「レンタル移籍から戻って1年。 事業創出を担う一員として」株式会社IHI 松野伸介さん・水谷拳さん

現在、総合重工業メーカー・IHIで、新規事業創出に携わっている水谷拳(みずたに・けん)さん。水谷さんは新卒でIHIへ入社し、熱流体研究部門で、ガスタービンや火力発電設備の研究開発に携わってきました。そして、入社4年目となる2019年4月から1年間、ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」を経験したのでした。
 IHIに戻り、もうすぐ1年になる水谷さんは研究職を離れ、事業創出に関わる部門で切磋琢磨しています。そこで今回、水谷さんを研究職の頃から見守り、IHI初のレンタル移籍導入の後押しもしたという、元上司・松野伸介(まつの・しんすけ)さんも交え、現在のお二人についてお話を伺いました。


ひとりの研究開発者が、ベンチャーに行った理由

—水谷さんはレンタル移籍を終えてもうすぐ1年ですね。戻ってからは技術開発本部・技術企画部にいらっしゃるということですが、松野さんも2021年3月までは同部門で部門長をされていらっしゃったわけですよね。どのようなことを行う部門なのでしょうか。

松野:そうですね、3月までは水谷くんの上司でした(笑)。僕のいた技術企画部連携ラボは、IHIにはまだない新しい細胞(事業)をつくることをビジョンに掲げている、新規事業の種を発掘するセクションです。それも、従来のやりかたではなく、リーンスタートアップを取り入れています。ビジネスの着想からスタートして、そこで生まれたアイデアを膨らませたりスクリーニングしたりして新技術の開発をしつつ、同時にお客様も開拓していく。そうして事業の種をつくり、事業部に渡すところまでを担っています。チームメンバーには、そのプロセスのどこかに携わってもらっていました。

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松野伸介さん  /  戦略技術統括本部 企画調査部
入社後、技術開発本部にて伝熱・流体技術の面からロケットエンジンや発電プラントの研究開発に従事。3年間のニューヨーク駐在を経て帰任後はオープンイノベーション・新事業創出を担当。

—そんな中で水谷さんは現在、どんなお仕事をされているのですか?

水谷:新規事業開発のメンタリングという仕事をしています。今担当している案件は、すでに種がある程度できあがっているフェーズで、事業化一歩手前のところ。その中で、より収益を出していくための構造化だったり、オペレーション周りだったりを担当しています。今後は、そもそもの種をつくる入り口のところもやっていきたいなと考えています。

松野:僕も、彼に期待しているのは入り口のところです。それこそ、ベンチャーで経験してきたことが、活きるんじゃないかなって。従来の「技術があるからつくる」というやり方だと、市場に出した時に「これって誰が必要なんだっけ」ってなってしまう可能性がある。そうじゃなくて、お客様起点で技術開発をしていく必要があるわけです。顧客の情報から、種を抽出して次に渡していくようなことをしてもらえたらって思いますね。

水谷:そこ、やっていきたいですね。ベンチャーでの経験が活かせると思います。

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水谷拳さん / 技術開発本部 技術企画部 連携ラボグループ
新卒入社後3年間、技術開発本部にて燃焼に関連する研究開発に従事。その後株式会社アペルザに1年間レンタル移籍し、データ分析や可視化、事業企画等の業務を行う。2020年度よりIHIに復帰し、オープンイノベーション周りの様々な業務を担当している。


—そもそも、なぜ水谷さんはレンタル移籍に行くことになったのでしょうか。当時は、研究開発部門にいらっしゃったわけですよね。

水谷:松野さんから、話を聞いたのがきっかけです。僕はIHIに入社して研究開発部門にいたのですが、3年目になったときに、上司としてやってきたのが松野さんでした。それからしばらくして、「レンタル移籍というしくみがある」という話を聞いて、行ってみたいと思ったのが最初です。

松野:もともと僕は伝熱が専門なんですが、日本でしばらく研究開発に携わったあと、3年間アメリカに行っていたんですね。それで、研究開発部門の部門長として日本に戻ってきました。レンタル移籍の話は、水谷くんを含め、当時の若手メンバーを集めて「こんなしくみがあるけど、どう思う?」って切り出したみたところ、みんなポジディブな反応ではあったものの、唯一、手を挙げたのが彼でした。そこから、導入に向けて動き出した感じです。

—なるほど。水谷さんが挙手されたことから、レンタル移籍の導入が始まったわけですね。松野さんはなぜ、若手メンバーの方々に、レンタル移籍の話をされたのでしょうか?

松野:日本に戻ってきて、レンタル移籍というしくみがあると知った時、まさに日本にとって必要だと思ったからです。僕はアメリカに行って、人材の硬直化こそが日本の産業構造の問題だと実感していました。というのも、日本のスタートアップカルチャーが遅れている理由って、いざ立ち上げようってなった時に適切な人材が市場に出ていないという問題があるんですね。アメリカでは、いくらでも優秀な人材が市場にいる。大学を出てスタートアップに入るっていうのは大したリスクではないですし、ここがダメでも次に行けばいいっていう考えがベースにあって。でも日本はそうじゃないから硬直化してしまうわけです。

じゃあ、アメリカのスタートアップで活躍できそうな人材って、日本のどこにいるんだろうって考えた時に、大企業の研究所でくすぶっている人たちかもしれないと思ったんです。だから、研究所の誰かに行かせたいって思って、話をしました。で、その後、水谷くんからメールをもらって。

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水谷:「手を挙げてみたい」って松野さんに連絡しました。震える手でメールを打ちました(笑)。僕の中では小さいながらも一大チャレンジだったんです。正直、最初は不安のほうが大きくて。でもこのまま何もせずに会社にいたら、それはそれで未来はあるのだろうかって漠然とした不安もある。だったらチャレンジしてみようって、そういう気持ちでした。


「隣の芝生は本当に青かったのか?」
それを実際に見てきたからできること

—水谷さんが行かれた株式会社アペルザは、製造業に専門特化したインターネットサービスを提供している会社。そこで、ビジネスサイドから事業に関わる経験されたわけですね。

水谷:そうです。私が主に担当していたのはデータ分析・可視化に関わる業務でした。たとえば、AIなどを活用し、お客様の利用履歴を分析して、ロイヤリティの高いユーザーの特徴を見つけ出したり、お客様が今どのような状況かをわかりやすく可視化するという試みです。

—研究開発から、異なる領域でのチャレンジだったかと思いますが、そこでの経験は今、どのように活きていますか? 先ほど、入り口の種をつくるところで、ベンチャーでの経験が活かせるとおっしゃっていましたが。

水谷:アペルザは、とにかくカスタマーサクセスを大事にしているベンチャーでした。石原社長はじめ、メンバー皆、お客様の成功を追求していて、僕もその考えが身につきました。今までの技術ありきの考えから、価値観が180度変わりました。

なので、IHIでもお客様ファーストの視点を徹底しようと思っています。ちょうど今、会社の方針としても「カスタマーサクセス」がより重要視されるようになってきているところ。お客様にとって何が成功なのかを考え、納品して終わりではなく、活用においてもしっかりサポートしていくライフサイクルの考えを大事にしていきたいです。こういう考え方って頭ではわかっていてもなかなか実感するのが難しい。それをアペルザで経験できたのは本当に良かったですね。しかも、リーンなやり方で、顧客の声を反映していくというプロセスにも携われたので、これからやろうとしていることに直結しそうです。

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▼ 水谷さんが移籍経験を語ったインタビュー記事はこちらから

「ひとりの研究者がビジネスの最前線に飛び出して得たもの」 IHI 水谷 拳さん-前編-

—身を以て経験したからこそ、実践に移せるわけですね。そんな水谷さんを、松野さんはどのように見守っていらっしゃったのでしょうか。

松野:僕は遠くから見守っているだけです(笑)。彼がベンチャーから戻って来る前に、僕はすでに研究開発部門から新事業開発部門に移ってきていたので、彼がきた時に、チームにどう溶け込んでもらうか、という施策はいろいろ考えていました。

でも実際は、勝手にチームに溶け込んで動き始めてくれたので、何の心配もなくて(笑)。それどころか、彼が帰ってきた時のいいインパクトの方が大きかった。ちょうどコロナでリモート勤務になって、チャットツールを使ってコミュニケーションをしなければいけない中、彼は慣れていたので、スムーズなやり方をみんなに示してくれました。仕事のスピード感もそうですし、とにかく率先して動いてくれています。周りのメンバーもそれで刺激されて動き出しているようなところもありますね。

—波及効果も大きいわけですね。

松野:効果はチームだけじゃないですよ。技術開発本部全体で、ビジネスプロセスを変えようっていう取り組みがあるのですが、彼はその中のメンバーにも選ばれていて。そこでも、自信を持って意見を言っているし、積極的にディスカッションに参加してくれている。周りから頼りにされている感もあります。

水谷:そうでしょうか(照)。とにかく、会社で新しいプロセスを取り入れようってなったとしても、外のやり方をそのまま導入するのは難しいって、ベンチャーに行ってわかったんですね。アペルザならいいけど、IHIでこれをやるのは難しいよねってこともたくさんありました。だから、そういう経験をもとに、提案するようにしています。

松野:それって、隣の芝生は本当に青かったのか? それを実際に見てきた彼だからできること。「実はそうでもないよ」「すべてがバラ色じゃないよ」って話もできている。今は、本部全体で水谷くんの知名度があがってきている。

—すごいですね。

松野:彼はとにかく貪欲なんです(笑)。何かを求められた時に、それを受け止めて実行する力と姿勢を持っている。おまけに素直。移籍時のメンター担当だった大川さんが「水谷さんは真っ白ですね。余白がある」って言ってくれていたのですが、本当にその通りで、まだまだ書き込めるストレージの容量が大きい気がしています。正直、自分だったら断るなってことも、まずは一回飲み込んでみる。しかも、それを自分の中でプラスなものに変えているからすごい。

たとえば昨年度から、オンラインで技術開発本部の研究成果を社内に向けて公開するというイベントがあるのですが、今まではリアルな場でやっていましたし、皆、ウェブコンテンツや動画作成のナレッジがあるわけではないので、大変で嫌だなと思うわけです。でも彼は「やりましょう」と積極的に進めてくれている。そして今ではそれらのコンテンツを営業部門がお客様向け営業ツールとして使わせてくれ、と言ってきてます。

水谷:全然わからない分野の仕事も楽しい(笑)。どんどんやってみることの大切さもベンチャーで学んだひとつです。

松野:限界がわからないんですよ。彼のいる部門は新しいことをやっていくチームなので、皆が日々学んでいくわけですが、その量や伸び幅でいうと、彼はトップレベル。

水谷:いや……(照)、僕は松野さんこそ純粋にすごいと思っています。なかなか、大きな組織の中で、「自分はこういう組織をつくりたい」ってビジョンを語ってくれる人って少ないのですが、松野さんはそれを示してくれていましたし、皆がビジョンを持つことを大事に考えてくれていました。そういう考えがあるからこそ、事業創造を引っ張っていける立場にいるのだと思います。

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大企業人材に必要なのは
世界を複眼的に捉える力

—お互いの愛を感じます。さて、お話を伺っていると、松野さんも水谷さんも、会社の外に出てみたことによって、様々な気づきを得ていらっしゃいますね。やはり、大企業にいながらも、外に出てみることは大事そうですね。

松野:外に出てみることで、世界を複眼的に捉えられるようになると思うんですね。Π型(パイ型)人材なんて言い方もありますが、若いメンバーにはスキルもさることながら、複数の「視点」を持つことが重要と話しています。そうやって視点をいくつか持っていると、たとえば世界で何かが起こった時に、一方だけではなく、多方面からその事象を捉えることができるようになる。この視点が、社会課題解決を重要視するこれからの研究開発にも会社経営にも、すごく重要になってくると思います。

2019年にできたi-Base(IHI横浜事業所にできたイノベーションセンター)にも、技術開発視点じゃなくて、アーティストやデザイナー視点で世の中を見た時にどうなるかっていう実験のために様々なプロダクトが置いてあるんです。たとえば、デザイナーはどういう手順でものをつくるのか、アーティストはどういう視点で社会を観察するのか。それを複眼的に知ることで、こっちからあっちから世界全体を見ることができる。

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水谷:視点の話はまさにそうで。僕はベンチャーに行って、経営者と従業員の視点の違いを知れたのは良かったですね。以前、研究開発をしていた時、「こうすればいいのに、どうして上はしないんだろう」とか、会社のやり方に不満を持っていたこともあったんです。でも、アペルザの様々な職種の方との仕事を通じて、経営者と従業員では、見ている世界が違うことを知りました。そう考えたら納得できることもあって。

—IHIさんは、160年以上も続く日本の重工業を代表する企業でありながら、新しい考えで、次世代を見据えたチャレンジングな動きをされていらっしゃる。事業創造をしていくには、とても良い環境に思えます。

水谷:そうですね、事業としてかたいことをしている割に、やわらかい側面もありますよね。

松野:水谷くんがいう通りやわらかさはある。それと幅広さも。僕の場合、熱に関係する技術の専門だったので、ある時は飛行機に、ある時は発電システムに、場合によっては橋とか、そうやって様々な方面で活用の可能性が広がるわけです。それに、新事業開発をやろうってなった時にも、宇宙系ならここ、食料系ならここって、様々な部門があって、あらゆる専門家もそろっています。そうやって柔軟かつ幅広く対応できるのは、魅力だと思います。

—そんな中で、松野さんはこの4月から新たな部門に移られたということですが、これからもお二人の連携は続くのでしょうか。

松野:4月からは新しい部門に移りましたが、水谷くんとの連携は必須ですね。僕が今いるのは、全社的な新しい事業戦略を推進していく部門で、いままでやってきたアーリーステージの状態から、事業という細胞をどのように育てていくのかという、事業化の部分にあたるわけです。だから、彼のいるチームの情報が重要になってきますね。

水谷:僕は先ほどもお話しした通り、アペルザで培ったカスタマーサクセスの考え方を、IHIでもうまく取り入れて、お客様ファーストの事業に転換することに携わりたいなって考えているんですね。特にデータを活用してお客様やその業界の状況を理解することは、新規事業を進める上で欠かせない情報になってくると思うので、そこをうまく連携していけたらと考えています!

松野:期待してます(笑)。

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▼ 水谷さんの移籍先「株式会社アペルザ」

https://www.aperza.com/corp

協力:株式会社IHI / 株式会社アペルザ
インタビュー:小林こず恵
撮影:宮本七生

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計47社 134名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年4月1日実績)。


 

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