「越境で社員のリーダーシップが高まった」野村ホールディングスの人材マネジメント戦略

証券業界のリーディングカンパニーである野村ホールディングスでは、新世代人材向けの育成プログラムとして、2022年よりベンチャー企業出向プログラムを導入しました。将来のマネジメント候補となることが期待されており、これまでに10人以上の社員をベンチャー企業に送り出しています。
 
そこで、「人事のためのオンラインフォーム」では、「野村ホールディングスの人材マネジメント戦略と『越境』によるリーダーシップ開発」と題し、オンラインイベントを開催。同社にて、ベンチャー企業出向プログラムの導入を推進された執行役員の吉田俊哉さんをお招きし、野村ホールディングスの人材マネジメント戦略の全体像と、ベンチャー出向にかける期待やこれまでの手応えについてお話を伺いました。
 
また、越境学習研究の第一人者である法政大学の石山恒貴教授もお招き。ローンディール・最高顧客責任者の笠間がファシリテーターとなり、越境学習の利点や難しさについてそれぞれの視点から議論しました。その一部を要約してお届けします。

「自分事化できる人材になってほしい」
野村ホールディングスが掲げるリーダーシップ像

 
笠間:まずは、野村ホールディングスさんにおける人材マネジメント戦略について、教えていただけますか。
 
吉田:2024年4月に、当社のパーパス(当社の存在意義)を、“金融資本市場の力で、世界と共に挑戦し、豊かな社会を実現する”と定めました。
 
パーパスの実践に向け、会社から社員に、「自らを鍛え、変化に挑む機会」、「多様な人材が新しい価値を協創する機会」、「真に正しいことを追求する風土」を提供し、採用・育成・評価・配置 / 登用という人材マネジメントサイクルの差別化を推進しています。
 
そのため、職種コース別採用への完全移行、階層別研修から専門性を高める研修への移行、社内公募制度の拡充といった、高度な専門性とキャリア自律を重視した施策を日本において行ってきました。合わせて、すべての社員が自身の持てる能力と個性を最大限発揮し、いきいきと働けることを念頭に、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)」の考え方も整備してきました。

その中で特にフォーカスしているのが、「リーダーシップ」です。国内の人口減少や経済の低成長、働く方の価値観の変化などによって生じる課題を捉えたときに、必要なのは“世界で戦えるリーダーシップ人材”であり、「リーダーシップ・キャパシティ」の高い組織だと思います。

リーダーシップのポテンシャルが高い人材を育成・評価し、より大きな仕事を実現していただきたいと考えています。

吉田 俊哉さん | 野村ホールディングス株式会社 グループ人事戦略兼人材開発担当 執行役員
1996年野村證券入社。長崎支店・資本市場部・人事部・海外留学を経て、企業情報部にて10年以上にわたりM&Aアドバイザリー業務に従事した後、2016年からノムラ・シンガポール・リミテッドの取締役社長兼CEOを務める。2020年より野村ホールディングスおよび野村證券にて人事部長を務めた後、2021年に執行役員に就任、現在に至る。一橋大学商学部卒業、米国ダートマス大学MBA修了。

 笠間:ありがとうございます。吉田さんが話されていた「世界で戦えるリーダーシップ人材」の定義はありますか。
 
吉田:「さまざまな物事を他人事ではなく自分事としてとらえられる人」と定義しています。自身や組織のありたい姿を明確に描き、バックキャスティングで決断できる。また、多くの人を巻き込み、メンバーの多様性を促すことができる能力を持つ人材だと考えています。そのために必要な要素として「洞察力」「決断力」「統率力」「育成力」「DEI」の5つを挙げています。
 
石山:今は、メンバーを先導するカリスマリーダーがリーダー像のすべてではなく、自分の強みも弱みも認識したうえで、人に共感を与えて巻き込むオーセンティックリーダーが注目されるようになっています。「自分事としてとらえる力」は大切な要素ですよね。

石山 恒貴さん | 法政大学大学院政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事、Asia Pacific Business Review(Taylor & Francis) Regional Editor、日本女性学習財団理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、フリーランス協会アドバイザリーボード等。 著書『越境学習入門』(共著)JMAMは「HRアワード2022」書籍部門最優秀賞を受賞。

笠間:先ほど「リーダーシップ・キャパシティ」という言葉もありましたが、どのような意味でしょう。
 
吉田:組織内のリーダーシップ人材の総量を「リーダーシップ・キャパシティ」という造語で表現しています。リーダーシップは役職者だけではなく新入社員を含めた全員に求められるものととらえ、組織のリーダーシップ・キャパシティを高めていきたいですね。
 
笠間:私たちも、レンタル移籍を通じて、ベンチャーから戻られた方に、いかにリーダーシップを発揮してもらうかが重要なポイントだと日々感じているので、とても共感する部分です。

笠間 陽子 | 株式会社ローンディール 最高顧客責任者
三井不動産G(不動産流通業)に2008年新卒で入社。都心コンサル営業の後に、人事企画に携わり、合併に伴う人事制度変更、評価、異動、昇格、管理職研修、働き方改革等を担当。業務を通じて「人事制度だけで人は動かない、半径5m以内の関係性が最も重要」と痛感。2019年1月より社内コミュニティを立ち上げ、所属組織/階層を越えた対話の場を創出。2021年8月にローンディールに参画、2024年3月より現職。

情熱を持って発信し続けることが、社内を動かす 


笠間:引き続き吉田さんに伺っていきます。ベンチャー出向の一環で、「レンタル移籍」を活用いただいていますが、導入経緯を改めて教えていただけますか。
 
吉田:やはりリーダーシップ人材を増すためです。組織規模が大きくなるにつれて業務が細分化され、社員一人ひとりにとっての自分事の領域が狭くなっていくことに懸念を抱いていました。そうした中で、実は、数年ほど前から社員をベンチャー企業に送り込む制度を構想していました。
 
私は以前、M&Aのアドバイザリーの仕事をしていたのですが、担当した企業の中にはベンチャー企業もあり、こうした企業では社員全員が会社のありたい姿やビジョン、戦略を議論・共有していました。野村の社員が、このような会社で経験を積めたら、得るものが大きいだろうと感じたのです。その後「レンタル移籍」の存在を知って、導入に動きました。
 
笠間:ご自身の原体験から始まったのですね。これまでのお話を聞かれて、石山さん、いかがでしょうか。
 
石山:吉田さんは複数の会社を見た体験があったので、越境の効果もイメージできたのだと思います。一般的には「レンタル移籍」のような越境経験は、すぐにROIやKPIで語れるものではないので、効果がはかりにくい。
 
なので、吉田さんのように原体験があって、熱量高い方の存在がとても重要になってきますよね。
 
笠間:視聴者から「KPIなどの数値判断をせず、どのように導入に至ったのでしょうか」という質問が来ています。
 
吉田:日々プロフェッショナルな仕事をしている方が移籍で抜けるロスは大きいことも理解したうえで、「それ以上の価値を持ち帰ってくる」と伝え続けました。
 
結果、10~20年後、移籍経験者の方々がリーダーシップを発揮し、会社に大きな付加価値をもたらしてくれることが期待できるという判断に至りました。当初は反対する人もいましたが、CEOを始めトップマネジメント層からの賛同があったのも大きいですね。

笠間:越境に理解あるトップマネジメント層を巻き込むのは大事なポイントかもしれませんね。ちなみに、吉田さんは導入だけでなく、「レンタル移籍」に行く人を募る際も情熱的に動かれていましたよね。
 
吉田:初回は、レンタル移籍の目的と我々の情熱を言語化した文章と応募要項を社内に共有して、立候補してくださった方の中から選抜しました。立候補してくれた人に話を聞いたところ、実はキャリアに悩んでいたといった方もいて、良い機会となりました。2年目以降は、初回ベンチャーに行った方からお話を伺い、その情報を社内メディアやIR資料などで発信しておりまして。実際に、立候補増につながっています。
 
石山:手挙制は、回を重ねると手が挙がりにくくなるという現象がつきものですが、「得るものが大きい」ということが伝われば、手は挙がり続けます。移籍者の成長や取り組みを発信し続けているのはすごいですね。
 
吉田:ありがとうございます。当社には60年以上続く海外留学制度がありますが、実は、現在の経営層には留学制度の経験者が多いんです。私もその1人なのですが。
 
同じように、レンタル移籍経験者が要職に就くようになれば、一目置かれる施策になると思っています。そのためにも積極的な宣伝活動を続け、信念を持って重要性を伝えていきたいですね。
 
また、公募だけではなく、指名のような動きもしており。たとえば、若い社員の成果を称える部門長表彰などの際に、表彰された方に「海外留学やレンタル移籍に手を挙げてみたら?」と声をかけることもあります。自主性を重んじるだけでなく、こちらから発信することも大切だと思っています。
 
石山:吉田さんがおっしゃったように、指名でも工夫次第で本人の自発性は尊重できますよね。公募と指名は二律背反のものではなくグラデーションだということも大事なポイントですね。 

組織は何もしないと凝り固まってしまう
常に揺るがし続けることが重要


笠間:実際に、吉田さんは戻ってきた移籍者の皆さんを見て、どのような変化や成長を感じていますか。
 
吉田:移籍先のBSやPL、資金繰りを自分事として見てアクションを考えるなど、経営者視点が身についていたり、その人自身のビジョンがクリアになっていたりして、とても頼もしいです。変化を顕著に感じますね。
 
半年ほどベンチャーに身を置くと、短期的な事業計画が一周して、自らアクションした成果が見えてくる頃。他人事だと思っていたことが自分事化して、求められることや貢献できるところに気づくのだと思います。
 
笠間:まさにリーダーシップとも通ずると思いますが、移籍した方が以前「任命ではなく、『自らのやりたいと思う意志』が、リーダーになる起点になった」という話をしてくれました。改めて、なぜベンチャーに赴くとリーダーシップが磨かれると思われますか。

吉田:ひとつは規模感だと思います。ベンチャーでは近くにCEOがいて、会社を動かす意思決定の流れを体感できますよね。経営者のビジョンが社員に共有される様子や、メンバーのスピード感のある行動や成長を目の当たりにすることで、磨かれるのだと思います。
 
石山:ベンチャーは経営者との距離が近く、資金繰り等も目の前で行われるので、BSやPLが生きた数字として見えるんですよね。そうすることで、先ほど吉田さんもおっしゃっていましたが、大企業に戻ったあとも、数字を自分事として見られるようになる。
 
ベンチャーへの移籍は大きなインパクトがありますが、越境は人材育成の施策に限りません。たとえばPTAとして文化祭で出店を出すのもそのひとつ。自身のアイデンティティを揺るがし、多様な価値観を得ることが越境であり、結果として自分事化することが大切ですね。
 
笠間:やはり「自分事」がキーワードですね。ちなみに、リーダーシップと似た表現で「経営視点」がありますよね。
 
吉田:リーダーシップは経営視点より幅広い領域と捉えています。(リーダーシップは)自分事の領域を広げ、組織全体の将来を考え、洞察力を働かせてアクションの提言を行う力で、経営者も年次の若い社員も持つものと考えています。
 
笠間:これまでの吉田さんのお話を伺っていると、移籍者の皆さんが、自分事・経営視点いずれも身につけて帰って来られたように思います。
 
吉田:そうですね。戻った方々は、CEOに対して自ら提言したり、人事施策を提案してくれたり、プロアクティブなアクションを起こすようになっています。
 
移籍中にリーダーシップが高まったことで、移籍前と同様の業務だとしても、やり方や視点が違うのだろうと思いますし、実際の上司の方からも「いい動き方をしてくれている」といった声もあります。
 
自身の業務と関係ないことでも線引きせずに、「自分ができることは何か」を考えている様子が、皆さんの発言からもわかります。自分事の領域が広がっているようにも感じますね。
 
笠間:当初は反対する人もいたというお話でしたが、周囲の受け止め方は変わってきましたか。
 
吉田:まだ全員が肯定的というわけではないと思いますが、会社としても「一人ひとりがリーダーシップを発揮する自律分散型の組織でないと生きていけない」と発信し、DEIがあるから我々は強くなるという風土を形成しているので、移籍者の方々も動きやすくなっていると思います。
 
笠間:越境した人が自社で動きやすくなるのはとても大事なことですよね。石山さんいかがでしょうか。
 
石山:何事も自分事に引き寄せてプロアクティブに動かすことの大切さは、大企業であってもベンチャーでも変わりません。ベンチャーでリーダーシップを発揮し、大企業に戻ってからも自主的に動けるようになったというストーリーは素晴らしいことです。
 
経営学には“創造的逸脱”という考え方があります。これは組織の枠組みをあえて逸脱することで創造性が生まれるということ。戦後の日本企業には、隣の部署の業務に興味をもって勝手に関わることができるなどの自由さがありました。しかし今は、日本企業が成熟してしまったことで、緻密に統制される傾向が強くなり、自由に隣の部署や関係ない業務に口出しする領域侵犯など、創造的逸脱が生じる余地は減少してしまいました。
 
しかし、組織は何もしないと凝り固まってしまうので、常に揺るがし続けることが重要です。野村ホールディングスさんのように意図的に人や組織を揺るがし、創造的逸脱を起こし続けることが、会社の維持につながると思いますね。

吉田:「組織風土の変化」まではもう少し時間が必要ですが、“想いの一貫性”が大事だと思っています。個々の施策の根底にある想いが共通していると、社員も自社が目指す姿を理解しやすくなり、徐々に風土も変わっていくのかなと感じています。
 
石山:吉田さんのように数字を超えた情熱や信念を持って発信することで、組織が変わるんですよね。それこそがリーダーシップだと感じました。
 
笠間:改めて、ゆるがない信念を持って発信し続けることが大事だと気付かされました。吉田さん、石山さん、本日はありがとうございました。
 
Fin

協力:野村ホールディングス株式会社
レポート:有竹亮介

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