「お弁当にイノベーションを!大企業人材がベンチャーで起こした新しい風」あいおいニッセイ同和損保株式会社 田郷雄介さん
もっと広い視野を持ちたい
田郷さんは、2016年の4月にあいおいニッセイ同和損保株式会社に入社した。この仕事を選んだのは、「自分に合いそうな社風であり、大企業だったから」という。あまりにもストレートすぎる理由には、実は父親の仕事に対して感じていた複雑な思いが根底にある。
「父が、今でいうとベンチャー企業のような会社で働いていたので、収入の浮き沈みが激しく、それが原因で揉めていたこともありました。そういった光景を見ていたこともあり、安定した企業に就きたいと考えていて」
あいおいニッセイ同和損保に入社して配属されたのは、大阪自動車営業部。大手自動車ディーラーの販売スタッフに対して保険の勉強会を行ったり、一緒にお客様のもとへ同行して保険を販売するなどの業務を担当していた。
「営業の仕事は性に合っていたからなのか、営業先とコミュニケーションを密に取ることで、相手の思いを汲み取り、行動することでそれなりに結果も出せていたと思います。ですが、慣れてきたこともあってルーティン化してきているのでは、と感じることも増えました。 もちろん、しっかりと結果を出すために自分なりの工夫はしているつもりですが…」
そのうちに、「もっと自分にできることはあるのではないか」と考えるようになった。
「大学時代の友人と仕事の話をしてるときに、僕は自分の仕事以外のことを全然知らないんだなと気づいたんです。ビジネス用語も知らなければ、世の中にはどんなビジネスモデルがあるのかも知らない。そもそも自社のこともよく理解していないんじゃないかと。目の前の業務に一生懸命なことは大事なことなんですが、あまりにも無知なのではと自分を省みるきっかけになりました」
もっと世の中のことを知りたい。広い視野を持ちたい。そんな田郷さんの希望にフィットしたのがレンタル移籍だった。すぐさま応募し、挑戦することが決まった。
移籍先に決めたのは、日本の食文化と農(アグリカルチャー)の発展を目指す「アグリホールディングス株式会社(以下、アグリ)」。日本食材の海外輸出を担うスタートアップとして2014年に創業し、国内ではお弁当事業や飲食店の立ち上げや商品開発を行っている。
「移籍前に自分の人生を振り返る機会がありました。そのときに、自分は友人とご飯に行ったり、同期と飲んだりするときの会話、つまり『食事中のコミュニケーション』を大切にしていることがわかりました。アグリは食に関わる事業ですし、人数も少なく、意識高く業務に邁進されていることをお伺いし、ここであれば自分の成長につながると感じました」
販路を広げるために奮闘
2021年7月からレンタル移籍が始まり、一番最初に取り組んだのはお弁当づくり。アグリでは、ビーガンやハラルなど食に制限がある方にも対応した、健康的で美味しいお弁当を提供するサービスを行っている。
「まずはサービスの流れを知るために、厨房の業務からスタートしました。現場で手を動かしながら、お弁当をいかに効率的に作るか、どうしたら見栄えが良くなっていくのかなどを考えました」
ここで取り組んだのは、作業導線の改善。
「5人ほどでお弁当を盛り付けていく際の動線が狭く、人が入れ違うときに必要以上に時間がかかったり、お弁当が落ちることもありました。そこでアルバイトの方の意見も聞きながら導線を見直し、厨房の配置換えを行いました」
厨房の業務で自社商品の理解を深めた後は、お弁当の販売先開拓を担当した。当時は対面販売を行っておらず、お弁当を扱うプラットフォームサイトからの注文がほとんど。今度は自社サイトでの注文を増やそうと取り組んでいた。
「企業単位で定期的に注文をいただくことを目標に、会社から地図を広げて、『○○丁目ごとに従業員○○人以下』など対象を絞りながら、営業活動を始めました。どんなお弁当が食べたいか、在宅勤務を実施しているかなどのリサーチも兼ねて200社ほど直接訪問しました」
短期間で多くの企業にアプローチできるように、いかに簡潔にわかりやすくトークをするかということを心掛けていたそう。実際に足を運ぶことでわかったこともあった。
「コロナ禍でも数十人規模の会社なら出社しているだろうと予想していたのですが、8割ぐらいの会社が在宅勤務を実施していたんです。写真を見せると『おいしそうだね』と良い反応をいただいたものの、なかなか販売にはつながらず、苦戦しました」
そんな中で、店舗「BENTO LABO」での販売もスタート。実際に店舗に立ち、販売を担当した。
「実際にお客様が食べた時の反応も見てみたく、個数を限定して店頭でも販売を始めました。在宅が多い中でも、近所のオフィスに務めるお客様などが購入してくださって嬉しかったですね。一方で、当初の目標であった、企業単位での契約につなげることは難しくて…」
コロナの影響もあり苦戦した部分も大きかったが、その後、アグリの元々のつながりから、ホテルとの契約が決まったり、ホテルに長期滞在するお客様向けにお弁当を配達することなどが決まり、徐々にではあるが、販売経路が確保できていった。
お客様の声がきっかけで生まれた「NOSSI日本橋」
店舗販売を続けながら、「店頭の販売個数を増やすためには、お客様の意見を聞くことが大事」だと気づいた田郷さん。お客様の声を頼りに様々なアクションを実施していた。そんな中、田郷さんはお客様からのクレームをきっかけに、とある打開策を思いつく。
「お客様から 『何が入ってるのかわからない』というクレームをいただいたんです。ビーガンのお弁当には、フムスというひよこ豆のペーストが入っているんですが、ぱっと見ただけではどんな料理なのか、わからりづらいんですよね。わかった上で食べた方が安心だし、食べる楽しみにつながると思い、お品書きをお弁当と一緒に手渡しました。お弁当の熨斗紙を入れてからはお客様からは同様のクレームが無くなり、意外にお品書きを読んでるんだという事がわかりました」
さらに田郷さんは、このことから何か新たなアプローチができないかと考えた。そこで考え出したのが、お弁当の『熨斗紙(のし紙)』を読み物としたタウンペーパー『NOSSI 日本橋(以下、NOSSI)』だ。
日本橋界隈のグルメや地域の情報など、お弁当を購入した人が食べながら、楽しく読める内容を記載した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000028666.html
「コロナ禍では外にご飯を食べにいくことも難しいし、在宅勤務の人もいる。以前のように活発に人とコミュニケーションをとる機会が少ないからこそ、『NOSSI』が雑談のきっかけ、地域飲食店の新たな小さな収入源になってほしいという想いがありました」
記事の編集は、同じフロアに事務所を構えていた縁もあり、「中央区民マガジン」に依頼した。中央区民マガジンの担当者と何度も話を重ね、紙面の内容、レイアウトなどを決めていった。また、田郷さん自身で広告主や配布協力してくれそうな飲食店を探して、アプローチを行った。
「広告費用も決まっていなかったのでどんなメリットがあるかなどプレゼンし、交渉しつつ費用を決めていきました。自分たちの店だけで配布していても広がらないので、テイクアウトを実施している飲食店へ伺い、協力店を探しました。一枚配布ごとにインセンティブがつく形にしましたが、広告主が集まらなかったらやめようと自分の中でリミットを決めて挑みました。結果的に、初号は7社ご協力していただけることになりました」
まだまだ認知度が低く、費用対効果が見えづらい中で、受け入れてくれる企業とそうでない企業があった。
「受け入れてくれる企業は『面白いアイデアだね』という嬉しいお言葉をいただきました。今まで有名なクーポン雑誌などにも掲載した事がないお客様からも広告掲載のご連絡をいただけたり、想いに共感してもらえたことは本当に嬉しかったです」
そうして初回の発行部数は3000部、第2号は5000部と発行部数を伸ばした。
「中央区民マガジンさんがリソースを生かして、読み応えのある内容にしてくださったのも大きかったですね。読んだ方からも『面白かったよ』と声をかけてくれ、お店とお客様をつなぐツールにもなりました」
自分の考えたアイデアが新規事業として、世の中に見える形で実現する。これまでにない経験を経て、田郷さんはどんなことを感じていたのだろうか。
「やはり不安はかなり大きかったですが、NOSSI日本橋は自分の力ではなく、周囲からの助けで実現し運営ができたと心から思っています。周囲からの意見やアドバイスをもらうことで自分自身では見つけられなかった視点が増え、視野が広がっていくことを感じました」
「代表の竹田さん、COOの息吹さん、中央区民マガジンさん、そしてメンターの椿さんにもアドバイスいただいたことで形になりました。 そして、お客様、協力してくれた飲食店、広告主、アグリの方々みんなで事業を作っている感覚でした。新しい事業に取り組むときは、自分の考えやアイデアに頼りすぎず、お客さまの声や周囲からの意見やアドバイスをきちんと踏まえて進めていくことが大切だと学びましたね」
新規事業の立ち上げで得た学びとは
新規事業を自ら手掛けたことで「周囲の声を聴き、進めていく大切さ」に気づいたという田郷さん。実は長い間、自分の中にある葛藤と戦ってきたからこそ、今回の気づきに至ったと教えてくれた。
「学生時代は本当に余計なプライドが高く、頑固だったと思います。そのことを気づかせてくれたのは大学時代のラクロスです。頑固ゆえに信頼関係が築けなかったりしました。卒業してから同じ過ちは繰り返したくないと考え、会社組織の中でどういった立ち回りをすべきか真剣に考えていました。それでも入社してからもプライドが残っていたんです」
しかし、今回のレンタル移籍を通じて、店頭販売を経験したり、新規事業でフロントに立つことで、お客様や周囲の意見やアドバイスをフラットに受け入れたほうが事業全体が良い方向に進んでいく事を、身を持って実感したという。
「この出来事というよりは、毎日の経験が積み重なって気づいていったんです、自分が知らない世界がたくさんあることを素直に認識できたことで、周囲の言葉がすんなりと自分に入ってくるようになりました」
外部環境を知ることで自分の無知を痛感し、視点を増やし、視座を広げたことで、より人の考えやアドバイスにどういった想いが込められているのか理解しやすくなったと感じたそうだ。また、メンター椿さんとの対話で得たことが、今でも生きているという。
「椿さんには色々ご相談して本当にお世話になったのですが、当時教えてもらったことは、今でも業務を進めるうえで意識しています。たとえば、仮説思考的に仕事を進めるということ。ゼロイチを進めるときは、本当に正解がありません。結果や成果を追い求めるためにたくさん情報を集めることも大切ですが、情報収集に時間をかけ過ぎず、お客様の声を頼りに、目標までの最短距離をまずは仮説立てし、行動することを意識しています。準備に時間をかけるのではなく、動きながら準備していく考え方にシフトしました」
明確に見えてきた次の道
2022年4月、あいおいニッセイ同和損保に戻り、本社の経営企画部の配属となった田郷さん。配属となった「デジタルビジネス開発グループ」は社内の新規事業開発を目指し、新しいビジネスモデルの研究、企画・構築を行っている。
「弊社の社員が、新しい情報に触れることや視野を広げる機会を創出したり、社内コミュニティを作って新しい情報を共有できないかと考えています」
また、田郷さん自身もスタートアップの人と協業して新規ビジネスを生み出したいと考えているのだそう。
「今はどんな業界が伸びてきているのか、うちの業態とマッチングしそうな面白いサービスはないか、リサーチしながらその種探しをしています。新規ビジネスの経営を担ったりすることもできれば、当然大変だとは思いますが、やりがいも大きいのではと考えています」
そう笑顔で話す田郷さん。
外部を知り、視野が広がったことで考え方にも変化が起きている。
「ベンチャー企業に行って変化したのは、『とりあえず挑戦して、やりながら考える』と積極的に動けるようになったことです。移籍前は、自分の中で考えた行動基準に従って行動していくみたいな考えだったんですけど、移籍してるときはまずは動いて、それに対してアドバイスもらってまた行動して…とトライ&エラーの中で、学びを得て、それをまた実行していく楽しさを知りました。これまでは事前準備8割、行動2割でしたが、これからは準備5割、行動5割で進んでいきたいです」
ゼロイチで新しく生み出すことで視野が広がり、自分の進むべき新たな道を見つけた田郷さん。異なる環境に身を置いたことで、自分自身を省みることができ、行動や意識の変化にしっかりと結びつけることができたようだ。
Fin