「熱量だけじゃなかった! ゼロからの積み上げが未来を変える」サントリーホールディングス 増田 佑太さん

 

「ベンチャーに行ってみたら全然期待に応えられなくて、びっくりしました(笑)」。サントリーホールディングス株式会社(以下、サントリー)で働く増田 佑太(ますだ・ゆうた)さんは、レンタル移籍を通じて1年間ベンチャーへ。移籍当初を振り返り、そう話します。

サントリーでは量販店向けに飲料の営業を行っていた増田さん。海外への関心が高く、「いつか未開の地に、サントリーの商品を広めていきたい。マーケットを開拓していきたい」という目標を掲げながら、日々の業務に邁進していました。そうした自身の夢に近づくため、ベンチャーへ行くことに。

期待を胸に、サステナブルなアパレルブランドを手がけるKAPOK JAPAN株式会社(以下、KAPOK)へ行った増田さんは、未経験領域にも果敢にチャレンジしました。しかし、最初はどんなに懸命に取り組んでも結果がついて来ず、苦しんだそうです。それでも諦めずに小さな行動を積み上げていったことで、成果が生まれ、移籍を終える頃には「楽しい思い出」に変わっていたのでした。1年におよぶ挑戦の末に、増田さんが得たものとは? インタビューで迫ります。

経営者のすぐそばで、劣等感を味わいながら成長したかった

── レンタル移籍に至った経緯を教えてください。

幼少期の海外経験や留学の影響で、「海外の未開の市場を開拓したい」という漠然とした目標がありました。しかし、どのようなステップを歩むべきか、どのようなスキルを身につけていけばよいのか分からず、悩んでいたんです。そんな僕の姿を見て、人事の方が紹介してくれたのがレンタル移籍でした。1年間外に出て、いろいろな世界を見ることで、キャリアの道筋が明確になるんじゃないかと背中を押してくれて。

とはいえ、僕には営業経験しかなかったので、「ベンチャーに行って自分に何ができるんだろう」という不安はよぎりましたね。

── 不安がある中、移籍を決断したのはなぜでしょうか?

「変わりたい」という欲求が大きかったんです。これ以上のチャンスはもうないんじゃないかと思いました。5年間ずっと営業として活動してきたのもあって、営業経験は積めているけれど、自分の目標に対して近付いているのか不安な気持ちが拭えませんでした。自分の経験値のないところに飛び込むことで、立ち止まっている自分を変えられるような気がしました。上長含め、社内のみなさんからは「よく決断できたね」「この1年間がキャリアにとってすごく大事になるね」と、あたたかく送り出してもらいました。

── 数ある提携先の中でも、KAPOKを選ばれた理由を教えてください。

これまで飲料業界にいたというのもあって、衣食住のうち“食”に関わる仕事をしてきました。“食”以外にも携われたらと思って、“衣”に関する事業を展開するKAPOKに興味を抱きました。

当時、KAPOKは社長と社員1人の2人で構成されていたチームで、その組織の小ささにも惹かれましたね。せっかくベンチャーに行くなら、より経営者に近い距離で働くのがいいんじゃないかと考えたんです。1/20 よりも1/3 のほうが自分に対してのプレッシャーがあるし、経験できるものも多いんじゃないかと思いました。

さらに、社長の深井さんとお会いし、丁寧なヒアリングをしてくださった上にフランクなお人柄で、「こんな方と一緒に働きたいな」と素直に思ったのが決定打でした。僕と同世代なのに世の中に新しい価値を提供しようとしていて、「年齢が少ししか違わないのに、この差はなんだ?」と、いい意味で劣等感を感じたんです(笑)。1年間刺激的な体験ができるのは間違いないと思い、KAPOKへの移籍を決めました。

日々の「積み上げ」が、いつか大きな成果に変わる

── KAPOKでは、どういった仕事を担当されたのでしょうか?

主に3つの領域を担当しました。PR、R&D(研究開発)、マーケティングです。

PRとしては、まだまだ認知度の低い新素材「カポック」を知ってもらうために、プレスリリースの発信やメディアリレーションを担当しました。「カポック」は人にも地球にも優しい植物由来の素材で、KAPOKはこの素材を用いてアウターを販売しています。サステナブルな素材の価値を伝えるべく、PR活動に力を注ぎました。

R&Dは、ものすごく専門的な領域なので、自分自身が研究に携わるということではなく、研究者の方と協働しながらPM的な立ち回りをしていました。ダウンの代わりに利用する「カポック」は繊維が短くて細く、絡み合わない素材。これまで衣類にはあまり使われていなかった素材なので、商品化には綿密な分析が必要です。実際に工場に赴いて、素材の課題を把握したり、プロジェクトのスケジュール管理をしたりしました。

マーケティングでは、どのくらいの時期に、どれくらいの量を、どのように売っていくかという戦略を立てて実行する役割を担うことになって。月毎に目標を立て、メルマガの発信やInstagramの更新、クーポンの発行など、売上に繋がるための施策も打っていきました。

── 幅広く携わってきたのですね。

そうですね。未経験の業務ばかりでしたが、オーナーシップを持ってやらせていただきました。だからといってすべて個人で進めたわけではなく、業務委託としてプロフェッショナルな方々が仲間として加わってくださっていたので、チームとして動いていました。

これまで営業しか経験がなかったので、「原料の調達、素材開発、マーケティング・PRを考え実践し、実際に売る」というバリューチェーン全体に関わり、それぞれの役割や働く方々の想いを知れたことは大きな学びになりました。

──それはいい経験でしたね。プロフェッショナルな方々と全体的な動きに関わってみて、いかがでしたか?

正直最初は、知見のある方が入られたら自分の仕事がなくなるんじゃないか、という抵抗感もあったんです。価値が出せなくなるような気がして。

でも、いざ一緒に仕事を始めてみると、プロの方なので自分とは知識や考え方のレベルが段違いで、やりたいことがどんどん前に進んでいる感覚がありました。自分の成長が早まっていることも実感できたので、アドバイスを素直に聞きながら、二人三脚でやってきました。

── 未経験領域に挑戦されたとのことですが、実際に取り組んでみての感想を教えてください。

最初の半年間はつらかったですね。KAPOKの商材はアウターなので、移籍開始当初の4月は販売に向けた準備段階の時期。実際に販売しているわけではないので事業としての肌感が全くなく、前年踏襲もできず、迷いに満ちた日々を過ごしました。

「何をどうすればよいのか分からない、でもやらなくてはいけない」というふわふわとした状況の中、一人佇んでいるような感覚でしたね。

人間関係の面でも、みなさんすごくいい方だけれど、お互い気遣いながら話していたために、指摘のできない関係性になってしまって。進捗が思わしくない時期もありました。

── そこから、どうやって乗り越えたのでしょうか?

無理矢理乗り越えたというよりも、半年くらい経ってみたら、自然と乗り越えていたという感覚に近いかもしれません。商品がシーズンインになって、実店舗もオープンして、ものを売り始める時期がやってきて。事業の肌感が生まれ、目標に向かってチーム一丸となって走り出していきました。

その頃には、メンバーとも本音で向き合えるようになっていましたね。半年かけて、じっくりとお互いを理解して、信頼のおける関係性を築けたんだと思います。新しくオープンする店舗の壁を自分たちで塗りながら、夜な夜な語らいあったあの日のことは忘れません。

これらの経験を通して、「積み上げ」が何よりも大事なんだと感じました。

── 「積み上げ」とは?

最初から上手くいかなくても、コツコツ頑張っていればいつか花開く、ということです。何をすべきか分からず路頭に迷っても、メンバーとの距離がなかなか縮まらなくても、一生懸命目の前のことに向き合っていれば、報われることを知ったんです。

実務面でもそうでした。マーケティング施策でInstagramを運用していたのですが、当初2,500フォロワーだったところから、1年間で8,000人まで増加。PR活動でも、最初は1、2社くらいしか集まらなかったのに、最終的に20社もの記者さんが集まってくれました。メルマガでも、1通で数着売れたことを喜びながら、コツコツと売上を積み重ねてきました。

一つひとつは小さなことかもしれないけれど、積み上げれば最終的には大きな成果となる。そんなことをKAPOKで学ぶことができたんです。

必要以上に抱えていたプレッシャーを軽くしてくれた言葉

── KAPOKを選んだ理由の一つに、「深井社長と一緒に働けること」もあったかと思いますが、実際にご一緒していかがでしたか?

深井社長は、経営者としての意思の強さ、リーダーとしての立ち居振る舞いをまざまざと見せてくれた方でした。レンタル移籍とはいえ、僕をお客さん扱いしないで、仲間の一人として厳しくもあたたかく鍛えてくださった。

そのおかげで、深井社長の脳内が少しずつ理解できて、半年経つ頃には迷いのない意思決定ができるようになっていきました。霧が晴れるまで時間はかかったけれど、諦めずに対峙してくださったことに感謝しています。

僕が切羽詰まっていたときにかけてもらった、深井社長の言葉が今でも印象に残っています。

── どんな言葉ですか?

「自分への期待値が高すぎる。自分の能力を青天井に考えないほうがいいよ」という言葉です。深井社長に、「自分、全然期待に応えられてないですよね」と胸の内を吐露したときに、この言葉が返ってきました。深井社長は僕のメンタルを見透かして、心が軽くなるような言葉をかけてくれたんだと思います。

実は、KAPOKには以前にも経済産業省の足立さんがレンタル移籍していて、すごく活躍されていたことを耳にしていました。「僕も同じように活躍しないと」とプレッシャーをかけて、自分の首を自分で絞めていたことに気付いたんです。自分らしく活躍すればいいんだ、比べる必要はないんだ、と思えた出来事でした。

── メンターの方もいらっしゃったんですよね?

メンターの待井さんも、僕の内面を理解した上で、いつもあたたかい言葉をかけてくれました。「会社への貢献は、小さなことでもいいんだよ」とおっしゃってくれて。後任のためにメモを残すとか、小さなことでも会社のためになるよ、と。マインド面のサポートが手厚く、すごく助けていただきました。

また、待井さんは社長直下でプロジェクトを推進された経験がある方なので、KAPOKの僕の立ち回り方について深く理解してくださっていました。毎月の面談では、どのように壁を乗り越えたら良いのか、具体的にアドバイスしてくださって。感謝しかありません。

── 周囲のサポートもあり、最後まで駆け抜けることができたのですね。レンタル移籍最終日は、どのような気持ちで迎えましたか?

「やりきった」という思いが強かったですね。最終日はみなさんに集まってもらって、メンバー一人ひとりに感謝の思いを伝えました。思い出がどんどん溢れてきて、一人で30分くらい話していた気がします(笑)。最後まで頑張れたのはメンバーのおかげに他なりません。

ちなみに深井社長とは今でもよく連絡をとっていて、現在はKAPOKを応援する立場として、良好な関係を築けています。

カポックのメンバーと。中央右が増田さん。中央左が深井さん

歴史があるからこその責任を胸に、挑戦を続ける

── レンタル移籍後の現在は、サントリーでどういったお仕事を担当されていますか?

現在は営業から異動になり、ブランド開発事業部という部署で新製品の開発や販売戦略を行なっています。いわゆるマーケティングの仕事です。PM的な立ち位置で、デザイナーや物流など自分以外の専門性を持った人たちと業務を進めているのですが、KAPOKでの立ち回りとかなり似ているんですよね。ベンチャー経験がそのまま生きていると感じます。

── レンタル移籍を終えて感じる、ご自身の変化はありますか?

新しいものへの興味がすごく強くなりました。僕は元々、保守的な人生を歩んできたタイプなんです。でも、ベンチャーの1年間を通して、「革新的な仕事は本当に大変だけれど、本当に楽しい」ということを実感したんですね。

さらに、心の奥底から情熱を注がないと成功しないというのも、KAPOKで学ばせてもらったことです。

── 情熱を注がないと成功しない。

熱量の大切さに気付いたんですね。中途半端に頑張るだけでは、ゼロイチのような難易度の高い取り組みは成功しない。それを、あらためて気付かせてもらいました。

現在もサントリーで新しいプロジェクトに携わっているので、心の奥底から熱量を注いでいこう、という思いで取り組んでいます。不得意な領域に対しても、学びの姿勢を忘れずにいたいです。

── ベンチャー経験を通じて知った、自社の良いところは何かありますか?

自社ならではの強みを、再認識しました。物流の力と、ブランド力です。これまで、就活生向けイベントで「サントリーの強みはなんですか?」と聞かれると、「人です」と答えていたんです。熱量があって、いい人が多いと。でもKAPOKも同じように素晴らしい人が集っていたので、サントリーの唯一無二の特長ではないのだと知りました。

今は、商品を全国の方に届ける物流能力と、手にとってもらえるコーポレートブランド力・商品のブランド力こそが強みなんだと思っています。  

これは、ベンチャーを経験したからこそ再認識できたことです。どんなにいいものを作っても、物流の力やブランド力がなければ手にとってもらうことができない。その厳しさを体感しました。

しかしその一方で、ブランド力があるからこそ、良い商品じゃなくても世に出てしまう可能性もあります。ブランドの信頼を一気に損なう危険性があることの責任も、常に意識しなければならないと感じました。

── ブランド力が強いからこその、責任感があると。

サントリーは100年以上の歴史があり、ブランドへの信頼は先輩方が長い時間をかけて築いてくださったもの。それを僕らは享受しているんだと思っています。だからこそ、責任を持ってバトンを引き継ぎながら、新たなサントリーの歴史を刻むために頑張っていきたいという思いです。

── 「未開の国でマーケットを開拓していきたい」という目標があるとのことでした。その目標に向かって、これからどのように仕事に取り組まれるのでしょうか?

まずは自分にとって一番身近な日本というマーケットでしっかりと結果を出したいと思っています。マーケティングの思考性やスキルを培って、海外でも転用できるようにしたいですね。最初は営業、現在はマーケティング。その次は事業開発としてのキャリアステップを描いています。それらの知見が集結することで、海外のマーケットを切り開く力を備えられるはずです。

KAPOKではインドネシア在住の方と一緒に仕事をする経験もさせてもらいました。文化の違いや言語の壁で苦労しましたが、それも含めて良い学びでしたね。KAPOKで得た多くの学び・経験を生かし、「未開の国のマーケットを切り拓く」という目標に向かって、着実に歩みを進めていきたいです。

自分にプレッシャーをかけ続け、不慣れな業務にも懸命に取り組んできた増田さん。ベンチャー経験を経て、漠然としていたはずの目標は、今や現実的な目標へと形を変えつつあります。増田さんの「積み上げ」がいつか実を結び、海の向こうで大活躍する日が待ち遠しいです。

Fin

 

協力:サントリーホールディングス株式会社 / KAPOK JAPAN株式会社
インタビュー:早坂みさと
撮影:畑中ヨシカズ

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