、より「ドコモでもあり、チカクでもある立場を保ちたい」という気持ちが強くなりました。「ドコモの島さんとして、どう感じる?」と聞かれたことがあって、そのときに私は「どちらの自分でもいたい!」と思ったんです。

プロダクトを生み出すチカクの仕事も、サービスを広めるドコモの仕事もやりたいし、両社の価値観や仕事の進め方も知っている私だからこそ、橋渡しとなって両社の強みを掛け合わせることができるのではないかと、考えるようになりました。

どちらかに偏らない立場だからこそ、ゼロから関係をつくる協業を、よりスムーズかつ穏やかに進められた感覚もあります。

チカクの文化から学んだ巻き込み力も活きましたね。パートナー連携するうえで、梶原さんや松野、両社の担当者に目標や課題などを聞き回って、関係を深めていったことで、より提案しやすい環境ができ、受け入れてもらいやすくなると実感しました。

――連携の第一歩はコミュニケーションということですね。

パートナー連携でも顧客開発でも、相手の考えを自分の言葉で説明できるくらい相手を知るコミュニケーションが必要なんだとわかりました。これって恋愛と似てますよね(笑)。最初から一方的に猛アピールすると失敗しやすいので、まずは相手の考え方や好みを知って関係を築き、ここぞというタイミングで告白する。とても近いステップだと思います。

同時に、オープンイノベーションを実現するには、地道に仲間をつくりながら進めていく必要があるということも実感しました。

 

大企業でもベンチャー企業でもするべきことは変わらない


――改めて大企業からいったん外に出てみる意義をどのように感じましたか?

チカクでは、リーンスタートアップの手法をとことん実践できる環境でした。「リーンスタートアップの手法を取っていかないと次がない」というベンチャー企業の環境下にいたからこそ、実践的な学びを得られたと思います。

――違う文化に飛び込むって大切ですね。業務だけでなく、キャリアの考え方も変化はありましたか?

「変化した部分」と「していない部分」があります。変化していない部分は、「“ドコモで”事業を企画して多くの人に届けたい」という想いです。さらに、私自身が新規で立ちあげるというより、事業を起こしたい、挑戦したいと考えている人の背中を押し、お客様に届けるまでの環境をつくっていきたいという想いが強くなりました。環境づくりという中長期的な目標を達成するためには、自分が事業開発を経験することも大切なので、今まさにこの「ちかく」で経験しているところです。

変化した部分は、事業開発の過程は大企業もベンチャー企業もあまり変わらないのでは?と思えるようになったことです。以前は、ベンチャー企業は意思決定のスピードが速く、大企業は意思決定が遅いものの社会的影響が大きいと思っていました。しかし、より重要なのは社内外問わず、より多くの人を巻き込んで仲間になってもらうことだと思うのです。

ベンチャー企業だと社外に出て仲間をつくる、大企業だとまずは社内の他部署に仲間になってもらうという違いはありますが、巻き込みが第一歩になるという点は変わりません。場所ではなく、するべきことに目を向けて頑張ればいいんだと思えるようになりました。

――大きな気づきですね。そんな中で手掛けてきた「ちかく」ですが、今後の展開はどのように考えていますか?

高齢者とその家族の生活やつながりを豊かにするサービスでありたいですし、ユーザーさんだけでなくドコモやチカクも輝く事業にしたいという想いもあります。プロダクトがハブになり、事業の周りにいる人みんなが輝けるという点は私自身のWILLと近いので、よりモチベーションが上がっています。

――島さんのWILLは”周りの人を輝かせる“ですよね。

はい!協業を経験し、互いの強みを出して支え合うことで、それぞれのやりたいことが実現できると確信しています。ドコモのメンバーも「ちかく」に強い想いを持って向き合ってくれているので、「最高の応援団長」として、メンバーを輝かせるような立ち位置で、事業開発に励んでいきたいと思っています。

「新規事業の経験を積みたい」という想いでベンチャー企業に移籍した島さんは、移籍中の1年間で自分のミッションを見出し、そこから、事業を進めるための“巻き込み力”をつかみ、協業が進んだ次の1年間でそれらを実践してきました。島さんが話していたように「とことん実践できる環境」に飛び込んだからこそ、事業や仲間を動かすスキルやパワーを獲得していったのでしょう。これからもっと多くの人を巻き込み、“バイカルチャー人材”として、そして「最高の応援団長」として、周囲を輝かせる島さんの姿が目に浮かびます。

⇨ 関連記事:ドコモがベンチャーと仕掛ける“デジタル近居”サービス「ちかく」誕生秘話

 

協力:株式会社NTTドコモ / 株式会社チカク
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/


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