大事なのは「垣根をこえて意見を言える場を設けること」 -経済産業省 米山侑志さん-
2011年4月、「社会問題解決のために、自分ができることがあるのではないか」という思いを持って経済産業省(以下、経産省)に入省した米山侑志(よねやま・ゆうし)さん。約10年間で中小企業政策、エネルギー政策、産業人材政策と、多様な政策に携わってきました。
一方、大きな組織だからこそ生じるさまざまな関係性によって、意見を飲み込まざるを得ない瞬間があることに、違和感を抱いていたそう。そうした中で、「組織づくりを見直したい」という気持ちが湧いてきたのです。
そんな米山さんが興味を持ったのが、期間限定でスタートアップに赴き、実際に業務を遂行する「レンタル移籍」でした。移籍先に選んだ企業は、AI技術を活用したシステムの企画・開発・運用を行う株式会社Lightblue Technology(ライトブルーテクノロジー)。
2020年9月から2021年3月にかけて、営業や広報、バリュー(行動指針・価値観)作りにも参加し、経験を積んだ米山さん。果たしてその先に、組織づくりのヒントを見出すことはできたのでしょうか。7カ月間の話を伺いましょう。
目次
スタートアップなら知れるかもしれない
「意見が言える組織のつくり方」
――そもそも米山さんはどのような理由から、経産省を目指したのですか?
学生の頃から、世間で「日本はこういうところがダメだ」というような話題が出るたびに、言うだけで行動に起こさないのはイヤだなって感覚があったのです。社会に貢献できることがしたいなと思って、国家公務員を意識し始めました。
中でも、経済システムをうまく回しながら、既存のパイの中から配分していくという発想ではなく、社会全体を成長させて総量を増やしていく経産省の考え方にシンパシーを抱いて、数多ある官公庁の中から選びました。
――実際に入省して、どのような部署に配属されたのでしょう?
最初の1年間は中小企業政策に携わり、業務に携わりつつ役人としての基礎を形成する時期でした。2年目から7年目くらいはエネルギー政策を中心に取り組んでいました。福島第一原発の廃炉に携わったり、石油や天然ガスの安定供給の方法を模索したり、法令を審査・作成したり、幅広い業務に携わっていましたね。
その後、異動の希望を出して、産業人材政策室(現・産業人材課、以下同じ)に移りました。働き方改革に関連する部署で、私は兼業・副業の推進や、新卒採用のマッチングの改善という部分に注力していました。
――異動の希望を出したということは、いずれ人材関連の方面に行きたかったのですか?
そうですね。学生の頃から、人材育成には大きな課題感があったんです。大学でも教育に関する研究をしていたので、いつか携わりたいという思いはありました。
――実際に携わり、現場ではどのような気づきがありましたか?
施策を考える一環で、大企業の人事部の方やスタートアップの代表と話したり、若手の経営者の勉強会に参加したりするうちに、社会の課題はもちろんですが、経産省の課題も見えてきたんです。
10年間同じ組織にいると、いい部分も悪い部分も感じるものだと思うのですが、なんとなくモヤッとしていた悪い面が言語化されたといいますか。
――モヤモヤの原因は、どこにあると感じたのでしょう?
たとえば、若い職員が意見を述べようとしても、遮られる場面があったんですよね。上司、部下の関係性の中で時に「しょうがない」と諦めざるを得ないことがなぜ起きるのか、違和感がありました。もちろん、当然そうである部分もあると思いますが、案件によっては壁にぶち当たって、意見を飲み込まなければならない場面もある。
経産省は、比較的風通しの良い組織だという定評も自負もありますが、もしかすると、このように“心理的安全性”が確保されない出来事がきっかけとなって、やりたいことが実現しづらくなっている職員も時によってはいるのではないかと。
――その環境を変えるために、できることを探したんですね。
はい、職員がやりたいことをできる組織にする方法を見つけるため、レンタル移籍に応募したんです。
今思えば青写真を見すぎていたところがあったのですが、スタートアップの経営者に話を聞くたびに、大きな組織とは全然違う環境であることを感じていました。ただ、具体的に何が違うのかがわからなかったので、実際に中に入って働いてみようと思ったんです。
――レンタル移籍は、もともと知っていたとか?
経産省では2018年度から制度として導入されていて、同期の女性が移籍していたので、知っていました。ただ単に新たな仕事をするのではなく、経産省に戻る前提で企業や仕事を選び、意義のある経験を積めるところにポジティブな印象がありましたね。
産業人材政策室の仕事をして2年半くらいが経ち、ある程度経験が積めたタイミングで応募しました。
――「現在いる組織をより良くするため、外の世界を知りたい」という米山さんのニーズと合致する制度ですよね。
そうなんですよ。実は、レンタル移籍を決めた理由がもう1つあって、外に出た時に自分がどう力を発揮できるか、チャレンジしたい気持ちもありました。
移籍先選びで重視したものは「組織の規模感」
――移籍先にLightblue Technology(以下、Lightblue)を選んだのは、なぜだったのでしょう?
組織がどのように形成されていくのか、その過程が見たかったので、規模感を重視しました。数人だと組織形成がまだ為されていないし、50~100人いるところだと既に組織ができあがっているので、10~20人くらいのスタートアップに行きたいと考えていたんです。その上で、当然経産省の政策分野としても非常に重要なAI分野についての知見を深めるということにも非常に関心は持っておりました。AIという言葉はよく聞くのですが、全く中身がわかっていなくて。こうした点に興味があったので、「ここに行きたい」と希望を出しました。
いろいろな政策で「AI戦略が重要」と言いながらも、実態をきちんと把握できていないという思いがあったんです。AIは何ができて、何ができないのか、ちゃんと知りたかったんですよね。だから、AIエンジニアがいるLightblueなら、スキルや知識の面での学びも大きいだろうと感じました。
――規模的にも事業的にもマッチしたんですね。大きな組織から10人強のスタートアップに移籍して、変化は感じましたか?
全員がいろんな分野の業務を担当するという部分は、カルチャーショックでしたね。特にビジネスサイドの人間は営業や広報など、ざっくりと担当が決まっているものの、それだけに従事するわけではなく、手が足りないところを補い合う形で事業が進んでいました。
――大きな組織であれば、決められた業務に専念することがほとんどですもんね。
そうですね。ただ、私はエネルギー政策から産業人材政策のように、まったく異なるジャンルへの異動の経験があるので、移籍してからも抵抗なくいろいろな業務に取り組めたと感じています。
実際に、自分から言うのはなんですが、代表の園田亜斗夢さんや、メンターの関さんから、移籍中に「初めての業務でも臆せず引き受けてくれる」と評価していただいたので、経産省での経験を活かせたのではないかと思います。
初めての経験で知った「業務を分解する」という視点
――移籍してから、どのような業務を任されましたか?
最初にやったことは営業でした。ちょうど「新しいことを試してみたい」というフェーズだったようで、それまで大企業中心だった営業を、地方企業や地方自治体にも拡げてみようと動き始めたところだったんです。
私も初めての営業活動でしたが、移籍している間に何か成果を残せればと思って取り組みました。地方企業や地方自治体にメールや電話でアポイントを取ったり、展示会に参加したり。
――初めての営業だと、苦労も多かったのでは?
営業そのものの経験はなかったので、苦労しました。ただ、営業という業務を細かく分解していくと、過去の業務とつながる部分も多いことがわかったんです。
たとえば、「提案書の中で現状を整理する」「打ち合わせの場を設けて、相手が抱えている課題を掘り下げる」といったことは、経産省でもやっていたことなので、すぐに対応できました。一方、「見積もりを出す」といったことは経験がなかったので、チャレンジでしたね。
今回の移籍で「業務を分解する」という視点を得られたことは、大きかったと感じています。営業や広報といわれても具体的にイメージできていなかったところが、分解することで理解が深まり、それぞれの職種の共通点や相違点が見えてきた気がするんです。
――その気づきは、経産省でも活きそうですか?
経産省では企業にヒアリングをして、「営業部門でこのような課題があります」と聞く機会がたくさんあるので、今後は企業の状況や課題をより想像しやすくなると思います。
――実際に経験しながら深めた理解や知識は、武器になりそうですね。ちなみに、営業での成果は収められたのでしょうか?
結論からいうと、すぐに目に見える成果は残せませんでした。もちろん自分の能力不足という面もありますが、それに加えて、AI技術の性質上、営業をかけてからPoCを始めるまでに、平均で半年くらいはかかってしまうのもあり、私が最初から関わった案件で、移籍中に契約に至ったものはないんですよ。
ただ、その後、私が取り組んだことの関連で、成果につながっていることもあると聞いており、非常にうれしく感じています。
ただレンタル期間ということでは、提案書を出したり商談を進めたりしても、結果につながらないしんどさがありました。こちらの都合で進められない難しさやお金を出してもらうことの厳しさも感じましたね。
――既存プロダクトの営業とは少し違うタイプのものだったんですね。
もう1つ、営業の面でつらかったのは、契約が取れそうだった案件で取れなかったことです。とある会社の案件で、社長さんもすごく前向きに検討してくれたのですが、最終的に「成果につながるかわからないとお金は出せない」と、契約につながりませんでした。
AIは精度が9割あればすごい技術ですが、精度が高いからと言って目的を100%実現できるとは限らないんですよね。その特性を考えると、研究開発費のある大企業や研究所であれば数百万円のAIに投資できるかもしれませんが、予算の少ない中小企業にとってはリスクが大きいんです。
――一方で、目的の1つだった「AIに関する知識」は取り入れたのでは?
はい、営業活動を通じて、AIができることとできないことの両面がわかりました。大きな収穫でしたね。
ですがそれより何より、最先端テクノロジーに挑戦しているエンジニアの方々が、本当にすごいなと思うことばかり。とにかく皆さん、一生懸命なんです。相当熱量高く、仕事に取り組まれている。言い方が適切かわからないですが、“サボる気がある人がいない”という環境は本当に素晴らしいと実感しました。組織においては大事なことですね。
こうした方々が未来のテクノロジーを牽引していくのだと思いましたし、力強いエネルギーを感じました。
「垣根を超えて意見を出し合う場」を設ける重要性
――移籍中は、基本的に営業を担当していたのですか?
業務の分量としてもっとも多かったのは営業でしたが、他にも担当していました。PR動画を作る広報のような仕事や社員の採用にも携わりましたし、Lightblueのバリュー作りもやらせてもらいました。
――バリュー作りって、企業の根幹の部分ですよね。
そうですね。園田さんには、「採用を進めて社員が増えたことで、1人では業務のすべてを把握しきれなくなった」という感覚があったようで、企業としてのルールやバリュー作りに乗り出していたんです。
その一つの課題感としては、“将来像に対しての道筋がぼんやりとしていること”にあるのではないかと思ったんです。
――道筋というと?
園田さんは毎週、社員全員と1対1で話す時間を設け、メンバーの業務をフォローするなどの動きをされていました。そうしたこともあり、建設業にもっとAIを広めよう、という会社としての大きな目標は全員が共有できていたんです。そして、現状の業績推移など、足元の状況も全員が把握していたと思います。
ただ、園田さん一人では、将来を見据えた人材戦略や組織づくりまで手が回っていませんでした。なので、メンバーがみんなでひとつのビジョンに向かっていく道筋があまり見えていなかったように思います。そこで、改めて園田さんからみんなに、ルールを作る理由や事業の方向性、今後の採用の進め方について話してもらう機会を作らないといけないと考えたんです。
――どのような機会を設けたのでしょう?
社員旅行というか、1泊2日の合宿に近いものを計画したんです。みんなにどういう場があると良いのか、ということを事前にヒアリングする中でも、「腹を割って話せる場が必要」というキーワードが出てきていたので、そういったコミュニケーションもできるよう、意識しながら、組み立ててみました。
コロナ禍ということもあって不安もあったのですが、みんなに意思確認をした上で、しっかり対策もしながら、実施にこぎつけました。
――そうだったのですね。実際に話し合いの場を設けてみて、いかがでしたか?
全員が参加して、話し合えたのは本当に良かったですね。昼間はみんなで会社のビジョンについてディスカッションする時間を設け、夜は社員同士でカジュアルにコミュニケーションが取れる場を用意しました。
「どういう人材が欲しいか」といったような、よい組織に向けた話し合いをみんなですることができて、有意義な場になりました。社員一人ひとりが、考える良いきっかけになったのではと思います。それから、本音ベースで、社員それぞれが持つ考えや思いを話せる場にもなったのも良かった。やっぱり対面で会話してこそ、あぶりだせるもの。
そうした個々の意志を大事にしながらも、みんなでビジョンに向かう道筋を共有できたことは何よりの収穫でした。改めて、こうした場を設けることの重要性を感じましたね。
――規模の小さな組織だからこそ、重要な観点ですよね。
そうですね、強制的にそういう場を作らないと、話し合えない気がしたので。特にエンジニアの方々とは、フルリモートの社員もいて、なかなかまとまった時間でコミュニケーションをとりにくい人もいました。
社員同士の仲を深めるという意味でも意義のあるイベントになりましたし、Lightblueのメンバーも同じように感じてくれているのではないかなと思います。貢献できていたら、嬉しいですね。
「風通しの良さは企業規模で決まるものではない」という気づき
――話は戻りますが、具体的に、会社のバリューはどのように作っていったのでしょうか?
人事評価のコンサルタントの方から話を聞く機会があったので、その話を参考に、社内で目指したい方向性について議論してみたんです。その中で出てきた方向性を10個くらいピックアップして言語化し、最終的に5つに絞り、バリューとしました。
そして、バリューを日常的に意識できるように、「バリューを用いて互いに褒め合う」というシステム作りもあわせて導入されました。
――褒め合うシステムとは?
システムといっても難しいものではありません。Slackのコメントに「いいね」のようにリアクションできる機能があり、そこにバリューに沿ったアイコンを追加して、具体的に褒められるようにしました。
たとえば、実際にValueとして設定している「Go Tough」のアイコンなら「大変な作業だったけど、やり遂げたね」という意味で、「Be Expert」なら「技術力が高い」という意味。「いいね」だとどの部分を褒められたかが曖昧ですが、明確にすることで自分の強みが見えますし、バリューに基づいた成長にもつながります。アイコンを導入して以来、今でもみんな毎日使ってくれているそうです。
――もともとの移籍の目的である組織づくりの部分にも近い業務でしたが、得られた気づきはありましたか?
ルール作りやバリュー作りの面でも、先ほど話した合宿でも感じたのは、スタートアップも、努力しているから風通しが良くなるということです。
規模に関係なくコミュニケーションを取り合う意識や仕組みがあり、実行に移されているから、それぞれの意見が尊重されるのだと気づいたんです。人数が少なければ、自動的に環境が整備されるわけではありませんでした。序盤にお話しした「青写真を見すぎていた」とはまさにこのこと。
改めて振り返ってみると、私がいた産業人材政策室とLightblueは規模感が同じくらいでした。そして、所属している十数人を取り巻く環境も近しい。だから、Lightblueでできたことが、経産省でできないわけはない。当たり前といえば当たり前のことなのですが、そこに気づけたことが僕にとっての大きな学びでした。
職員1人ひとりに経験を伝え“意識”を変えていきたい
――4月に経産省に戻ってからは、再び産業人材政策室に?
いえ、今は新卒採用を担当しています。戻ってすぐに説明会を開いたり、採用面接を担当したり。学生に向けて経産省について話す場もあるのですが、レンタル移籍を経験したことでより客観的に語れるようになりました。
――思いがけないメリットですね。今後も採用を続けていくのでしょうか?
新卒採用の担当は一時的なものです。現在は、デジタル庁設置に向けた業務に携わっています。
――レンタル移籍での学びを活かして、経産省をどのように変えていきたいですか?
「しょうがない」という諦めをなくすには、制度を用意すれば解決するわけではないと感じています。単にルール化するのではなく、ちゃんとコミュニケーションを取って、1人ひとりの意識を変えていかないといけないと思うんです。そのためには、草の根活動的にやるしかないかなと。
――米山さんが経験を伝えて回るということですか?
今はその段階ですし、私だから効果があるとも感じています。資源エネルギー庁にいた頃の私は、職場の雰囲気を良くすることよりも、仕事をスピーディーに進めることを重視するタイプだったんです。周りにもそういう人だと、評価されてきました。
そんな私が「心理的安全性が大事」「接し方1つで場の空気が変わる」と話すことで、「あの米山が言うくらい大事なことなんだ」と思ってもらいやすいのではないかなと(笑)。
――ギャップを味方につけるんですね。
その通りです。今も採用の業務をしているかたわら、同期やもともと同じ部署だった人にレンタル移籍の経験を話しに行くことがあります。大抵「AIや民間企業のことを教えて」という話から始まるのですが、そこに社内のコミュニケーションの話も加えると、聞いてくれる人が多いですね。既に何回もそういう場を設けています。
私や同期は管理職一歩手前の年代なのですが、この層の意識が変わることが重要だと感じています。もちろん全員に影響を与えられたらいいのですが、まずは近いところに影響を与えて、管理職になった時に職員同士のコミュニケーションを大切にしていけたら、組織としても変わっていけるのではないかと思っています。
7か月間の移籍の中で米山さんが得た気づきは、「企業規模に関係なく組織は変われる」ということでした。大きな組織からスタートアップという小さな組織に環境を移したからこそ、得られた学びといえるでしょう。インタビューの最後に、「具体的なアクションに移したい」と話してくれた米山さん。今後、経産省をプラスの方向に変えていく存在になってくれそうだと感じさせてくれました。
Fin
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計52社 149名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年8月1日実績)。
協力:経済産業省 / 株式会社Lightblue Technology
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生