「目指すのは、共感から生まれるチームづくり」経済産業省 足立茉衣さん
新興国への経済協力の業務などを担い、経済産業省(以下、経産省)で活躍してきた足立茉衣(あだち・まい)さん。経産省で13年の年月を過ごす中で、やりがいのある仕事、うまく人を巻き込みながらプロジェクトを進めていく上司にも恵まれ、充実した日々を送っていました。
しかしキャリアを積む中で、経産省という看板や頼れる上司という大きな力がなくても、自分の本領は発揮できるのだろうか。そもそも自分の付加価値は何だろうかと、省みることがあったそうです。そして、その漠然とした不安や疑問を払拭するべく、一定期間ベンチャー企業で働く、「レンタル移籍」に挑むことを決意しました。
移籍先に選んだのは、KAPOK JAPAN(カポック・ジャパン)株式会社。「カポック」という木の実から採れる綿を活用し、人にも地球にもやさしい、持続可能なビジネスを展開する企業です。ベンチャーで働いた足立さんは、どのように変化し、何を感じたのでしょうか。
目次
人を巻き込む力を身につけたい
ー経産省に入省したきっかけを教えて下さい。
両親が公務員として働く姿を見ていて、パブリックな領域で働くということが、私にとっては身近なことだったんです。多くの人の役に立ち、インパクトの大きい国の仕事に就きたいという願望が、自然とありました。
なぜ経産省だったかというと、働いている人が魅力的だったというのが大きいです。どの部署にいる人もすごく楽しそうに自分の仕事について語っていて。他の省より自由度が高いところも、自分のカラーに合っているなと思いました。国の仕事のほとんどは民間の力がないと進んでいきませんが、経産省には率先して、民間の人たちと一緒に世の中を変えようと動いている人がたくさんいます。そんな姿に魅力を感じたんです。
ー経産省では、どんな業務を担当していますか。
長期にわたって担当していたのは、インドやアフリカなど新興国への経済協力です。現地と、その国に進出した日本企業の両方を支援する仕事です。インフラ等の資金協力に加え、日本企業の現地での活動に不可欠な現地の人材育成の支援に携わりました。途中でフィンテックやスタートアップ支援に関わったことで、新興国でのビジネスのあり方に対して目線が変わりました。
アフリカでもスタートアップが中心になって、デジタルを梃子に新しいインフラやビジネスが生まれていました。まさに移籍直前は、アフリカで活躍するスタートアップと日本企業をどう連携させるかという仕組みづくりにも関わっていました。
ーご自身の仕事との関連性もあって、「KAPOK JAPAN(以下、KAPOK)」を選ばれたんですね。
そうですね。KAPOKは、インドネシアの木の実を使ってものづくりをしているので、もしかしたら役に立てる部分もあるのかなと。それに、ものづくりを通して現地の産業も支援するという理念にも共感したんです。
ーレンタル移籍を通じて、どんなことを経験したいと思いましたか。
これまで経産省では、尊敬できる上司や先輩に恵まれてきました。民間の人たちを巻き込んで、プロジェクトを進めるのが上手な方が多く、一緒に働いていて刺激を受けてきました。でもキャリアを重ねるうちに、私はこれまでの上司のように周りの人を巻き込んで事業をつくっていけるのだろうか。次は、どこへ向かっていきたいんだろうかと迷いが生じていました。
経産省という看板と、頼れる上司たちに甘えてきてしまった気がして。だからまずは外に飛び出して、自分が持っている肩書きを取っ払った状態で、人を巻き込む経験をしたいと思ったんです。
ー民間の人を巻き込むとは、どういった状態のことなのでしょうか。
経産省では政策手段として、企業に補助金を出すことも多いのですが、政策を作る側としてこういう人に使って欲しい、届けたいという想いがあっても、資金を目的にやってくる人もいます。必ずしもお金を出すことが、良い企業を育てることにつながっていないのかもしれないという感覚がすごくあって。本気で世の中を変えようとしている人に、届いていないんじゃないかという気持ち悪さがあるんです。
でも上司を含め、うまく人を巻き込める人は「こういう政策がやりたい」というビジョンを伝え、そこに共感する人が集うんです。資金が目的ではなく、「世の中を変えたい」という思いのもとに集った人と一緒に政策をつくっていく方法があるんだということ。この「共感を軸に人を巻き込む」ことが、今後もっと重要になってくるのではないかと私は思っていて。コミュニティづくりに近いかもしれませんね。
ーそういった方たちを見てきたからこそ、自身の力を確認したいと思われたんですね。
それと、KAPOKの代表・深井喜翔さんの巻き込み力に興味を惹かれたということも大きな理由です。KAPOKは、深井さん以外は兼業・副業メンバーで事業を動かしています。それは、兼業でもここに関わりたいと思える人がたくさん集まってチームをつくっているから。深井さんこそ、超・巻き込み型の人だなと思ったんです。
双葉商事という70年以上続くアパレル企業の跡継ぎである深井さんが、この先のアパレル業界の先行きを案じて立ち上げたのがKAPOKです。木を切らずに、鳥の羽をむしらずにできる素材をアウターに用いることで、環境に負荷をかけるアパレルを「持続可能なものにしたい」という思いが根本にあって。
事業に関わるメンバーも、商品の購入者も、私自身もそのストーリーに共感したから、みんな自分から巻きこまれていく。これこそが共感をつくる事業なんだなと、まさに私が目指したい政策の姿と重なったんです。
スタートは、航海図を描くことから
ー代表以外は兼業・副業メンバーであることや、リモート上でのコミュニケーションなど、これまでとは違う環境下での仕事に戸惑いはありませんでしたか。
実は深井さんも、双葉商事での業務もあるので、ある意味では兼業なんです。深井さんは大阪、他のメンバーも東京、サンフランシスコ、シンガポールと色んな場所にいて、誰が何をしているのか見えてこない。当初はフルリモートで業務を行うと決まっていたんですが、最初の3週間は大阪の双葉商事で深井さんと顔を合わせて仕事をすることにしました。
ー大阪の双葉商事に行くというのは、足立さんからの提案ですか?
はい。特に最初は、リモート上だけでは、何がどう動いているのか理解できない、と思って。双葉商事では朝から掃除して、朝礼をして…と、従来の中小企業の働き方。その一方で、KAPOKの海外のメンバーとテレカンを行う、ザ・スタートアップの働き方。2つの環境に慣れるのに、苦労しました。けれど、KAPOK商品の製造や輸出入を双葉商事に委託していたので、この時、双葉商事で働けてよかったと思います。
ー他のメンバーは、どういった役割を担われているんですか。
サンフランシスコのメンバーは、UI/UXデザインの会社の方で、服のデザインを担当してくれています。経産省のアクセラレーションプログラムがあり、以前、そこに深井さんが参加していました。そのときに、アドバイザー役だったのがこのサンフランシスコの会社で。KAPOKのサイトのデザインや、アメリカ展開に関する相談役として関わってくれていました。その中のメンバーの一人が、現在は兼業として、デザインだけでなく全体の戦略にも関わっています。他にも、マーケティングやWEB、クリエイティブなどを担当するコアメンバーがいて、それぞれの業務をリモートで担当しています。
ーコロナとは関係なく、通常からリモートで業務を行う体制なんですね。
みなさん兼業・副業なので、そうですね。まずは全体像を把握することからスタートするために、深井さんが出るミーティングにすべて出させてもらいました。KAPOK専任のメンバーがいないため、深井さんが一人で完結している業務が多く、全体像がわかっているのは深井さんだけ。なので、サプライチェーンの全体像を深井さんからヒアリングして、それを図式化することを行いました。全体像が見えた上で、私が何をやるべきなのか、どうすればより円滑に事業がまわるのか。自分の役割を探ることができるので。
ー船長の言葉をもとに航海図を描く、というような感じですね。
ただ、深井さんは毎日ものすごい数のアポイントが入り、人と話すたびにどんどん次の行動につながっていくので、航海図を常にアップデートしなければならない状況でした。「今こうですけど、この方向で合っていますか?」と、深井さんに確認しながら、考えていることを一緒に整理し、メンバーにも共有する。後半はとくに、それがKAPOKに役立ったんじゃないかなと思います。
自分の付加価値が見いだせず、一歩引いてしまう日々
ーアパレルというジャンルやDtoC事業であることなど、これまでとはまったく毛色の違う仕事への挑戦でしたが、いかがでしたか。
KAPOKでは、インドネシアから「カポック」とよばれる木の実から採取した綿を輸入し、それを使ってアウターを製造しています。インドネシアなどの外国とのやり取りは、これまでの経験を活かせる部分でしたが、DtoCの商品販売であったり、マーケティングに関しては知見がなくて。「私は他のメンバーと違って専門スキルがないから」と思い、及び腰になっていた時期がありました。
アウターの試着会を、どうメディアに取り上げてもらうかという話の中でも、自分の関わってきたメディアとは畑が違うからと一歩引いて、サポート役に徹していました。
ーそこから、どのように行動を変化させていったのでしょうか?
主体的に動けていないなと気づかせてもらえたのは、深井さんからの言葉です。「決断をする量が多いのは、負担に感じる」といったニュアンスのことを言われて。厳しい言い方ではなかったし、そういうことを感じているのかなと私が察しただけなんですが、深井さんに判断を委ねすぎてしまっていたんだと気づきました。
そこから、自分にできることをとにかくやってみようと思って。ファッション系のメディアに詳しい方から情報を集めたり、自分からアプローチを始めるなど、動き出すきっかけをもらいました。
チームを巻き込んで、KAPOKの在り方を探る
ーついに動き出したんですね。
動いたことで、わからないと思うのは自分だけじゃないんだと気づくことができたんです。D2Cという比較的新しい領域で、KAPOKにとっても、他のメンバーにとっても初めてのことばかり。明確な解があるわけじゃないんだ。新しいことにみんなで挑戦しているんだということに気づけて。
けれど、その頃すこしチーム内の空気が淀みはじめていたんです。KAPOKはダウンなどのアウターが主力商品なので、冬が勝負時。ですが、昨年は暖冬だったこともあって、当初は売上が伸び悩み、社長もメンバーも焦りを感じていました。
やはり事業をやっている以上、売上達成は必須です。しかし「どう売上を上げるか」に軸足を置きすぎると、「それだけが、本来の目的でないのでは?」という声も上がる。ブランドの世界観を守りたいという思いと、事業の売上に注力したいという思い。それぞれの思いを持った人の間に少しずつ溝ができていたんです。
フルリモートで、互いの仕事の合間を縫って決められた時間で物事を決めなきゃいけないということも要因のひとつかもしれません。議論する時間が少なく、本音を言い合えるまで話し込めなかった。言えない思いが、積もっていたんだと思います。
ーこの状況をどのようにして、打破されたんですか。
年末年始に東京の日本橋にショールーム兼オフィスができ、オフィスでメンバーと顔を合わせる機会が増えたので、対面で話す時間を持つようにしました。メンバーの中からも「もっと深井さんとビジョンをすり合わせる必要がある」という声があったので、まずはコアメンバーの意見に耳を傾けました。
ここでようやく自分の役割が明確になり、付加価値を出せるようになったと思います。
それから、深井さんとコアメンバーで腹を割って話す時間を設けたんですが、「互いに意見を言い合う」ということが先行して、何を合意したのかが曖昧になってしまったので、再度話し合いの場を設けました。
ー深井さんとメンバーの意見をすり合わせ、目指す方向をもう一度確認する役割を担っていたんですね。今まで言いにくかったことを伝え合うことって、なかなか難しいことですよね…。
そうですね。2回目は、何を論点にするのかをメンバーに書き出してもらい、建設的に話し合えるようにフォローしました。その頃から売上もメディア露出も増えてきたこともあって、雰囲気が改善してきたように思います。蓋を開けてみれば、単に認識の違いだったという部分もありました。
ー話し合い以降は、どのような変化がありましたか。
それまでは見えてきていなかった軸が、皆の中ではっきりしたと思います。問題点があがってきたら、軸を基準にするとこう考えるべきだよねと、みんなの共通認識ができて、発言しやすくなったという感じがします。また、「ビジョンミーティング」という、定期的にビジョンを擦り合せる場を設けることにしました。みんながビジョンへの共感を強めたことで、深井さんのリーダーシップ“だけ”に頼らない強いチームになったと思います。
ーそうしたスキルは、どのように身に着けてこられたんでしょうか。
経産省では入省1年目から課の窓口であったり、取りまとめのようなことを担当するんです。常にみんなが仕事をしやすいように、課外からの依頼を噛み砕いた上で、担当にも協力をお願いし、取りまとめて回答する。全体がより良く機能するように、自分がどういった役割をするのかというのを常に考える。そこで潤滑油的な役割が身についたんだと思います。そもそもスキルと思っていなかったんですが、メンターの宮崎さんにそれも立派なスキルだよ、と言われて、少し自分自身を客観視できたような気もします。
もちろん私のスキルだけでなし得た訳ではなくて、問題点をそのままにはしないというKAPOKメンバーのビジネスに対する姿勢や、「やろう!」という行動力があったからこそ、改善できたことだと思います。
蒔いた種は、必ず芽吹く
ー売上やメディア露出が増えてきたということですが、足立さんは具体的にどういったことに取り組まれていたんでしょうか?
各種メディアへのアプローチも行っていましたが、ファッション雑誌にもKAPOKを取り上げていただけることになって、その対応を行っていました。
実は試着会のときに接客をさせて頂いた中に、エディターの方がいらっしゃったんです。そこから情報のアップデートがあるたびに情報をお知らせするなど、関係性を少しずつ築いていました。私にはファッションメディアとのネットワークがなかったので、つなげていかなきゃと思うところもあって。
ーどういった内容の記事だったのですか?
1回目はサステナブルなファッションという文脈で、2回目は新しい働き方の特集の中で、見開きで取り上げていただきました。試着会のときに、「私は経産省から来ていますし、他のメンバーも色んな名刺を持っているんですよ」と、いう話をしたのを思い出してくださったみたいなんです。コアメンバーの名前と、本人の役割や経歴がしっかりと取り上げられていて。このことが直接売上につながるわけではないけど、チーム自体にフォーカスが当たればいいなと思っていた中での取材だったので、とてもうれしかったですね。やっと、チームに貢献できたという気がしました。
ーいいチームだというのが、足立さんの言葉から伝わってきます。
ありがとうございます。他には、インドネシアでの将来的な工場建設を見据えて、現地との関係性を築くことに移籍期限ぎりぎりまで取り組んでいました。現地の外資規制の下調べだったり、使用する機械の業者などは、以前に培ったネットワークを通じて、ご紹介できたり。具体化に向けて素地がつくれたと思います。
巻き込む力の正体
ー6ヶ月の間、深井さんとともに過ごされたことで、改めて巻き込む力を体感されたと思います。どんな学びがありましたか?
深井さんは、関係をつくりたいと思う人には、すごくマメに連絡をするんです。共感で人を巻き込むって、派手なパフォーマンスだと捉えがちだけど、実際はコツコツした積み上げが大切なんです。クラウドファウンディングにしても、個別に連絡をする、こまめに告知を出すなど地道な努力も必要なこと。
そういうことがすごく大切なんだなと、深井さんの姿勢を真似て、私もコツコツと種をまいていました。それも、記事掲載に繋がったんだと思います。
ー巻き込み力を実感し、実行されたんですね。
こつこつ築き上げたネットワークって、とても価値があるんです。深井さんが声をかけて集まってくる人たちは、「深井さんがいうことなら」と信頼が厚い方が多いので、物事が前向きに進みやすいんです。それは自分が何を考えているのか、どういう世の中をつくっていきたいかをちゃんと語れるからこそ、共感が生まれる。共感で人を巻き込むためには、自分の言葉で語れることが重要なんだという学びがありました。
左:KAPOK代表・深井喜翔さん / 右:足立さん
目指すのは、共感から生まれるチームづくり
ー7ヶ月間での学びや、振り返って感じたことを教えて下さい。
私は共感をつくりたい、共感をよべる人として政策に関わりたいという思いがあるのですが、そのためにはやはりチームづくりがすごく大事だなと思いました。まずは自分とチームが同じビジョンを共有していなければ、同じ方向に向かっていなければ進んでいきません。
経産省に戻ったあとは、まずはチームの人たちが何を考えているか知るために、丁寧にコミュニケーションをとるようにしました。みんなが働きやすくなる工夫は率先して行うようにしています。
まだ、経験を活かしきれていないこともあるのですが、KAPOKでビジョンミーティングを行ったように、まずは自分のチームの中でビジョンを共有して、それを定期的に見直すこともやりたいなと思っています。チーム内で共感が共有できていないと、外の人を巻き込んでいくことはできないと思うので、まずは前向きに取り組めるチームづくりから、しっかりやりたいなと思っているところです。
また、チームづくりで必要な「ビジョン・ミッション・バリュー(VMV)」について。組織、部署、自分自身、それぞれのVMVを明確にする重要性にも気づきましたし、自分のVMVと組織の目指す姿がリンクしていれば、どんな場所でも楽しんで仕事ができるという自信にもつながりました。
ー「共感」という言葉が今回はキーワードになっていると思うのですが、こういう思いに共感する人を増やしていきたい、というビジョンはありますか。
実際に、KAPOKでさまざまなバックグラウンドのメンバーと働いてみて、経産省がより良い政策を行うためにも、もっと多様な人材と協働できる環境が必要だと思いました。経産省全体では難しくても、1つの課、1つのチーム単位だとできると思うんです。中の人も外の人も一緒に協働できるチームがつくりたいと思っています。小さな共感からスタートしたとしても、それが積み重なって、より良い社会をつくっていけるんじゃないかと思っています。
Fin
【イベント開催のお知らせ】
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とびださなくてもいい、上手に”はみだそう”
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会社をはみだして、やりたいことをカタチにする「個人向けの新プロジェクト」をスタート。 8月3日を #はみだしの日 と称し、プロジェクトの一部を体験いただける、キックオフイベントを開催!
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【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計50社 145名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年7月1日実績)。
協力:経済産業省 / KAPOK JAPAN株式会社
インタビュー:三上由香利
撮影:宮本七生