「オフィスを飛び出して見えた、新規事業への向き合い方」 リコー 萩田健太郎さん -後編-
複写機やデジタルカメラなどを手掛ける精密機器メーカー・リコーで、新規事業の企画を担当している萩田健太郎さん。「新規事業立ち上げのプロセスを学びたい」という思いから、スタートアップ留学を決意しました。
移籍先は、撮影したお孫さんの動画や写真を実家のテレビに直接送信できる「まごチャンネル」を開発・販売している株式会社チカク。サービスの印象通り、アットホームな雰囲気の会社で、スタートアップならではのスピード感に翻弄されながらも、イキイキと働き始めた萩田さんでした。
しかし、順調に進んでいた新規事業が、1つの壁にぶつかり、停滞してしまうのです。そこから抜け出すカギとなったのは、社内の人たちの“言葉”でした。
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目次
変化のきっかけは「リーンスタートアップの本を7回読みなさい」
――ここまでのお話を聞く限り、順調なスタートのような印象を受けますが。
そうですよね。確かに、最初の1カ月くらいは順調でした。社内インタビューをもとに構築したシステムを、社員の方のお父さんやお母さんに試してもらって、実際にその方々からサービスに対してお金を払ってもらうところまでいけたんです。社員の方から「テストとはいえ、こんなに早くお金を出してもらえるなんて、すごいよ」って、言ってもらえました。
そうなれば、当然「社外のユーザーさんにも試してもらわなきゃダメだよね」と、なるわけです。モニターの募集の仕方はわからなかったのですが、カスタマーサポートメンバーの方に相談しながらやってみたんです。LINEの公式アカウントに投稿したり、チラシを顧客の住所に送ったり。
――その結果、モニターは集まりました?
全然集まらなかったんですよ。「社内だったから、うまくいったのかな…」みたいに思えてきてしまって。そのタイミングで、頼りにしていたアドバイザーの方が育休に入ってしまって、2カ月くらい現場を離れてしまったんです。
――モニター集めに関する相談も、しにくくなってしまいますよね。
そうなんです。何を試してもモニターが集まらなかったので、代表の梶原さんに時間をもらって、相談しました。その時に、「誰がどんな困りごとを抱えていて、萩田さんが考えている企画は、その困りごとをどう解決するんですか?」と聞かれたのですが、僕はうまく答えられなかったんです。
そんな僕を見かねて、梶原さんは「まずは『リーンスタートアップ』の本を7回読んで頭に叩き込んで、その通りにやってみて」と、叱咤激励してくださいました。「1人でもいいから『本気でそのサービスが欲しいです』って人を見つけて、なぜその人の心に刺さったのか理解してから、新たに進めることを決めよう」って、教えてもらったのです。
でも、同時に「1回、そのサービスのことは忘れなさい」と言われて…。社内向けとはいえ、成果を残せた事業だったので、ズドンと落ちました(苦笑)。
――仕切り直しになってしまったのですね。まずは、何から始めましたか?
「リーンスタートアップ」に関する書籍を読み込みました。かつて読んだことはあったのですが、事業の立ち上げでつまずいている時に読むと、書かれている内容がどんどん頭に入ってきて、得られるものが大きかったです。
「リーンスタートアップ」では、顧客が抱いている課題を考えたうえで、本当にそれが課題なのか確認するインタビューを行います。そして、その課題が存在することが見えてきたら、解決のためのソリューションを考えるという流れがあるのです。
書籍に書いてある通り、まずはインタビューから始めました。梶原さんに相談した時に、「オフィスにい過ぎじゃない?」と指摘されていたんですね。同じ時期にインターンで入っていた学生が、頻繁に街頭インタビューに出かけていたので、真似してみようと思って、人生初の街頭インタビューをしてみました。孫がいそうな年代の方に突撃するんです。
――街頭インタビューとは、思い切りましたね。
なかなか足を止めてくれないし、不審者だと思われるし、心折れましたよ(苦笑)。中には話を聞いてくれる方もいたのですが、お孫さんがもう20歳を超えていたり…。やってみた結果、街頭インタビューは効率が悪かったんですよね。
だから、もっと近いところに目を向けようと思い、子どもがいる友達に困りごとや親との関係性を聞き始めました。同じ頃に、新型コロナウイルスの影響でテレワークが始まったんです。
新規事業を停滞させずに進めるポイントは「学びを活かす」
――担当している事業が停滞しているタイミングでのテレワークは、不安も大きかったのでは?
そうですね。初めてのテレワークだし、移籍者という立場だし、事業も進まないし、キツかったです。それでも立ち止まるわけにはいかないと思ったので、ひたすら身の回りのパパやママにLINEして、困りごとをリサーチしました。
話を聞いてみると、困りごとや課題は出てくるんですよ。ただ、その課題を解決するアイデアがなかなか出てこなくて。パパやママの声を参考にしながら、面白そうな企画を考えてみても、社員の方にもパパ・ママにも刺さらないんですよ。そんなことを2カ月も続けてしまいました。
――苦しい期間でしたね。その苦しみから抜け出したきっかけは?
アドバイザーの方が育休を終えて、復帰されたんです。すぐに現状を報告したら、「前にやったプレゼントに関する企画の参加者に『もう一度やりたいですか?』って、聞いてみては?」というアドバイスをもらいました。
参加者の方にアンケートを取ったら、「またやりたい」って言ってくださったんです。アドバイザーの方からも、「社内の人とはいえ、『またやりたい』って思ってくれているなら、ニーズとしては十分だよ」と言ってもらえて、再度事業を動かすことになりました。
――再びモニターを募集したのですか?
はい。その頃には「リーンスタートアップ」に関する書籍だけではなく、さまざまなビジネス本を読んでいたので、お客様へのアプローチの仕方やアーリーアダプターの見つけ方は、頭に入っていました。だから、集客の方法を変えたんです。
以前はおじいちゃんやおばあちゃんをメインに声かけしていたのですが、そこではなかった。新しいものに対して積極的なアーリーアダプターは、若い世代のパパやママだったんです。実際に、顧客のパパ・ママに声をかけたら、モニターが集まりました。
――書籍から得た学びから、ダイレクトに活かせたのですね。
得た知識を実行することがいかに大切か、知ることができました。梶原さんに相談して、「まずは本を読みなさい」と言われていなかったら、発想の転換はできていなかったと思います。
準備期間が短かったこともあり、実際に参加してもらったモニターは1組だったのですが、「感動しました」という声をいただけたのです。そこで僕の移籍期間が終わり、社員の方に引き継ぐところまで持っていけました。
とはいえ、もっと早く結果を出せていたらなあと思いました。だから、チカクの皆さんには申し訳なかったという思いがあります。学びを得られた大切な期間でしたが、もっとやれることがたくさんあったなって。
チカクでのオンライン会議の様子
「当事者意識を持って興味のある分野を攻める」が僕の働き方
――お話を聞いていると、「新規事業立ち上げのプロセスを知りたい」という目標は、達成された印象ですが。
半年間でめちゃくちゃ学べましたね。進め方ももちろんですが、お客様の声ありきで、ニーズを洗い出すところから始めないとダメだと気づけたことが大きいです。
――リコーに戻ってからも、企画の仕事は続けているのですか?
はい、移籍前と変わらず新規テーマの企画を担当しているので、チカクでやってきたことが活きています。アプローチの仕方が完全に変わりました。既存の技術を企画にあてはめる取り組み方をやめて、さまざまな人にインタビューして、課題を把握するところから始めています。
リコーグループの従業員だけで9万人ぐらいいるので、インタビューし放題なんですよ。課題になりそうなことや事業にしたら面白そうなことを見つけたら、社内で「この企画に当てはまる人いない?」「この技術に詳しい人いない?」って聞いて、つなげてもらってインタビューするんです。
その中で「確かにそこは課題です」とか「この技術が使えます」という話になったら、できる範囲で実験をしてみる。そこまで自主的に動けるようになりました。
――半年前、デスクの前で悶々と悩んでいた萩田さんとは別人のようですね。
自分でも、全然違うって感じています。ありがたいのは、従来と違うやり方を許してくれる上司の存在です。「企画のために、社内インタビューしてもいいですか?」と聞くと、すぐに「いいじゃん。やってみな」って、言ってくれるんですよ。
さらに、リコーと直接関係ない企画も承認してくれました。じつは、移籍期間を終えてから、お弁当サービスを考えたんです。リコーと“食”なんて全然関係ないのに、上司は「面白そうだから、上に報告してみようか」って進めさせてくれて、本当にありがたいなって。
――萩田さん発案の事業も、夢ではなくなりそうですね。
いずれは、自分で考えた新規サービスや製品を、世の中に出すところまでやりたいですね。
リコーには「社内起業支援プログラム」があるので、挑戦したい気持ちもあります。今年は応募に間に合わなかったので、同僚のチームに参加させてもらって、ベンチャーの雰囲気を感じているところです。リコーに戻ってからは、自ら仕事を取りに行くようになったので、すごく忙しいです(笑)。
――いいことじゃないですか。ここまで学びについて聞いてきましたが、スタートアップ留学で知った萩田さんの強みはどんなところでした?
「PDCA」の「D(Do/実行)」の部分が強いことを知りました。梶原さんに「オフィスにい過ぎ」って言われた時も、その日に街頭インタビューに出たんですよね。課題や解決策が見つかったらすぐ行動に移せるところが、自分の強みなんだと気づきました。
一方で、「P(Plan/計画)」が苦手なので、もっと伸ばさなきゃいけないなと思っています。
――新たな課題も見えてきたんですね。最後になりますが、大企業からスタートアップに赴く意義とは?
仕事に対する意識の違いに気づけるところだと思います。せっかくスタートアップの現場に行けたので、チカクの社員の方5~6人に、働き方や描いているビジョンについて聞いてみたんですよ。唐突に聞いたのですが、皆さん、チカクで働いている理由や今後実現させたいことを、明確に語れるんです。
スタートアップの皆さんがしっかりと考えを語れるのは、きっと当事者意識を持っているからで、その原動力はやりたいことをやっているからだと感じました。だから、僕も託された業務を進めながら、やりたいことも同時進行するようになったんです。興味があること、やりたいことでないと、行動に結びつかないですから。
そして、成果を出して、同僚から「萩田って、スタートアップ留学に行ってから変わったよね」と、言われるようにしていきたいですね。
「新規事業のプロセスを学ぶ」という明確な目的を持ち、レンタル移籍に臨んだ萩田さん。いざ、スタートアップの世界で企画の仕事を担当すると、そもそもスタート地点が違うことに気づきました。ニーズを重視し、直に顧客の声を聞くこと。その方法と意味を知ったことで、一気に世界が開け、能動的に動く楽しさを知ったといいます。今後、リコーが展開していく新たなサービスや製品は、萩田さんの行動力の賜物かもしれませんね。
Fin
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協力:株式会社リコー / 株式会社チカク
インタビュアー:有竹亮介(verb)
【チカクより積極採用のお知らせ】
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【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計41社115名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年10月1日実績)。