「会社の外には興味がなかった。それでもベンチャーに行って良かったと断言できるワケ」株式会社リコー 増田 悦昌さん


「元々、外の景色を見たいと思ったことはなかった」。
新卒で株式会社リコーに入社した増田 悦昌(ますだ・よしあき)さんは自社で扱っているプリンターのインクの研究開発業に従事しています。好きな仕事に就き、満足のいく日々を過ごしていた増田さんはこれまで会社の外に興味がなかったと言います。そんな中、思いきった決断を下しました。研究リソースのシェアリングサービスを展開するCo-LABO MAKERに「レンタル移籍」し、外の景色を見ることにしたのです。
チャレンジのきっかけになったのは、上長の勧め。やるのかやらないのか、かなり悩んだという増田さん。熟慮の末に導き出した答えは、「やる」でした。この決断が増田さんのキャリア、ひいては人生に影響を与えることになります。事業開発としてWebマーケティングや営業など、これまでとは全く違った業務に初挑戦。半年間の移籍を終えて今何を思い、どんな変化があったのか、伺いました。

「失敗しても経験になる」。
その言葉に励まされ、ベンチャーへ

── レンタル移籍のきっかけを教えてください。

上長から声をかけてもらったのがきっかけでした。私は入社以来ずっと材料の分析業務をしていて、この仕事自体すごく好きでした。特に外に出たいという欲求もなかったので、最初は「どうして自分が!?」と驚きましたね。

それに不安もありました。同じ分野の仕事しかしたことがなかったので、ベンチャーに行ってもきっと自分には何もできないんだろうなと思ったんです。

── そんな背景がありながら、なぜ移籍を決めたのでしょう?

リコーのレンタル移籍一期生の方に話を聞いて、「損することはない」という意見をいただいたんです(笑)。「もし失敗しても新しい世界を知れて、経験になる」と。たしかに自分の視野の狭さを感じていましたし、この機会を生かしたいなと思うようになりました。

私はギリギリまで悩むタイプなので、返答の直前まで熟考を重ね、最終的に「やってみよう」と決断しました。

── 悩んだ末の決断だったのですね。移籍先はどのように決められたのでしょうか?

規模が小さめで、経営者と近い距離で仕事ができる環境を探しました。それはリコーの上長との間で「経営視点を学ぶ」ことを目的の一つにしたからです。さらに、企画や営業といった、これまでに経験したことのない業務に挑戦できること、リーンマネジメントやアジャイル思考で事業開発をしていること、という観点で調べていきました。

その中でCo-LABO MAKERを知りました。研究リソースのシェアリング事業を展開する企業で、研究開発の部署にいる自分とリンクする部分があったんです。面談もスムーズに進み、無事にレンタル移籍先が決定しました。

── いよいよ、レンタル移籍がスタートしたのですね。

マインドセットを変えてくれた2つの出来事

── Co-LABO MAKERでは、どのような業務を担当しましたか。

事業開発を担当しました。事業開発といっても企画推進のみならず、Webマーケティングや営業など、幅広く挑戦させていただきました。新たに担当事業の売り上げで月次1000万円を達成するというのが私の目標でした。

── これまでのお仕事とは全然違いますね。

そうなんです。主に3つのプロジェクトを行ったのですが、1つ目の新規事業の立ち上げでは、4つのチームに同時に入りました。食品や、マテリアルズインフォマティクスと呼ばれる材料開発を高効率化する取り組みなど。市場調査をして、メールで営業活動をして、LPを作って広告でアプローチして……。自分自身初めてのことばかりで、仕事のスピードも遅いし、お客様からの反応も思ったように得られず、苦しい時期でした。結果的に既存事業に注力しようとなり、新規事業開発フェーズは終了しました。

「新しいことに挑戦してみたい」と言ったのは自分なのに、全く貢献できた実感がなく、もどかしい気持ちでいっぱいでしたね。月次の売上目標も未達でした。

── どのようにして気持ちを切り替えたのでしょうか。

ちょうどその頃、ターニングポイントが訪れたんです。ある2つの出来事が、自分のマインドに変化を与えてくれました。

1つはレンタル移籍の同期からの刺激です。3ヶ月過ぎた頃に、別のベンチャーで働く移籍者との「オンライン同期会」が催されたのですが、その際に「どんな手を使ってでも成果を出す」とおっしゃっていた方がいて、その勢いに圧倒されました。「自分はこんな熱量で取り組めていただろうか」と内省するきっかけをもらったんです。

もう1つは事業開発スキルの獲得方法についてアイデアを出す会議の場で、代表の古谷さんが「重要なことは成果にフォーカスすること」という話をしてくれて。それを聞いて、「あっ」と思いました。

「自分は結果を出そうとしていたのではなく、学ぼうとしていたんだ」と気付いたんです。

── 学ぼうとしていた。

事業開発者として成長するために事業開発にまつわる本を手に取るなど、自分なりに勉強をしていました。でもそれは結果を出そうとして学んでいたのではなく、ただ漠然と学んでいたんですね。最優先に考えるべきは成果を出すこと。世の中にある情報をインプットすることじゃない。この2つの出来事が同時に押し寄せてきて、私のマインドセットが大きく変わりました。

苦手なテレアポが面白くなった

── その後のプロジェクトは、どのように取り組みましたか。

次は、既存事業のグロースを担当しました。テレアポをしたり、展示会でお客様にお会いしたり。しかし結果的には撤退するという判断となりました。仮説検証の結果、上手くいく可能性はゼロではないけれど、難しいだろうという経営判断に至ったんです。でもこの出来事は私にとってはポジティブな学びでもありました。

── なぜでしょうか。

直前の新規事業プロジェクトでは広告を出してもお客様の反応がなく、提案するソリューションが悪いのか、そもそも広告が届いていないのか、うまくいかない原因が不明瞭でした。顧客の解像度がすごく低い状態だったんです。

でも、既存事業のプロジェクトでは実際にお客様のヒアリングをして解像度をぐんぐん上げていきました。だからこそ撤退という判断ができたのだと思います。お客様の声を聞いていくことで早期の判断ができるのだと学ぶことができました。

── 事業の判断にお客様の声は欠かせない。

過去にも、何時間もかけて考えたストーリーをお客様に提案したら、「それはもういらないです」と一蹴されてしまった出来事があったんです。

これまでの自分はお客様を知っているつもりになってひたすら提案していたんですよね。でも本当はお客様の声をベースに進めるのが重要なんだと痛感しました。そのほうがニーズを適切に捉えられるし、効率的に推進できると。

── お客様の視点に立つ大切さを学んだのですね。

はい。そして次に取り組んだのが既存事業撤退後のプロジェクトでした。ここではがっつり営業活動を行いました。最初は正直、心のハードルが高かったです。電話をかける前に少し躊躇してしまうことも。

── どのように乗り越えたのでしょうか。

攻略方法を考えるようにしたんです。台本を用意して、こういうふうに話すと聞いてもらえるとか、こういう部門にかけた方が繋いでもらえる可能性が高いとか。すると営業活動がどんどん面白くなっていきました。

目的があってそれを達成するために手法を改善していく。シンプルなようで、とても大事なことなんだと気づきました。意識が変わるとこんなにも仕事が楽しくなるんですね。テレアポが成功するたびに、飛び上がるほど喜んでいました(笑)。

経営者に必要だった、意外なもの

── 経営視点を養うことも当初の目的の一つだったということですが、その点はいかがでしたか。

代表の古谷さんの判断に何度も触れてきて、経営者は、“経験”だけじゃなくて“勇気”も求められるんだと感じました。私は最初、経営者に必要なものは“経験”だと思っていたんです。実際に古谷さんはこれまでの経験を生かしながら、いくつもの重要な決断を下していました。

── “勇気”も必要だと感じたのはきっかけがあったのでしょうか。
 
レンタル移籍があと少しで終わろうとしていた時期に、古谷さんと二人でオフィスから歩いて帰っていたんですね。そのときに「増田さんは、会社としてどうしたらいいと思う?」と私の意見を聞いてくださって。私なりにアイデアを出してみたのですが、そのときに、「経営者はいつだって答えを知っているわけじゃないんだ」という、当たり前のことに気付いたんです。

経営者は、未来を予想できるわけではない。経験がすべてを解決するわけではない。検証しながら、今ある情報で決断していく必要がある。経営者のみなさんは不安がある中でも“勇気”を持って前に進んでいるんだと、そう思ったんです。

代表・古谷さん(左)と、増田さん(右)

── 経営者の近くで仕事したからこそ、気付けたことですね。

本当にそうですね。特に、スタートアップは資金や時間が限られているので、選択一つを誤ったら会社の存続自体が危ぶまれてしまいます。あらゆる手を尽くして検証をしながら素早く決めていかなければならない。その大変さを知り、尊敬の気持ちでいっぱいになりました。

古谷さん以外にも、このレンタル移籍を通して尊敬できる方にたくさん出会えました。

── たとえば、どんな方ですか?

メンターの方です。定期的に面談をしていただいて、移籍中のフォローをしてくださった方です。一度、プロジェクトのマネジメント体制が変わって、仕事のプロセスに変更が生じたとき、私はすごく戸惑ってしまったんですね。その際に「アクションが大事」という言葉をくださって。

プロセスはどうであれ、結局はどんなアクションをしていくのかが一番大切なんだと教えてくださいました。その言葉をいただいたあとは、プロセスの変更を柔軟に捉えられるような自分になっていたんです。メンターの方が私になかった考え方、価値観を教えてくださいました。思考の幅が広がったと思っています。

自社で起こしたい、自分なりのアクション

── ちなみに、レンタル移籍を経て気付いた、自社の強みはありますか?

さまざまな選択肢を用意してくれていたんだと気づきました。「これをやりたい」と思ったら、会社が既に持っているリソースを利用して実現できる。自分にとっては当たり前だったけれど、大企業ならではの環境だったんだと知りました。

それに、当然ですが社内には本当にたくさんの社員がいます。恵まれた環境を積極的に活用していきたいと思うようになりましたね。

── 大企業ならではの恵まれた環境に気付かれたんですね。増田さんは今後、どのようなことに挑戦したいと考えていますか?

私たちは現在、社内向けに技術開発していますが、この技術を社外に展開する方法を模索できたらという気持ちがあります。私たちの技術を使って、世の中にある社会課題を解決できたらという思いです。

── 社外にも視野を広げられたのですね。

はい。レンタル移籍から戻ったあと「視野が広がったね」と言われることがあって、自分でも実感しています。でもやっぱり足りないなぁと思う部分も多くて。

正直なところ、たったの半年間で別人のように視野を広げられるとは思っていません。だからこそ、これから自社でどんな行動をするのかが重要だと思います。

── 移籍後の現在は、どのような活動をされていますか?

これまでと同じく研究開発の部署で、インク原材料の選択を支援する技術開発をしていますが仕事への意識が変わりました。

「お客様の声を大事にすること」がどれだけ大切なのか学んだので、新しくヒアリング活動をスタートしたんです。社内の人たちの声を聞いて研究開発に生かしていく。そんな取り組みをしています。

── すでにアクションを起こしているんですね。

はい。さらに今後は自分らしいマネジメントスタイルを確立していきたいと考えています。

私は元々、引っ張っていくことこそがリーダーシップだと思っていました。でも、「ついてこさせる」ようなリーダーシップは、自分の性格上合わないという自覚もあって、どうすべきか悩んでいたんです。

代表の古谷さんたちからは、「リーダーシップを発揮するならこういうスタイルが向いていると思う」というフィードバックをいただきました。それが、対話を通してメンバーと一緒になって進むべき道を探すスタイルです。時には強烈なリーダーシップが必要な場面もあると思いますが、私はこのスタイルを大事にしていきたいと考えています。

── 自分らしいマネジメントを大事にされていくと。もし、レンタル移籍を決断する前の増田さんのような方がいたら、どのような言葉をかけますか?

僕も同じことを言うと思います。「行って損することはない。失敗しても得られるものがある」と。今でも時々ふと、思い出すんです。「アクションが一番大事」など、レンタル移籍中にかけていただいた数々の言葉を。僕の中のデータベースが増えたんだな、と感じています。

これまでの参照データは社内の情報で埋められていたけれど、現在は社外の情報も加わっています。これまでに出会ったことのない人たちと出会い、さまざまな考えや生き方を知ることができました。それこそが半年間で得た、もっとも大きな財産です。

Co-LABO MAKERのメンバーと

最初から望んでいたわけではない、レンタル移籍への挑戦。しかしあの時、「やらない」決断をしていたら、増田さんのキャリアや人生観はまた違ったものになっていたかもしれません。“勇気”が、増田さんの進む道に変化を与えたのです。

インタビューを通じて感じたのは、増田さんのフラットさ。周囲の仲間から素直に吸収し、自身のデータベースに加えていきました。だからこそ慣れない業務にも果敢に取り組み、成長を続けられたのではないでしょうか。増田さんが見つめる未来は、社内から社外へと。新たな挑戦の一歩は、まだ始まったばかりです。

Fin

協力:株式会社リコー / 株式会社Co-LABO MAKER
インタビュー:早坂みさと

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