「あえて難しいことにチャレンジ!? それも面白いかもしれない」東芝テック株式会社 明石康宏さん


2015年に電機メーカーの東芝テック株式会社に入社し、約6年間MFP(複合機)のソフトウェア開発に携わってきた明石康宏(あかし・やすひろ)さん。自分に合っているという感覚は覚えつつも、どこかで物足りなさを感じる日々が続いていたといいます。そんな時に、上司から持ち掛けられたのが、ベンチャーで働く「レンタル移籍」(※ 東芝テックでは「社内留職」制度として導入)でした。

 東芝テックでの経験しかない自分が、ベンチャーに貢献できるのか。そんな不安を抱きつつ、移籍した先は株式会社フューチャースタンダード。映像解析AIプラットフォーム「SCORER」の開発・運用、画像認識の技術を用いたソリューション提供を行っている会社です。半年間ベンチャーで働いた明石さんが得た気づきや学びとは。不安の先には、どのような変化があったのでしょうか。

不安よりも、「現状に留まりたくない」という思い

 ――東芝テックに入社されてからは、どのような業務を担当されてきたのですか?

 MFP(複合機)に組み込むソフトウェアの開発を担当してきました。入社から6年ほど携わってきて、今振り返ると、性に合っていたと思います。一方で、ゼロから開発することへの憧れもあって。その点、配属された部署では既にできあがっている機能をメンテナンスするような業務がほとんどだったので、どこかで物足りなさを感じていました。
 
――その物足りなさがきっかけで、レンタル移籍に挑戦しようと?

もともとのきっかけは上司からの推薦でした。当時、担当していたプロジェクトがひと区切りついたところだったので、せっかくならやってみようかなと。うっすら感じていた物足りなさも、自分の背中を押す理由になったと思います。

――上司の方も、明石さんの思いに気づいていたのでしょうか?

実は、上司との1on1の時に「やりたいことがないんです」と、相談したことがあって。それを覚えていて、私にチャンスを与えてくれたのだろうと感じています。
 
――移籍することで、「やりたいこと」が見つかるかもしれないと考えたのですね。

そうですね。ただ、ベンチャーに対して、達成しなきゃいけない目標に向かい、社員全員がすごいスピードで走って、社内でも激しいぶつかり合いが起きているといったイメージがあったので、すごく不安でしたね。大企業だと、与えられた業務をスケジュール通りにこなすことが良しとされるので、感覚が違いすぎるのではないかなと。
 
挑戦することはやっぱり負荷もかかると思いますし、実は行きたくない気持ちも大きくて(笑)。でも、それ以上に現状に留まっている方がイヤだと感じたんです。

――それで新しい環境に飛び込むことにしたんですね。

はい、それに移籍するからには学びを得るだけでなく、移籍先に貢献したいという気持ちもあったので、自分が培ってきた技術を生かせるような業種や職種をベースに、移籍先を探していきました。
 
実は、学生時代に画像認識の研究をした経験があったので、映像解析AIのプラットフォームを提供しているフューチャースタンダードなら貢献できることもあるのではないかと感じて。また、最新のシステムや動向を知れるチャンスとも思ったので、決めました。

“互いを知る”コミュニケーションの重要性

 
――移籍して、環境の変化にはすぐ馴染めましたか?
 
移籍した頃のフューチャースタンダードは社員が十数人だったんですが、東芝テックでも実際に仕事で関わる人は同じくらいだったので、規模感での違和感はあまりなかったですね。
 
ただ、部署ごとに明確に分業化されている東芝テックとは異なり、一人ひとりが案件の最初から最後まで、ハードもソフトも担当し、同時に複数の案件を見ていたことには驚かされました。イメージはしていたものの、目の当たりにするとすごくパワフルで。
 
――明石さんも、その中に入っていったわけですよね。
 
当初、不安に思っていた通り、きつかったです(笑)。というのも、移籍した1週目にいきなり「画像認識でこういうことをやりたいから、モデルを作ってほしい」と言われて。手取り足取り教えてもらうことはなく、最終的なゴールだけを渡された状態で、これはヤバいなと思ったことを覚えています。
 
――ゴールに向かって、自分で方法を考えて進めていかなければいけないと。
 
そうです。参考資料はいただいたんですが、見るだけではわからないことも多かったので、不明点を洗い出すところから始めました。ある程度整理できたら、社員の方に「どういう風に進めていますか?」「何を使っていますか?」と、質問していって。
 
本当に苦労しましたね(苦笑)。もともとコミュニケーションが苦手なことに加えて、質問の内容が整理しきれていなかったので、皆さんが回答に困ってしまうんですよ。当初はそれぞれの担当案件も知らなかったので、専門外の人に質問してしまうこともあって。
 
――とはいえ、周囲に頼らざるを得なかったわけですよね。

なので、Slackでの社員同士のコミュニケーションや週次報告を見て、それぞれが担当している案件の当たりをつけて、答えを持っているであろう人に声をかけるようにしていきました。
 
あと、私が相手の案件や専門分野を知らないように、相手も私がどの程度知識を持っているかわからないということにも気づいたんです。だから、話を聞く際に、自分の知識レベルを共有してから質問するようにしました。そうすると、「この言い方だとわからないだろうな」「専門用語だと難しいかな」と、レベルを合わせてくれていることを感じたんです。
 
あとメンターの島さんとの1on1で、コミュニケーションについて相談した際に、「自分が何をしたいのか、5W1Hで説明したうえで依頼することが大事」と、アドバイスをいただいたのも大きかったです。認識を合わせることが大事だと気付きましたし、島さんが親切に話を聞いてくださったので、とても心強かったです。

橋渡し役の苦難と思いがけない打開策

 
――その後、コミュニケーションは円滑に進んでいきましたか?

 さまざまな案件を進めながらコミュニケーションの改善にも励んでいたので、徐々にではありましたが、スムーズに取れるようになりました。ただ、その頃に担当していた案件で、苦労したことがあったんです。
 
その案件では、セールスの責任者と開発の責任者の間に入って、橋渡し役のようなポジションに立っていました。双方の話を聞いて自分なりに出した結論に対して、「コストや必要性をきちんと見積もって考えなきゃダメだよ」と、指摘されてしまったんです。
 
案件を任されたこともあり、自分で判断していいだろうと思ってしまったところもあったのですが、指摘されて覆されるということが何度か続いて、ちょっと元気がなくなってしまいましたね(苦笑)。

――その状況をどうやって乗り越えたのですか?

社長の鳥海さんや林さんをはじめ、いろいろな方に相談した結果、私が間に入った伝言ゲームをやめて、責任者同士で直接話し合ってもらうことになりました。東芝テックでは1つの案件に関わる人が多いので、伝言ゲームになりがちなのですが、それが普通だと思っていました。なので、責任者同士で話すというやり方はベンチャーならではだと感じました。この方法で皆の負担が減り、他の案件に集中できるようになりましたね。

フューチャースタンダード 執行役員の林さんと(右)

スタートアップと大企業のものづくりの違い

 
――移籍中は、コミュニケーションに関する苦労が多かった印象です。

 そうかもしれません。ただ、最後の最後で、開発の部分でも壁にぶつかりました。ガソリンスタンドでの危険行動を監視するシステムを担当していたのですが、最初は余裕をもって進められそうだったんですね。
 
それが、システムのモデルを作っていざ設置したら、バグが出ることが何回か続いてしまって。結果的に、移籍が終わる最終週までデバッグを続けることに。終了ギリギリまで作業していたので、「終わらないかも」と不安でしたが、なんとか形になって安心しました。
 
――思うように進められなかったのは、慣れない分野だったからでしょうか?

それもありますが、一番はスピード感の違いだと感じています。案件自体は、過去に作られたもののパワーアップ版のようなプロジェクトではあったのですが、たった3ヶ月で完了させるというスピード感に圧倒されてしまって。
 
――東芝テックと比べると、開発期間は短かったということですか?

フューチャースタンダードでは仕様決め、設計、品質保証など1つのシステムの開発を3ヶ月ほどでやっているように思えましたが、東芝テックでは組織体制の関係などもあり、そのような短い期間で終わるものはほぼありません。
 
この短期間で開発を進めながら、仕様も決めてテストもする、というのは正直無茶にも感じましたが、出てきた問題を逐一解決しながらフレキシブルに対応するスタイルは、お客様が本当に欲しいものに近づけやすいという良さがあることもわかったんです。
 
これまでは、最初に決めた仕様で最後まで開発を進めるのが当たり前でした。ただ、開発している間にもお客様の状況は変わるので、最終的に本当にニーズにマッチするシステムになっているのだろうかという疑問もあって。丁寧にテストを重ねることは大事ではあるものの、過剰品質になっている部分もあると感じていました。
 
両方のやり方に触れたことで、「丁寧なものづくりをしながら、ニーズにフレキシブルに対応できる仕組みを構築する」ということが理想的だと思うようになりましたね。 

「できなかった」も成果になる

――さまざまな気づきがあったようですが、その他に印象に残っているエピソードはありますか?

鳥海さんに気付かされたことが色々ありました。たとえば、商品の欠品状況を監視するシステムを担当した際に、私は画像認識が難しい水の入ったペットボトルなどを、検証の対象から外そうとしていたんです。

その時に、鳥海さんから「せっかくだからチャレンジングな対象で試しましょう」と。
 
私は「できた」という成果を残すために、認識しやすいものばかりを対象にしようとしていたんです。だけど、鳥海社長は「できなかったら“できなかった”という検証になるし、仮にできたとしたら大きなアピールポイントになりますよね」って。
 
――「できなかった」もひとつの成果になる、ということですね。

そうなんです。自分の思考は「できた」の方に振っちゃっていたので、「難しいものにチャレンジするって面白そう」「できたらすごくない?」という鳥海社長の思考がすごく新鮮で、心に残っています。
 
上司や重役に報告するならなるべくいい面を見せたいと思うものの、ビジネスを作っていく上で、「やってみたらダメだった」ということはよくあります。だったら、そこを責めるのではなく、「どうしたらできるだろう」と、発展性のある議論につなげていけたらいいなと考えられるようになりました。
 
――苦労はありつつも、経験が財産にもなったようですね。

フューチャースタンダードが、とてもいい会社だったのも大きいですね。鳥海さんをはじめ、皆さんが経験のない私を気遣ってくださったので、つまずいた時も諦めずに続けられたのだと思います。

誰かの理想を汲み取ってカタチにしたい

 
――2022年1月に東芝テックに戻られてからは、どのような業務を?

今もMFP(複合機)の部署ではあるのですが、新規事業創出のチームに変わりました。異動して半年以上経つのですが、新規事業って難しいなと実感しているところです。
 
移籍したことでスピード感の重要性を知ったからこそ、進め方に疑問を抱くことも出てきました。大企業だと「絶対にいける」という勢いだけではダメで、「このくらいの収益が見込める」「このスケジュールで進める」といった数字が必要です。さらに上長の承認も取らないと、実行には移せません。
 
その仕組みには納得感もあるんです。大企業の新規事業となると関わる人が多いので、リスクを取りにくいんですよね。そこは仕方がないと思いつつも、今のままでは新規事業を生み出すのは難しいなという気持ちもあります。
 
――仕組みを変えるのは難しいですが、変化するには必要なことですよね。

 そうですね。仕組みを見直しつつ、新しいことを実現したいです。とはいうものの、フューチャースタンダードでさまざまな案件に携わって感じたことがあるんです。多分、私はゼロイチで新しいものを生み出していくより、誰かがやりたいことを実現する方法を一緒に考える方が合っている、ということです。
 
今は私が異動した時点で進み始めていたプロジェクトにアサインして、チームのメンバーと実現に向けて動いています。人の思いを汲み取って、理想や期待を把握して、実装に落とし込んでいくという作業は、自分に向いている気がします。
 
――移籍中にさまざまな人とコミュニケーションを取ったり、橋渡しをしたりといった経験が生きていそうですね。

 そうかもしれません。以前はわからないことがあると、自分一人で悩んでしまうタイプだったんですが、今は依頼者に聞いてしまう方が早いなと。作業が進まないことが一番の問題だと思えるようになりました。
 
――これまでと異なる環境に出たことで、自分の特性を再認識できたのかもしれませんね。

 レンタル移籍に行った人はみんな、自ら発想し、そのアイデアを形にする方法を身につけてくるものだと思っていました。だから、プレッシャーも感じていたんです。でも、私のように、人のやりたいことを実現するサポートが向いていると気づく場合もあるんだなと。
 
もちろん、自分なりにアイデアを出せるように、世間のトレンドに注目するようになりましたし、ゼロから生み出すことを諦めたわけではありませんが、自分の特性を生かしながら会社に貢献していけたらと、前向きに考えられるようになりました。

 

新たな環境に飛び込めば、まったく新しいスキルを身につけられるのではないか。そう感じる人が多いでしょう。しかし、明石さんのように、レンタル移籍が、もともと持っているスキルや特性を再認識する場になることもあるのです。不安な気持ちを抱えながらも、慣れ親しんだ組織をあえて離れてみたことで、改めて自分の強みを知った明石さんは、これから進んでいきたい道、実現したいことを模索し始めたところ。その一歩が会社の仕組みを変え、自身の人生も変えていくことでしょう。

協力:東芝テック株式会社 / 株式会社フューチャースタンダード
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生

 

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