「トヨタ自動車のマネージャーと考える『中間管理職に意志は必要か?』」-オンラインイベントレポート-
大企業の人材育成手法のひとつとして、一定期間ベンチャー企業の事業に参画させる「レンタル移籍」というプログラム。大企業の中間管理職という立場でありながら、2020年1月からベンチャー企業に移籍し、経営者の側で働くトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)の桑原正明(くわはら・まさあき)さんをお招きし、「中間管理職に意志は必要か?」をテーマに、オンラインイベントを開催しました。大企業からベンチャー企業に移籍して半年、「意志」を持って仕事する意義を体得した桑原さんが感じていること、トヨタに何を持ち帰って還元したいと思っているかなど、率直な思いを伺ってみました。
(左上:進行=ローンディール・及川静香、右上:ローンディールCSO(最高戦略責任者)・細野真悟 中央下:トヨタ自動車株式会社 桑原正明氏)
ー新規事業が生み出せない……仕事人としての葛藤
ーーまずはゲストの桑原さんから、自己紹介と、レンタル移籍に挑戦した理由をお話してもらいました。
2003年にトヨタに中途入社し、衝突安全性能の研究・開発に携わった後、2019年から、先進プロジェクト推進部で車両企画を担当していました。プライベートでは、農業、里山づくりや食育活動など、まちづくりの企画・運営活動を行っていて、自分の思うように、順風満帆にやってきたんです。その一方、仕事では、新規事業の提案に落選し、落ち込んでいました。「新しいことを生み出す」ということでは、まちづくり活動も同じなのに、仕事ではうまくいかない。自分に何が足りないのかがわからなくて、本もたくさん読みました。本には「壁打ちをどんどんしなさい」「経営者視点でまとめて提案していきましょう」「カンパニーフィット(既存事業とのマッチング)を考えて」といったことが書いてありましたが、答えは見つからなくて。外に出れば、本には書けない何かがあるのではないかと思い、レンタル移籍に手を挙げました。
ーー移籍したベンチャー企業での業務やカルチャー、大企業との違いは?
移籍先のエレファンテック株式会社(以下、エレファンテック)は、2014年1月に創業し、八丁堀に工場をかまえる社員40名ほどの会社です。「新しいものづくりの力で、持続可能な世界を作る」をミッションに、印刷によって電子回路を製造する独自技術の開発、製造サービスの提供を行っています。私は、車載系の部品に印刷回路技術を載せるための営業戦略の立案や、エレファンテックの技術を生かした新規事業開発に取り組んでいます。
エレファンテックでは、徹底的に無駄を排除して最高の効率で働き、1人1人が自ら意思決定ができるようにルールや情報格差を失くし、間違っていると思ったら、相手が誰であっても声を上げる、といったカルチャーがあります。トヨタにいた時とは、仕事の進め方が全く違うんです。そのような中で、ベンチャー企業ならではのスピード感は体得できていると思いますが、新規事業を自ら進め、拡大していく力はまだ身に付けられていないと感じています。
ーー桑原さんがイメージされていた、ベンチャー企業とのギャップはありましたか?
ベンチャー企業に対しては、経営者の人が熱意を持っていて、それに社員がついていくというイメージを思い描いていました。行ってみたら全然違うんですね。メンバーそれぞれが自分の担当業務を超えて、「ここはこうすべきだ」といった持論をちゃんと持っていて、それを会社にぶつけていく。みんな熱量があるというのが一番の驚きでした。
ーーメンバー全員が高い熱量を持つ組織に飛び込んだ桑原さんが、自分の行動として変えたことはあるのでしょうか?
皆さんの熱量に負けないよう、自分はこの会社をどうしたいとか、この商品をどうしたいとかを考えて発信し、自分を知ってもらうよう、こいつも熱量あるぞと思ってもらえるように必死に食らいついていきました。服装も変えましたね。直属の上司にあたる副社長に初日から「自分を崩すことから始めてください」と言われたんです。スーツを来ていたら、「大企業の偉そうな人が出てきた」と思われて、特別扱いをされる」と。スーツも脱ぎました。
ー長年染み付いた既存事業のセオリー……トヨタマンとしての葛藤
ーー服装や行動など、意識的に変えたこともある一方で、ベンチャー企業に行ったからと言って、変わりたくても変われない部分もあるのではないでしょうか。そんな問いを投げかけ、メンター※を務める細野とのパネルディスカッションにうつっていきました。
※メンターとは:レンタル移籍の期間中、レンタル移籍者が移籍したベンチャー企業で成長・活躍できるよう、週次報告や1on1などの対話を通じてサポートする伴走者。株式会社ローンディールが提供するレンタル移籍プログラムのサポート体制のひとつ。
桑原さん(以下、桑原):最初の頃、副社長に新規事業の話をすると、考え方が違うと言われました。自分で「こうだろう」と想定した動き方、つまり、トヨタで実践してきた、PDCAをまわして動くことが、いい意味で染み付いていました。でもエレファンテックではそれが通用しない。「そもそも目の前にないことをやっているのに、予測するって何なんですか」「そんな時間があったら、外に自分の考えを持っていってぶつけてみてください」と、今もずっと言われ続けています。仕事の進め方が、既存事業の進め方のセオリーに従っていて、新規事業の進め方が自分の中で腹落ちしていないんですね。気づくと元々の仕事のやり方に戻ってしまう。そこに戻らないくらい、新規事業にどっぷり漬かってみる、が今やらなければならないところだと認識しています。
細野:車載系の部品にエレファンテックの技術を載せていくという業務は、従来の、計画して攻略して……というやり方が通用するし、成果が出やすいところ。桑原さんはここでエレファンテックに非常に有り難がられているのは事実です。一方で、新規事業は、プランを立てるためにまず動かなければならない。何をゴールとし、どうするかを決めてからでないと動けない桑原さんは、いいからプランをするために動けと言われてもできないと苦しんでいるようですね。
桑原:はい、副社長からも、同じことを言われています。「自分のやりたいことをもっと発信しなさい」「もっと外に出て色々なものを見なさい」「自分の興味のあることのプロと出会いなさい」といったアドバイスもいただいているのですが、なかなか言われたことができていないですね。
ーー逆に、トヨタでの経験をベンチャー企業で活かせたことはあるのでしょうか。
桑原:大きく3つあります。1つは、トヨタらしいと言われるところで、仮説を立ててからお客さんに見てもらうというPDCAに基づいた進め方。2つ目は、効率よくいい製品を出していく、TPSというトヨタ生産方式の考え方。エレファンテックは、生産設備は持っているので、より良いものづくりについて話をすることがありました。3つ目は、組織の考え方。エレファンテックはいま拡大期にあり、私が移籍開始した1月の頃は20名だった社員が今は40名に倍増しました。初めはそれぞれが業務範囲を持たずに動き回っていたのが、事業部制になり、フラットだった関係性に上下関係ができ、承認ルートが決まるといった組織化が起こっています。今までのやり方に慣れ親しんでいる方には抵抗感もあると思いますが、大きな組織の良いところ悪いところを説明しながら、組織化というところに貢献しているかと思います。
ー中間管理職に意志は必要か? トヨタ復帰後にどう動くか
ーー「中間管理職に意志は必要か、を改めて聞きたい」という参加者からの質問をきっかけに、今回のイベントの本テーマに迫っていきました。
細野:移籍開始前は、「意志」はどの程度あったと自己判定されていますか?
桑原:どこに意志を持つかという話だと思います。中間管理職として「新規事業を立ち上げたい」とう意志はあったと思います。ただ、組織のアウトプットの最大化、効率化、カイゼンだというところを意識して、自分の意志は、人を育てたいとか、良いチームにしたいといったほうに重きを置いていました。自分が新規事業を引っ張るぞという意識は、ちらっとは持っているものの、前面には出していませんでしたね。
細野:いいチームにしたいとか、新規事業を興したいというのは、意志というよりはやる気のような話かと思います。もう少し具体的な、自分はこれがしたい、という強い意志があったのかというとどうですか?
桑原:言いにくいですが……明確に自分はこれをやりたいと言えていたかというと、ありませんでした。
細野:中間管理職って、会社や部の方針をちゃんと解釈してメンバーをよく動かせと言われるじゃないですか。それに対し、合ってようが合ってまいが、自分はこうであるという意志、willはあったのですか? それが必要かどうか、外に出てみてどう感じたのかということを皆さん知りたいはず。だから移籍前はどうだったのかということを改めて教えてください。
桑原:ゼロではないが、弱かったです。会社の方針、部の方針があって、どんどん降りてきて、自分の担当業務に近い方針が示された上で、それに対して自分がどういうことを達成するか。それはwillなんですが、そうではなくて、会社全体をどうしたいかという、もう一段、二段と視座をあげてどうしたいか。それは求められてはいたが、やれていたかというとやれていませんでした。そういう意味では意志は小さかったかなと思います。
細野:エレファンテックに行って、どう思いました?
桑原:まず、「こうしましょう」という方針は出ないんです。あなたどうしたいの、と。いま目の前にある課題に対して、あなたどうしたいですか。自分がこうしたいと言わないと動かない。そのためにこれだけお金を使わせてください、こういうお客さんに訴えさせてください、と自分で決めていく。とにかく自分の意志がないと、何をしにここに座っているんですかという状態になる。だから、もう移籍開始して2日目、3日目から、自分はこの会社にいて、ここにある技術を使って何がしたいんだろうということをとにかく考えました。
細野:方針を出してくれよ、とはならなかったのですか?
桑原:そういうカルチャーなんです。我々のミッションとして、「新しいものづくりで世界を変えよう」というゴールは決めてあります。世界に誇れる技術はあります。そのためにあなたは何しますか。その課題をどう達成するか自分で考えなさいと。
細野:そうしてwillを問われ、自分のwillを作ろうとしている桑原さんが、そのやり方でトヨタに戻った時を考えてみてください。トヨタとしては方針を出してるから、自分だけのwillでいいと思っているのか、そこは変えていきたいのか、どうお考えですか?
桑原:それは変えていきたいと思っています。上の方針が決まったからその通りにではなく、本当にその方針でいいですか、という疑問から始めなければと。その上で、自分はこうしたい、こうするべきだということが決めて、それが会社の方針と一致していれば、従来の仕事の仕方でいいと思うが、必ずしもそうではない場合がある。だから、トヨタに戻っても、大きな会社のミッションに対して自分が何をするべきか、意志、willを持たなければならないと思います。
細野:とても素直な回答ですが、実際に戻った時に障壁に感じるようなことはないでしょうか?
桑原:正直に申し上げると、今まではまわりを気にしすぎていた自分がいました。今はあまり周りも気にならないし、とにかく思ったことを言って実証してみるようになりました。それができて自信がついてきたのだと思います。声をあげてみることから始めたいと思います。
細野:今エレファンテックではいちプレイヤーとして動いていると思いますが、トヨタに戻って中間管離職という立場であっても、続けたほうがいいと思ってますか?
桑原:思っています。自分を見て、あの仕事の仕方いいな、あれだけ熱量を持って仕事できるのは面白いなと思ってくれる人が出てくればいいなと。それが結果的に、新規事業を作り出す上で重要だと分かってきたので、そういう人を増やすために行動していかなければならないんだと感じています。
ーー意志を持つ=自主的に動くということだと思いますが、自主性を出すためには、心理的安全性が大事なのでしょうか。
桑原:心理的安全性は捨てたほうがいいかなと(笑)。安全サイドを求めていたら、自主性なんて出てこないなというのが本当の学びです。本当にどうにもならなくなったら、安全サイドにどう逃げられるかを考えますが、今のところ崖の上から落とそうとする人はいないと分かったので(笑)。
細野:私も背中を押しながら、最後は支えようと思って待ってますから、思いっきりチャレンジいただいて大丈夫ですよ。
ーQ&A
ーー当日、参加者の方から上がった質問に、桑原さんや細野が回答した内容をお届けします。
Q.社員の熱量が高いという話がありましたが、入社時から高いのか、熱量が高くなる仕組みになっているのか、どちらなのでしょうか?
桑原:最初は立ち上げから関わっているメンバーが多くいて、その人たちは最初から熱量が高めでした。この4月に新しく入ってきた15〜16名人は、最初からではないが、元々いるメンバーに刺激を受けて「変わらないとまずい」と気づき、熱量を上げてきています。なんだろうこの熱量……というくらい、明らかに熱量が違うので。
Q.今得ているモチベーションは、トヨタに戻ってどうやって発揮していきますか?部下への教育方針なども含めて聞かせてください。
桑原:他の会社で新規事業をやっている人の話を聞いていると、新規事業をうまく立ち上げていくための人の育て方にも特徴があると感じていて、そういうところにも関わりたいです。入社した人が配属されて新規事業やろうといっても難しい人もいる。従来の仕事の仕方が得意な人もいる。そこを分けながら、この人はどういうことをしたい人かをタグ付けして、適切な人材配置や組織作りにも活かしていきたいと考えています。
Q.トヨタから離籍は考えますか?
桑原:考えません。トヨタでこれだけ研修させてもらって、その結果をどうフィードバックできるかどうかだと思っています。トヨタの職場を変えてきたい。戻ってきてよかった、と言われたい。何を学んできたんだんと言われないように1日目から行動していきたいと思っています。
Q.戻った後のポジションが用意できなければ、トヨタから離れてしまうように思いますが、トヨタとはどのようにコミュニケーションを取っていますか?
細野:細野が1on1でメンタリングをしながら、今の状況や課題感や、戻った後どう接続するかということを見立て、1on1レポートとしてマネジメントの皆さんにお送りしています。そこでコミュニケーションを取りながら、この後の成長目標や課題をどう捉えるか、随時コミュニケーションを取るということを、ローンディールのサポートとしてやっています。
桑原さんのレンタル移籍期間は2020年12月まで。残り数ヶ月で慣れ親しんだ既存事業のやり方から脱却し、新規事業を生み出すことができるのか。そして、トヨタに戻った後に、自らの意志をもったマネジメントを実践することができるのか。これからが楽しみです。
Fin
協力:トヨタ自動車株式会社・エレファンテック株式会社
レポート:黒木瑛子
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社97名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年7月実績)。→詳しくはこちら