【第3章 当事者意識の壁】入社以来、今が一番ワクワクしている! 〜マネージャーが社会課題の現場で見つけた、今すべきこと〜

「移籍者たちの挑戦」シリーズでは、大企業で働く社員が「レンタル移籍」を通じて、ベンチャー企業で学び、奮闘し、そして挑戦した日々の出来事をストーリーでお届けします。
今回の主人公は、株式会社オリエンタルランドから、「訪問型病児保育」「障害児保育」「小規模保育」などに取り組むソーシャルベンチャー・認定NPO法人フローレンスに移籍した出川千恵(でがわちえ)さん。出川さんは2018年6月から移籍を開始し、6ヶ月間の移籍を終えて、2018年12月に帰って来ました。そんな出川さんのストーリーを全4回でお届けしていきます。

<過去記事>
第1章 マネージャーがベンチャー企業へ
第2章 自分でやっている感

—不安の中で新たな挑戦

出川に新たに課せられたミッションは、「こども宅食の全国化」だった。

現在、文京区のみで展開しているこども宅食を全国に展開するという施策。その最初の拠点をNPO支援に積極的な佐賀県で行う、という話になっていた。

こども宅食」とは、子どものいる生活の厳しい家庭に定期的に食品を届ける仕組みで、今は文京区だけだが、それらを必要としている家庭は全国にある。

とても意義のある取り組みであるのだが、まだ「こども宅食」の本質を理解しきれていない出川は、不安もある。

また、佐賀県関係者との関係構築から始めなければならなかった。

フローレンスは関東中心(一部東北も)の事業展開を行っており、佐賀県は初めての土地であった。そして、この件については出川が一から進めていく必要があった。

すでに、フローレンスの代表・駒崎の中では、こうしたいというイメージはあったため、出川は「そのイメージをどうしたら実現できるのか」ということに注力した。

そのために、何度も佐賀県に足を運び、(フローレンスとしての)展開イメージを伝えたり、先方のヒアリングをするなど一歩ずつプロジェクトを進めていった。

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フローレンスのメンバーと佐賀県を訪問した時の1枚

—そもそも「こども宅食」の存在意義って?

出だしは順調だった。
しかし、いよいよ提案書を出すというタイミングで、出川は立ち止まってしまった……。

出川はプロジェクトを進めながらも、子どもの貧困について知識を深めようと必死だった。朝は出勤前3時台に起きることが日常となり、夜や休日には自身の子どもを家族に預けて、本を読むなどして勉強することも多かった。日々の情報収集も欠かさなかった。

しかし、知識を深めれば深めるほど、出川の中では「これで良いのかな……」という疑問も湧いてくる。

根本的な貧困問題の解決には、もっと違うやり方があるのではないか?
この取り組みが、貧困問題の解決にどう繋がるのか?

出川は長年、マーケティングという分野で仕事をしてきた。
マーケティングは、顧客のニーズや課題解決に合った商品(サービス)を最適化して市場に出すための活動。そして顧客から対価を受け取るという流れ。

NPOの仕組みとはやり方も収益構造も異なる。
そのため、複雑な福祉事業の構造が自分の中で落とし込めないでいた。

「こども宅食」の存在意義が自分の中で定義付けられない。
早く提案書を作成しなければいけないのだが、「本当にこの提案でいいのだろうか……?」出川はなかなか進められないでいた。

—「当事者意識」が足りない!?

9月に入り、移籍残り3ヶ月となった頃。

「こども宅食全国化」の資金調達を、クラウドファンディング型のふるさと納税を利用して集める方向で進めていた。

ふるさと納税の時期や今後の展開を考え、「何とか11月末にはリリースしたい」というフローレンスの意向もあり、ピッチを上げて佐賀県との取り組みを進めていく必要があった。

加えて、ふるさと納税を開始するにあたってのディレクションや、全国化が決まったタイミングで、「こども宅食」を全国に広げるための組織を法人化するという動きもあったため、その進行も「こども宅食」担当の出川が行うことになった。

すべては11月末に向けた取り組み。
ちょうど出川の移籍が終了する3ヶ月後である。
3ヶ月でこれらすべてを完遂する必要がある。

出川は追い込まれていた。
自分で自分を追い込んでいたのかもしれない。

自身の提案や進行が、今後の「こども宅食」に大きく関わってくると思うと、スケジュールを優先して、精度が低いまま進めることもできない。

とは言え、デッドラインは決まっている。
工数面での忙しさに加え、思うように進められないもどかしさやプレッシャーに、出川はひとりぐるぐるしていた。

そんな雰囲気が、メンバーにも伝わっていた。
フローレンスの副代表であり、出川の上司役でもある宮崎が気にかけてくれ、出川は心境を話した。

しかし、宮崎から出てきた言葉は「出川さん、当事者意識が足りないんじゃないの?」という一言。出川はショックを隠しきれなかった。

もちろん宮崎は、この当事者意識を持つことによって、出川の問題が解決するという優しさでかけた言葉なのだが、自らを追い込み余裕のなかった出川はそこまで考えられず、この言葉を聞いて愕然としていた。

「こんなに頑張っているのに、何で……?」

出川は全力で頑張っているつもりだった。
休日に自ら、子どもを誰かに預けてまで勉強したり、資料を作ったり。
早くフローレンスのメンバーと仲良くなった方がいいと、慣れないひとまわり下の世代に歩み寄る努力をしたり。

(自分の中ではかなり自分事化しているつもりだったのに、当事者意識が足りないというのは、何がいけないんだろう……)

真面目でまっすぐな出川は、頑張っていることに対して「真剣にやっていない」と言われているようで、本当に苦しかった。

———翌日。
会社に行きたくない……という思いが身体に出て、体調不良を起こした出川は、移籍して初めて会社を休んだ。

—オリエンタルランドのメンバーを思い出す

こんな風に会社に行けなくなるのは初めてだった。
久々にゆっくり考える時間が持てた出川は、ふとオリエンタルランドのメンバーの顔を思い出した。

自分は、役職を預けてまで「行きたいです!」と言ってここに来ている。
自分の仕事は部長が代わりにしてくれている。

そして、「出川さんが決めたことだし、学んできてほしい」と、みんなが笑顔で送り出してくれた。

なのに自分は「こんなに努力しているのにどうして……」と、問題そのものから目を背けてしまっている。
「オリエンタルランドのみんなのためにも、ここでへこたれてはいけない、最後までやりきりたい」出川はそう決意して、徐々にやる気を取り戻していった。

—曖昧なものを受け入れるということ

復帰した出川は、宮崎が言う「当事者意識」の意味がようやく理解できた。
それは、出川が今まで重要視してこなかった「想い」の話。

マーケティングという職種もあってか、ロジカルで、数字データなどの根拠が何よりも大切で、曖昧なものは受け入れようとしてこなかった。

しかし、フローレンスのような、新たな価値を生み出していく現場では、数字やデータ、ロジックをベースにしながらも環境の変化に対応し、曖昧さを受け入れて推進していく力が求められる。
そこには「どうしても成し遂げたい!」という熱い想いや、強い意志が必要だ。想いがあるからこそ、不確定な要素が多い中であってもしっかりと前を向いて進むことができる。

フローレンスのスタッフは皆、熱い想いを持って取り組んでいた。
数年前まで10代だった若い世代が、子どもたちの未来のために! と力強く語る。佐賀県の(こども宅食に関わっている)人たちも同様。「自分が佐賀を守る、佐賀の未来を変える!」そういう想いを持った人が多かった。

—ロジカルに頼りすぎていた

「自分はロジカルなものに頼りすぎていた……」

出川は思った。
勉強や情報収集など、できることはやろうと思っていたものの、ロジカルにこなしていく方向に意識がいってしまい、「自分はこの事業をどうしたいのか? どういう想いがあるのか?」それが抜けてしまっていた。

今までの仕事においても、納得できないまま、やらざるを得ないこともあった。

それでも出川の中では、「やれと言われれば成果は出せる」「売れないものでも売る」という自信があったため、今思い返すと小手先でこなしてきたこともあったかもしれない。

しかし、ここでは通用しない。
根拠がない中で進めていかなければいけないことばかり。
そのため、自分を信じて進めていかなければならない。
リーダーであれば、更に周りを引っ張っていかなければならない。
だからこそ「想い」がないとリーダーを務めることができない。

“やらされ感” を持っていてはダメ、自ら仕事をやっていく必要がある。

それに気がついた。
11月末まで残り2ヶ月を切った頃、出川はここへきて初めて、自分の「想い」に向き合うことになった。

→ 最終章「組織を変えたい」へ続く

協力:株式会社オリエンタルランド、認定NPO法人フローレンス
storyteller:小林こず恵

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