「もがくことでしか得られない成長がある」 京セラ株式会社 木村明日樹さん


 電子部品や通信機器、太陽電池などを製造する電気機器メーカー・京セラから、「風景の流通」を目指す株式会社ランドスキップレンタル移籍した木村明日樹(きむら・あすき)さん。ちょうどランドスキップ社が事業拡大フェーズにあり、最初から即戦力を求められるプレッシャーの大きい状況でした。

 その中では、厳しいこと もあったそう。しかし木村さんは「厳しい環境だからこそ、成長できることもある」と話します。ベンチャーという環境に身を置いて、木村さんが手に入れたものとは? 1年間を振り返っていただきました。

アイデアを磨いて、広く届ける

——レンタル移籍に応募した経緯を教えてください。

 国内営業として10年ほど、産業用セラミック部品の販売などを担当していました。既製品ではなく、お客様が求めるかたちにセラミック部品を加工して納入します。ファインセラミックスには熱に強い、摩耗しづらい、絶縁性があるなど多彩な特徴があり、お客様の要望に合わせた提案を考えて商品を売ることや、いろいろな業界の方と関われることにやりがいを感じていました。

 ただ、同じ業務を10年続けているとどうしても成長を実感する機会が少なくなってきます。漠然と「このままでいいのかな」と感じていた時にレンタル移籍の話をいただき、応募を決めました。

——行き先にランドスキップを選んだのはなぜですか?

 「人」に惹かれたことが一番の理由です。面談でお話しした下村一樹代表の熱意に触れて、「この人のそばで経験を積みたい」と感じました。

 京セラと似たところがあると感じたことも理由です。ランドスキップは、ディスプレイにリアルな世界の風景を映し出す「バーチャル・ウィンドウ」などが主な商材。商材の種類はまったく違いますが、セラミックスが発想次第でいろんなところに売りに行けるように、バーチャル・ウィンドウも自由度が高いものです。ここならやりがいを持って働けるのではないかと思いました。

——京セラでもランドスキップでも、自分のアイデアを武器に様々な業界へ届けることに魅力を感じていたのですね。

 そうですね。一方、2社には違うところもあります。京セラではモノを販売していましたが、ランドスキップには風景映像を配信するなど、サービスを提供するビジネスモデルもある。様々な企業とタイアップして製品を売り出すことが多く、事業連携の経験も積めるのではと、新たなスキルを学ぶ機会にもなりそうだと期待していましたね。

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写真左:木村さん /  写真右:ランドスキップ 代表 下村一樹さん

「入ったばかりだから」は通用しない

——2020年2月からレンタル移籍をスタートしていますが、行く前はどんな気持ちでしたか?

 上司や同僚が「こっちはしっかりやっとくから気にするな」と言ってくれたおかげで、京セラを離れることへの不安はまったくありませんでした。ただ、移籍に関してはワクワクよりも不安が大きかったですね。1年間は短いようであっという間。ランドスキップの皆さんに「来てもらえてよかった」と思われる人材でありたいし、京セラにも良い経験を持ち帰りたいし、プレッシャーを感じていました。

 最初の1、2週間は異世界に来たような気持ちでしたね(笑)。物事を決めてアクションするまでのスピードが本当に速くて圧倒されました。当時、バーチャル・ウィンドウに加え、デジタルサイネージを使った空間演出事業の注目度も高まっていて、軌道に乗り始めていたんです。業務量も多く、 自分も戦力になることを求められていて、「入ったばかりだから」なんて甘いことは言っていられない状況で、とにかく忙しかったですね。最初の2ヶ月ほどは業務をこなすのに必死でした。

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幕張メッセで開催されたホテル&レストランショーにて、ブースで展示した8Kピクチャーウィンドウ

——その必死な状況をどのように乗り越えたのでしょう?

 やり続けるうちに慣れていったこともありますが、意識が変わったのは3ヶ月目の4月に、自分で企画書を書いたことですね。

 実は移籍前の面談で、下村さんに「ランドスキップのプロダクトを医療機関に導入したい」と伝えていました。患者さんにとって不安や苦痛が伴う医療機関に、バーチャル・ウィンドウで癒しの要素を作り出すことは、とても価値があることなのではないかと考えたからです。

 そうしたら、ちょうど新設される医療トレーニングセンター内に開設する人工透析製品のデモルームにバーチャル・ウィンドウを導入する案件が舞い込んできたんです。このことを覚えてくれていたのか、下村さんが「木村さん、企画書を書いてみてください」と言ってくれました。

 当時は企画書なんて書いたことがありませんでしたが、下村さんの過去の企画書を見せてもらい、京セラの営業で培った技術も総動員しながらどうにか自力で作ってみました。

 仕上げた企画書を、下村さんは「素晴らしいです!」と評価してくれました。お客様からの反応も良く、正式な受注に向けて動いていくことに。ランドスキップに来てはじめて、「自分でもやれるんだ」と思えたできごとでしたね。

「経験が浅いからじゃない、覚悟がないから怖いんだ」

——最初に作った企画書が通るのはすごいですね! その後の大きな自信になりそうです。

 そうですね。おかげでいろんなことに前向きに取り組めるようになりました。ただ、できないことも多かったですけどね(笑)。下村さんに厳しく怒られることも多かったですし。いい意味で特別扱いせず接してくださったと思います。1年間だけの仮メンバーではなく、チームの一員として見てくださっていました。

——印象に残っている下村さんの言葉はありますか?

 3ヶ月ほど経って業務に慣れてくると、自分で判断をしなければならない場面が増えてきました。その中で「もし間違ってランドスキップに迷惑をかけたらどうしよう」と決断できなくなり、いちいち人に相談したり、判断が遅れたりすることがありました。その時に下村さんから「経験が浅いからじゃない、覚悟がないから怖いんですよ」と言われたことをすごく覚えています。

 下村さんは何でもスマートにこなしているように見えていたけれど、本当は何かを決める時にはすごく悩んでいるんですよね。そのことを知って目がさめる思いでしたし、「決断が怖い」という感情が特別なものではないとわかって吹っ切れました。下村さんが「信頼しているから、木村さんが良いと思った判断には文句を言わない」と言ってくださったのも安心しましたね。

 それ以降は、なんでも誰かに答えを求めることはなくなりました。もちろん必要な場合は相談しますが、細かな判断や誰も答えを持っていない問題は、自分でしっかり考えて処理するようになりましたね。

もがくことでしか得られない成長がある

——着実に一つひとつステップアップしていますね。

 メンターの方や、周囲の方に助けられたところも大きいです。メンターの後藤さんは、初期の業務についていけなくて落ち込んでいた時に「大企業とベンチャーでは仕事の仕方が違います。長距離走と短距離走で使う筋肉が違うようなものだから、あまり落ち込まなくて大丈夫ですよ」と声をかけてくれました。その言葉は支えになりましたね。

 半年が経った頃には、ステップアップのための助言もいただきました。ランドスキップのやり方にもかなり慣れて、スムーズに仕事をこなしていた頃。気持ち良く仕事ができて楽しい半面、このままではこれ以上成長できないと薄々感じていたんです。後藤さんはその僕の心境を見透かすように、「今のままで終わるのは、木村さんのレンタル移籍の目的と違いますよね」と踏み込んでくれて。さらに成長するため、次のフェーズへ進む後押しをしてくれました。

 具体的には、ランドスキップの将来のためにできることをしようと、バーチャル・ウィンドウの引き合いを増やすLP(ランディングページ)を作ったり、マーケティングに詳しい人に話を聞いて、新たな施策を考えたりしました。

——他のメンバーの方から言われて印象に残っていることはありますか?

 以前ランドスキップにレンタル移籍をしていて、現在はもとの会社に戻ってランドスキップと共同事業を開発している方がいらっしゃいました。僕も仕事で関わる機会があって、たくさん影響を受けましたね。

 やっぱり、大企業とベンチャーの両方を把握しているので、僕の気持ちをよく理解してくださったんですよ。そうして悩み相談に親身にのってくれた一方で、共同事業を進める中では厳しく叱咤されることも。事業を生き残らせるために必死になる、その強い思いを感じました。

……こうして振り返ってみると、厳しいアドバイスをもらうことが多かったですね(笑)。つらいですが、自分の人生を振り返った時、厳しい環境に身を置いた時こそ成長するとも感じています。そもそも京セラで成長が感じられなくなったのは、勤続年数が長くなる中で怒られなくなっていったこともあると思います。苦しみながらもがくことでしか得られない経験もあるのだと思います。

 でも、ただ厳しいだけではなくて。たとえばお客様との交渉の際、僕は折衷案で解決しようとすることが多かったのですが、下村さんは「それは効果がないよ」と。そのうえで「もっと大胆に引く時は引く、引かないところは引かないというスタンスでいないと、交渉はなあなあで終わってしまう」などと、具体的なアドバイスをくれました。こうした細かい指導はどれもすごく勉強になりましたね。

技術的に前例のない案件にチャレンジ

——厳しいけれど実践的なアドバイスに鍛えられたのですね。レンタル移籍の後半では、何か印象に残ったエピソードはありますか?

 最後の2ヶ月は、先ほどお話しした人工透析室にバーチャル・ウィンドウを導入する案件に全力投球していました。僕にとっても一番思い入れの強いこの案件が佳境を迎えていたんです。

 バーチャル・ウィンドウはこれまで壁にかけて設置するのみでしたが、この案件では天井に設置しようとしていました。お客様はもともと天井には他社の静止画用ディスプレイを使う予定で進めていたそうなのですが、「やっぱりバーチャル・ウィンドウのほうが良い」と言ってくださったんです。技術的に前例のないことを進めることになり、僕としても、ランドスキップとしてもチャレンジングな案件になりました。

 この契約の最終調整をしていたのが、派遣期間の終わりが見えてきた2020年12月から2021年1月頃です。ところが、契約まであと少しのところで様々な見直しをお客様から要請されるという予想外の展開に。そこからは、毎日下村さんにダメ出しをもらいながら調整を重ねる日々でしたね(笑)。心の中で何度も諦めかけましたが、ここで投げ出したら絶対に後悔すると思って、なんとか踏ん張りました。

 契約が締結したのは1月31日、レンタル移籍最終日の夜です。契約が決まった時は本当にほっとしましたね。納入までは担当できませんでしたが、どうにか自分の手で締結と発注まで進めることができました。

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後日、完成した人工透析室のバーチャル・ウィンドウ

▼ プレスリリースはこちら

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000017046.html

 

「京セラフィロソフィ」が腑に落ちた

——最後まで気が抜けないレンタル移籍だったようですね。あらためて振り返ってみて、どんな1年間でしたか?

 行く前はベンチャー企業におしゃれでワクワクしたイメージを抱いていましたが、実際は想像以上に泥臭い場所でした。会社や事業が生き残るため、常に危機感と隣り合わせの毎日でしたね。

 そうした現場に身を置くことで、僕自身、お客様との交渉術や企画提案力、業務を進めるスピードなど、たくさんスキルアップできたと思います。人工透析室の一件を通じて、「やりきる意志」を手に入れたことも大きかったですね。途中で諦めてしまう人には、プロジェクトリーダーや新規事業の責任者は務まらないと思いますから。

 ただ、ランドスキップが求めるレベルには最後まで到達できなかったと感じます。1年前の自分と比べれば確実に成長したけれど、まだまだだなと反省することもたくさん。悔しさも残る1年でした。

——その悔しさは、京セラでの今後の業務に活かしていくこともできそうですね。現在はどんな業務を担当していますか?

 国内営業の部署に戻って既存業務をこなしつつ、新たな業務も進めています。既存業務ではこれまでと同じ業務をしていても、スキルアップしたおかげでより高いレベルでこなせている手応えがありますね。

 新たな業務はまだ具体的にお話しできる段階にはないのですが、自分の経験をもっと幅広く組織に還元していきたいと感じています。自分に何ができるのか考えているところですね。レンタル移籍に行く前は漠然と「新規事業ができたらいいな」と思っていましたが、派遣期間中に死ぬ気で取り組んでいる人たちの姿を間近で見て、生半可な覚悟と計画ではできないと思いました。これならできると思うものが見つかれば踏み出したいですし、それまでは社内でのレベルアップに経験を使っていきたいです。学んだマインドを共有して、組織を活性化していきたいですね。

——外に出たからこそ見えた、「京セラの姿」もありそうですね。

 京セラには、創業者の稲盛が作った「京セラフィロソフィ」という経営・人生哲学があります。僕はもちろんこの考え方を大切にしていましたが、中にはどう実行に移せばいいのかわからないものもあったんですよ。

 ところが、ランドスキップで働く中で腑に落ちたものがいくつもありました。たとえば、以前は「経営者の意識を持て」と言われてもなかなか理解できなかったんですけど、ベンチャーを経験することで「こういうことだったのか!」と気づけたんです。

 京セラは今でこそ大企業ですが、創業した時はベンチャー企業のようなものだったんですよね。レンタル移籍を通じて「京セラフィロソフィ」の真の実践を少しは学べたんじゃないかと感じています。

充実した1年間を過ごしながら、「悔しさも残った」と語った木村さん。しかしその悔しさも、京セラに居続けるだけではきっと体験できなかったこと。厳しい環境に身を置いたから、やりきる意志を身につけ、「京セラフィロソフィ」の意味に気づくことができました。
悔しさがあるのは全力で頑張った証拠。だからこそ、その気持ちをバネにこれからも成長していけるのではないでしょうか。

Fin

協力:京セラ株式会社 / 株式会社ランドスキップ
インタビュー:小沼理 

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