レンタル移籍で課長が不在に!?残されたチームに何が起こったのか?

「課長がレンタル移籍で不在にした期間、むしろチームにとって良い変化が生まれていました」。そう語るのは、大日本印刷株式会社(以下DNP)のあるチームの皆さんです。

「レンタル移籍」は、一定期間ベンチャーにフルコミットするものですが、管理職が一定期間ポストを空けるのは難しいものです。それにもかかわらず、このチームは「課長不在がチームにとってポジティブな結果をもたらした」と言います。一体、チームに何が起こったのでしょうか。

当時、課長職としてベンチャー企業に出向していた北澤琢磨(きたざわ・たくま)さん。そして、北澤さんの移籍を後押しした上司や、チームメンバーの皆さんに、詳しくお話を伺いました。

※ 本記事は、2025年2月にインタビューしたものです。

課長の「念願の挑戦」だと知っていたからこそ、上司も部下も気持ちよく背中を押せた

――まず、北澤さんがレンタル移籍に行かれた経緯を教えてください。

北澤:入社して20数年、ずっと営業として、同じ得意先を担当してきました。数年前から「新しいことにも挑戦してみたい」と思っていたのですが、ゼロイチで何かを始めたり、営業以外の業務にチャレンジする機会がなかなか得られず、徐々に「自分で動くしかない…!」と考えるようになりました。

そんな時に、レンタル移籍が自社に導入されて。元々、「レンタル移籍制度が導入されたら良いな」と思っていたので、迷わず手を挙げました。

北澤 琢磨さん
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 東京第2CX 第4本部 第2部 部長
入社以降は一貫して物流宅配・ECプラットフォーマーを担当
課長職5年目で将来宇宙輸送システムに出向​

――そうだったのですね! 上司である岩田さんは、北澤さんの新たなチャレンジをどのような気持ちで送り出したのでしょうか。

岩田:北澤さんの「新しいことに挑戦したい」という気持ちは、日頃から聞いていました。レンタル移籍に参加したいと聞いた時も、「とても良いんじゃないかな」と思いましたね。

北澤さんはまだ40代で、この先の活躍を考えた時に、外部の人と接点を持つことはすごくプラスになる。私自身も、過去に異業種交流の場に参加するなどの経験を通じて、社内とは違う刺激が得られた実感がありました。その気持ちから、ぜひ外を見て欲しいと思いました。

もう1つ、北澤さんはDNPの中では少し異質というか、ある意味“ベンチャーっぽい”思考を持つ印象がありました。実際にベンチャー企業に身を置いた時に果たしてどうなるのか。彼自身が何を感じて、どう自分を見つめ直すのか。それを見てみたい気持ちもありました。

岩田 真一さん
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 東京第2CX 第4本部 本部長
アカウント部門から人事部を経て、現在はアカウント部門の本部長
北澤さん出向時の上司であり、現在も上司

北澤:私は当時課長だったので、突然課に穴を開けることになります。上司としては、「今は行ってほしくない」という気持ちもあったと思います。でも、岩田さんはむしろ背中を押してくれましたし、当時の部長もとても応援してくれました。上司が味方になってくれたことは、本当に心強かったですね。

――移籍先のベンチャー企業も「新しい挑戦ができる場所」という観点で選んだのでしょうか。

北澤:そうです。コロナを経験し、「これからはテクノロジーがなければ生き残れない」と強く感じるようになって。そこで、自分自身もテクノロジーへの理解を深め、詳しい人たちと積極的に関わる必要があると考えました。そんな思いから、「出向先ではエンジニアと一緒に働きたい」と思うようになりました。

そんな中で出会ったのが、将来宇宙輸送システム株式会社です。エンジニアやプログラマーなど幅広い技術者と関わることができると知り、移籍先に決めました。

――素敵なチャレンジですね。一方で、一定期間の課長不在は、チームにとって不安もあったと思います。課の皆さんは、北澤さんの選択をどう感じていたのでしょう。

岩田:当時、この課には課長補佐として山下さんがいました。課長補佐は、課長の下でその役割を学び、課長への準備をする期間です。北澤さんが出向するとなったら、山下さんが課長の役割を担うしかない。いなくなったらやるしかないので(笑)。それが、私としては山下さんが「課長」として成長する良い期間になるな、と感じましたね。

山下:北澤さんとは、ずっと同じ課で仕事をしていたので、新しい挑戦がしたいという思いは前から知っていました。レンタル移籍に応募したのも聞いていたので、必然的に「北澤さんが不在の間、自分が課長の役割を担うんだろうな」と感じていました。

急ではありましたが、元々管理職の会議などにも参加して、課長の仕事のイメージはある程度できていたので、不在期間を任されることに対して前向きに捉えていましたね。課のみんなも、北澤さんの挑戦を積極的に応援する体制になっていたと思います。

山下 大樹さん
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部
東京第2CX 第4本部 第2部 第2課 課長
課長補佐であった際に、課長不在となり「補佐」ではなくなる

梶原:課員としても、「山下さんがいるから大丈夫」と感じていました。北澤さんには、純粋に「行ってきてください!」という気持ちでしたね。

梶原 葵さん
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部
東京第2CX 第4本部 第2部 第2課 
入社後、教育法人を担当し、3年目で当課に異動。現在は宅配会社・航空会社などを担当

DNPは「自由に動ける環境だった」と再認識

――移籍期間中、北澤さんはどんな業務を担当されたのですか。

北澤:将来宇宙輸送システムは、宇宙空間に人や物を輸送する、宇宙輸送事業の実現に向けた技術開発を行なっている会社です。私は主に、ビジネス開発部門で、輸送システム(ロケット)完成後の輸送サービスの設計と、ロケット開発期間におけるビジネス開発を担いました。開発中のロケットが出来上がった10年後にどんなビジネスを展開するかと、開発期間中における資金繰りを考える仕事です。

――その中では、困難に出会う局面や、DNPとの違いを感じることも多かったと思います。

北澤:そうですね。まず10年後のビジネスを考える難しさがありました。これまでの仕事DNPでは、1年後を考えることはあっても、10年も先のビジネスを考えることは、基本的にはありませんでした。ましてや、10年後は日本も世界もどう変わっているかわかりません。予測がつかない中で、まだ見ぬロケットのビジネスモデルを考えるのは、新しい経験でした。

(北澤さんと、将来宇宙輸送システムのメンバーとの1枚)

(将来宇宙輸送システム 代表・畑田さん(右)との1枚)

DNPの価値を再認識する機会もありました。みなさんきっと、大企業よりベンチャー企業の方が自由なイメージがありますよね。実際には、ベンチャー企業はとにかく事業を続けなければならないので、自分が今やるべきミッションにとことんフォーカスする必要があります。一つひとつの選択がとてもシビアだと感じました

一方、DNPは体力があるので、中長期的な成功に向けたある程度の“寄り道”が許容されていると気づきました。思えば、DNPでは「新しいことをやります!」と言った時に、失敗を恐れずにとりあえず挑戦しようという風土があり、反対されることはあまりなかったなと。

また、DNPの方が使えるリソースも桁違いに多く、何かやる時、自分の専門外の分野は担当部門にお任せできるのも、恵まれている状況だったなと気づきました。

――移籍中は、北澤さんから課の皆さんに頻繁に近況報告があったと聞きました。北澤さんから聞くベンチャー企業の様子を、皆さんはどう捉えていましたか。

山下:北澤さんは、課のチャットを通じて週1回以上、感じたことや、印象に残った社長の言葉などを共有してくれました。

それを見て、私も新卒からずっとこの会社にいるので、この環境が当たり前になり、「あるもの」より「ないもの」を考えがちになっていたと気づきました。自社の恵まれている部分も、強みも、改めて認識する機会になりましたね。

梶原:「ベンチャーはここがすごい!」という話も「外から見ると、DNPにはこんな価値がある」という話も、いずれも社内では気付けない視点だったと思います。

私は今入社5年目ですが、北澤さんみたいに自社にいながら外を見て、刺激を受けている人が近くにいると、「自分もこの先こんな風に刺激を受けながら活躍したい」と感じます。私も将来、一度外に出る経験もしてみたいな、と思うようになりました。

不在期間は、後任者にとって「課長に向けた長めの助走期間」に

――当時課長補佐だった山下さんは、北澤さんの不在期間、代理として課長の立場を担いました。やってみて、いかがでしたか。

山下:自分もいつかは課長になって…とは考えていましたが、急遽課長を担うことになったので、大変なことが多かったです。たとえば、権限的にはまだ「課員」の立場なので、どこまで周りの指導に踏み込んでいいのかなど悩むことは色々ありました。

北澤:課長不在にあたり、代行者としては「守る部分」と「自分の色を出す部分」のバランスが難しかったと思います。移籍前、山下さんには「自分のやり方にどんどん変えてほしい。帰ってきた時にどこが山下色になったのか、きちんと喋れるように」と伝えました。とはいえ、ある程度は今の形を維持しなければ、と感じる部分もあったと思います。

山下:はい、すごいプレッシャーでした(笑)。「代理が欲しいわけじゃない。構わず『山下課』にしてほしい」と言われましたが、当時の自分にはまだ、具体的な課の運営像が描けていませんでした。悩みながらも、自分の色をどう出していくか、意識して活動したつもりではありますが…。

――そんな山下さんの様子を、課員として梶原さんはどう見ていたのでしょう。

梶原:山下さんの代理課長期間も、わたしはそれまでとのギャップは感じませんでした。お二人の違いを言うなら、北澤さんはお客様をよく知っていて、方針を明確に打ち出すタイプだと思います。一方山下さんは、お客様目線を大切にする方なので、細かい提案の壁打ち相手として、丁寧に相談に乗ってくれます。山下さんは「寄り添ってくれる上司」という印象が強かったですね。

岩田:私も、山下さんが頻繁に課員とコミュニケーションを取っている姿を何度も見ました。自発的に丁寧に課員の話を聞いていたように思います。

北澤:確かに、山下さんは私の時よりも課員と喋る回数が多かったんじゃないかな。私の移籍中も、山下さんの席にはいつも誰かが相談に来ている、とよく聞きました。私は方針を示すタイプだったので、そこまで課員に寄り添えていなかったかもしれないと、少し反省したくらいです。山下さんは、部下と一緒に答えを探すようなスタイルだったんじゃないかな、と思います。

――それがまさに、「山下さんの色」だったかもしれませんね。

山下:頼りない部分もあったと思います。課員からすると、ある程度指針を決めてほしい時もあるんじゃないかと。それはできなかったかもしれませんが、話を聞いて寄り添うようなところは、私と北澤さんの違いかなと思っていたので、なるべく話を聞く時間を増やそうとは思っていました。課のメンバーもすごく協力してくれたので、みなさんに頼りながらも何とか半年間、トラブルなくやり切れたという感覚です。

――上司として、岩田さんはそんな山下さんをどのよう見ていたのでしょう。

岩田:結果として、この期間は課長補佐の山下さんにとって、すごく良かったと思います。

山下さんが課長になるタイミングは、私とその上の上司が決めますが、私以外は山下さんがどんな人か、あまり認識できていなかったはずです。それが、北澤さんの不在期間、月1の営業会議で山下さんがしっかり発表する姿を見て、「山下さんは、課長としてしっかりやれそうだ」と、上司も含め皆で認識できました。それもあって、山下さんは今立派に課長職になっています。

山下:普通はこのような管理の実務を経ず、いきなり課長を務めることになります。そう思うと、私は課長になる前に、長めの助走期間をいただきました。北澤さんが不在の半年間、先に課長の役割を経験できてよかったと、私自身も今すごく感じています。

長い目でみた組織への価値を考え、役職者にこそレンタル移籍」を勧めたい

――北澤さんは2024年2月にDNPに戻られました。出向で得たものを、自社にどう伝え、行動していますか。

北澤:DNPのリソースをもっとフルに活用していこう、と伝えることを意識しています。私たちはもっとチャレンジしていけるし、これまでと同じことだけやっているのではダメで、変化し続けないといけない。それは、意識して周りにも伝えるようにしています。

それから、もっと我田引水のマインドを持っていいというのも伝えています。ベンチャー企業は、相手先とトレードオフの関係を作るのが上手いんです。私たちも、お客様のための提案に留まらず、その先のビジネスを一緒に作っていくなど、周りを巻き込んだ工夫がまだまだあると思います。それによりDNPはもっと成長できると思います。

岩田:それも、外に行ったからこそ気づけたことだと思います。長い間同じ組織にいることで、自社の魅力に気付けなくなり、自信を持てなくなっている社員も多いのではないかと感じます。ですが、これから新しいチャレンジをしていくためにも、もっと自社の良さを認識して、自信を持ってほしい。外を見て気づいたDNPの良さも、率先して周りに伝えていってほしいですね。

北澤:今、私は部長職にいますが、部の中でも「ミーハーでありたい」とよく言っています。要は「新しいことに挑戦して行こうよ」、と。それを言っている以上、自分たちが率先してやらないといけないので、DNPで初めての案件をどんどん作って、他の部にも「DNPってこんなこともできるんだ!」と示していきたいですね。

――最後に、レンタル移籍をどんな方にお勧めしますか。

北澤:当時の私と同じように、ぜひ課長クラスに行ってほしいです。ある程度自社のことをわかっていて、帰ってきて組織風土に影響を与えられる人となると、課長クラスがちょうど良いと思います。自分自身の思考を解きほぐす機会にもなりますしね。

岩田:上司としては、課長クラスが長期で不在になることに不安はあると思います。でも、目先の困難ではなくて、この先10年後の組織のことを考えるなら、課長クラスの人間を一度外に出して、より成長して帰ってきてくれる方が、組織を強くすることにつながると思いますね。

Fin.

協力:大日本印刷株式会社 / 将来宇宙輸送システム株式会社
インタビュー・文:大沼 芙実子
撮影:宮本七生
提供:株式会社ローンディール

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