「わかりあえなさ」を認識し、それでもつながることが個人の自律を育む

 

私たちは会社における役割として、はたまた個人として、相手ととどう向き合うべきなのでしょうか。

「つながりの中には『わかりあえない』という形だってある。大事なのは共感不可能性の共感」。そう話すのは、これまでに3,700人以上のホームレスの自立を支援し、牧師としても多くの個人と向き合ってきた経験を持つ認定NPO法人抱樸 理事長・奥田知志さん。多様性が重視される社会の中で、私たちはさまざまな年代や価値観を持った人と、共にひとつの組織で働いています。昨今では「キャリア自律」が不可欠なものとなり、働き方がますます多様化し、同じ組織の中にいても「わかりあえない」、そんな経験も増えてきているのではないでしょうか。しかし、より良い組織を実現するためには、そこで働く一人ひとりとの関係性が大事になってきます。

そこで今回ローンディールでは、キャリア自律が進んだ未来の組織のあり方を、大企業・ベンチャー・ソーシャルセクター・教育機関などで人材育成に関わるみなさんと一緒に考えるイベント「LoanDEAL Round Table」を開催。ゲストに、「1on1」をヤフーで取り入れ、事業の成長につなげることに取り組んできた第一人者・本間浩輔さんと、認定NPO法人抱樸 理事長・奥田知志さんをお招きし、個と個の向き合い方について参加者のみなさんと対話しました。

ー「あなたを見ているよ」と伝えることに価値がある

笠間:会社組織における「個人との向き合い方」というテーマに、あえて全く違う領域で活動されている奥田さんをお招きしたのは、奥田さんのホームレスの方々との向き合い方に感銘を覚えたからです。奥田さんがどのように個人と向き合われてきたか、ぜひご紹介いただけますか?

奥田さん:35年間、ホームレスをはじめとする生活困窮者の支援のなかで、その人には「誰が必要か」ということを考え続けてきました。福祉の世界は、「何が必要か」「どんな支援が必要か」ということが中心にあります。

しかし、ホームレスの方に仕事や住居を提供しようとしても「ほっといてくれ」と拒絶されることがあります。すでに人生に絶望していて、立ちあがる「その気」や「欲」がもうないんですよね。こんなふうに「内発的な動機」が潰えた人がもう一度立ち上がるには「外発的な動機」が必要だと思っています。つまり、人とのつながりの中で与えられる動機です。本人が自分の人生を諦めても、その人の人生を諦めない人がいることが重要なんです。それが「誰が必要か」という部分です。

この「誰が必要か」という考えは、従来の福祉の概念ではあまり扱われてきませんでした。自己責任論が強い今の社会では「ホームレスになったのはその人のせい。自業自得だ」とする考え方が強くあります。しかし、人と人との関わりが薄くなった。その結果として社会全体の力が弱くなっていったのではないかと思うんです。

奥田 知志さん:認定NPO法人 抱樸 理事長
北九州市を拠点に生活困窮者支援を行うNPOを運営。これまでに3,700人(2022年3月現在)以上のホームレスの人々の自立を支援し、牧師としても多くの個人と向き合ってきた経験を持つ。認定NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師。1963年生まれ。関西学院神学部修士課程、西南学院大学神学部専攻科をそれぞれ卒業。九州大学大学院博士課程後期単位取得。1990年、東八幡キリスト教会牧師として赴任。同時に、学生時代から始めた「ホームレス支援」に北九州でも参加。事務局長等を経て、北九州ホームレス支援機構(現 抱樸)の理事長に就任。

 

笠間:本間さんにお伺いしたいのですが、ここまでのお話を聞いていただいて、企業の1on1と通じる部分というのはありますでしょうか?

本間さん:もしかしたら企業で行う1on1も「あなたを見ているよ」「大切に思っているよ」ということをちゃんと伝えることが重要なのかもしれませんね。今は特にテレワークが普及し、オンラインコミュニケーションの中で部下も不安があると思います。そういう中でも、ちゃんと上長が自分のことを見てくれていると安心感が生まれます。

もっと言うと、本当はそれだけでいいのかもしれませんね。その中にコーチングやティーチングなど、いろんな要素を入れて考えてしまうと、本来やりたいと思っていた1on1の本質から遠ざかってしまうのかもしれないと感じました。

本間 浩輔さん:Zホールディングス株式会社 シニアアドバイザー
上司と部下が個々で対話をする「1on1」という手法を約10年前にヤフーで取り入れ、事業の成長に繋げることに取り組んできた第一人者。1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。コンサルタントを経て、後にヤフーに買収されることになるスポーツナビ(現ワイズ・スポーツ)の創業に参画。2002年同社がヤフー傘下入りした後は、主にヤフースポーツのプロデューサーを担当。2012年社長室ピープル・デベロップメント本部長、人事担当執行役員、コーポレート管掌常務執行役員などを経て、2019年Zホールディングス執行役員、2022年退任。神戸大学MBA、筑波大学大学院教育学専修(カウンセリング専攻)、同大学院体育学研究科(体育方法学)修了。2023年7月より、ローンディールのアドバイザーを務める。

 

笠間:相手につながりを感じてもらうことが重要ということですね。さらにお聞きしたいのですが、つながりが生まれることによって自分の中に相手の視点が増え、相手の視点と自分の視点を行き来できるようになるのではないでしょうか。それが個人を変化させると思うのですが、いかがでしょうか。

笠間陽子 | 株式会社ローンディール プロデューサー

奥田さん:今一緒に活動をしている仲間で92歳の方がいるのですが、この方は昔放火を繰り返し、合計11回、52年間刑務所に入っていたんです。そして、私が11回目にして初めての引受人になりました。当時「どうしたら放火をやめるだろう?」と専門家を集めて試行錯誤したのですが、治療的なアプローチではすっきりしない。そこで、質より量で、とにかくその人に対する関係者を増やしていきました。すると、人のつながりがどんどん増えていく中で、「放火」という要素が相対的に小さくなりました。周囲との関係によって、この方の中に「他者性」が生まれたのです。そして、「放火をしたら周りが悲しむから、できんな」って言うようになったんです。

今、その方には炊き出しのお茶配りの仕事をしていただいていますが、一生懸命やってくれます。困ったときに「助けて」言うことができて、「どうした?」と言われることで自尊感情が生まれます。しかし、それだけでは足りないのです。人間は誰かから「助けて」と言われ、自己有用感を持つことが重要なのです。「助けて」と言う、「助けて」と言われる、その組み合わせが人を元気にするのだと思います。

ーつながりの中には、「わかりあえない」という形だってある

笠間:ではここから、企業における個人との向き合い方を考えていきたいと思います。最近、「個人がどう自律していくか」がしばしば話題にあがります。「自律」についてどうお考えでしょうか?

本間さん:難しい概念だと思います。「自律しろ」と会社に言われて自律するのか?というと疑問だし、じゃあ言っている人事は自律できているのか?というとそうでもない場合が多い気がします。社員と会社の健全な関係を考えるうえでは、ただ自律を叫ぶのではなくそもそも何を目指しているのか、一度しっかり考えないといけないと感じますね。

奥田さん:困窮者支援の現場で言うと、国が行う支援はもっぱら「自立」、憲法第25条の「生存権」です。まず自分で立って、生活できるように支援するという考えです。でもその先の「自律」、つまり自分を理解し、自分のことを決め、自分の物語を生きていくという憲法第13条の「幸福追求権」までを考えることが、本来は重要だと思います。

就職について考えても、自立だけを見ていると就職が「目的」になってしまう。そうではなく「何のために働くか?」を考えないと人生は面白くありません。本当は「自立」とその先にある「自律」はセットであるはずなのに、どうも社会システムでは「自立」に終始してしまうように思います。そしてこの「自律」には、先ほどお話しした他者性、つながりという要素が欠かせないとも思います。

笠間:「企業においてどんなふうに働くか」に良し悪しや序列はありません。しかし、いったん社員の自律を重視すると、たとえば「外のネットワークを持っている人の方が、自律している」「自社一本でキャリアを歩む人は、世界が狭く自律できていない」といった解釈が生まれ、対立を生む可能性があるように感じます。この「自律がはらむコンフリクト」について、お考えを伺いたいです。

本間さん:コンフリクトが起こるなら、まだ健全だと思います。おそらく多くの企業はそこまで行っていなくて、誰かが越境学習にいくと聞いても「ふぅん、いいんじゃない。でも別に自分はいいや」と無関心な状態なのではないでしょうか。コンフリクトが起こるなら、互いに「こう思う」と議論している状態なので、前進していると感じます。

この無関心な状況も含めて「自律していない」と言ってしまうこともできるとは思いますが、そういう状況を作ったのは社会にも要因があります。そのため、そういう人に対して「何で自律しないんだ!」と言ったところで議論がずれてくるような気がしました。

奥田さん:先ほど「自律にはつながりが必要」とお話ししましたが、これを「相手と相互に共感すること」と考える人は結構多いんです。共感する、分かり合える、といった考えです。しかしホームレス支援の現場では「大変でしたね、わかりますよ」と共感の姿勢を示した時、喜ぶ人ばかりではありません。「お前に何がわかる!」と怒る人ももちろんいるんです。

私が言いたいつながりというのは、この共感不可能性、「わかりあえなさ」も含めたものなんです。「自律するにはつながりが大切で、それは共感し理解しあうことだ」と強制されると、まずいことになります。これはまさに、自律に必要な「つながり」という概念がはらむコンフリクトだと思います。だから私は「共感」をつながりの前提にしません。

「わかりあえないというつながり」もある、「共感不可能性の共感」という言葉を大切にしています。これは、人間はそれぞれ違うという「尊厳」を理解することでもあります。相手を支配できないし、してはいけない。「わかりあえる」と支配する方向に行ってしまうと、現場で様々な問題が起こりますね。

  ー「共感できない」という前提で相手への想像力を働かせる


笠間:ここからは、参加者の皆さんと意見交換したいと思います。ご質問や感想がある方はお願いします。

【質問:「共感不可能性の共感」という言葉が、とても良い言葉だと思いました。この認識を持つことが、いい会社にもつながると感じます。一方で「私たちは共感できないよね」と認識することは、感情的に辛い部分もあると思います。どうやってこの「共感不可能性の共感」を育むと良いのでしょうか?】

奥田さん:まずそれぞれに違う人間であるということ、相手の領域には入れないし、入らないことが尊厳を守ることだということを、よく理解するべきだと思います。

またよく聞く「氷山モデル」のように、その人の今見えている姿は海の上に現れたごく一部で、見えていない水中に大きな氷山があると想像力を働かせることも重要です。共感不可能性に共感した上でも、隠れた部分への想像力は常に働かせておきたいですよね。

本間さん:非常に本質的な話だと思います。「『共感できない』という前提で僕らは会社に集まっているんだ」と理解することなんでしょうね。だからときには厳しい評価をしなきゃいけないし、ときにはあなたのことがわからない。でも「僕らは仲間だよね」ということが重要な気がします。

結局、会社や上司は部下の人生の責任は取れません。家族ではないし、一生面倒を見るわけでもありません。だけど、今一緒に仕事をしているんだから、それぞれに自分の責任を果たそうよ、くらいの感覚でいるのが良いのではないでしょうか。

【質問:社員30人ほどのベンチャー企業を経営しています。様々なメンバーがおり、ときにはぶつかることもあります。ずっと「どうにか調和を取りたい」と考えていましたが、最近はむしろそういった矛盾をそのまま抱え、「いろんなタイプの人がいていい組織なんだよ」と社員に伝えることの方が重要ではないか?と考えるようになりました。それが結果として強い組織、ダイバーシティを受け入れる組織につながるんじゃないかと思っています】

本間さん:すごくわかります。人数が増えていくと、この課題はどんどん大きくなると思います。人はすぐ他人と比較をしますが、比較しなくて良い組織にするにはどうしたらいいか、まさにダイバーシティ&インクルージョンの「インクルージョン」の部分をどう実現するか。規模が大きくなる中で比較ではない組織をどう作っていくか、腕の見せどころですね。頑張ってほしいです。

ーつながりを作るために、個人もしっかりと責任を果たすという意識が大切

【質問:会社では「自律」と「主体性」という概念が混同される印象があります。自律は「自己選択をして納得感を高める」といった概念だと思いますが、会社における「キャリア自律」は「会社のために主体性を出そう!」「自律していないから主体性がないんだ」といった前提で語られる気がします。本来なら、本当にその人が幸せになる選択ができるよう、会社が支援できると良いと思うのですが…】

本間さん:言葉はとても大切ですよね。「そもそも人事の仕事って何だろう?」と考え、人事がしっかりとした哲学を持たないと、どうしても言葉も概念もブレていくのではないでしょうか。企業は儲けを出さなければならないので、ときにはその哲学に反することもあるかもしれないけれど、そもそも哲学としてどこに立つのかを考えることは重要です。そのために、今日のテーマのような「そう簡単には答えが出ないこと」をちゃんと話す機会を持つことが必要なのではないでしょうか。

【質問:お二人の話を聞いて、共通点は「ホームレス」だと思いました。社会の中で孤立しているのか、社内で孤立しているのかの違いであって、「つながりがなくて困っている」という点では共通していると感じます。この孤立が生まれる背景には、自由競争が激化し、常に序列のなかで戦わなければならない社会構造があると感じるのですが、いかがでしょうか?】

本間さん:鋭い指摘だと思います。社会構造が働く人にも影響を与えているのは間違いない。ただ僕は、会社も捨てたもんじゃないと思っていて、評価とか成果を超えたところで助けてくれる人がたくさんいる。そこで、つながっていくことが重要だと思います。

もちろん社会の影響ということもあると思うけれども、個人の側にもやらなきゃいけないことはあると思います。「助けて」という勇気が必要です。これは1on1も同じです。

たとえば企業で1on1が成立するためには、上司だけじゃなくて部下もそれなりの覚悟がないといけない。「とりあえず上司と話すか」ではなくて、自らフィードバックを取りに行ったり、自分の人生を歩む中でどうしたいのかという足腰を持っていてほしいです。人事だけでなく双方にやらなきゃいけないことがあると思いますね。

奥田さん:自己責任論社会は確かに問題で、社会に分断を生み出した原因です。ですが、僕は「自己責任」という言葉自体は大事にしてるんです。「自己責任を取れる社会、ちゃんと競争ができる社会を作ろう」とずっと言ってきました。自己責任をすっ飛ばして、自分の困難を「社会の責任だ!」と言ってしまうと、根本を間違えると思います。

問題なのは、今の社会の「競争」が一歩間違ったら死ぬような、セーフティーネットがない状況にあることだと思います。自分の言ったことに責任を取るのは当然です。ただ、挑戦して失敗したときに死なないような社会を作っておきたい。そういう意味では、私は自己責任も競争も頭ごなしに否定するつもりはなく、ちゃんと競争させてほしい、そのための社会保障の仕組みを作っておきたい、と思いますね。

もう1つ、成長には2種類あると思います。1つは「縦の成長」で、その人の能力を高めていくもの。経済や会社ではこの成長が重視されます。それも重要ですが、私が見てきた人たちには、虐待を受け学校に通えていないなど、ベースがないため縦の成長が難しい人がたくさんいました。でも彼らは、つながりをどんどん増やして横に成長していくんです。縦の成長だけで固められた社会に生きていると「自分で頑張って次のステージに行かなければ」と思い込んでしまうけれど、それ以外の成長の方向もあるんです。今後の日本経済は、縦の成長はもう難しく、一定の幅の中で移行していくと思います。そんな中で、上にいく成長だけでなく、視点を変えて「横の成長」にも価値を見出せると良いのではないでしょうか。

笠間:本間さん、奥田さん、ありがとうございました。複数のつながりを持っていることが個人の幸福度につながるという研究もあるようですが、まさに「横の成長」ということなのかなと感じました。共感不可能性を理解しながら、それでも会社という場所に集まる仲間であるという意識やつながりをどのように育んでいくのか、ぜひ皆さんと一緒にこれからも考えていきたいと思います!

Fin

 

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協力:認定NPO法人抱樸
レポート:大沼 芙実子
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール

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