“越境”が人と組織を変える!第一生命の導入担当者が語る「レンタル移籍」4年の軌跡

いまや多くの企業が注目する「越境学習」。しかし、制度をつくるだけでは終わりません。いかに組織に根づかせ、参加者の経験を組織全体の変革へとつなげていくかが問われています。

第一生命保険株式会社は、「レンタル移籍」を導入して4年。人事部で制度立ち上げを主導し、自らも第一期生として越境を経験した竹内晴哉さんは、「自分が参加したいと思える施策でなければ、社内には届けられない」と語ります。

今回は、その竹内さんに、制度の立ち上げから運用、そして個人としてのリアルな経験まで――現場で“動かした”からこそ見えた「越境」の可能性について語っていただきました。

※ 本レポート記事は、2025年に開催された「LoanDEALセミナー挑戦者のリアルボイス 第1回」の内容を要約したものです。

「枠組みを超えた領域で活躍する人材」を育てたい


ーーまずは、竹内さんがどのような背景から「レンタル移籍」を導入したのか。エピソードをお話しいただきました。

私は2011年に第一生命に新卒で入社し、いくつかの部門を経て、2019年に本社人事部へ着任しました。2019年という年は、私自身にとっても第一生命にとっても1つの転換点だったように思っています。

2020年には当社の人事制度改定があり、2021年からは新しい中期経営計画がスタートするなど、「これからどんな人材を育てていくのか」「どう事業を推進していくのか」を考え始めた時期でした。そのようなタイミングで人事部に配属となり、私自身も会社の方向性や人材育成のあり方に強く向き合うようになりました。

Profile 竹内 晴哉(たけうち はるや)さん
第一生命保険株式会社 IT企画部データアナリティクス課
入社後、保険金部、支社、人事部を経て2025年4月IT企画部。人事部では中期経営計画におけるグループ人財戦略の策定/運用、戦略的人財シフト/人事異動、越境学習での人財育成等を担当。企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用した人財育成スキームが評価され、令和4年度地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰受賞を第一生命保険株式会社が受賞。ローンディールが提供する「レンタル移籍制度」を人事担当として導入し、自身も(株)Relicへレンタル移籍、その後新規事業開発・人財育成領域での副業を経験。国家資格キャリアコンサルタント。

そして、第一生命グループは、2030年までに「保険業」から「保険サービス業」への進化を目指しています。これは、従来の保険の枠を超えて、より広く社会に価値提供していくという挑戦です。この事業転換を支えるのが人材戦略であり、「経営戦略と一体化すること」を目的としています。

こうした中で、私が課題に感じていたのは「保険の枠組みを超えた領域で活躍する人材をどう育てて行ったら良いか」ということ。グループ内の出向では得られない経験や視点を得るには、より異質な環境に飛び込む必要があります。

また、社員が「本当は自分が何をやりたいのか?」を深く考え、言語化する機会が社内に少ないことも課題です。第一生命の中だけで考えてしまうと視野が狭くなりがちで、もっと枠を取っ払った対話や内省の場が必要だと。
こうした課題感と、レンタル移籍の仕組みは非常にマッチしました。人事として「これはやるべき!」と思い、2020年に制度導入の検討をスタートしました。

「本気でチャレンジしたい」
という強い意志を持つ少数精鋭が集まった


ーーこうして導入に至ったわけですが、そこからどのようにして参加者を募り、推進していったのか。お話しいただきました。

初年度の2020年は準備に費やし、2021年からの中期経営計画が始まるタイミングで正式に導入をしました。そして参加する方を「指名制」ではなく「社内公募制」で募る方法をとっています。これは自分の意志でベンチャー企業に挑戦するという「覚悟」と「納得感」を大切にしたいという考えがあったからです。
私自身もその社内公募に手を挙げた一人です。制度を設計する立場であると同時に、自らもその価値を体験してみたいと思いました。また、「このままの延長線でいいのか」というキャリアの不安も抱えていた時期だったため、応募しました。


結果的に、第一期生として2022年4月から半年間、株式会社Relicというベンチャー企業にレンタル移籍して、新規事業開発にフルコミットで携わるという経験をさせていただきました。

インタビュー記事より引用:左が竹内さん、右はRelic執行役員の小森さん)

>竹内さんのレンタル移籍ストーリーはこちらから

私以外にも、「本気でチャレンジしたい」という強い意志を持つ少数精鋭が手を挙げてくれました。

移籍する先のベンチャーの選定も、基本的に本人の意思を尊重する方針を取っています。自ら行きたい先を選び、そこに短期集中・フルコミットする。「自分が選んだのだから、覚悟を持って全力で取り組む」という姿勢が醸成されることを重視しています。移籍の過程では、必然的に「自分は何がやりたいのか」「なぜそれをしたいのか」という深い自己対話が行われます。

明確になった本人の志向と、復職先の業務内容がマッチしないと大きなミスマッチやモチベーション低下に繋がる可能性があります。ですから私たちは、移籍前から復職後までを一気通貫で設計することをとても大切にしています。

復帰後の配属先は人事部が決定しますが、本人の希望や経験、派遣先との親和性を重視したうえで調整を行っています。

第一生命の“正解”をにとらわれない人材が、組織文化を変える起点になる


ーー最後に。レンタル移籍の効果を社内に還元するために進めていることをお話しいただきました。

また、制度の導入後も、毎年振り返りと見直しを行っています。

たとえば、

・本当に半年でいいのか?
・派遣人数は年2人で適切か?
・誰に届けたい制度なのか?

こうした問いを毎年見直し、戦略やこれまでの実績に照らし合わせながら、少しずつ制度を調整しています。人事部としては、移籍経験者が「戻ってきて終わり」にならないよう、どうすれば経験を組織に還元できるか、その仕組みづくりを模索しています。

実際、移籍を経験した社員は、帰任直後にはベンチャーで得た刺激的なマインドセット、スピード感、当事者意識、問いを立てる力、仮説検証の思考法などを持ち帰ります。ただ、時間が経つとどうしても大企業の空気に馴染み始めてしまう。

私自身は、それを防ぐために副業に新たに挑戦することで、「越境の濃度」を保つよう意識しています。また、移籍経験者どうしがつながり、振り返り合える場も、もっと整えていきたいと考えています。

こうした移籍経験者の話を聞いて、「自分は何をしたいんだろう?」「10年後、どうなっていたい?」と考える若手社員も出てきています。少しずつですが、問い直す文化の土壌が育ってきていると実感しています。

レンタル移籍は、単にキャリアの選択肢を増やす制度ではありません。「第一生命的な正解」ではなく、「社会的に意義ある正解」を自ら探す視座をもった人材を育てる制度です。そうした人が組織の中に一定数いることで、組織文化そのものが変わり始めるーー。私は、そう感じています。

これからの社会は、一人ひとりが“大企業の中だけで活躍する”のではなく、副業や地域コミュニティ、プロボノなど、さまざまな場に関わる中で自分らしさを発揮していく時代だと思っています。

人材の流動性、企業間や業界間、都市と地域の間での人の越境。こうした流れが生まれたとき、結果的に日本社会全体の価値創出力も高まっていくのではないかと。そのきっかけを自分たちも担っていけたら。そう信じて、今後も移籍経験者・人事経験者の立場から支援していきたいと思っています。

最も重視したのは「スキルの獲得」よりも「マインドの変化」。新たな評価指標も検討中


ーー竹内さんのお話を受けて、視聴者からの質問を、モデレーターの笠間(ローンディール)との対話でお届けします。

笠間:濃密なお話をありがとうございました。皆さまからたくさんのご質問をいただいております。まずは「なぜ期間が半年なのか?」というご質問をいただいています。

竹内:「半年間でいいのか?」という点は当初から非常に大きな論点でした。実際、1年・2年という期間も検討しました。ですが、私たちが最も重視したのは、「スキルの獲得」よりも「マインドの変化」でした。

半年間という短期間でも、「経営視点」や「自分の志向性の再確認」など、マインド面での獲得は非常に大きかったです。逆に期間が長すぎると、緊張感や集中力が薄れてしまう懸念もあります。半年という時間の中で、自分の力をどう出すか。そういう「いい意味での危機感」を醸成できる点もメリットだと思っています。

笠間:続いて「公募ということですが、応募者数を維持・増加させるために何か工夫はされていますか」という質問が来ていますが、いかがでしょうか。

竹内:あるとき経営層から「数ではなく質だ」と言われたんです。つまり、「本当に送りたい人」が応募してくれているのであれば、人数自体は問題ではないと。

そこで、人事としては「応募してほしい層」、たとえばDX人材などに向けてターゲットを絞ってアプローチするようにしました。結果として、その方々からの応募が実際に増えてきました。

笠間:手挙げ制とのことですが、応募にはどんな条件を設けているのでしょうか。

竹内:職位や年次の制限を設けており、ある程度自走できる中堅以上が対象です。ベンチャー側も即戦力を求めているので、最低限のビジネススキルと自律性は必須です。選考プロセスとしては、書類選考と面談です。面談は第一生命ではなく、ローンディールさんに一任しています。社外の第三者視点で「越境に適した人材かどうか」を見極めてもらっています。

笠間:私たちも「素直さ・主体性・還元意欲」の3点を主に見ています。帰任された方が経験を社内に還元するために、人事や受入部門ではどのような取り組みをされていますか、という質問も来ています。

竹内:ここはまだ課題感が残っている部分です。特別な仕組みがあるわけではなく、配属先での自然な活用に任せている部分が大きいです。

現在までに帰任者は5名ほどおり、「体験談を語る機会」以外の横連携はまだ十分とは言えませんが、最近では移籍経験者同士の交流も少しずつ出てきています。

笠間:私たちローンディールも、レンタル移籍者同士のコミュニティ運営を始めており、ワークショップや経験シェアの場を整えているところです。ちなみに、移籍中や帰任後の人事評価はどうされていますか。

竹内:レンタル移籍中は研修的な扱いに近いですね。その期間中の業績評価は行っておらず、帰任後の成果によって評価を行うようにしています。

ただし、行ってきたこと自体は会社としてしっかり評価しています。現在はさらに進化させようと、移籍先の経営層と連携しながら、「経営人材としての成長が見られたか」というような共通の評価指標を模索しているところです。

笠間: 大変具体的かつ実践的なお話を、ありがとうございました。最後に越境施策の導入を検討している人事の方へメッセージをお願いします。

竹内:人事の仕事って、他社と共通する部分もあれば、自社の独自性もあって、難しさを感じることもありますよね。

そうした中で、やっぱり「人との接点」ってすごく大事だなと感じています。自分が考えていることや感じていることを言葉にしていく中で、気づけることが多々ありますし、自分ひとりで悩むより、人と話すことでクリアになることもある。

「レンタル移籍」を推進したときもまさにそう感じました。人と関わりながら実現していく。ぜひ、そんな機会を大切にしてもらえたら嬉しいです。

笠間:今日はありがとうございました!

Fin

協力:第一生命保険株式会社
レポート:小林こず恵
提供:株式会社ローンディール


レンタル移籍から戻って約1年。当時の心境を語ったインタビュー記事も公開中

レンタル移籍中の経験や、経験を通した学びや気づき、帰任後の思いなどを語ってくださっています。(2023年7月)

<目次>
・自ら導入して立候補。レンタル移籍で新領域へ
・レベルアップしていく自分が面白い!
・自分は「何をしたいのか」
・実感!創る喜び、チャレンジする楽しさ
・離れてわかったこと。「人事はクリエイティブ」
・“協創する人事”を日本に

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