【第2章 あれもダメこれもダメ。「企画」って難しい!】製薬から音楽の世界へ 〜異業界で見つけた、自分のやりたいこと〜
<過去記事>
第1章 「大鵬薬品から音楽の世界へ」
—10代の感性に触れて
株式会社nana musicで働き始めて数日。
大西は、とあるリストとにらめっこをしていた。
nana musicで、大西に最初に与えられたミッションは、音楽投稿アプリ「nana」の利用ユーザーを知ること。
大西は、ユーザーアンケートのデータを見ながら、久々に触れる「今の」10代のリアルに圧倒されていた。
「nana」は、ユーザーが演奏した曲や歌を投稿し、シェア&コラボできる10代の女子がメインのスマホアプリ。ユーザー同士がフォローし合うことでつながり、コミュニケーションを取れるのが特徴。
音楽を通じて表現する楽しさ、
同じ趣向の仲間とつながる喜び、
フォローされたり、拍手や賞賛のコメントをもらえる嬉しさ、
一方、思うように歌えないもどかしさ、
フォロワーが増えない不安……。
そんな10代の複雑な想いと承認欲求がアンケートデータから伝わってくる。
「若いなぁ……」
その瑞々しく繊細な10代の感情に触れ、大西は再び当時の自分を思い出していた。
—SNSは怖くない!
nana musicでは、業務のやり取りがメールではなくSlackで行われていた。
大西は、今までメールで懇切丁寧にやりとりしていたことが、スタンプひとつで終わることに衝撃を受ける。
大鵬薬品では社員によるSNSの利用が厳しい。
「ひとりの投稿が会社に大きな影響を与えてしまうリスクが有るから、やたらと投稿できない……」という考えが染みついて、大西個人のSNSの更新すら抵抗があった。
一方、nana musicはユーザーとのコミュニケーションツールとしてTwitterやツイキャス、Facebookを使っており、リアルタイムでユーザーから返事が返ってくる。ユーザーとコミュニケーションを取ることでサービスが凄いスピードで進化していく。
大西はそれを目の当たりにして、「もっとスピードを意識し、柔軟に考えていかないと……」と焦りを感じた。
—あれもダメこれもダメ
「面白いものが何なのかわからない!」
nana musicでの大西の仕事は、「nana」の新たな収益化手法の発案であった。まずは収益化のための企画を提案する必要があり、様々な企業の事例や本などを参考に、今まで考えたこともない10代女子に向けたアイデアを日々絞り出した。
製薬業界一筋だった大西は、分野・ターゲットの違いに戸惑うばかり。
最初は週2回程度、細野COOの前で、企画提案をする場が設けられており、企画の感覚が掴めぬまま、思いついたものは出せるだけ出した。
しかし、それらは既に考え尽くされていたり、自分が「これだ!」って思える企画であっても、すぐに却下される、その繰り返しだった。
そして、ひたすら企画の提案が続く中、初めて、とある企画を褒められる。
その企画とは、「nana」の特徴を活かし、音声でユーザーアンケートを取るという、新たなアンケートシステムの提案だった。
「これ、面白いね」細野から高評価をもらう。
しかし大西は素直に喜べなかった。
というのも、大西自身はそれほど特別良い企画だとは思っていなかったからだ。
「面白いものが何なのかわからない……」
本質が掴めていないことに気づく。
その感覚を掴まないと判断ができない、良いものも見過ごしてしまう、的外れのことばかりしてしまう。
大西は引き出しを増やそうと、普段は触れないメディアやアプリなどからも情報をチェックするなど、様々な角度からインプットした。
そんな懸命な大西を見て、細野からアドバイスがある。
「企画を考える際は、本を読んだりして知識をインプットするのもいいが、実際に色んな立場の人に触れる機会を作って話を聞いたり、自分でも触れてみて知見や経験を増やすといい。それが「良質なインプット」。そして、ユーザーに憑依して仮定し、検証するのが大切だ」と。
大西はアドバイス通り、ネットや書面上のインプットだけではなく、気になったものは自分で足を運んで見聞きしたり、サービスを利用してみたりするようにした。
また、自主的に、ターゲットである10代に直接ヒアリングも行った。
とある音楽イベントにnana musicのスタッフと一緒に行った時のこと。
他のスタッフが躊躇する中、大西は、会場に来ていた10代の男女数名に自ら声をかける。
他のスタッフから「逆ナンすごいですね(笑)!」と言われるほど。
しかし、大西にとっては普通のことだった。
nana musicに移籍することを決めた時もそうだったが、新しい環境に飛び込むこと、知らない人にアプローチすることはそれほど苦ではない。自分の強みは「突撃力」なのかもしれない……、自分では意識していないところに強みがあった、と大西は思う。
——移籍して1ヶ月半経った頃。
ユーザーの喜ぶことをひたすら考え続け、自分で試すという経験をしたおかげで、大西はだいぶ感覚が分かってきた。
大西が出した企画がそのまま実行されることはなかったが、ちょうど別で進んでいたユーザー向けの新規プロジェクトの担当を任されることになる。
—はじめての「飴づくり」。はじめてのディレクター
大西が担当することになったのはnanaオリジナルの飴づくり。
社内で、「歌う人向けの飴を作りたい」という話が以前から出ており、『歌う人のための、のど飴』を作るプロジェクトの実施が既に決まっていた。大西は商品化するまでのディレクションを担当することになる。
飴の製造元である老舗メーカーとの調整、パッケージを依頼するデザイナーとのやりとり、そして告知するWEBページの制作、物流の整備。すべてが初めてだった。
nana music でも、オリジナル商品の販売は初めて。
正解がない中で作り上げていくことに、迷いもたくさんあった。
それでも、ゼロベースから携わり、沢山の人達とのコラボレーションの中で、沢山の想いが詰まった商品がリアルに出来上がっていくことにやりがいを感じた。
完成した飴のパッケージ詰めをする大西
しかし全てがうまくいったわけではない。
確認不足だったために、作業のやり直しを行うなど、余計な手間とコスト、プロジェクトの他メンバーに迷惑をかけてしまったこともある。
大西はその度に「また失敗した……」そう感じ、落ち込んだ。
そんな時、いつも細野が返してくれた言葉があった。
「ナイス学び!」
この会社では、失敗が失敗ではなかった。
失敗に対する許容度が非常に大きい。
それは、進めている物事はすべて検証であり、プロセスだから、何かトラブルがあってもそれは失敗ではないという考えだ。また、検証においてはリスクを最小にするために最小・最短・最速で検証をするためにはどうするか、それを考える。そこで得られる結果は、全て学び。
「すごい……!」
失敗を失敗と捉えず、学びだと思うと気が楽になる。
大きな賭けではなく、一歩一歩ゴールに向かって足元を固める検証だと思えば、勇気も出る。チャレンジしてみたくなる。
「不確実なものを検証していくことの繰り返しが結果につながる」
ということを、身をもって学んだ。
それは大西にとって、大きな一歩を踏み出すきっかけとなる。
▼ 第3章「 思い出した、自分の好きなこと」へ続く
取材協力:大鵬薬品工業株式会社、株式会社nana music
storyteller 小林こず恵