「役割を果たすだけではなく、得意分野を生かす働き方」農林水産省・鈴木康介さん


地域の人口減少や地域産業の未来についての問題意識を持っていたことから、2014年に農林水産省(以下、農水省)に入省した、鈴木 康介(すずき・こうすけ)さん。高校卒業までは地元の山形県鶴岡市で過ごし、幼い頃から田んぼに囲まれた道を通学するなど、「農業」が暮らしの身近にある環境で育ちました。仙台市にある大学に進学し、政治史や法律を専攻。その後、農林水産省で新卒から7年間、地域産業として重要な分野である農業を盛り上げるため、日々業務と向き合う中、農業の成長産業化の実現に対する手詰まりを感じていたと言います。

その頃、同年代の職員が海外留学へ旅立ったり外部での経験を積んだりしていく中で、自分も一度は省庁とは異なる世界を見てみたいと思うように。そこで、人事からの提案で「レンタル移籍」の制度を知り、地域とダイレクトな繋がりを大切にする地域食材のサブスクサービス等を行うベンチャー企業・オプスデータ株式会社へ移籍することに。

馴染みのない言葉や働き方の違いに直面しながらも、与えられた環境でできることを考え続けた鈴木さんの9ヶ月間について、お伺いしました。

「個の力だけではどうにもならないこと」を行政なら叶えられる


―まずは農水省に入省した理由を教えてください。

生まれ育った山形の人口流出を肌で感じる中で「地域をどう良くしていくか」ということに興味がありました。大学1年の時に仙台で東日本大震災に被災したことも、公務員を目指したきっかけの一つです。

自分一人の力ではどうしようもないことに直面した時に、どうしたら地域を立て直せるか、良くすることができるのかについて考えましたね。個々の力では解決できないことを行政という組織でなら、叶えられるんじゃないかと。数ある省庁のなかでも、日本の地域の産業として主要なものである農林水産業を盛り上げていくことで地域を良くすることができるのではないかと思い、農水省を選びました。

―地域で働くという選択肢もあったそうですね。

就活中は、いずれ地元の振興に直接関わりたいという思いもありましたが、働き始めて農水省での仕事にやりがいと面白さを感じていました。省庁にいると、直接的ではなくとも地域の方々とやりとりすることがあるので、全国さまざまな地域と関わることができる良さを感じています。

―農林水産省での仕事にやりがいを感じる中、どうして今回「レンタル移籍」をしようと?

入省8年目にレンタル移籍をしたのですが、周囲には、自治体へ出向したり留学をしたりと、外に出て経験を積む人も多くいて。私は中堅世代として省内の若手を教育しながら仕事を進めていくような立場になりましたが、説得的に若手に話をするためにも、一度は省庁という同じ世界でなく、ほかの環境を経験したいという気持ちを持つようになりました。

入省7年目の終わり頃に人事と面談をしたところ、「レンタル移籍という制度がある」ということを聞いたんです。ベンチャー企業という、全く異なる環境で一定期間経験ができるというのはとてもいい制度だと思い、手を挙げました。

当時は、動物衛生課に所属していて地域とのやりとりはあっても県庁の担当者レベル。やっぱり、省庁の仕事は関係各所との調整が一番多く、もう少し地域産業のリアルな現場と関われる仕事がしたいと思っていて、また、農林水産物や食品を扱っているという親和性もあったので、数ある候補の中からオプスデータ株式会社を選びました。

―省内で感じていた課題解決につながるという期待もあったそうですね。

そうですね。省全体としては、昨今、農業産出額の減少、農業就業者の高齢化、荒廃農地面積の増加などの日本の農業をめぐるネガティブな状況が続いており、なかなか打開できない状況にあると感じていました。そして、私個人としても、地域の産業を良くしたいという入省当時からの気持ちを昇華させたい。それにはもっと現場の声を聞いたりこれまであまり付き合いのなかったスタートアップ関係の知識を入れたりすることが必要ではないかと考えました。

同時に、省庁では若手の離職増加という問題も抱えています。採用活動にも携わっていたのですが、優秀な同世代の人がやりがいを感じられずに流出してしまうケースもあって。省庁の業務は動かす山が大きいために、自分の裁量や関わっている部分が見えにくく、関わるプレイヤーが多いので実際に作業をする担当者まで意図が伝わらない、ということかなぁと自分なりに考えていました。仕事のやりがいを探る意味でも、規模の違う会社で働く機会を得られるのはいいなと思っていました。

「共通の言語がない」という環境に苦戦

―実際にオプスデータに行ってみて、いかがでしたか?

地方を盛り上げる事業とデジタル領域の事業が両輪のベンチャーということで、ベンチャー、デジタル分野、というこれまでとは異なる環境だったので、正直なところ、移籍前・移籍直後はわからないことだらけで。事前に中野社長との面談等を通して仕事内容について聞いてはいたものの、仕事内容もどんどん変わっていくし、移籍してからはすべてが新鮮でした(笑)。

働き方がフルリモートなので他の人が今どんな業務を進めているかも見えないし、当時13人の会社でそのほとんどがエンジニアなので、使う言葉や仕事の進め方が違うなど、手探り状態でした。

左が鈴木さん、右はオプスデータ代表取締役社長 中野さん

―鈴木さんのお仕事は、どのようなものだったのでしょうか?

最初の1ヶ月は、食品衛生関係のリーガルチェックを行っていました。まずは、これまでの経験を生かして、文書の確認や保健所への問い合わせを行うことが多かったですね。固い文書には慣れていたので、社内でも私が担当したほうが良いだろうということで。並行してオプスデータのサービスである「WAKEAU」という、地域ごとの農産物や加工食品を詰め合わせたボックスが毎月届くサブスクサービスのローンチに関わって。月一回程度、中野社長や先輩移籍者と一緒に地域を巡っていました。

オプスデータは各地の農家さんや関係者と繋がりを持っているので、各地を訪ねて現場の出品内容の改善だったり、新たに契約する農家さんを取材してウェブページ用の記事制作をしたり、相談から実務まで立場に関係なくできることを幅広く担当しました。各地域のキーマンをハブにコミュニケーションをとりながら中野社長たちと新規地域の開拓をしたり、データ分析や販売システムを動かしている社内エンジニアと現地のオペレーションの調整をしたり、特に配属や肩書きもなかったので、自分のできることを率先して進めるという仕事の仕方でした。

―苦労したことはありましたか?

プロジェクトメンバーと「共通の言語がない」という環境には苦戦しましたね。IT関係の専門用語など、社内で意見交換をしているけれどその背景や基礎知識がないままに話が進んでいるという感覚がありました。さまざまなバックグラウンドを持って中途入社される方も多く、育った環境が異なるメンバーと感覚を共有するまでには時間も労力も要しました。

仕事の質としても、これまでやってきた仕事の多くは、矢継ぎ早に降りかかる問題・課題を一個一個撃ち落として解決していくというプロセスだったのですが、ここでは、自分で問題や顧客のニーズを探してゼロから作り上げていくという掘り起こしスキルが必要で。その思考回路に慣れるまでにも時間がかかったように思います。

今、自分は何を求められているのか? 周囲の様子を見過ぎてしまったり気を使い過ぎてしまったり、萎縮しすぎた期間がありました。

石川県にて、生産者取材中の1枚

失敗を避ける仕事から、失敗が賞賛される仕事へ

―仕事の進め方が全く違ったんですね。そんな環境で、鈴木さんが一番身についた能力をあげるとするなら?

腹の据わり方、ですかね(笑)。移籍先では一つのプロジェクトの進むペースが早いので、とにかくボールを前に進めることが大事だということを感じました。省庁では「失敗しないための準備」に時間をかけることが多く、できるだけエラーが出ないようなリスクヘッジをします。

ですが、移籍先では真逆。中野社長からは、「とにかく失敗してもいいから行動する。事前確認よりも事後謝罪で」ということを何度も言われていました。

知らず知らずのうちに失敗をしないために石橋を叩くような思考に寄っていたのだと気づきましたね。失敗を恐れずにまず動いていいんだなという心持ちになったのが、数ヶ月経ってからの気持ちの変化です。

―慣れない環境で行動してみるというのは、なかなか大きな一歩ですね。

毎月1時間ほど、メンターの木本さんに相談に乗っていただいていて、そこでも、さまざまな経験をされた木本さんと公務員の私との圧倒的な仕事観の違いを感じました。お話しする中で、「自分の得意なこと、やりたいことをどう生かすかが大事」だと教えていただいたことが印象的で、以降意識するようになりました。

私たちは「役人」という言い方をすることがありますが、まさに与えられた「役」をどうやって果たすかという考え方で仕事をするんだ、と入省後に教わった記憶があります。その「役」の中で必要なルーティーンワークをしっかりこなした上で、いかにそれぞれの個性を発揮できるかという考え方ですね。ですが、ベンチャーは、自分の得意な分野・やりたい分野で輝くという世界。「やりたい仕事は自分で作る」という働き方は自分が持っていなかったもので、その違いに気づけたことはとても大きな学びでしたね。

―ちなみにベンチャーで鈴木さんの得意分野は発揮されましたか?

利害関係の調整はこれまでの自分の「役」で求められたものでもあったので、活かせる強みでした。たとえばシステム開発したプロジェクトの運用がスタートすると「こんなエラーがあります」という問題が出てきます。それをシステム開発側に伝えると「時間がかかるからすぐに改善はできない」となる場合も。

それであれば、「この部分だけ優先して改善を進めていってはどうか」と折衷案を提示して、小さな課題解決を実行することで最終的にユーザも納得できる形でまとめます。場所を変えても生きるスキルなんだということを発見して、自信になりました。

―調整力ということですね。

はい。それから、食品衛生法上の条件を精査しながら各地域の特性に合わせて、事業の危険な箇所を潰していく作業は、これまでもやってきたリスク管理が生きて、些細ながらも貢献したことを感じた仕事でしたね。規制的な制度を作ることはあっても、運用することはあまりないので、仕組みの意義などを実感しました。

―移籍中で最も達成感を感じたことは?

移籍してすぐの頃は、仕事をゼロから生み出す難しさを感じていましたが、最終的には新たな地域を新規開拓することができました。当初から、行動するまでのスピード感がほかのメンバーに比べてスローなことが自身の課題でした。でも、なかなか行動に移せないことに対して、周りからどんどんやれと背中を押してもらったり、いろんな場面で経験を重ねる中で、一人でも新しい地域へ出向いてプレゼンするという動きができるようになったんです。

ひとつ行動を起こしてみると、その先の一歩も踏み出せるようになる。小さいですがそうした成功体験ができたのは良かったですね。開拓した案件を最後まで伴走することはできませんでしたが、最初の一手を打つことができたのも嬉しかったです。今はその後の成功を願いながら眺めています。

―ご自身が関わったものが今も続いているのは、嬉しいですね。戻って数ヶ月経ちましたが、改めて振り返るといかがでしたか?

初めは慣れない環境下で自ら仕事を見つけて業務を遂行するということに、慣れず辛い部分もありました。でも中野社長やメンター木本さんとのコミュニケーション、プロジェクトメンバーと時間をともにしていくうちに、「もっと、こうしたい!」という気持ちが芽生えてきて、そこからは随分仕事との向き合い方が変わってきた印象です。

もっと時間があったなら、「WAKEAU」のサービスで、たとえば食だけでなく伝統工芸品の取り扱いもできたらいいなと思ったり、海外展開も含めて考えたりとサービスの拡大に貢献できたら良かったなと振り返っています。     

社内のメンバーからの「こういう仕事は、トライ&エラーの繰り返しで進んでいくものだ」という言葉も印象に残っています。成果が出たこと出なかったことそれぞれありますが、トライしたことがよかったんだなと納得して、元の場所に戻ることができました。中野社長とは一緒にイベントに登壇したりして、有意義な交流が続いています。

感じた違和感をそのままにせず、フィードバックに全力を


―いい関係性ですね。オプスデータでのご経験は、現在のお仕事にどう繋がっていますか?

現在は文書課で法令審査という業務を担当していて、これまでとは全く環境が違う場所です。基本的には一日のほとんどを資料と向き合っていて、本に囲まれてまるで図書館の中のような席です。月に一度は出張していた頃とは働き方も内容もガラリと変わりました。

ただ、文書を読むだけだと、各担当が作成する内容の背景やその先の現場のニーズが十分にわからないことがあるんですね。そんな時に、「間違ってなければいいか」と簡単に終わらせることなく、担当にもいろいろと聞くようにしています。その説明が怪しければ、知り合いの地域の関係者に「これって今どんな状況ですか?」と現場の声を気軽に聞いたりもします(笑)。いろんな人とつながって話をするような仕事の仕方ができるのは、経験が大きいと思います。

ー 現場と対話する大切さを知ったのですね。

今の仕事では、“この規則が合理的であるか、必要十分か”ということも審査する立場にあるんですが、その規則が合理的かを担当者から説明してもらうプロセスの中で、「そもそもこの仕事の進め方って合理的だろうか?」と違和感を感じるようになりました。この違和感は外のやり方を見たからこそ感じられるもので、「では、こうしましょう」と業務改善していくことができるようになりました。

外で経験を積んだからこそ感じることやナレッジをどう今の仕事に反映できるか、フィードバックできるか。今一番やらなければいけないことは共有だなと感じています。

―問題意識の一つだった若手の離職については、いかがですか?

仕事が面白くないといって離職する背景には、先輩から仕事のノウハウなどを手取り足取り細かく教えてもらうということが少なくなったことも一因かなと感じていて。働き方改革の流れもあって長時間付きっきりで教える時代でもないので、研修などを活用して若手のスキル・モチベーションの向上をしていくことが重要だと思っています。

自分たちのような中堅世代の経験値を共有するために、課題を出して取り組んでもらうという研修を始めました。こちらが問題を作成して、それに対して若手が作成した案に対してその作成過程も聞きながらコメント・意見交換を行う、ハンズオンの研修です。いったんやってみて、好評だったのでさらにブラッシュアップして続けていきたいと思っています。

―鈴木さんが今後、挑戦していきたいことはなんでしょうか?

省庁の仕事と地域の現場の空気をどちらも肌で感じることができた今、かなり度胸がついたと思います(笑)。なので、これからは、自分が動いてさまざまな省内の課題を改善していきたいという意識があります。

この秋からは省内の中堅・若手の勉強会にも参画して、未来を見据えた政策作りに取り組んでいます。ベンチャーにはベンチャーのやりがいや楽しさがあることに気づけた一方で、多くの利害関係者に振り回されながらも、最適解を見出して大きな山を動かしていくという農水省での仕事にやりがいも感じています。初心を忘れず、地域のために省庁にいるからこそ叶えられることを、これからも続けていきたいと思いますね。

インタビューを通じて、日本の農業の底上げや省庁の若手育成など、省庁での仕事にやりがいを感じながらも、外の世界での経験を求める、向上心溢れる鈴木さんのエネルギーを強く感じました。共通言語のない慣れない環境の中で現状打破するためにトライするというのは誰しも勇気がいるものです。トライの積み重ねの一つひとつが経験値となったという鈴木さん。省庁に戻ってから、その経験を自信に地域と省庁をつなぎながら、中堅層ならではのリーダーシップをますます発揮していくことでしょう。

Fin

【ローンディール・イベント情報】

11/21『出向起業』『レンタル移籍』の事例から探る、大企業で新規事業に挑む人材像

「出向起業」とは、大企業人材が、大企業のリソースを活用しつつ新規事業を立ち上げるための新会社を設立し、そこに出向して経営する仕組みです。今回のイベントでは、出向起業における資金および事業サポートを行う、出向起業スピンアウトキャピタルの奥山氏をゲストでお迎えします。
⇨ 詳しくはこちら

協力:農林水産省 / オプスデータ株式会社
インタビュー:金澤李花子
撮影:宮本七生

 

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