「ベンチャー経営者の“となり”で働いて、つかんだもの」日本郵便 安井亮太さん【前編】
「30歳」という年齢。
それは多くのビジネスパーソンが、“自分の在り方”を意識する節目かもしれません。ある程度仕事をこなせるようになり、それなりに充実もしている。しかし、このままでいいんだろうか、もっとやれることがあるんじゃないか…、というモヤモヤが生まれる。だからと言って、どう動いていいのかわからない。そんな葛藤の中で生きている人も少なくはないはず。
日本郵便株式会社で働く安井亮太(やすい・りょうた)さんも、30歳を目前に、焦りを感じ始めたと言います。安井さんの業務は物流システムの管理。重要な仕事でありながらも、多くの人が関わっているため、自身の業務が、会社の利益にどう貢献しているのか? それが見えにくい環境でした。それゆえ、「自分は“結果が出せる”人間なのだろうか?」と、不安を感じていたようです。
そんな安井さんが出会ったのが、レンタル移籍でした。
「外の世界で力試しができる…」
安井さんは、日本郵便の社員としてではなく、一個人としてどこまでできるのか? それを外の世界に試しに行くことにしました。最先端のベンチャー企業に行き、経営者の“すぐとなり”で半年間働いた安井さんがつかんだものとはーーー?
—どうなる30代の自分…
そもそも安井さんが日本郵便に入社した理由は、少しだけ変わっていました。「この考えは、もしかしたら時代錯誤かもしれないですが…」と当時のことを話してくれました。
「大学時代、僕は情報工学部でIT系を学んでいたこともあって、日本を支えるインフラや、基幹システムに関われる企業に入りたいと考えていました。日本郵便は、インフラはもちろん、物流、不動産業、金融などフィールドも広く、惹かれていた企業のひとつ。でもそれ以上に、人がいいな、と思ったんです。
古い考えかもしれないのですが…、当時から、長く働ける職場が良いと思っていました。だからこそ、 “どこで”働くかというよりも、“誰と”働くかが重要で。というのも、どんなに十分なリソースがあっても、人間関係のトラブルが絶えない環境だったり、ビジョンがバラバラだったりしたら、いい仕事はできないですよね。就職説明会で、たまたま日本郵便の話を聞いて、良さそうな雰囲気だと思って、決めました」
希望通り、日本郵便に入社が決まった安井さん。結果、日本郵便という会社は、決して働きにくい場ではありませんでした。むしろ理想的な場であり、理想的な仲間がいる場所でした。
「入社してわかったのですが。地域に密接にした業務が多いからなのか、“人の支えになりたい”という思いを持って働いている人が多いような気がします。だから、すごく人に恵まれていると思いますし、働きやすいですね。僕自身も誇りを持って働けています。今、物流を管理する部門にいるのですが、たった数十円の郵便物ひとつにも、それを送る人の思いが詰まっているんですよ。その“思いを届ける”ことに携われているのは、やりがいにつながっています」
「職場は心地いい。誇りもやりがいもある仕事ができている」。
そんな安井さんが焦りを感じ始めたのは、30歳手前。
仕事にも慣れ、自身の成長にも鈍化を感じはじめた頃でした。
「今の部門に来て、3年くらい経った頃ですかね。仕事にも慣れてきたせいか、自分の成長に鈍化を感じはじめていました。店舗(地域の郵便局)、支店勤務を経て、本社に来てもともと興味があった物流の仕事に関われているので、やりがいはあったんです。だから、問題は仕事じゃなくて自分自身のこと。『このままでいいのか…』という自分への不安みたいなものが生まれました。
僕は『20代は学びの時期、30代は成果を出す時期』だと考えているのですが、このまま今の働き方を続けて30代に入った時に、自分は成果が生み出せる人間なのか? という焦りがありました。それに、先輩たちの思いを受け継いで、先輩たちよりもっと前にいかないと、という思いもあったので、自分にはそれができるんだろうか、というモヤモヤもありました。今は大人数が関わる業務をしていますので、自分ひとりが、会社にどれくらい利益をもたらしているのかというのが見えづらく。自信が持てないでいたんだと思います。
そんな時にレンタル移籍の話があり、すぐに挙手しました。ベンチャーに行って、日本郵便という看板を脱いで、個人としての力を試せる、という環境がいいなと。それに、外で得たものを自社にどう活かせるんだろう、という楽しさも感じました。店舗や支店で働いたことはありましたが、本当の意味で外に出るのは初めて。でも不安とかは全然なくて、ワクワクというか、何が待っているんだろう、という好奇心の方が強かったですね」
—「やるしかない」という覚悟
自社への還元と、“力試し”のために、ベンチャーに行くことを決めた安井さん。行き先はユニロボット株式会社でした。ユニロボットは、世界初の個性を学習するパートナーロボット「unibo」を開発・販売している最新鋭のベンチャー企業。300社以上あるベンチャーの中から、安井さんがここに決めたのは、酒井社長の魅力、そして、経営者のすぐそばで働けるという環境でした。
「ロボティクスの分野でいうと、大学がIT系だったので、なんとなく近しいというのはありましたが、業界で選んだというよりも、経営者のマインドを近くで身につけられるという環境を意識して決めました。上司に追いつきたいという気持ちもあって、とにかく視座をあげたかったので。
それに、経営者は『人を巻き込む力』『人を惹きつける力』もすごくあるんじゃないかと思っていて、それが身についたら、今後、何かを遂行していく上で役に立つんじゃないかいう意図もありました。
実際に(ユニロボット代表の)酒井さんとお会いしたら、やはり素晴らしい方。『創業者というのは情熱的なんだなぁ』と。だから社長の酒井さんの近くで働かせてもらえると聞いて、ここしかないと」
こうして半年間のレンタル移籍がスタートした安井さん。安井さんの席は、酒井社長の隣という願ってもない状況。
そんな安井さんは「unibo」の提案営業から始めることになります。
「営業なんてまったく初めてでしたから、最初は全然コミュニケーションが取れませんでした。ちょうどその頃、介護業界に「unibo」を提案する動きになっていまして、そういう業界の方々とお話をするわけですが、業界そのものをわかっていなかった、というのもあったと思います。
酒井さんから、業界の人と繫がれるイベントを紹介してもらって行ったり、自分でも提案できそうな企業を見つけて、メールやインターネットからコンタクトを取るなどもして、少しずつといった感じでしょうか。今までこういう経験はなかったので、最初は抵抗がありましたけど、『やるしかない!』みたいな覚悟もありました。
それよりも…、なかなか成果が出ない方が辛かったです。日本郵便では、直接的に利益を生むセクションではなかったので、お客さんと対面して、営業をする機会はありませんでした。ロボット一台を売ることが、こんなにも大変なのか…と」
—“気遣い”という名の足踏み
もともと、会社にも人にも気を遣いすぎる安井さん。その気遣いが、結果、遠慮というかたちで、なかなか顧客に踏み込めなかった要因だと自らを分析します。そんな中で、思い切り動けるようになったのは、酒井社長からの一言でした。
「僕は、結構、人の気持ちを考えすぎてしまうタイプで。それが原因で行動できないこともあると思います。社内調整ひとつとっても、相手を傷つけちゃいけないからこれ以上は言わないでおこうとか、一歩引いてしまうことも少なくはないかなと…。
それは企業に対しても同じで。営業メール1本打つ時でさえ、とにかくユニロボット社のブランドを傷つけてはいけないと思い、かなり慎重になっていました。商談の場でもそうで、日常会話で終わってしまい、ビジネスの中核の話に入れないで終了…なんてこともありました。下手なことを言ってはいけないと思ってしまっていたんです。そんな時に酒井さんから、背中を押してもらいました。
『何かあったらマイナスになるって考えているかもしれないけど、そしたらまた築きあげればいいだけ。もっとゼロベースで考えていいから』と言ってくれたんです。それからは、失敗したりうまくいかないことがあってもまたやり直せばいい、とポジティブに捉えて、積極的になれたと思います。それに、酒井さんがここまで言ってくれたんだから、これはやらないといけない…! と気合いも入りました」
こうして積極的に動き出した安井さんですが、本番はここから。
後半では、経営者のすぐ隣で働いてわかったこと、そして、今、日本郵便に戻って何を思うのか…? その胸の内を伺っていきます。お楽しみに。
【レンタル移籍とは?】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計32社78名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2020年1月実績)。
協力:日本郵便株式会社 / ユニロボット株式会社
ストーリーテラー:小林こず恵