【「誰かの役に立ちたい」という思いが、人を喜ばせる製品作りにつながる】パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社 鍋嶋隆介さん


「どこで働いていたとしても、仕事に向き合う姿勢は変わらないことに気づいた」。新卒でパナソニックに入社し、製品開発の仕事に10年以上携わってきた鍋嶋隆介(なべしま・りゅうすけ)さん。動画や写真をスマホから実家のテレビへ送れる「まごチャンネル」をはじめ、高齢者向けサービスを提供するベンチャー・株式会社チカクに、1年間「レンタル移籍」( ※ パナソニックでは「社外留職」制度として導入)をしたことで、「仕事の本質が見えてきた」といいます。
 
移籍中は、チカクの新サービスであるテレビ電話事業において、自分の得意分野を生かして積極的に動き、周囲の人たちからの信頼を得ていました。移籍が終わる頃には、「分からないことは鍋嶋さんに聞こう」というのが合言葉のようになっていたそうです。そんな鍋嶋さんも、実はとんでもない失敗を経験したとか。どのように乗り越えて活躍するに至ったのか、話を伺いました。

「人の役に立つものを作りたい」

——鍋嶋さんはパナソニックでどんなお仕事をされていたのですか?
 
新卒で入社して、はじめは半導体を開発する部署に所属しました。そこでICの回路設計やパワーデバイスなどの開発に携わり、レンタル移籍をする前にはIVIの開発を担当していました。IVIというのは「In Vehicle Infotainment」の略。道を案内するナビゲーション機能に加えて、スマートフォンなどと連携したり、映像や音楽を楽しめたりする車載機器のことです。だから、入社してからはずっと技術職ですね。
 
——なぜレンタル移籍をしようと思ったのでしょうか。
 
パナソニックグループ以外の会社で働いたことがなかったので、自分の力が他社でも通用するのか、挑戦してみたいという気持ちがありました。それに、最近では日本の電機メーカーにとって明るい話題があまりなく、厳しい状況を肌で感じていたことも理由の一つです。「このままでいいんだろうか」という漠然とした不安が芽生えていました。
 
私が所属している開発部門は、今すぐに売る商品というよりは、新しい技術を生み出し、それを数年かけて商品に結びつけるような研究開発をしている部署です。そのため研究がすぐに収益になるわけではありません。パナソニックには高い技術力があるものの、その技術を生かした事業でマネタイズができていないという組織の課題もありました。
 
他の組織や会社では、どのように新規事業を生み出しているのか知りたい。それにはベンチャー企業で経験を積むのがいいのでは、と思ったんです。
 
——移籍先にチカクを選ばれたのはなぜですか?
 
まず会社全体の動きが把握できるように、あまり大規模でないところというのと、純粋に事業内容が「面白そう」だと感じたからです。それから、せっかく移籍するのだからこれまでの自分の経験が役立つところにしたいと考えていたので、ハードウェアを作っているチカクに決めました。
 
そもそも私がパナソニックに入ったのは、世の中に「あってよかった」と言われるような、人の役に立つものを作りたかったからなんです。働くうえでのそうしたモチベーションは大事ですよね。チカクではシニアの方々に喜ばれる製品を作っていたので、そこにも共感できました。
 
——鍋嶋さんが大事にされていた思いと通じるところがあったのですね。チカクではどんな製品を作られているのでしょうか。
 
シニア向けの「まごチャンネル」というサービスを展開しています。実家のテレビにお孫さんの日常が映る孫専用チャンネルができるサービスで、家にインターネット環境が無くてもスマホで撮影した写真や動画をテレビで見られるのが特徴です。まごチャンネルはすでに販売開始から5年が経ち、日本全国にユーザーがいるサービスに成長しています。

失敗からの学びが、自分を変えるきっかけに

 
——ベンチャー企業に移籍しての最初の印象は?
 
社員が20人くらいの会社なので、社員同士の距離感が近いというか、アットホームな雰囲気がありました。移籍して一番驚いたのがスピード感ですね。人数が少ないからこそ一人ひとりの責任や裁量が大きく、「これはこうしよう」という感じで、日常会話の中で重要な決定がされていきます。ちょっとした会話からその日のうちには決まってしまうことも多く、その速さには驚きましたね。
 
——チカクではどんなお仕事をされていたのですか?
 
まごチャンネルに次ぐ新規事業として、テレビ電話サービスの開発が進められていたので、移籍前半はニーズを掘り起こすための市場規模調査をしていました。もともとまごチャンネルはシニア向けのサービスだったこともあり、新しいテレビ電話サービスも、シニアに向けて使ってもらえないかを探りました。たとえば、介護の現場や銀行、健康食品の営業さんなどへのヒアリングを行ったり、テレビ電話を試験的に使ってもらうための営業や、店頭でのデモンストレーション、ショッピングモールでの販売会もしました。
 
最初に感じたベンチャー企業のスピードの速さは、社外との交渉の場面でも感じました。入社して2ヶ月目くらのときに、テレビ電話を試験的に使ってくれる介護施設を探していたのですが、ある施設のご担当者から「いいですね、やってみましょう」と言っていただいて。その1週間後には現地に行って設置をしていました。長崎にある施設だったのですが、すぐに試験利用が実現したんです。とんとん拍子で話が進みました。
 
——入社されてすぐに活躍されていたのですね。
 
でも、実は失敗してしまったこともあって。テレビ電話を試していただいたユーザーさんからクレームが来てしまったんです。まごチャンネルのユーザーの中からテレビ電話のモニターを募集して、無料期間が終わった後も「お金を払って使用したいかどうか」を調べる機会があったのですが、そのときに対応の悪さを指摘されました。
 
せっかく継続を希望されていたのに、コミュニケーションがうまくいかなかったことで、悪い印象を持たれることに。私自身、自分の言動を振り返って反省をしました。
 
——どのような振り返りがあったのですか?
 
私が反省したのは、感謝の気持ちをしっかり伝えるコミュニケーションができていなかったのではないか、ということ。機器の設置に関しては、ユーザーさんが高齢者ということもあり、こちらからご自宅に伺ってすぐに使えるようにセッティングをしていました。そして試用期間中は無料で提供していたので、もしかしたら「使わせてあげている」という驕りが生まれていたのかもしれません。
 
しかし、設置はすべてこちらで対応しているとはいえ、モニターを引き受けてくれたユーザーさんにも、日程の調整や自宅に人を招くための準備など、もちろんご負担がかかっていますよね。それに対して「協力してくださってありがとうございます」と、もっと感謝の気持ちを伝える必要があったと思います。
 
——その失敗から、どのように行動を変えていったのですか?
 
ユーザーさんとのやり取りには、とても気を遣うようになりました。チカクで、まごチャンネルの窓口対応をしてくれている方に、「こういう言い回しはどうですか?」と相談したり、「どんなふうに言っていますか?」と聞いたりするようにしました。ちょっとした言い方一つで、受け手の印象は大きく変わりますよね。
 
——これまでの開発のお仕事から、初めて新製品の市場調査や営業を経験されたことで、戸惑いもあったのでは。
 
そうですね。たしかに全然違う仕事なので、戸惑うことはありました。最初の頃にメンターの高梨さんからは、「初めてのことばかりで分からないのは当然だから、そこで消極的になるのではなく、開き直って自分のできることを探してみてはどうでしょう」と言われて。それで私の意識も変わりました。初めてでうまくいかないことでも、その経験をどう生かしていこうか、自分なりに考える視点を持てるようになったんです。

主体的に動くことで得られる「周囲からの信頼」

 
——失敗からの学びも多かったと思いますが、移籍の後半は違うお仕事も経験されたそうですね。
 
はい。その頃チカクではテレビ電話のニーズ検証を経て、社をあげて販売していこうと方針が決まったタイミングでした。その中で私は、販売に向けたカメラの準備やテスト運用での課題解決、メーカーさんとのやり取りなど、どちらかというとエンジニア寄りの仕事をするようになりました。パナソニックでやっていたことに近い仕事だったので、自分で主導できることも多く、積極的に動けたと思います。
 
——具体的にはどのようなことをされていたのですか?
 
まず拡販を見据えて、オリジナルのカメラを作ってくれるメーカーさんを探し、どんな仕様にするのか交渉を進めました。そしてプロトタイプを運用しながら課題を見つけ出し、それに対応していくことに。ほかにも発送の際の梱包を検討したり、期日までにカメラをそろえるためにメーカーさんに掛け合ったり、自分にできることはどんどんやりました。
 
移籍の前半は、何をしていいのか分からなかったこともあり、なかなか自分から意見を発信できなかったのですが、後半では「もっとこうすれば良くなるんじゃないか」と言えるようになりました。

 
——自分から発信できるようになったのは、何かきっかけがあったのですか?
 
自分が得意としている分野の仕事を任されたことも大きかったです。「こんなことを言ってもいいのかな」「間違っているかもしれない」と思うと、自分の意見を言いづらかったりしますよね。業務内容への理解が深まって、全体を把握できるようになったから発信できたのだと思います。
 
テレビ電話のテスト販売がスタートしてから、技術的な課題が見つかったのですが、そこでは主体的に原因解明に取り組みました。実際に何千回とテレビ電話をかけて試していたので、社内の人たちからは「困ったことがあったら鍋嶋さんに聞こう」と言ってもらえるようになって。トラブルに対してどう対処したらよいのか、技術的なことに関しては誰よりも詳しくなりましたね。
 
当事者意識を持って積極的に行動することで、周りからの信頼を得ることができる。そのことを強く感じた体験でした。
 
——とても頼りにされていたのですね。社内でのコミュニケーションで印象に残っていることはありますか?
 
テスト販売に向けて動き出してからは、共同代表の佐藤さんと頻繁にやり取りを重ねていました。最初に言われた言葉は今でも覚えています。「自分が会社全体の5%のリソースだという意識を持ってやってください」と。かなり強い言葉だと思いますが、ベンチャーで働く心構えとして刺激を受けました。

移籍最後。チカクのメンバーと。

 大企業でもベンチャー企業でも、大事なのは仕事に向き合う姿勢

 
——移籍から戻られてからはどんなことをされていますか?
 
パナソニックの組織変更があり、私が所属していた部署は2022年4月からパナソニック オートモーティブシステムズ株式会社として独立しました。仕事の内容は移籍前と同じで、開発を担当しています。
 
——移籍する前と比べて何か変化はありましたか?
 
チカクでバックグラウンドの違う人たちと一緒に働いたことで、これまでと違った視点で物事をとらえられるようになった気がします。たとえば、細かい話ですが、Webサービスなどもその一つです。今の会社に戻ってから、後輩が「AWSって何ですか?」と言っているのを聞いて、まさに自分も1年前に同じことを言っていたのを思い出しました(笑)。
 
パナソニックではマイクロソフト系のサービスを使っていたので、それが当たり前になっていたんです。他の会社ではどんなツールが使われているのか、どんなサービスがあるのか、視野を広げるきっかけになりました。
 
ちなみにその後輩は、「自分には大した技術や知識がない」と思っているようなのですが、「そんなことはない」と今なら断言できますね。限られた部分かもしれませんが、他社では誰も持っていないような知識や技術をちゃんと持っているって。私は一度外に出て客観的に自分を見たことで、パナソニックで身に付けた強みが分かるようになりました。だから後輩には、「いや、君のスキルは強みになるよ」と言ってあげるつもりです。
 
——鍋嶋さんが移籍前に思われていた、「他社でも通用するのだろうか」という不安が解消できたのですね。
 
そうですね。移籍では自分から積極的に動くことの大切さを学べましたし、うまく周囲を巻き込んでいけるようになったと思います。自分が専門外で分からなければ、素直に人に聞くことも大事。そのほうが早く、ゴールに辿りつけますから。
 
組織としては成果を出すことが重要なので、誰がやったかではなく、結果が求められます。だから、「絶対に一人でやらなければ」という思い込みは捨ててもいいのかなと。誰かに協力してもらえるところは手伝ってもらいながら、自分が得意なことはどんどんやる。そうやって前に進めていくやり方も経験できました。
 
——今後はどんなことにチャレンジしていきたいですか?
 
製品を作るうえで、もっと全体を見られるようになりたいなと思っています。開発分野は規模が大きいので、どうしても一部分だけに関わることが多いのですが、システムの構成や基本的な動作といった全体を理解できる技術者を目指しています。
 
移籍してみたことで「大企業もベンチャーも仕事に対する向き合い方は同じなのではないか」と思うようになったんです。場所は変われども、自分がやるべきことの本質は変わらない。誰かの役に立ちたいという思いが根底にあって、責任を持って自分の仕事をするだけ。大事なのはその姿勢なのだと改めて感じました。
 
それから、チカクでダイレクトにお客様の声に触れたことで、「誰かにとって必要なものを作り出したい」という気持ちがこれまで以上に大きくなりました。これからも人を喜ばせることができる製品やサービスを作っていきたいですね。

移籍中、機材トラブルを解消するために自主的に動くうちに、「ダメ元でもとにかくやってみよう!」と、前向きにチャレンジできるようになったと話す鍋嶋さん。パナソニックに戻った今、ハードウェアのエンジニアという自分の得意分野だけにとらわれることなく、ソフトウェアをはじめとしたその他の分野にも、できることを広げていきたいと夢が膨らんでいます。
これから鍋嶋さんがどんなチャレンジしていくのか、その進む先にはきっと「人を喜ばせることができる製品」があるはずです。
 

協力:パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社 / 株式会社チカク
インタビュー:安藤梢
撮影:宮本七生

関連記事