「ひとりの研究者がビジネスの最前線に飛び出して得たもの」 IHI 水谷 拳さん-後編-
2019年4月、総合重工業メーカー・株式会社IHIから、製造業に特化したクラウドサービス「アペルザクラウド」などを提供している株式会社アペルザへと赴いた水谷 拳(みずたに・けん)さん。
IHIで燃焼の研究を行ってきた水谷さんは、これまでとまったく違う業務内容のエンジニアチームに配属されます。慣れない作業に苦戦し、メンバーとのコミュニケーションにも四苦八苦したとのこと。
しかし、7月以降、水谷さんを取り巻く環境は大きく変わっていったといいます。その変化が、働き方、仕事の捉え方に、どのように作用していったのでしょうか。後半のお話を、伺っていきましょう。
目次
部署異動がもたらしたものは、精神的な余裕
――前半のインタビューで「6月くらいまでは、不安も多かった」と話していましたが、7月以降は変わっていきましたか?
7月に、事業企画のチームに移していただきました。というのも、上司との週1回のミーティングの中で、当初から「クオーターごとに目標を決めてやろう」と話していて、6月の終わりに「最初の1クオーターが終わるけど、どうする?」という話になったんです。そこで、「スタートアップの事業開発をしっかりやってみたいです」と伝えました。
――水谷さんの意思が尊重されたんですね。事業企画での業務は、どのようなものでした?
新規事業を生み出すため、事業企画チームの上司の下宮さんとディスカッションしたり、新しく作ろうとしている機能に関するリサーチをしたりすることがメインでした。その業務と並行して、さまざまなデータを分析して可視化し、営業やカスタマーサクセスに共有する仕事もしてました。
――データ分析ということは、6月までの業務とつながりそうですね。
そうですね。エンジニアとしての3ヶ月間で、社内のデータに触れ、可視化するというスキルを身につけることができて、7月以降もそのスキルを使って現場の方々を支援できたかなって感じています。最初の3ヶ月で教えていただけていなかったら、その後も役立たずのままで終わっていたかもしれません。
――最初の3ヶ月も貴重な経験でしたね。では、事業企画の業務で、苦労したことはありましたか?
事業企画のメインとなるリサーチ業務で苦労したのが、目的設定と課題設定の部分ですね。お客様が喜ぶであろうものを自分なりに考えて、目的や課題を設定した時に、社長の石原さんから「お客様はうれしがるかもしれないけど、何の役に立つの?」って言われたんです。
――お客様目線に立っていなかった、ということでしょうか?
その一歩先のイメージです。お客様が喜ぶかどうかは別として、お客様の成功につながることを考えるべきだ、という重要な視点を教えてもらいました。ただ機能が充実しているものではなく、“お客様が利益を上げられる製品”という視点で考えることは、いままでほとんどなかったので、大きな気づきでしたね。
当時のプロダクトマネージャーからも、「あった方がいい機能は無限にあるけど、なければならない機能はそこまで多くはないから、やりたいこととやらなきゃいけないことを区別した方がいい」って言われて、すごく心に残っています。私は研究職を続けていたので、よさそうだと思ったことに突っ走りがちなんですが、何が必要なのかってところに思考を引き戻せるようになりました。
――視点が変わったことで、仕事の進め方も変わりました?
明確に成果が出たというわけではありませんが、石原さんや下宮さんと目線を合わせられた感覚はあります。それからは「お客様にとっての成功ってなんだろう?」をベースに考えるようになって、製品やサービスをお客様がどう使うか、想像しながら考えられるようになりました。
9月に新機能を実装することになり、事前に競合他社のITサービスをリサーチする業務を任されたんです。その時に調べたデータは、すぐには使われなかったんですが、年明け1月ごろに活用してもらえて、やりがいを感じられましたね。
――事業企画のチームに移ったことで、精神的な部分も変化しましたか?
下宮さんがすごくフレンドリーで、相談を持ち掛けると、「水谷がなぜアペルザに来ているのか」という視点で一緒に考えてくださったんです。毎週マンツーマンでしゃべる機会もあったので、7月以降はメンタル的にラクになったことを覚えています。
――精神的に安定すると、仕事もスムーズに進んでいきそうですよね。
そうですね。僕はアイデア出しが苦手なので、社内の困りごとを見つけて、カバーする業務をメインにしていました。提出するデータに対して、社員の方々に「ここはこうしてほしい」とアドバイスをいただいたり、「これでリサーチの時間が削れるよ」と言っていただいたりすると、モチベーションが保てて、仕事も進めやすくなりましたね。
「たった1人が社内の雰囲気を変える」という気づき
――下半期も、仕事は順調に進んでいきましたか?
実は、6月ごろにアペルザが資金調達に成功し、人材採用を進めたこともあって、年末年始に体制がガラッと変わり始めたんです。事業企画チームにも新しい方が入ってきて、仕事の質が変わった印象がありました。
――どういった部分で変わりました?
それまでは下宮さんと2人だったので、私ではカバーできないことも多かったんです。新しく入った方はプロダクト開発をずっと行っていたので、積極的に方針を打ち立てて、スピード感を持って進めてくれました。
データ分析をした際にも、その方に「この出し方はいいね」「これはもうちょっといい見せ方ができないかな」とフィードバックしてもらいながら、進めることが増えました。1人増えただけで、こんなにも仕事の速度も精度も上がるのかって、驚きましたね。
――プラスの変化が出てくると、モチベーションも上がりそうですよね。
そうですね。アペルザ全体の雰囲気も、どんどん変わっていきました。隣の部門にも新しい人が入ったことで、そのチームの空気がさらに明るくなったように見えたし、自分なりの意見を出す人も増えていった印象があります。
――大企業では、感じにくい変化かもしれないですね。
大企業だと、1人増えたくらいでは、なかなか空気は変わらないですよね。でも、アペルザのように、外の空気を入れることで簡単に変われるって知ることができて、組織って短時間で変わるものなんだなって実感しました。
――体制が変わり始めてから、水谷さんの働き方も変化しましたか?
事業部のフォローのため、指標を可視化してダッシュボードを作るという作業を任せてもらったんですが、事業企画チーム内でフィードバックを繰り返し、精度を上げていく過程は、すごく充実感を得られました。
ローンディールのメンターの方とも、ひと月の成果を振り返るための面談が毎月あったんですが、11月くらいまではうまくいかないことの方が多くて、気が重かったんです(苦笑)。でも、12月くらいから自分もアペルザに貢献できている実感を持てて、面談にも自信を持って臨めるようになりました。
アペルザで行われたイベント時の1枚
“お客様の成功”という指標は大企業でもベンチャーでも欠かせないもの
――今回のレンタル移籍を通して、どのような部分が成長したと感じていますか?
一番大きいのは、基本的な社会人のスキルが身についたことですね(笑)。
――研究職だと、なかなか身につかない部分でした?
もちろん研究職でも、ビジネスをしっかり理解している方はいます。ただ、私は、企業が利益を上げるために何が必要か、完璧には理解していなかったので、アペルザに移籍したことで感覚として少しは身につけることができたかなって思います。
あと、明らかに自主性が養われた気がします。何かを発信する時の心理的なバリアが、すごく薄くなったなって感じるんです。
――業務の中で、アイデアや分析したデータをプレゼンする機会が多かったから?
プレゼンもそうですし、日常の何気ない質問とか、コミュニケーションを取りに行くシーンが多かったからだと思います。相手に伝えたいこと、聞きたいことを考えたうえで発信できるようになりました。
もう1つ、お客様との向き合い方も学ばせてもらいました。アペルザが提供しているサービスはサブスクリプション型のサービスです。サブスクリプションサービスはお客様が興味や必要性を感じなくなったら、切られてしまうんですよね。会社やサービスを選んでもらうためには、継続的にお客様を満足させることが大事で、やはり“お客様の成功”を考える必要があるんです。
――ビジネスのスタイルは違えど、IHIもお客様に製品を提供している会社なので、通じるところがありそうですね。
おっしゃる通りです。IHIに戻ってきてからは、IHIのお客様って誰なんだろう、って改めて考えることが増えたし、仕事に対するモチベーションも高まっています。
――IHIに戻ってからは、どのような業務を担当しているんですか?
移籍前から部長に聞いていたオープンイノベーション関連の部署に所属しています。お客様から寄せられる課題の解決を主目的とした部署ですが、4月以降は新型コロナウイルスの影響でずっと在宅勤務なので、なかなかお客様と会えていない状況です。
ただ、アペルザで培うことができた“お客様の成功”を考えるという意識は、ダイレクトに生きていると思います。新しい部署の仕事をする中で、これってアペルザで考えたことだ、って思う瞬間が頻繁にあるんです。
――もともと、IHIとアペルザで共通する業務に携わろう、と考えていたわけではなかったんですか?
恐らくですが、IHIの部長が見越してくれていたんだろうと思います。アペルザでの業務内容は月報で部長にも共有していたので、その情報をもとに仕事を振ってくれているのではないかと。現在の業務は、お客様のことを考える要素もデータ分析の要素も入っているので、自分のことをしっかり見ていてくれているんだなって、感動しますね。
――レンタル移籍を通じて見えてきたことは、業務スキル以外にもたくさんありそうですね。
そうですね。大企業の強みの1つに、同じ視点を持った人が同じ部署のすぐ近くにいて、話がツーカーで通じることがあると思うんです。その反面、周りに同じ部署の人しかいないからこそ気づけないことも多いって、アペルザに行って知りました。
例えば、前半のインタビューで話したような、社員全員への情報の共有。周りに同じ部署の人しかいないと、その部署の常識が当たり前になってしまうけど、互いに情報共有した方が、理解は進みやすいんですよね。
IHIでは、社員同士のコミュニケーションの部分でまだまだ改善の余地があるんじゃないか、って気づけたことも大きかったです。社内の透明性を高めていけたら、業務に対するモチベーションはもっと上がる気がします。
違う環境に行ったことで、新たな視点でモノが見られるようになりました。外の世界に飛び出してみるってすごく大事なんだ、今はそう思えていますね。
IHIで行われた「レンタル移籍」中間報告会で登壇する水谷さん
ーーいままでいた場所とまったく違う世界に飛び込む。
勇気のいる決断をしたからこそ、水谷さんは今後のキャリアに大きく影響する“お客様の成功のため”という意識を得られたのでしょう。そして、チーム一丸となって試行錯誤しながら、事業を前に進めていくというビジネスの在り方も学んだようです。IHIに戻り、新たな一歩を踏み出したばかりですが、着実に1つずつ、成果を生み出していくことでしょう。
Fin
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協力:株式会社IHI / 株式会社アペルザ
インタビューアー:有竹亮介(verb)
【アペルザさんより採用情報のご案内】
今回、水谷さんがレンタル移籍をしたアペルザさんでは、様々なポジションにて採用を行っていらっしゃるとのことです。ご興味ある方は、ぜひ以下の「採用情報」ページより、ご覧ください。
https://www.aperza.com/corp/recruit
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計38社97名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年7月実績)。