「挑戦というワクワクが、僕らを照らす」日産自動車 大久保翔太【前編】

「世界を、皆がワクワクする自動車でいっぱいにしたい」。
私は何にでも興味を持つ好奇心旺盛な人間でしたが、中でも自動車が大好きで、気がつけば道路を行き交う自動車を目で追いかけてばかりいるような少年でした。2016 年、念願の日産自動車に就職し、今年で 4年目を迎えます。今もなお、夢の真っ只中にいます。

そんな私が今回、手記を書こうと思ったのは、私の挑戦の軌跡が、これから困難に立ち向かう誰かの足元を照らせるかもしれない、と思ったからです。 そもそも僕らは、わざわざ大変な思いをしてまで、“特別な挑戦”などしなくても生きていけます。 それでも、今のままではいけないと思っていて、未来を変えたいと思っている人たちもたくさんいるでし ょう。一方で、気持ちに行動が伴わず、葛藤を抱える人たちも多いはず。そんな人たちが、「挑戦って大事なんだな、ワクワクするんだな、自分も挑戦してみたいな、自分にもできそうだな」と思ってもらえたら、そして私の体験記が“他人の物語”で終わらず、「これは自分の物語でもあるかもしれない」と感じてもらえたら、嬉しいです。

本文では、何にするにも考え過ぎてしまう私が、6 ヶ月のレンタル移籍を通じて、何を考え、何に悩み、 どう乗り越えたのか…挑戦するようになるまでの経験について書いています。 移籍期間が残り1ヶ月となった今の思いをそのまま、綴ります。

大久保翔太
(※本手記は、2020年2月末に執筆したものです)

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ー“自動車なるもの”への深い愛

私は入社以来、モビリティ&AI 研究所の横浜ラボと呼ばれる、社内では一風変わったチームに所属しています。横浜ラボのミッションは簡潔に言えば、世の中で注目されている新たな情報技術を、自動車へ取り 込む入口となること。その中でも私は機械学習や複合現実(xR)を用いたプロトタイプを素早く、いくつも作り上げることに携わり、それらが自動車の製品体験にもたらす価値を、様々な角度から社内に(ときには 直接社外に)問いかける PoC(Proof of Concept)業務に従事していました。

日々やりがいを感じる仕事でしたが、その一方で会社、所属部署(チーム)、自分自身のそれぞれに対して、 徐々に課題を感じるようになりました。
会社に対しては、重厚長大な技術開発と、業界を取り巻く環境の変化するスピードとの間にギャップを感じました。近年の自動車業界は新たなプレーヤーが MaaS などの様々なサービスや体験を世に問いかけていますが、日産自動車は自動車そのものを造る企業である以上、激化する機能競争にどうしても多くの労力が割かれています。 次に所属部署ですが、そんな状況だからこそ、技術の最先端に立つ研究所が革新性を先導しなければなりません。しかし、新たな技術と製品の接点をうまく見つけるのは非常に難しく、いわゆる PoC 止まり(=コンセプトとしては面白いが、製品化には繋がらない)で終わることばかりで、もどかしさを感じていました。

そして、研究所の一端を担う自分自身はどうか。悔しいですが、正直に言うと、自分の生み出そうとする成果で自動車がより良いものになるか、ユーザを幸せにできるか、心から自信を持てないでいました。これら課題をどう打開したら良いのか…、そんなモヤモヤを感じていたところ、社内でベンチャー企業へ行くという、「レンタル移籍」の募集がありました。直感的に「これだ!」と思いました。これで現状を打破できると考えたからです。

なぜ、レンタル移籍が現状の打破になると考えたのか?
少しだけ遡りますが、私は大学では機械工学を専攻し、自動車の様々な構成要素を勉強していました。自動車への理解が深まったので楽しくはあったのですが、一方でエンジンの燃焼効率や燃費などを向上させ るような、既存の開発の延長線上に乗ること(持続的イノベーションとも言う)には興味が持てないことにも気づきました。そこで改めて、自分は自動車の何が好きなのか考え直した結果、性能や数値では表現できない魅力(かっこいい、かわいい、美しい、ワクワクする、など)に興味があると気づきました。そして、次に発売される予定の車を造り込むよりも、将来の自動車がどんな魅力を持った存在になるか、提案できる人間になりたいと思いました。

学士、修士ともに感性工学を専攻し、人間の認知構造の研究に励んだ後、縁あって日産の研究所に就職することができましたが、入社して強く実感したのがエンジニアの偏りです。技術開発部門の大半は既存の開発の延長線上の闘いに割かれ、将来の自動車の姿を根本から問い直すような議論や提案(破壊的イノベー ションとも言う)があまりできていないと感じました。
幸いにも、最初の配属では研究所の中でも、最も長い射程で自動車の将来を考えるチームに所属することができ、チームとして様々な提案を行ってきましたが、世の中に送り出される製品に直接貢献している開発部門に比べて、必ずしも製品化するとは限らない技術の種を育てる研究所の存在感は小さく、自分の仕事の成果が会社に影響を与えられている実感はありませんでした。加えて「今の自分にはこの状況を打破する力がない」と感じていました。では、打破するにはどうしたらよいか。

ひとつの道は、裁量ある職位まで昇進を重ね、組織をより大きく動かせるようになることですが、技術開発部門の一員としての典型的なキャリアパスの先に自分のありたい姿はない。ならばむしろ、異分子のような存在として力を磨いたほうが良いのではないか。そう思っていた矢先、キャリア開発プログラムとして新たに始まった「レンタル移籍」の募集があったのです。「レンタル移籍」のポイントは、日産に所属したままスタートアップで経験を積み、その経験を日産に還元すること。自動車への深い愛と、ベンチャーでの経験を両輪で併せ持つ人間は、なかなかいないのではないか、そう思い、移籍を決意しました。

ーワクワクを形にするベンチャーへ

移籍で何より経験したかったのは、アイデアに基づいた新たな製品やサービスを世の中に送り出すこと。
そこで、事業内容に興味を惹かれワクワクできること、製品をリリースするような事業フェーズであるこ とに注目して移籍先を選びました。 私が移籍先として選んだコネクテッドロボティクス株式会社(以下、CR)は、「調理をロボットで革新する」 というビジョンのもと、人間のいるキッチンでともに働き、人間の代わりに調理を行うロボットアームの開発を行っています。事業内容を知ってまず、「なにそれ、面白そう!」と思いました。同時に「本当にロボットアームに料理なんてできるのか?」と疑問に思ったのですが、器用にたこ焼きをひっくり返すロボットアームの動画を見て、衝撃を受けました。そして、難しそうなことを実現し、製品として世の中に送り出せていることに、感動しました。

面談をさせてもらったところ、組織としてはちょうど大型調達を終え、これからまさに事業を拡大していくタイミングで、私の求める環境ともピッタリであると感じました。私が好きなコーヒーをロボットで淹れるならどうやるか、アイデアを出してみたところ、CEO の沢登さんに興味を持っていただくことができ、 移籍が決まりました。

これだけ書くとトントン拍子で移籍先が決まったかのように見えますが、実際の私の移籍先探しは想像以上に難しいものでした。最初に 2 社を移籍先候補として選び、面談させてもらったのですが、求める人材像とのマッチングの問題があり、いずれも移籍が叶いませんでした。悲しく、残念な結果ではありましたが、オープンな環境での自分の市場価値の限界を知ることができ、思いがけない気づきでした。
また、ローンディールでは移籍するにあたり、自分が感じる課題意識や、どんな経験をしたいかについて事前に考察し、言語化する機会があります。この準備を十分にできたおかげで、次の移籍先候補も妥協せず選ぶことができました。CR はまさに私の求める経験のチャンスに満ちた素晴らしい環境であり、選んでよかったです。

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コネクテッドロボティクスのオフィスにて

ーどれだけ多くのバッターボックスに立てるか

こうして、2019 年 10 月 1 日。移籍がスタートしました。
私が担当することになったのは、JR 沿線で駅そば屋を展開する企業と共同で、そばの調理を自動で行うロ ボットアームシステムを開発するプロジェクト。プロジェクトリーダーとして主に開発を率いることになりました。私が参加したタイミングでは、開発方針を構想する段階でしたが、半年という短い期間で、試作のみならず実店舗への実装や、レストランとして運営するまでをスピーディにやり切る計画。CR の独自性をプロダクトとして具現化し、世の中に送り出すまでを一気通貫に担える点で、まさに私の経験したい プロセスでした。 ワクワクした気持ちで移籍が始まったのですが、まず直面したのは、これまで経験したことのないレベルの時間不足です。半年後のオープンに向けた開発スケジュールは刻一刻と迫り、腰を据えて勉強する時間 は全くありませんでした。

最終的には、「早く進めないといけないがやり方がわからない」とあたふたする私に対し、先輩がアイデアをガンガン出してサポートしてくれたおかげで少しずつ前に進めることができました。なかなかスピードの出ない私に対し、先輩社員は繰り返し「初めから完璧である必要は全くないから、とりあえずどんどんやってみて」とアドバイスをくれました。そこで、思いついたらすぐに設計試作をする、 ロボットアームを動かしてみる、ツールも必要になった時点で要点だけ勉強する、というように、クオリティが十分だと思えなくてもとにかくやってみることを意識して開発を進めるようになりました。

すると、試行錯誤のサイクルを回すについて、どういうミスが起きるのか、どこに注目すれば不用意なミスをせずに素早く成果に繋げられるか、今の自分にはどんな知識が足りていないか、という、実戦経験に基づく土地勘を徐々に得ることができました。このスタンスに慣れるにつれ、先輩社員からの助けを借りる場面も徐々に減り、自分がプロジェクトを前に進めているのだ、という当事者意識を強く持つことができるようになりました。

この経験について振り返ったとき、メンターの方が「バッターボックス」という象徴的な言葉で表現してくれました(※メンターとは、移籍期間中、オンラインや対面でアドバイスをくださる方のこと。 移籍者1人につき1名のメンターがおり、私には、ビジネス経験豊富な大先輩がついてくださいました)。 「練習や準備も大事ですが、どうやったら本番で上手に球を打てるかは、本番のバッターボックスに立ってみないとわかりません。であれば、実際にバッターボックスに立ち、成功や失敗を経験するチャンスを 一回でも多く得ることが重要です。そして、じっくり準備を整えるやり方によって、その間に立てたはずのバッターボックスを見逃しているかもしれません。それは非常にもったいないことです。もしかしたら自分にも、じっくり準備を整えようとしている間に、見逃してしまったバッターボックスがいくつもあったかもしれません」

このような価値観は、移籍元の日産でも、間違いなく重要だと思いました。大きな組織は意思決定や変化の速度が遅くなりがちですが、その間に見逃したバッターボックスはいくつあるでしょうか。自分がたくさんのバッターボックスに立てるようになるだけでなく、日産という組織がどれだけ多くのバッターボックスに立ち、新しい自動車の価値を提案するための試行錯誤ができるか。CR で得たスピーディな成果の挙げ方は、それを追求する上で活きるのではないかと思っています。

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コネクテッドロボティクスのメンバーと

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後編では主に周囲の仲間との関わり、そして新しい挑戦について、お話ししていこうと思います。

→後編へ続く

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計32社78名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2020年1月実績)。→詳しくはこちら

協力:日産自動車株式会社 / コネクテッドロボティクス株式会社
撮影:宮本七生 (※ オフィスでの写真 / 集合写真除く)

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