「当たり障りのないコメントはもうやめた」ベンチャーの現場で学んだ、新規事業のプロジェクトマネージャーとして大切なこと
目次
第1章「営業には向かない。それでも7年以上も続けたワケ」
ープロローグ
「もう、アステラス製薬に返してください……」
そう思わず口にしてしまいそうになる程、神田は追い込まれていた。
もうこの場所にいることに耐えられなかったからだ。
まだ、レンタル移籍が始まって2ヶ月目のことだった。
———今回の物語の主人公は神田直幸(かんだなおゆき)、31歳(※移籍時点)。2010年、新卒でアステラス製薬株式会社に入社。
入社後は北海道 旭川・札幌の営業所にて営業を7年半経験。
その後「自分でもモノづくりをしたい」と自ら志願し、2018年4月より東京本社の新規事業創出部門に配属となる。そして同年、事業開発の現場を経験するべく「レンタル移籍」に参画。
「600(ろっぴゃく)」という無人コンビニを開発・販売するベンチャー企業で、事業開発 兼 営業を行うことになる。https://www.600.jp/
アステラス製薬ではトップクラスの業績を出していた神田。売上にも貢献している。移籍前はどんな商品でも売れる自信があった。
この時は、まさか2ヶ月目にして挫折してしまうとは思ってもみなかった……。
ー抱いていたパイロットの夢。ひょんなことから製薬へ
遡ること、学生時代。
神田はパイロットに憧れていた。
幼少期から飛行機が好きだったというのもあるが、2003年に放送された、大手航空会社を舞台にしたテレビドラマの影響も大きかった。
「なんてかっこいい職業なんだ!」
主人公たちが空を舞台に奮闘する姿に感化され、神田はパイロットになろうと決めた。
しかし、全力で挑んだ大手航空会社は残念ながらすべて不採用。
一度「これだ!」と信じるとまっすぐに突き進むタイプの神田は、「他にパイロットになる方法はないか……」その手段を探した。就職よりもパイロットへの道を優先しようと考えたこともあった。
しかし、「ちゃんと企業に入って勤めよう……」と、結局は安定した企業への就職を決めた。
そして、興味を持ったのが「モノづくり」の分野だった。
メーカーへの就職を考える中で、アステラス製薬と出会う。
きっかけはたまたま募集していたインターンだった。
神田は、同社の社員が皆イキイキと働く現場を目の当たりにする。
そして、(インターンの自分に)寄り添い、丁寧に教えてくれた社員の方々の素晴らしさに感銘を受けた。
やりたいことをやらせてもらえるというオープンな環境にも惹かれ、
「ぜひアステラス製薬で働きたい」
神田はインターンを経て、すぐさまエントリーを決めた。
ー自分は期待されていない人材なのか?
想いは通じ、2010年、神田は新卒でアステラス製薬に入社した。
入社後は札幌支店の旭川第二営業所に配属。MR(メディカル・レプリゼンタティブ)として、ドクターや医療従事者に医薬品の適正使用のための情報提供や収集を行う営業担当者として働いた。
埼玉県で生まれ育ち、大学卒業までずっと関東で過ごしてきた神田にとって、北海道での生活は新鮮ではあったものの、配属当時は地方営業所での勤務に悔しさを感じていた。
「なぜ自分は旭川なのか……?」
当時の神田は、本社や都市圏に優秀な人材が配属される、という勝手な思い込みがあった。正直、地方営業所への配属に肩を落とした。
(実際はそうではないということを後に知った)
一方で、
「実績を出せば、やりたいことができるんだって証明したい……!」
不服な状況が反骨心となり、大きな原動力にもなった。
旭川営業所では離島も管轄に入っていたため、月3000キロや4000キロも移動しながら営業を行うことも多々。
最初は反骨心から、がむしゃらに仕事をしていた神田だったが、営業でドクター達に触れているうちに、いつの間にか仕事へのやりがいが生まれていた。
ー営業は向いていない。それでも頑張れたのは……
神田の業務はMR。自社の薬の情報提供や、使い方の提案が主な仕事。
患者さんの症状に悩んでいるドクターに「こういう使い方はどうですか?」と、エビデンスもとに適正使用のための情報提供等も行う。
経験を重ねる中で、いつの間にか、
「神田くんが教えてくれた薬が効いたよ」
と感謝されることも増えた。心から嬉しかった。
「困っているドクターや患者さんの役に立てている。こんな楽しい仕事はない」いつの間にか医療で貢献したいという気持ちが高まっていった。
忘れられないエピソードは山ほどある。
その中のひとつ、旭川営業所を経て札幌西営業所で勤務していた頃の話。
当時、大学病院を担当していた神田は、ドクターから、潰瘍性大腸炎という疾患を抱えた女性の相談を受ける。現在の治療が奏功せず、このままでは手術をする可能性もあった。
しかしなるべく避けたい。
それは患者さんの願いでもあった。
神田はドクターや患者さんの症状と向き合い、MRのスキルを活かして、様々な提案を行った。その結果、患者さんに合う処方が見つかり、手術を回避した。この上ない喜びを味わった。
神田は、自分では営業は向いていないと思っている。
人見知りで、多くの人と深く関わるのが得意ではない。飲み会や交流会など、不特定多数の人が集まる場も苦手だ。
しかし、自分が伝えるべきことがあって、それによってその先に救われる人がいる。
そのやりがいや喜びがあるからから、営業という仕事ができているのだ。
ー新規事業部門に行きたい! しかし2度の不合格……
札幌西営業所での営業にも慣れ、様々な現場に向き合う中で、神田は「どうやったら売れるのか」を考えると同時に、
「もっとこういうソリューションがあったらいいのに……。なんでつくれないのだろうか」
現在の仕事そのものへのジレンマも抱えるようになっていた。
その想いは日に日に増していく。
ドクターの悩みに触れるたびに、
「自分でもモノづくりをしたい! なんでメーカーにいるのにそれができないのか」
強く感じるようになっていた。
そんな時、東京本社のある部門で新規事業開発の人材募集がかかった。
神田は「行かせてください!」と自ら手を挙げた。
2017年秋、神田は面接を受けた。
———結果は不合格。
それでも諦められなかった。
一回目の不合格の少し後に、別部門でまた事業開発の人材募集があり、神田は再び応募する。結果はまたもや不合格。
いずれも狭き門だった。
しかし3度目の奇跡は起きた。
再度、別部門での新規事業開発の人材募集があり、神田は迷わず応募する。
見事、合格の通知を受けた。
それが現在神田が所属する「Rx+事業創成部」だ。
2018年に入り、間もなくして神田は東京本社で働くことになった。
そしてその年の夏、同部の部長である渡辺より、神田は「レンタル移籍」の話を聞かされる。
「こういう制度を検討しているんだけど、どうかな?」
新規事業創出にあたり、外部のイノベーティブなやり方を社内にも取り入れたいという想いから、ベンチャー企業で事業開発の経験ができるプログラムを検討しているという。
何に対しても基本的に「ノー」と言わない性格の神田。
「行きます!」と、軽い気持ちでレンタル移籍への参加を決めた。
この時はまだ、まさか2ヶ月も経たないうちに「アステラス製薬に返して欲しい」と口にしてしまいそうになるとは、想像すらしていなかった……。
「Rx+事業創成部」のメンバーと。後列一番右が神田。前列中央が、部長の渡辺。
「レンタル移籍」とは?
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計24社48名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2019年8月現在)。→ お問い合わせ・詳細はこちら
協力:アステラス製薬株式会社、600株式会社
Storyteller:小林こず恵