「自分ですべて実現させなくても、社内の仲間と叶えていけばいい」東芝テック株式会社 栗田栄三さん


モノづくりに携わりたいという思いから、工学部機械工学科を卒業後、東芝テック株式会社へ入社した栗田 栄三(くりた・えいぞう)さん。主力製品である複合機のメカ設計(機械設計)に従事し、新機種やバージョンアップの開発など専門分野のプロフェッショナルとして約14年間仕事をしていました。

そんな栗田さんが「レンタル移籍」を通じ、行くことになったベンチャー企業は、カメラのサブスクリプションサービスの事業を展開するカメラブ株式会社です。モノではなく「コト」という体験の形で売ることに興味を持ち、今後の事業のヒントになるのではと考え、飛び込みました。

お客様との距離の近さや、経験が浅い中でも自主性を持ち判断するスピード感。栗田さんはこれまでの環境との違いに驚き時に戸惑いながらも、自分にしかできないことを模索します。初めてのベンチャー。2021年4月からの半年間で、栗田さんはどのような経験をされ、何を感じたのでしょうか。

「コトづくり」を体感したい

ー 東芝テックに入社を決めたきっかけを教えてください。

大学で工学部の機械工学科を専攻していたので、モノづくりをしたいと思いメーカーを中心に就職先を選んでいたのですが、東芝テックの説明会でRFID(電波を用いて、特定のものにつけられたタグの情報を非接触で認識する技術)と出会いました。

その時見たのは、商品にRFIDのタグをつけてカゴを載せるだけで、該当の商品の数量や値段が瞬時にわかるというPOSレジでした。その技術を見て驚き、自分も開発に携わりたいと思ったのが入社のきっかけです。

入社後は複合機の部門に配属となり、機器のメカ設計(機械設計)を担当しています。2008年の入社から約14年に渡り、東芝テックの複合機の新機種やバージョンアップの開発に携わってきました。

ー レンタル移籍に挑戦するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

きっかけは、上司から声をかけてもらったことでした。もともと同期がレンタル移籍を経験していたことからその存在は知っていましたが、まさか自分に声がかかるとは驚きましたね。

ー カメラブを移籍先に選ばれた理由を教えてください。

カメラブの主力のサービスである「カメラを使ったサブスクリプションサービス」が面白そうだと思ったことが一番大きいですね。「体験のサブスク」という“コトづくり”を通じて、カメラという成熟した産業を再び盛り上げていくことに一番魅力を感じました。自分が長年携わっていた複合機ともどこか共通点があり、ヒントになるように思えたんです。

自分自身はこれまで「モノづくり」に長年携わってきていたので、せっかくなら「コトづくり」という全く違う価値観で学んでみたいと思いました。

ー これまでも、既存の事業の枠を超えた取り組みには関心があったのでしょうか。

東芝テックでは、業務の10%程度を主な業務以外に充てて活動できるという「部活動」という制度があります。有志のメンバーでテーマを決め、時間を使って自由に取り組みを進められる仕組みです。

僕は移籍前から社内の「部活動」のひとつを立ち上げ、ビジネスの検討や業務につながる新しい情報の共有をしていました。社内のアイディアの報告会などの機会でも、部活動で考えた新規事業のアイディアの報告もしていたりしましたね。もともと新しいことへの興味関心は高い方だったのかもしれません。

ー 他にも選ぶ決め手になった点はありましたか。

カメラブの事業が、ユーザーに寄り添ったものだったというのもポイントでした。東芝テックの業務の中では直接使い手やクライアント企業と話すという機会がなかったので、また違う視点から課題解決のノウハウが学べそうだと思いました。

自分の判断ひとつが大きな影響を与える


ー 移籍後、取り組んだのはどのような業務でしたか。

事業開発を行う部門に所属し、主に法人のアライアンス先との連携業務をメインに取り組みました。カメラブでは、自社の事業と相性が良い法人企業と連携し、お互いのサービスの利用促進を図っています。そんな法人企業とのやりとりが移籍後一番始めの仕事でした。

取引先となる法人企業とは、イベントの企画会社やアルバム制作の会社などカメラブが実現する「カメラを使って写真を撮る体験」を付加価値にできるような会社です。そんな企業と相互でサービスの告知をすることで、カメラブにも連携先の企業にもメリットを生むような企画を検討する業務を担当していました。

ー 大企業からベンチャーに移籍して、どんなことを感じましたか。

最初は戸惑いがありましたね。全く経験もなく知らない業種と職種であることから、「このやり方でいいのか」「この形で進めていいのか」と、どこか受け身の姿勢になっていたように思います。

移籍後3ヶ月ほど経ってから、もっと自主性をもってやるべきなのかもしれないと気づきました。実際にカメラブのメンバーからも「もう自分で決めて進めていいよ」とも言われましたね。

東芝テックで働いていた時は、ある程度の経験や立場もあったので、躊躇なく自分の判断で進められていました。けれどカメラブでは経験が浅く、自分が勝手に進めていいのかという不安があったんです。

しかも、自分自身の業務のすぐ先に個人と法人のお客様の存在があります。自分で判断して進めたい、でもお客様には迷惑をかけられないということが一番の葛藤でした。

ー たとえば、どのような判断が難しかったのでしょうか。

カメラブでは法人・個人のお客様とカメラの機材発送や返却のやりとりがありますが、ある日法人のお客様から届いた荷物の中にあるはずのカメラが一台なくて。

その時僕は、社内を十分に確認しないうちにお客様に「カメラがなかったので、確認してもらえますか」と連絡してしまいました。けれど自社の中をもう一度調べてみると、実は機材が社内にあったんです。

自分が十分に社内を確認しなかったことにより、お客様に疑いをかけてしまい、とても反省しました。

ー 自分自身の判断が、ダイレクトにお客様への対応につながるのですね。

そうですね。東芝テックの時には、直接お客様とやりとりをすることはほぼありません。この件を受けて、お客様と直に接する仕事だからこそ、改めて情報の出し方も気をつけないといけないと思いました。同時に、東芝テック時代の対応も含めて、これまでの対応が雑だったのではないかと反省しましたね。それからはメール一通を出すのにも、それまで以上に緊張して送るようになったことを覚えています。

業務を通じて気づいた、自分の興味軸


ー慣れない業務で大変だったこともあると思いますが、そうした中で得られた、嬉しかったエピソードはありましたか。

移籍期間中を通してアライアンス先の法人の企業の方々が積極的にコミュニケーションを取ってくださり、自分ではよく連携できたのではないかと思っています。

既存の形の連携だけでなく「こんなこと一緒にやりたいけどできますか?」と提案を持ちかけてくれることが、自分にとっては何より嬉しかったです。

それから短期間であらゆる業務に関わることができたこともいい経験でした。法人連携業務に加えて日々の運営を支える法人機材の発送の対応や、利用状況のレポーティングなども担当していましたし。

後半は、新規サービスである「GooPass PRIME」(2022.3.16より「GOOPASS GO」に名称を変更)の立ち上げや、アクションカメラを用いた新規スキームの立ち上げをメインで任されていました。

ー 幅広くご経験されたのですね。そんな中で、特に意識していたことはありますか。

業務と向き合う中で、メンバーの「当事者意識」について考えていましたね。

大きな組織にいると人数も多いので、当事者意識がないメンバーも出てきてしまうものです。自分自身も、東芝テックのプロジェクト内で「メンバーに当事者意識を持ってもらう」をどう工夫すれば良いのかということを考える機会が増えていました。

一方、カメラブは皆、当事者意識を持っていました。だからこそなのですが、「当事者意識を持っていれば動いてもらえるだろう」という甘い考えによってうまくいかないこともありました。

ー たとえばどのようなことでしょうか?

タスクをお願いして誰かに動いてもらおうとしたのですが、全然うまくいかなかったんです。その時に、当事者意識を持っているのになんでやってくれないんだろうって思ってしまったんですよね。

でも、メンターの小川さんに1on1で相談してみたことでわかったんです。当事者意識がないからやらないのではなく、こちらのお願いする粒度が粗く、「何をやっていいかどうかわからない状態」なのではないかということでした。

「もう少しお願いすることの粒度を細かくして、分解してあげることで解決するのではないか」とアドバイスをもらい、自分の中で納得して進めていくことができました。

働く組織が変わって客観的にメンバーの仕事への関わり方と向き合うことで、改めて「プロジェクトを動かすこと」や「チームで働く」ということを考える機会になりました。これからの自分自身のマネジメントのやり方自体にも活かせる学びがあったように思います。

また、自分はやっぱりマネジメントが最も興味のある分野であるということにも気づきました。

カメラブの中でマネジメントをどう行っているのか、カメラブで働くメンバーをどう扱っているのかということが特に個人的な興味ごとでしたね。そうした気づきも異なる環境に身を置いたからこそ得られたと思います。

ー その気づきから、何か行動したことはありましたか。

カメラブでは新しいビジネスを立ち上げたり既存のプロジェクトを回したりと、かなり多くのことを少人数で回しています。それがなぜできるのか、どのように回しているのかが特に気になって、個別にメンバーにヒアリングしてみたりしました。

移籍期間の後半は、マネジメントのそんな視点を持って業務を進めたり、メンバーの動きを観察していたりしましたね。

事業開発部 部長の荻野さん(奥)と、栗田さん(手前)

復帰して気づく「真のユーザー視点」の大切さ


ー 復帰後のお仕事について教えてください。

現在は、移籍前に所属していたワークプレイス・ソリューション事業本部の設計開発部門から、Newビジネス創造の部署に配属になりました。

現在は、入社のきっかけにもなったRFIDを使ったソリューション事業を立ち上げるというミッションで業務にあたっています。具体的には、自社として持っている複合機などの製品とRFIDを絡めて、どんなユーザーの課題を解決していけるのかを考えたり、機能の検討や実証実験を進めています。

ー レンタル移籍を経て、感じた変化はありましたか。

何より「ユーザー視点」というところで、学ぶことが多かったように思います。今までもユーザーのことを考えないことはなかったのですが、それはあくまで「自分が考えたユーザー視点」だったように思います。

レンタル移籍を通じて、自分が想像している視点は本当にユーザーが思っていることなのか、ということを考えさせられました。移籍中は、自分が最前線でユーザーと接する中で「しっかりと知る努力」をしなければいけないなと痛感したところです。

ー 「知る努力」とは?

カメラブは、「BtoC」の事業もあれば「BtoBtoC」という事業もあります。僕は、「BtoBtoC」の「B」にあたるお客様と話す機会が多く、困りごとに対して提案することが多くありました。相手と接する前に困りごとを想定した上で提案をしますが、聞く前の段階ではそれは“想像”でしかありません。それが「本当に想像通りなのか」という確認が必要なんです。

カメラブの業務の中では、どんなことにお客様が困っているのかを頻繁に擦り合わせながら事業を進めます。例えば、そのまま自社のアイディアを提案するだけではなく、お客様の要望を引き出した上で「こんなことが提案できます」と擦り合わせていくことを徹底していましたね。ユーザー視点の進め方は今まで全く考えたことがなかったので、非常に勉強になりました。

ー これから自社で取り組みたいことを教えてください。

カメラブ社の業務を通じて、チームメンバーとの業務の進め方やマネジメントへの理解を深めることができました。その中でたくさんヒントを得たと思うので、関わるメンバーによって粒度を変えて指示を出すというマネジメント視点を持って、自分自身のプロジェクトを推進していきたいと思っています。

チームで取り組むためには、共通の目標も必要不可欠です。カメラブでも頻繁に触れていた「ビジョン・ミッション・バリュー」を会社全体だけではなく、「チーム」にもあてはめられるものを制定するなどして、チームメンバーの目指すものを明確にして取り組んでいきたいと思います。

ー多くの学びがあったのですね。

はい。それ以外にもカメラブの業務に取り組む中で、改めて自社で取り組みたい内容のアイディアが色々と湧きました。自分が持ち帰ったことで、徐々に社内の案件として形になりつつもあります。ただ、それは別のメンバーがメインとなり、自分はサポートメンバーとして関わっています。自分自身ですべて実現させなくても、同じ社内で叶えていければ良いと思っています。

また、現在は「働き方の理想」を叶えるソリューションを立ち上げたいなと思っていて。働くとはそもそも何なのか、どう働くことが理想なのかということを考えながら、それを検証して実験できるオフィスをつくりたいなと考えています。

ー そう思う理由はなぜでしょうか。

今、「働き方の理想って何ですか?」と聞かれても、自分もわからないし答えられないんです。それなら逆に、自分達がどんなスタイルで働きたいのかを考えてみようかと。考えるだけでも楽しいしワクワクするんですよね。

たとえば、仕事とプライベートも分ける必要がないのかもしれないし、時間に縛られず仕事をするというのもあってもいいのかもしれない。アイディアだって、仕事中にしか思い浮かばないなんてことないですよね。そんな働く理想を考えつつも、今は自分が実現できるところから取り組んでいきたいなと思っています。

自社と通ずる「モノ」の事業でありながらも、それを使った「コト」を提案し、お客様と近い距離でヒアリングをしながら困りごとを解消していく。会社規模の大きさ、課題解決の仕方は会社によって異なるものの、あらためて事業のあるべき姿を知ることができた栗田さん。
共に働くメンバーが「自分事」として捉えながら、共に理想を叶えていける仕事。大きな企業だからこそ実現できる規模と方法で、理想の未来を叶える事業づくりが楽しみです。

Fin

 

協力:東芝テック株式会社 / カメラブ株式会社
インタビュー:大久保真衣
写真提供:カメラブ株式会社

 

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