キャリア自律が進んだ未来の組織に、越境人材はどのくらい必要なのか?

人事の領域では昨今、「キャリア自律」というキーワードが多く聞かれるようになりました。人材版伊藤レポートにおいては「個の自律・活性化」のポイントとして、「キャリアを企業に委ねるのではなく、キャリアオーナーシップを持ち、自らの主体的な意思で働く企業を選択すること。(中略)社会人になった後も継続的な学び直し、時代にあったスキルセットを身につけること」と指摘されています。

私達ローンディールは、「越境」という機会を提供することでキャリア自律を支援してきましたが、このキャリア自律は今後不可欠なものになると考えています。現状は「就社」、つまり新卒一括採用・終身雇用を前提としている方が組織の中に多くいると思いますが、今後はキャリア自律した人材の割合が増えていくのではと考えています。一方でキャリア自律を促進していくと、人材が辞めてしまうのではないかという懸念の声もあります。

そこで今回、「キャリア自律が進んだ未来の組織に、越境人材はどのくらい必要なのか?」をテーマに、大企業・ベンチャー・ソーシャルセクター・教育機関などで人材育成に関わるみなさんと一緒に考える「LoanDEAL Round Table」というイベントを開催。ゲストには、リクルートワークス研究所の古屋星斗さん、NTTドコモ スマートライフカンパニー ライフスタイルイノベーション部・部長の笹原優子さんをお招きしました。

「キャリア自律」といっても、会社との関わり方はさまざまです。解像度を上げて議論をするために、当日は人材を「就社型」「社内集中型」「越境型」「ポートフォリオ型」の4分類に分け、それぞれの人材がどれくらいの比率で組織にいると良いのか? を議論しました。

●「就社型」:自社内に限定してキャリアを考え、社外の選択肢を認識していない人材
●「社内集中型」:社外に選択肢があることを理解しつつも、100%自社に集中して業務に取り組んでいる人材
●「越境型」:本業に80%程度軸を置きつつも常に20%くらい社外で経験を積み、学びの機会を確保している人材
●「ポートフォリオ型」:50%程度本業に取り組みつつ、自分の目的に基づいて複数のプロジェクトに参画しているような人材

ー 越境人材の比率によって取れる戦略が変わってくる


原田:
先ほど会場のみなさんに、会社での理想的な「就社型」「社内集中型」「越境型」「ポートフォリオ型」の割合を書いていただいたのですが、笹原さんの回答が、越境・ポートフォリオが半数だったのは意外でした。8割ぐらい「社内集中型」でいくのかなと思っていたのですが。

笹原さん:確かに「社内集中型」はもうちょっと広げたい欲求には駆られましたが、外向き・内向きを半々にした理由は、多様性ですね。

【NTTドコモ・笹原優子さんが描く理想的な比率】

笹原 優子さん | 株式会社NTTドコモ スマートライフカンパニー ライフスタイルイノベーション部・部長
1995年NTTドコモ入社。iモードサービスおよび対応端末の企画、仕様策定にサービス立ち上げ時より携わる。現在はイノベーション統括部グロース・デザイン担当部長として、新事業創出プログラム「39works」を運営。プライベートでは2000年に東京-大阪の遠距離結婚を決めたことをきっかけに、場所に関わらず働ける人材になろうと副業を開始。コンサルティング事業、社会起業家支援を実施。現在はNPO法人ETIC.で「Social Impact for 2020 and Beyond」プロジェクトにプロボノとして参画。2013年MIT Sloan FellowsにてMBA取得。

原田:笹原さんの部署には200人ぐらいいて、50個ほどの事業を見ておられますよね。具体的にはどんな事業なのでしょうか?

笹原さん:主にはエネルギー、セキュリティ、モビリティ分野の事業です。既存事業と新規事業、いろんなフェーズのサービスがあります。

原田:既存事業があるなら、もっと就社や社内集中が多くてもいいんじゃないかと思ったのですが。

笹原:人材の比率は、現状「就社」が4・5割ですが、新規事業にも力を入れていく必要があるので、アイディアを外から持って来られる人、外とつながっている人を増やしているところです。

古屋さん:この構成比によって、取れる戦略が変わってきますよね。

古屋 星斗さん | リクルートワークス研究所
2011年一橋大学大学院 社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、政府成長戦略策定等に携わる。2017年より現職。労働市場のシミュレーションに基づく未来予測や、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。法政大学キャリアデザイン学部兼任教員。大阪商工会議所若手社員キャリアデザイン塾塾長。著書に「ゆるい職場―若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)。

ちなみに僕は、ひとりを独占しない「ハイパーメンバーシップ型組織」という考え方を提唱しているのですが、定義は、「多くの関係社員が緩やかなメンバーシップを感じて、継続的に関係性を保持する」というもの。関係社員というのは、副業・兼業でその会社にジョインしたことがある人や、学生時代にアルバイトしていた人、退職した人など、一時的な関係性はあったけど今は毎日会社に来ているわけではない人を指します。

会社が嫌で辞めた人ではなく、好きなんだけどでも、ライフスタイルやタイミングなどが理由でポジティブに辞めた人とつながっておく。すると、転職マーケットに「こういう人が欲しいです」と訴えるのではなく、関係社員に対して「こんなポストが空いていて、公募がかかってるんですけど、どうですか?」「こんなプロジェクトが立ち上がったんだけど関心ある人いますか?」という声掛けができるようになるわけです。こうしたつながりを活用することも人手の確保においては重要かなと。

イノベーションが必要じゃない組織、企業はもうないわけで、越境をする方々が一定数必要になってくる。でも実際、副業をしている人は7%程度しかなくて、残り93%は「社内集中型」か「就社」なんですよ。

現在、大阪商工会議所で若手社員キャリアデザイン塾の塾長をやってるんですが、中小企業の方にとっても大手企業の方にとっても外を見ることの意味ってすごい大きくて。「自分って結構いけるじゃん」「いい経験できているじゃん」「自分の会社、めっちゃいい制度持ってるじゃん」と気づく。「就社」の人のキャリアには、こうした経験がないことがリスクになる可能性はあるんじゃないかなと思ってます。

笹原さん:これまで一生懸命やってきて、外があることに気づいていない人も多いのかもしれない。私はメンバーに「次のキャリアでどんなパーツがあるとより魅力的なのか」「そもそも今、どんなパーツがあるのか棚卸ししましょう」っていう話をしていますね。

原田:外での経験をどれぐらいの人がすると組織のバランスが良いのか、というのが気になります。外を見た経験がある人はハッと気付かされるけれども、その経験がない人だけの部署もありますよね。最近は副業解禁が広がってきていますが、人事の方から「解禁してゲートを開けたのに、誰も出ていないっていうケースがある」と聞きます。

原田未来 | 株式会社ローンディール 代表

笹原さん:私は会社で最初の挨拶のときに、社員に対して「私も副業しているので、していいですよ」って言います。転職の方も3割くらいいますしね。

原田:ただ、入ってくる方の中には、ある意味「ヤドリギを変える」というスタンスの方もいらっしゃるのかなと。転職したら別の場所を知るという意味では一歩進んでいる気はしますが、1回転職していれば「自律」という捉え方も危ういんじゃないかなという気もしました。

笹原さん:転職でもマインドは「就社」かもしれないってことですよね。そういう方もいるでしょうが、「就社」が悪いことではなく、「ずっとそこに居続けたい」という場所が変わってくるのは自然なことなのかも。

ーそもそも 「仕事はひとつだけ」に違和感


原田:
ここからは、参加者のみなさんのご意見も伺っていきたいと思います。みなさんには事前に理想的な4分類の比率を書いていただき、グループディスカッションしてただきました。まずは「就社型」をマジョリティーに書いた東洋製罐グループ・三木さんにぜひその背景など教えていただければと思います。

三木さん:私は「就社」を6割にしました。弊社は東洋製罐グループという缶やペットボトル等の容器を作っている会社ですが、我々が製品をこれまでのように作れなくなると関係各所や世の中に大きな影響がでてきます。外にも魅力的な会社・仕事が多くありますから、越境人材が増えすぎると留めておくのは難しく、流動的な人材で今の品質や安全性を担保するのは難しいんじゃないかなと。また、日本全体で考えた場合でも仮に越境する人が9割になったときに、日本の社会は本当に成り立つのか、という課題提起も込めて6割にしました。

三木逸平さん | 東洋製罐グループホールディングス株式会社

原田:「就社」の方々の存在が、事業の持続可能性に重要ということですね。確かにそのような視点も重要ですね。ありがとうございます。古屋さんは、みなさんの議論から何か気づきはありましたか?

古屋さん:先ほどみなさんの回答を見てひそかに数えさせていただいてたんですが、「就社」と「社内集中」をあわせて半数を上回ってる方は2割程度しかいなかったんです。これは意外でしたね。

みなさんの対話で興味深かったのは、「越境」というと副業や社外活動をイメージされると思うんですが、「日常の越境場」という概念もあって、「職場の中でも越境がデザインできる」という。これはとても大事なことで、どうやって社内に越境的な場を作るのか、オフィス作りやコミュニティ作りの観点でもっと考えられるんじゃないかな、と思いました。

原田:ありがとうございます。では、アルムナイの支援をしていらっしゃるハッカズーク代表の鈴木さんいかがでしょうか。

鈴木さん:我々のようなスタートアップの場合、今の状況と、たとえば数年後に社員が100名を超えた場合では変わるんですね。今はやることがわかってるので、「一気に社内集中に寄せよう」ということで90%が「社内集中型」でやっていますが、今後は社員が100名ぐらいになるまでは70%が「社内集中型」、20%が「越境型」、10%が「ポートフォリオ型」がいいなと思っています。でも社員が300人、500人になったときに「越境型」と「ポートフォリオ型」を合わせて30%も必要かというとそうではなく。企業のフェーズによって違うというのは面白いと思いました。

鈴木 仁志さん|株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO

原田:組織がアクセルを踏んで成長していくときに「外見てる場合じゃない、みんなでアクセルを踏んで行こう」みたいな時期は確かにありそうですね。では、大学に通いながら、ヨココネクトというベンチャーを創業されている落合さん、いかがでしょうか。

落合さん:自分は中学生や高校生の頃、学業と部活動を両方やっていましたし、今も大学の授業に行きつつバイトに行き、さらに学生団体など2つの代表をやっています。そこで素朴な質問なのですが、学生生活までは複数のことに取り組むのが当たり前なのに、どうして就職したら一気に「就社」という選択になってしまうのでしょう。

落合 佑飛さん | ヨココネクト合同会社 代表

古屋さん:不思議ですよね(笑)。理由は2つで、労働契約が職務専念義務を前提としていること。もうひとつは本業が忙しくて、ひとつしかできなかったんじゃないでしょうか、当時は。今は労働時間が大きく減少してますが、それを今も引きずっている。

笹原さん:本業に当たり前に時間を取られたり疲れたりするので、私も最初は「仕事はひとつだけ」と思っていました。でも、会社でも活かせて、転職しても活かせるスキルを身につけたいと思うようになり外に出たんですが、給料をもらってるからには会社の仕事も全うしないといけない。よく本業と副業の割合を「8対2」という言う方がいますが、私にとっては「10対2」でして(笑)。若かりし頃はヘトヘトでした。越境をする人には、そういう人が多い気がします。

原田:最近僕らも「20%だけベンチャーで働きましょう」という side projectというプログラムをやっているんですけれども、やはり笹原さんのように「10対2」になりがちなんですよね。でも慣れてくると重なる部分が見つかってきて、10対2じゃなく、実は1くらいは本業と副業先でのインプットが重複してくる。今後そういうノウハウが溜まってくると、「絶対1回は就社しないといけない」という思想ではなくなる日が来るのかもしれないですね。落合さんいかがでしょうか。

落合さん:自分は1年遅らせて就職活動をしようと思ってるんです。なぜかというと、今はベンチャーをやっていますが、同じ時間でもっと仕事をこなせるような事務能力が欲しいので、企業に武者修行に行こうと考えています。そうなったときに、自分には最初から「就社」という選択肢はないので「10対2」という働き方になることが決定的だな、と今のお話を聞いて感じました。

原田:ありがとうございます。最後に古屋さん、笹原さんから一言ずつお願いします。

古屋さん:今日はありがとうございました。これまで自社から外に出る越境人材の話をしてきましたが、人材を外に出すだけではなく、受け入れる団体も必要なわけです。ぜひ、皆さんの組織で、副業・兼業・越境人材を受け入れる、そちらの視点でも考えていただけると良いかなと思います。

笹原さん:私は、みなさんの多様なお話を伺えて、これから日本が面白くなりそうだなと、とても楽しみになりました。本日はありがとうございました。

原田:ありがとうございます。今日は人材を4分類に分けて考えてきたわけですが、当然ビジネスモデルや事業フェーズによって理想的な状況は異なり、正解はありませんよね。自分たちの組織がどうあるべきか、議論しながら理想的な組織に近づけていけるとよいですね!

会場のディスカッションの様子

ー 教育機関・ベンチャー・大企業、それぞれの立場から考える理想の比率とは?

イベント終了後、当日参加いただいた異なるセクターの方々に、4分類の理想的な構成比率とその背景を伺ってみましたので、一部をご紹介します。

お読みいただいているみなさんも、ぜひこの構成比を社内で議論してみてはいかがでしょうか?

Fin


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Report:渡辺裕希子
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール

※ 2023年11月に開催した「Round Table」の一部を要約したものです。情報は当時のものです。

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