外の世界でリーダー像をアップデート。日揮のエンジニアがコルクでつかんだ「心で動かす」マネジメント

日揮株式会社(以下、日揮)に入社し、製薬プラントの設計に携わるプロセスエンジニアとして約7年間活躍してきた萩原沙樹(はぎわら・さき)さん。正確さとスピード感を求められる世界で培った経験は、彼女の基盤となりました。しかし、リーダーとして人前に立つ機会が増える中、人を導くことになかなか自信が持てなかったと言います。

そんな萩原さんが2025年2月から1年にわたり挑戦しているのが、漫画家や作家のマネジメント・プロデュースを手がける株式会社コルクへの「レンタル移籍」。コルクは物語を通じて“人の心を動かす”ことを生業とする企業。コルクで数々のプロジェクトに携わる中で、人の感情を動かす力を学び、これまでの経験では想像できなかった景色が開けてきました。

紆余曲折の8ヶ月が過ぎ、現在もベンチャーで奮闘する萩原さんに、これまでの経験と気づき、そして、残りの期間でチャレンジしたいことを伺いました。

※ 本記事は2025年11月にインタビューしたものです。

外の世界でリーダー像を見つめ直したい


──日揮では、これまでどのような仕事をされていましたか。

私は2018年に日揮へ入社し、医薬品分野のプラント設計を担当してきました。入社後は産業システム設計部(現:エンジニアリング本部)プロセスエンジニアリング部に配属され、まずは現場で基礎を学ぶところからスタートしました。広島のプロジェクトでは、初めての現場駐在としてエネルギープラントの工事に携わり、現場を体感しました。 7年間の間に、現場と設計を行き来しながら、エンジニアとしての経験を積んできました。

──「レンタル移籍」を決めたきっかけを教えてください。

入社4年目に初めて、あるプロジェクトのプロセスリードエンジニアを任されたんです。それまで一担当として動いていた自分が、人前に立って指示を出し、リーダーシップを取って仕切っていくことの大変さを実感しました。

当時、自分の中で理想とするリーダー像を思い描けず、試行錯誤を重ねながら進むことに限界を感じてしまって。また、目の前の業務に精一杯で余裕がない状態でした。なので一度今の業務から離れて、外から自分を見直す時間が必要なんじゃないかと思うようになりました。

そんな中、別部署でレンタル移籍を経験した方と話す機会があり、「外に出てみる」という選択肢が自分の中で一気にリアルになりました。

直近は、群馬県のとある医薬品工場で、プロジェクトのプロセスリードエンジニアを務めており、いろいろ悩んだのですが、「一度客観的に自分の仕事を見てみたい」「自分がリーダーになる時の指針や目標を探したい」と強く思うようになって。やはり経験してみたいと思い、応募しました。

──どういった基準で移籍先をコルクに決められたのでしょうか。

せっかくなので親和性のある理系の仕事は避け、これまで関わったことのない分野に挑戦したいと考えました。コルクは文系の人が多い会社ですので、人の感情を動かす力やリーダーシップを別の視点で学べると思いました。その中で、コルクは『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』など自分の好きな作品も手がけており、興味のあるエンターテイメントの仕事に関われる点が魅力でした。

エンターテイメントの世界で「認知を広げる」


──移籍されてから、どのような仕事をしてきましたか。

スクール事業部に配属となり、プロ漫画家志望者向けの「コルクマンガ専科」の運営を担当しました。SNS運用を行ってマンガ専科生を募集したり、課題チェックやデータ化、懇親会の企画・運営、オンライン授業の補助、編集者と作家の打ち合わせへの同行などを行っていました。

他にも、マンガ専科生の作品を広めるため、外部メディアとの連携を強化し、作品情報を定期的に共有して記事化してもらうことで認知拡大を図りました。これにより、マンガ専科生の作品が取り上げられ、知名度向上に貢献することができました。

──スクール運営や作品の広報の仕事をされていたんですね。

はい。コルク所属作家の「漫画の試し読み」をSNSに投稿するという仕事もあったのですが、マンガの内容を理解し、伝えたい部分を抜粋して相手に響く言葉で伝えるというのは、なかなか難しかったですね。

日揮での仕事のように既存データや過去事例から仮説を立てるのとは異なり、前例のない状況では、自分の経験や考えをもとに仮説を立てる必要があります。初めて「バズ投稿」を作れたときはとても嬉しく、自分の仕事が売上に直結することを実感しました。

会議の中で「この作品を取り上げてもらって良かった、作品が広がったね」というコメントをいただき、自分の作業がコルクの売上につながっていることを実感でき、とても嬉しかったです。

──これまでとはまた違ったスキルが必要そうですね。

そうですね。BtoBとBtoCの違いを強く感じました。「わかるだろう」と思って伝えるのではなく、「どう伝えれば響くか」を常に考えて、伝え方を工夫する必要があります。SNSですから当然多様な反応があります。それをすべて拾えばよいわけではなく、必要なところだけを選んで対応する判断力も大切だと学びました。

また、スクール事業は新しく、まだ整理されていない部分が多くあり、立ち上げから軌道に乗せるまでの難しさを実感しました。たとえば、ある人は数値目標を最優先と考える一方で、別の人は内容の質を重視していて「数値には届かなかったけれど作品の質が上がっていたからよかった」と考えていたり。そういう違いを共有するためにも、「思っていることを言語化し、共通理解を作る時間」がいかに重要かを痛感しました。

孤独からの一歩。誰かを“推す”気持ちが原動力に


──仲間との意思疎通の大切さを実感されたのですね。

はい。初めの頃は人にどう思われるかが気になって発言や行動を遠慮してしまうことがありました。また、最初から明確な役割が決まっていたわけではなかったため、移籍して2ヶ月ほど経つと「自分はここで何の役に立てるのか?」と迷い始め、何をすればいいか見えない時期が続きました。

──その悩みは、どのように解消されたのでしょうか。

「自分から動けることはないか」と考えていた時、とある小説の発売が近づいていました。すでにファンがいる方の作品です。編集の方と話しているうちに、私自身も推し活をしていることもあって、ファン目線のアイデアを提案するようになり、そこから小説のプロモーションを担当させてもらうことになりました。

具体的には、X・Instagram・TikTokを運用し、ターゲットを細分化して動画を制作。また、対談企画、フライヤー作成、限定特典の企画など、認知を広げるための広報活動を行っています。

──プレッシャーも大きかったのではないですか。

主に宣伝動画やオフショットなどの内容を考えて撮影し、編集、投稿していますが、自分主導でSNS運用を実施しているため、「毎日投稿しなきゃ」というプレッシャーからタスク過多になることもありましたね。

TikTokでは小説の試し読み動画を自分で制作し、音楽や言葉を抽出してエモさのある動画に仕上げ、魅力を伝える工夫をしています。TikTokや簡単な動画は自分で制作していますが、ちゃんとした動画をつくるのは今回が初めてだったので、最初は緊張も大きかったですね。

ファンの方が喜んでくれるような投稿を意識して制作していますが、見た方全員に納得していただけるようなものと作ることの難しさを感じています。何より、ファン以外の方にどう届けるのかは自分にとって非常に大きな課題です。

──特に成果として大きかったと感じる経験はありますか。

著者の方が主催するイベントがあって、そこで小説を販売したいと提案したんです。フライヤーも配布したり、購入者向けの特典を用意したり。中でもフライヤーは社内でキャッチコピーやデザインに詳しい方に意見をもらいながら、力を入れて制作しました。

私自身の実感を盛り込んで言葉を練り上げた結果、「刺さった」「泣いた」といった反応をSNSで多くいただきました。自分の言葉が届いた実感がもてて、とても嬉しかったです。

(コルクのメンバーとの1枚。中央が萩原さん)

経営者の視座に触れる。スピードと視野の広がり


──リーダー視点を学ぶという目的もあったと思いますが、いかがでしょうか。

実は日揮からも「経営者視点を学んできてほしい」という要望がありました。それを受けて、コルク側も配慮してくれて、役員会に参加して資料作成や発表準備を担当することになりました。

月に1度の役員会では、出社率やオンラインでのコミュニケーション数、ストレス値、Wevox(組織状態)などを整理して可視化し、役員に共有しています。さらに3ヶ月に1回、代表の佐渡島さんが社員向けに話す全体会の担当も任せてもらい、佐渡島さんが話す内容の整理や資料作成を行いました。

「佐渡島さんに何を話してもらうべきか?」を決めるのはとても難しく、役員間の意図調整も必要です。話す内容を設計するには、経営視点や会社全体の状況を理解していることが前提で、自分の視座の低さを痛感することも多くありました。

最も難しかったのは、佐渡島さん直下で動く仕事のスピード感です。日揮では、上流の部門で出す情報が後の工程に直結するため、慎重に確認しながら進めるのが基本でした。しかしコルクでは、議題が決まったら自分で方向性を考え、実際に動き、その結果をもとに選択肢を2〜3案に絞って提示することが求められます。一歩先、二歩先まで考えて動かないと、佐渡島さんの描くスピードに追いつけないんです。

──なるほど。今まさにベンチャー経営者の思考スピードや展開の早さを体感していらっしゃるのですね。

こうしたスピード感も大事ですし、議論を自分の意図する方向に持っていくためにどう動くか、という点も学びになります。佐渡島さんや役員との議論・業務を通じて「より高い視座に引き上げてもらっている感覚」を実感していて、今後は関わるプロジェクトを通じてその経験を増やし、最終的には自分自身でもその視点に立てるようになりたいですね。

他社で働くことで高まった、自己理解


──これまでお話を伺って、萩原さんは「伝える」ことが大きなテーマなんだなと感じました。8ヶ月を振り返っていかがですか。

実は少し前、自分が「こう伝わるだろう」と思っていたことが全然違う受け取り方をされることもあって、想定外の反応に振り回されることもありました。だから、自分の心を守るためにも、一時期は「相手がどう反応しても割り切るしかないな」と思っていました。

でも、メンターの方から「コントロールできる範囲を少しずつ広げていくこと自体が成長につながる」と言われて、ハッとしました。伝えた相手の反応を全部コントロールすることはできないけれど、「良い反応を引き出すために自分がどこまで動けるか」を考えて、その範囲を少しずつ広げていくことが大事なんだな、と気づいたんです。

──それは大きな気づきですね。ご自身のマインドが変わったと感じる部分はありますか。

一つは、自己理解がすごく進んだということです。コルクでは、自己理解や他者理解について学ぶ機会が多く、雑談を通じてお互いの理解を深めた上で、“仕事の仕方”についての会話が自然にできるんです。お互いの性質を知っているだけで、コミュニケーションの円滑さが全然違うなと感じました。

もう一つ大きかったのは、「届ける相手を意識する」という考え方です。コルクの「創作6箇条」の中に“ただ一人、深く届ける相手を定める”という言葉があるんですが、作品づくりだけではなくて、仕事全般にもすごく効くなと思っていて。漠然とではなくて「この人に届けたいんだ」と決めた瞬間に、思いが自然に広がっていく感じがあるんです。

──残りの期間、どんなことを達成したいですか。

マンガ専科のプロジェクトでは、主となる責任者がいた方が円滑に進むのではと感じ、次回のマンガ専科の募集プロジェクトのリーダーに志願して、進めているところです。

チーム内の話し合いを進めながら、目的や方向性の整理を担当していますが、たとえば「数値にコミットするか」「学びを重視するか」の違いを整理して、みんなが同じ方向を向けるように調整したり、仮説を立ててどう進めるか考えたりしています。

当然うまくいくことばかりではありません。思うように進められず、悩むこともたくさんあります(苦笑)。でも諦めるのではなく、自分なりに「どう行動すればいいのか」を考えて、プロジェクトを成功に導きたいですね。

そして、この経験を持ち帰って、日揮に戻ったときには、今回のレンタル移籍で見えてきた「自分の強みを活かしたリーダー像」を実践して、次のステップにつなげていきたいです。

Fin

協力:日揮株式会社 / 株式会社コルク
文・インタビュー:三上由香利
撮影:宮本七生

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