【「怖がらない。前に出る。」 半年前には想像もできなかった自分が、そこにいた】 大和ライフネクスト 堀江明子さん –前編-
目次
やっぱり歯が立たないのかも……
「手も足も出ないとは、このことだと思いました」
大和ライフネクストから、Rapyuta Roboticsにレンタル移籍をして2カ月。堀江明子(ほりえ・あきこ)さんの月報には
「日々膨れる不安を抑えられず、無力さを実感した5月」
と、書かれている。
その月報は7月、
「五里霧中から無我夢中へ」
と変化し、
最終月である9月は、
「ロボットの成長に涙し、自分も負けずに成長し続けると心に誓った9月」
で締め括られている。
9月、移籍が終了する時には、
「ああ、私の青春が終わった」
とまで思ったという堀江さん。その、濃密だった半年間についてお話しを伺いました。
育休明け。自分のキャリアの先が見えず
大和ライフネクストに転職して7年。堀江さんが、レンタル移籍の公募を見かけたのは、ちょうど今後の自分のキャリアに悩んでいた時だという。
大和ライフネクストでは、現場に行って建物の劣化状態を確認し、工事計画を立てる部署にいた。
2015年、子どもを授かったのをきっかけに、現場対応が多かった建物診断課から、長期修繕計画課に異動。マンション管理を行う上で、修繕予算を積み立てるためのプランを作ることが、主な仕事だ。
育休明けは、まず時短で復帰したという。
「仕事に対する成果を出さなくては、とシビアに考えるようになったのは、子どもが生まれてからですね。時短で働くようになり、自分がこの会社で何ができるのかを、真剣に考えるようになりました」
間もなく、フルタイムで働くようになったのは、どんなに頑張っても、時短勤務だと杓子定規に評価されてしまうと感じたからだそう。
保育園の送り迎えは、ご主人が担当してくれたこともあり、メンバーと一緒に社内のビジネスコンテストにも積極的に応募した。
テーマは新規事業と業務改善。結果は特別賞だったが、新規事業のほうは、社内で実装するには至らなかった。
「一歩踏み出し、社内で突き抜けるには、何かが足りない。でも、仕事以外の時間を使ってスキルアップのための勉強をする時間はとれない。悶々としていた時に、レンタル移籍の公募があって、これは面白いかもしれない! と思ったんです」
魅力だったのは、半年で終了する移籍だということ。
「長期にわたる出向だと、生活スタイルを変えなくてはいけないかもしれない。でも、泣いても笑っても半年間の移籍だったら、家族の協力も得られるのではないか。アウトソーシングで家事代行してもらったり、時短できる家電への投資などをしてでも、このチャンスに賭けてみたいと思いました」
「堀江さんに何ができますか?」
ものごとを新しく生み出していく、スタートアップの環境。その場で、どうやったらアイデアから実装にたどり着けるのか。それを学びたいと思った堀江さん。
いくつかの候補先から、興味を持ったのは、Rapyuta Robotics株式会社(以下、ラピュタ)だった。ホームページには、人間と協調するロボットを生み出す世界を目指していると謳われている。この分野に疎い堀江さんの目から見ても、ラピュタが目指す世界観は、魅力的に感じられた。
とはいえ、門外漢の業界である。
「最初、 ロボットやIoTの業界に行きたいと言ったら 『建築畑で育った堀江さんが、その業界で何ができますか?』と、ローンディールの大川さんに聞かれたりもしました」
「確かに」と、自分の思考が浅く、トレンドを追いかけていただけかもしれないと反省した。しかし、ローンディールを通じ、ラピュタに移籍中のメンバーと会って話すうちに、その事業内容にどんどん惹かれていった。ラピュタがやろうとしていることと、今自分がいる業界との間に、「社会インフラ」という価値の共通点を見出すことが出来た。
そして、ロボットオペレーションに携わる業務は、自分の経験とリンクするかもしれないと、これまで遠かった存在を一気に近づけることができた。こうして、不安が期待に変わる。
「ラピュタのロボットは、ひとことで言うと、協働ロボットです。これまでも、ペッパーくんやお掃除ロボットのような協働ロボットはありましたが、ラピュタのロボットは、個体として動くのではなく、ロボット同士がお互いを認識しあって動くというところが画期的なところです」
とくに魅力的だったのは、「今後は、自社のロボットだけではなく、いろんな会社のロボット同士が協業できるシステムを作りたい」という言葉。
「『ロボット同士の意思疎通』そして『人間とロボットの協業』というコンセプトで業界を活性化したいという視座の高さに、とてもわくわくしました。エンジニアの多くは外国人であることもわかり、こういう環境に身をおけば、自分も大きく変われるような気がしたんです」
折しも、ラピュタではロボットの実証実験が終わって、まさにいまから、お客さまの倉庫でロボットを動かすという段階に突入しようとしていた。
開発のターンが終わり、ここからは、オペレーションや、保守業務をしていかなくてはならない。スタートアップの会社が保守部門を自前で持つことは現実的ではないので、外部の会社に委託しながら進めたいという。
「そういう話であれば、これまで自分が建築の修繕業界で培ってきたノウハウと紐づけて、貢献できることがあるかもしれないと思いました」
無事に採用が決まり、2020年4月1日から移籍することが決まった。
家族の応援を受けて、新しいスタートを切ろうと準備を始めたとき、最初の困難が堀江さんを襲った。コロナによる、緊急事態宣言の発令である。
4月1日、パソコンを借りにいくために事務所に行ったものの、そこにいたのは、総務担当と、同時期に採用されたインターン生だけ。
対面での顔合わせもできず、会社の雰囲気もつかめないまま、堀江さんの仕事はリモートワークでスタートすることとなった。
前例、無い。データ、無い。 知識も、無い。
堀江さんが最初に取り組んだのは、コスト分析だった。
ラピュタが提供するのは、ロボットのサブスクリプションサービス。それらのロボットを、どれくらいの頻度で点検するのか。故障した場合、どのように対応するのか。その場合の駆けつけ費用や輸送費はどれくらいかかるのか。コールセンターは必要か……。
さらには、そういった費用を見込んだ上で、ロボット1台をいくらでサブスクすれば、事業が成立するのか。その試算をするのだ。
しかし、この試算が困難を極めた。
「何が難しかったかって、一番壊れやすいパーツはどこか。故障率は何%なのか。修理は現場でやるべきなのか、工場に送るべきなのか。これらすべて、エンジニアですら、100%はわからないんです。誰に聞いても『実際に稼働してみないと、わからないよ』と」
たとえば、汎用化された商品であれば、耐久テストをした上で、何回転させたら壊れる、この方向からの力を与えたら壊れやすいなどの、限界値を何度も測定する。しかし、新しいタイプのロボットの開発で、そこまで厳密なテストを行うのは現実的ではなかった。
「前例のない製品を世に送り出すということは、こういうことなんだと、最初に洗礼を受けた気持ちでした」
とはいえ、外部の保守会社と契約するにも、ある程度の試算がなければ、 相見積りすら取れない。
「誰もわからないことなんだから、データのある部分とない部分を明確化して、最後はえいやっと決めるしかない。ではどうやって決めたかというと『これだけの台数を動かしている場合、どれくらいの故障率であれば許容していただけるだろうか……』という数字を想像して試算しました」
コストを抑えるため、委託する部分、自分たちでまかなう部分を選別するのも、堀江さんの仕事だった。
「たとえば、最初はコールセンターは自前でやって……などと、できるだけコストを抑え、初期投資を少なくするように考えました」
4月いっぱいは、この概算に終始した。なんとかビジネスモデルを作ることはできたが、次に堀江さんを悩ませたのは、外部委託するための、ドキュメント制作だった。
「外部委託するためには、この部品はこのように取り扱って、こういう修理をしなくてはならないといったことを言語化し、ドキュメント化しなくてはならないんです」
社内の運営マニュアル、外部委託するための運営マニュアル……。商品知識のない堀江さんにとっては、これらのマニュアル作成が、想像を絶する大変さだった。
というのも、それらのマニュアルを作るために、ステークホルダーを動かさなくてはいけないのだが、社内のエンジニアに何度呼びかけをしても、思うように協力が得られないのだ。
メールでも、スラックでも、グーグルコメントでも、何度もメンションをして、マニュアル作りへの協力を要請した。しかし、外国人がほとんどのエンジニアは、反応してくれない。
「ガン無視されてる……!?」
自分の英語が伝わっていないのか。
忙しくて見る時間がないのか。
質問の内容が悪いのか……。
それすらわからない。
「手も足も出ないというのは、このことかと思いました」
事態がまったく動かないまま、1週間たち、2週間がたった。
「日々膨れる不安を抑えられず、無力さを実感した5月」
堀江さんが月報に残した言葉である。
<Rapyuta Roboticsより採用のお知らせ>
堀江さんがレンタル移籍した「Rapyuta Robotics」では、あらゆるポジションにて採用を行っています。ご興味のある方は以下のフォームよりお問い合わせください。
https://www.rapyuta-robotics.com/ja/contact-us
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計46社122名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年2月1日実績)。
協力:大和ライフネクスト株式会社 / Rapyuta Robotics株式会社
文:佐藤友美
写真:宮本七生