大企業のオープンイノベーション推進者が体感した、スタートアップへの越境経験がもたらすもの

スタートアップへの越境プログラム「side project」。業務時間の20%を使って、3ヶ月間スタートアップに越境できるという気軽さから、業種・職種問わず様々な方に参画いただいています。昨年からトライアルをスタートし、今年6月から本格的に事業展開を進め、累計で大企業11社・176名の参加者にご利用いただいています。

今回はKDDI株式会社よりKDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)の清水一仁さん、川崎重工業株式会社より企画本部イノベーション本部の原純哉さんを直撃!オープンイノベーションの推進を担当し、side projectの事務局でもあるおふたりは、どのような越境体験をしたのでしょうか。またその経験は自社での新規事業創出、事業共創にどのような影響があったのでしょうか。お話を伺いました。

( ※ 本記事は、2023年12月上旬に取材したものです)

スタートアップの視点で大企業を見てみたい

KDDI・清水さん:私はスタートアップとの協業を通じてKDDIの新規事業を起こす、事業創造本部という組織に所属しています。その中でKDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)という、全国のスタートアップと80社を超える大企業をマッチングしてオープンイノベーションを推進するプログラムを担当しています。いわば、大企業総出で日本のスタートアップを支援する活動です。

日々、多くのスタートアップと接していると、必ず耳にするのが人材不足。大企業による人材提供はスタートアップ支援に繋がるだろうと「side project with MUGENLABO」という形でローンディールさんと提携するとともに、自社にもside projectを導入しました。私自身は発起人として推進もしており、まずは自分が体験して魅力を伝えたいと参加しました。

KDDI ∞ Laboでは多様な支援メニューを用意していますが、スタートアップの立場で有効かは彼らの立場に立ってみないとわかりません。それを検証したいというモチベーションも個人的にはありました。

【Profile】清水一仁さん | KDDI株式会社 KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)
2007年、KDDI株式会社に新卒入社。Google社との検索エンジン事業を担当。2011年、北米サンフランシスコ拠点立ち上げのため赴任。北米スタートアップへの出資と日本進出支援を担う。2018年に帰国し、「KDDI ∞ Labo」のリーダーとして、国内大企業とスタートアップの事業共創プログラムをリード。

川崎重工業・原さん:私は川崎重工の企画本部イノベーション部に在籍し、清水さんと同じくスタートアップと事業部を繋ぎ、オープンイノベーションを推進する役割を担っています。一方、社内で新規事業のアイディアを募集し、事業化を支援する取り組みもしています。

様々なスタートアップと接点を持つ中で感じたのが、大企業側の視点でスタートアップ企業を見がちであることへの課題感です。スタートアップの中に入り、そこから自分たちの会社を見るとどういう世界が見えるのか。スタートアップ側の視点を経験して川崎重工に戻れば、社外との共創の質が変わるのではないか。そんな期待感から参加しました。

【Profile】原純哉さん | 川崎重工業株式会社 企画本部イノベーション本部
大学院で造船工学を修了後、2008年に川崎重工業(株)に入社し、大型船造船設計に約12年間従事。その後、鉄道車両軌道監視事業、自律走行ロボット事業、自律オフロード車両事業と、新規事業開発を主として手掛ける。 現在は、ベンチャー企業と社内事業部を繋ぐオープンイノベーション推進や、社内新規事業推進者の支援を推進中。

商談にかける「本気度」が、自身のスタンスを見直すきっかけに

-ここからは越境体験について聞かせてください。スタートアップでどのような経験をし、何を感じましたか?

KDDI・清水さん:私が参画したのは株式会社Godotという、創業間もないシードステージの会社です。AIやディープテック領域で確かな技術力を持っており、3ヶ月でできるだけ多くの大企業やKDDI社内と接点を持ちたいとご要望を受けて参画しました。

【株式会社Godot HPより】

アポイント取りからスタートして、すべての商談にも同席。また大企業の立場から営業資料へのアドバイス、プレゼンも実施。まだまだ実績が少ない中でサービスの魅力を伝える難しさはありましたが、商談を重ねるごとに改良を続け、少しずつ相手の反応が良くなっていく手応えを感じました。

-スタートアップから自社を見たとき、何か気づきはありましたか?

KDDI・清水さん:たくさんありました。特に気づきが大きかったのは、商談に臨むスタンスです。スタートアップは人も資金も限られ、無駄な時間を過ごせないからこそ、顧客選定はかなり慎重で、1件1件の商談に強い想いを持って臨んでいました。

一方、これまでスタートアップから提案を受ける側にいた自分はどういう態度で商談に臨んでいたのか。同じくらいの真剣度で向き合ってきていたか。提案に対して「持ち帰って検討します」と伝えて、そのままにすることはなかったか。リスペクトに欠ける対応をしていなかったか。身につまされるものがありました。

またKDDIのように事業部が多岐に渡る場合、スタートアップが適切な部署や人材にアプローチするのはかなり難しく、KDDI ∞ Laboのビジネスマッチングの取り組みがお役に立てていることもわかりました。

目の前にある新しいものを臆さず取り入れ、積極活用する姿勢

-原さんの越境体験についても聞かせてください。

川崎重工業・原さん:私が参画したのは、ファンの声援をスポーツ選手に届ける、スポーツギフティングサービスを展開するエンゲート株式会社です。ギフティングサービスのプラットフォームを地域創生など新しいドメインに展開すべく、実証試験公募の応募資料を作成する役割で参画しました。

【エンゲート株式会社 HPより】

ところが、資料作成が予想外に進まなかったんです…。アプリビジネスに関わるのが初めてなこともあって、理解が難しくて。そこで私自身が深く理解するため、絵に描いて事業内容を表現したところ、すごく喜んでいただけて。実は個人として絵を描く仕事をしていたので、そのスキルが思わぬ形で役立ちました。結果、3ヶ月間で6件程、新規事業の世界観をビジュアルで表現するお手伝いをしました。

-予定とは違う形での参画だったのですね。

川崎重工業・原さん:そうですね。あとは、組織の合意よりも、人の才能を信じて意思決定するスピード感。目の前の人材が持つ才能をうまく自社に取り入れ、積極的に活用するスタンスに驚きました。

ある副業人材がジョインした時のことです。私と同じく応募書類を作成する仕事で、1ヶ月限定で参画した方でした。今までと違う視点から様々な提案をしてくれたことで、「この方にはこの仕事もお願いしてみよう」とあっという間に話が進んでいきました。

川崎重工では新入社員を採用し、時間をかけて会社に貢献する人材へと育成する考えが根付いていますが、スタートアップは目の前に現れた副業人材でも立派な戦力とみなすんですよね。

実は私の絵を描くスキルは現職では使ったことがまだ少ないんです。何か新しいものを取り入れることに対する自分自身の躊躇もあり現職ではあまり活かせていなかった。その点、スタートアップは目の前にある使えるものは臆さず取り入れ、有効活用しようという思考回路です。そのスタンスには学ぶものが多くありました。

強い危機感が、新しいものを生み出す原動力になる

-それぞれ、貴重な経験をした様子が伝わってきます。現職の事業共創に何か影響はありましたか?

KDDI・清水さん:株式会社Godotの社長、森山さんの言葉が強く心に残っています。

「変革をしないと死んでしまうという強い危機感。これがない人たちに自分たちの製品を紹介しても絶対に動かない」。

なんとなく良さそうだから実証実験を進めようという企業と、今何かを変えないと数年後に会社がなくなってしまうかもしれないという危機感を持つ企業。どちらをファーストカスタマーに選ぶべきか?という話です。後者の方が、高いお金を払ってでもGodotさんと組みたいという可能性がある。危機感を持っているキーパーソンを探すことが、新規事業創出の近道なのだと学びました。

だからこそ、私自身がスタートアップを社内の人間につなぐ際も、誰につなぐかが肝になる。経営層をはじめとした危機感のある人物を探し出すことが重要なのだと気付きました。

実は、我々KDDI ∞ Laboが生まれた背景にも強い危機感がありました。2011年、ガラケーからスマートフォンへと、急速にお客様の移行が進んだ時期に立ち上げたんです。それまでEZ webという独自のプラットフォーム上でエコシステムを作ってきたKDDIにとって、スマートフォンのプラットフォームは未知の領域でした。ただ、このままではAppleやGoogleに主導権を奪われるという強い危機感があった。そこでスマホ時代の新しいエコシステムをスタートアップと一緒に作ろうとスタートしたのがKDDI ∞ Laboだったんです。

このままでは危ないという危機感から、新しいものが生まれる。自分たちもそうだったんですよね。この気づきはきっと、今後の活動にポジティブな影響を与えてくれるはずです。

自分の才能に気づくことも新規事業のきっかけになる

-原さんはいかがですか? 

川崎重工業・原さん:今、清水さんのコメントを伺って、そういう視点もあるのだと学びになりました。私が考える影響はもっとパーソナルなものです。

製造業はどんな人がやっても等しく同じ品質のものができるよう、仕組み化に重きを置いています。しかし変化が多い今の時代、このままでいいのか、解のない状態が続いています。今回side projectに参加して気づいたのは、川崎重工の社員3万8000人が持つタレントの可能性です。

私の絵を描くスキルもそうですが、side projectに参加した他のメンバーも社外に出たことで自分の持つタレントに気付いたと言っていたんです。たとえば、展示会に向けて段取りをして資料を作り、準備をしただけでものすごく感謝された、と。当たり前のことだと思っていたけれど、自分の経験に価値があると気づいた、と。

3万8000人の従業員には、それぞれ光るタレントがある。周りが気づいてあげるのももちろん大事ですが、何より大事なのは自分で自分のタレントに気づき、会社に売り込んで行ける気概です。そんな気概があれば、きっと会社は変わるだろうし、新規事業も生まれるのではないか。

社内で新規事業を公募するとき、我々がいつも聞く質問は「何をやりたいのか?」です。やりたいことの裏には、その人の強みが隠れている。side projectで外に出て自分のタレントに気づくとその延長線上に川崎重工とのマッチングポイントが見つかり、「こんな新規事業をやってみたい」が見えてくるのではないか。そうなれば新規事業が生まれる可能性はもっともっと高くなる。そんな可能性を感じました。

人を起点に、新しいオープンイノベーションが生まれる期待感


-最後にside project推進による展望や期待について聞かせてください。

KDDI・清水さん:スタートアップとの連携を、全社的な「当たり前」にしたいと考えています。日頃から、「こんなスタートアップがあるので何か連携できませんか」と事業部に話をしていますが、どこか遠い話題なんですよね。未来を見据えることより、来月の売り上げをどう達成するかが大事で、スタートアップとの連携は非常に小さな話題に過ぎない。

しかし、今回のside projectでは20代から50代まで、部署も営業から技術、コーポレートと幅広い層が参加しました。スタートアップと連携する面白さを経験したメンバーが社内のあちこちにでき、仲間が増えた感覚があります。

ある意味、KDDI ∞ Laboの日々の活動よりも、side projectを広めれば今までとは違う切り口のオープンイノベーションが広まっていくのではないか。そんな期待を感じています。今後も様々なバックグラウンドの社員から参加を募り、仲間を増やしていきたいです。

川崎重工業・原さん:当社ではside projectの推進によって、より外に向かって会社が開いていく期待を感じています。これまでは主語が圧倒的に「自分」でした。自分の視点で世界を見ることが当たり前だったんです。それが、スタートアップに行ったことで主語が増えた。

今回のside projectには同じ部署から私を含む4名が参加しました。すると各自が経験した4社分の話題が、会話の中に自然と入ってくる。それぞれが違う世界から物事を見るようになると、少しずつ会社の文化が変わっていくのではないか。そんな期待を感じています。3万8000人の従業員からすると、まだまだ少ない人数ですが、変化や新しい経験に前向きな人材に是非参加してもらい、多角的な視点で物事を捉えられる会社にしていきたいですね。


Fin


㈱ローンディールでは、人材育成や組織開発など、様々な目的に合わせた越境プログラムをご提供しています。自社に合うプログラムをお探しの方は、お気軽にご相談ください。

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